『そんなことあったね。その後、どうなったんだっけ?』
『げ、覚えてないのかよ? 俺も心配して、メールして菅原神社で会ったじゃん! 悔しいってぼろ泣きしてた』
 あことメールしているうちに、あこが最後の大会で負けて、テニス部を引退した日の話題が出てきた。
あの日、野球部は中央大会進出が決まっためでたい日となったが、あこにとってはテニス部引退の日となった。あのときの気持ちは、大学受験の合格発表を友達と二人で見に行って、自分だけ受かった時のような複雑な気持ちだった。
 気を使った方が、いろいろと覚えているものなのか? あこを呼び出して励ましたことを鮮明に覚えている。
『そうだったね。あの時、悔しかったな……今までも何回か当たったことのある相手で、普段通りなら負ける相手じゃなかったんだよ。でも、あの日は何かうまくいかなくて、最初のサービスゲーム落としてからずるずるといっちゃった』
 あの時はとても試合内容なんて聞ける雰囲気じゃなかったので、こんな話は初めて聞いた。
『引退試合なんてそんなもんだよな。俺も高校の時は、足元すくわれて、自分たちの野球を見失って焦ってる間に、気づいたら負けてたからな。人生ってそんなもんかもな』
『やだー、おやじくさい! 笑』
『言っとくけど、その最後に笑をつけるのも古くさいからな!』
『笑笑』
 そんな忠告をすると、あこはあえておもしろがって送ってくる。普段から落ち着いているので、よく年齢よりは上に見られる方だが、あこには言われたくない。自分ではすぐむきになったり幼稚なところも多いと思っているが、仕事などの普段の人間関係ではそれを見せない。他の人もそうかもしれないが、素の自分を出し切れるほどの関係をつくれているのはわずかだけだ。
『今度のデート、また日曜日でいい?』
 話題はまたデートの話になった。本当に毎週あるんだな。大丈夫か? あこはおもしろがってデートって言葉を使っているが、もうすぐ結婚する身としては、もう少し自重するべきだろうといらない心配をする。
 そうは言いながらもあこと会うのを楽しみにしている自分もいる。家にこもりがちだった週末が鮮やかに色づいているのは確かだ。
スマホを使って週末の予定を確認する。昨日届いていた手紙のことを思い出したが、あれはもう一週後のはずだ。そういや、あこにも聞いておかないとな。
『まだ仕事の予定はわからないけど、午後からなら大丈夫』
『じゃあ、日曜のお昼からね。どっか大きな公園に行こ!』
『公園?』
『うん、さわやかな感じでいいでしょ? 最近、動いてないって言ってたから、キャッチボールとかしようよ!』
『ええっ! このくそ暑い中でか?』
 そうでなくても、散々、熱中症に気をつけろと言われる季節だ。
『このくそ暑い中で、野球やってたでしょ?』
『まあ、そうだけど』
 十年前とは状況が違う。地球温暖化のせいだかわからないが、年々、夏の猛暑は厳しくなり、最近では部活の開会式なんかでさえ座って行う時代だと聞いている。ましてや普段、あんまり運動していない者同士で大丈夫か?
『野球してるかっこいい渉、見たいなー! 笑』
『……だから、笑がついてるって』
 あこの返信が返ってくる前に、近くにある大きな公園を検索してみる。あこがこう言ったら、どうせ公園に行くことに決まるので、前もって調べておく。確か電車の沿線に大きな緑地公園があったはずだ。
 そういや、まずグローブを実家から持ってきていたか? 物置になっているクローゼットにあるかもしれない。持ってきていたら二つあったはずだ。キャッチボールですら、この数年はした記憶がない。打つ方は飲み会帰りに、同僚何人かとバッティングセンターにいったことがあるが……。スマホの検索結果をスクロールする。あった! 確かこの「四季の森公園」が沿線にあるやつだ。
 検索結果のスクショをあこに送ると、『ちゃんと調べてえらい! そこにいこ!』の言葉が返ってきた。暑さのピークも過ぎる三時に現地で集合ということで落ち着く。あこはもう少し早い時間を提案してきたが、さすがに運動不足の社会人二人が、灼熱地獄の中で運動してそんなに長く持つはずがない。
『それじゃあ、日曜三時ね! おやすみー』
 あこからのおやすみメールがきて、確認しておくことを思い出す。
『ちょっと待って! あこ、同窓会の連絡とか来てないよな?』
『同窓会?』
 昨日届いた手紙を広げる。だいぶ前にラインで中学の同窓会をするという連絡があったが、正式な案内が手紙でも昨日届いた。
 そういえば卒業して十年で同窓会をすると卒業前に言っていた。各クラスの後期評議委員が、そのまま同窓会委員に任命されて準備に当たっているそうだ。お知らせの末尾にはうちのクラスの元評議の名前も連なっている。学年全体の会なのでそれなりに人数も多いだろう。
 最近はほとんどメールやSNSのやり取りで済ますので、案内の手紙は申し訳程度に二週間を切って送られてきたが、俺みたいに忘れていたものには効果的なんだろう。
『そう、中学校の時の。再来週の日曜にあるんだって』
『そうなんだ! 私は途中で引っ越してるし、住所誰も知らないから届いてないよ』
 そりゃそうかと納得する。
 案内の手紙をスマホのカメラで撮って、あこに画像を送る。
『こんな感じで開かれるんだって、学年全体の分だし、よかったらあこも一緒に行かないか? ちょうど日曜だし、俺らが会うのも兼ねてちょうどいいんじゃないか?』
 週に一回のデートの日だし、あこも久々に中学校の同級生に会いたいだろうと思った。
 連絡先が不明になっている人が何人かいて、もし知っていれば伝えてほしいと幹事からのお願いに書いてあったので、まだ追加は間に合うのだろう。
『どうしようかな? ちょっと考えてもいい?』
 あこからの返事は意外なものだった。
てっきりあこなら二つ返事で返ってくるものと思っていた。途中で転校したといっても、三年の夏までいたのだから、そこまで気を使う必要はないだろう。
 テニス部の副部長をしていたし、あこが来るのならひさびさ会いたいという人も多いはずだ。悔しいけど俺よりは人気者なはずだ。
『無理にとは言わないけど、女テニの子らと会う機会もこれぐらいしかないだろ?』
『そうだけど……ほら、私、もうすぐ遠くに行っちゃうし、今さらいろんな人につながるのもどうかなって』
 やっぱりあこは同窓会には後ろ向きなようだ。遠くに行ってしまうからこそ、つながれるときにつながっておきたいと思うが、それは意見の相違なのかもしれない。
 俺自身はあことの昔のことがあってから、自分の中でつながれるときにしっかりとつながっておかないと、別れはいつ訪れるかわからないという思いが染みついている。だからと言って、積極的になれるほど強くはないが、その思いは呪いのように時々、俺の心を支配する。
 あこの言うこともわからないではないが、たとえ会えなくても今の時代、いくらでもメールやSNSでつながることができる。地元にいる同士でも、一部の人間を除いて中学校の友だちなんて年に一回も会えばいい方だろう。
『遠くに行くって、結局どこの国に行くの?』
 前から気になっていたことを話の流れで聞いておく。あこはこれで最後みたいな言い方をしているが、まさかインターネットも普及していない未開の地に行くわけでもあるまい。
 別に今みたいに頻繁に連絡を取れなくてもいい。それでも何かの時につながっているというのは大事なことだ。以前のようにまた音信不通になることを俺は恐れていた。
 いつものようにテンポよくメールが返ってこない。漠然とした不安が広がる。少し返事が遅いくらいで考えすぎだ。入り込みすぎている自分を戒める。
 これはあくまで『恋愛ごっこ』だ。十年前の過去にのみ成立していた世界。そこに未来なんてない。すべては遅すぎた。
 ベッドに横になってうつらうつらしかけたころ、メールの受信を知らせる電子音が響く。あこからの返信だ。
『それは秘密! 渉がストーカーになって追いかけていたら困るし』
『そんなん、なるかよ!』
『あはは! まだ正式にどこの国か決まってないの、また決まったら教えるね』
 あこがそう言うならそれ以上は追及できない。渋々、自分を納得させるが、先ほどの漠然とした不安は消えない。
 時計針の音がやけに耳につく。またあこが自分の前から消えてしまう予感がしていた。