この三日間は嵐のように過ぎ去っていった。あこがかつて務めていた西森建設に行ったのが金曜日、摂北大附属病院で中里医師からあこの死を聞いたのが昨日の土曜日、そして今日は『恋愛ごっこ』を終わらせるべく、あこの妹、天崎真琴と会ってきた。
あの夏の『恋愛ごっこ』をめぐる物語も終わりが近づいていた。
地元の駅でまこと別れた後、家に帰る途中の牛丼のチェーン店で簡単に夕食を済まし、自分の部屋へと急ぐ。本当は途中なので、まこの乗換駅まで一緒に行ってもよかったが、今日の今日でいろいろとありすぎて、お互いの気持ちの整理なんかも必要なので、あえて駅で別々の電車に乗った。
ただ、連絡先はちゃんと聞いておいた。今度こそ本当のまこのスマホの番号だ。
納骨などはもう少し先なので、今度、天崎家にお参りに行かせてもらうことになっている。だから、あことの対面はその時になる。
家に着くと、はやる気持ちを抑えながら先にシャワーを浴びてしまう。いくら菅原神社の木陰にいたとは言え、一日中、外にいたので汗もかなりかいていた。
一日の汗を流し、乾かして、改めて机の前に座る。
俺とまこの『恋愛ごっこ』は終わった。でも、俺とあこの『恋愛ごっこ』はまだ終わっていない。最後のミッションを前に、大きく息を吸いこんで引き出しを開けた。
引き出しの中には『渉へ』と書かれた封筒と一枚のメモが入っている。
あこの望みなので、まこには黙っていたが、実はクリップモーモーの中にはまこに渡した封筒以外のものも入っていた。
昨日の夜、中里から受け取ったクリップモーモーを調べてみると、一枚のメモと『まこへ』と『渉へ』と書かれた封筒の二枚を見つけた。本当はすぐにでも自分用の手紙を確認したかったが、あこがそれを許さなかった。
唯一、封筒に入っていなかったメモ用紙にはあこの字で、『クリップモーモーとまこ用の手紙は、渉からまこに渡してあげて。手紙は二人で一緒に見るように! 渉用はまこ用の手紙を二人で読んだ後に、必ず一人になってから読んで! ちゃんと守らないと化けて出る!』と書かれていた。
あこが化けて出るのも悪くないなとは思ったが、ここは故人の遺志を尊重しようと思い、ちゃんとあこの指示を守った。
ここまで散々、あこを探したり、あこだと思ったらまこだったりと、この『恋愛ごっこ』に関していろんな目にあってきたので、もう怖いものなんてないと思っていたが、いざ最後に自分あての手紙を託されると、何が書いてあるか少し怖くなった。
ハサミで丁寧に封を切り、中に入ってあった便せんを取り出す。あこの書く一文字、一文字をいつくしむように、丁寧に文字を目で追っていく。
『渉へ
私の作戦がうまくいっていたら、この手紙を読んでいる時には、まことの『恋愛ごっこ』に決着をつけていてくれてると思います。
もしかして、私のしたことで怒っていたらごめんなさい。まこに私のふりをさせたのは私なので、まこに対しては怒らないでね。そうは言いながらも、渉は私に振り回され慣れているので、全く怒っていないだろうと思う』
おいおいと心の中でツッコミながら手紙を読み進める。ずいぶんまこと扱いが違う。
『あこへの手紙にも書いたように、「恋愛ごっこ」が終わってこれから二人がどんな続きを描くかは、二人にお任せするね。私にとって大切な二人が恋人同士になったら素敵なことだなと思うけど、それは二人が決めること。
ただ、もしそうならなかったとしても、まこのことをよろしくお願いします。まこは私と違って繊細で、でもそのくせ意地っ張りで強情なところもある。だから、もしあの子が何か困ったことがあったら、昔みたいにあの子の力になってくれるとうれしいです。
勝手なお願いだけど、渉のことだから言わなくてもそうしてくれると信じてる。
さて、まこの事ばかりで、渉がそわそわしているかもしれないので、渉のことも書くね。まこと渉の「恋愛ごっこ」は渉がきちんと終わらせてくれたはずなので、今度は私がきちんとあの夏の「恋愛ごっこ」を終わらせる番だね。
十年前、渉がさとちゃんから告白されたって話を聞いたとき、本当はなぜかもやっとしたんだ。ずっと胸に何かが引っかかって取れない感じ。それまでは渉は近くにいることが当たり前で、そのことに対して何も思っていなかった。
でも、「恋愛ごっこ」を続けていく中で、少しずつその引っかかりの正体が見えてきた。そして、急に渉の前から消えなければならなくなって……渉が近くにいなくなって初めて自分自身の気持ちに気づいた。私、バカだよね。もっと早く気づいていたらもっとたくさんの時間を二人で過ごせたかもしれないのに。
これがほんとのほんとに最後になるから渉に伝えるね。
あの夏、私は渉に恋していた。
私、生まれてきてよかった……渉に逢えたし。
渉、大好きだよ。ずっと、ずっと大好きだよ。
これが私の本心、悔しいけど先に私から言っちゃったから、「恋愛ごっこ」は私の負け。でも、ちゃんと終わらせることができてよかった。
渉、幸せになってね!
あこより』
もう十分だと思ったのに……昨日、一生分の涙を流したと思っていたのに。俺の中に、まだこんなにも涙が残っていたのかというほど泣いた。泣き叫んだ。
病院で話を聞いた時も、まこと会った時も、どこかあこが本当にいなくなったという実感はなかった。あの夏の「恋愛ごっこ」が終わらない限りは、どこかでひょこと顏でも出すんじゃないか、そんな気がしていた。
でも、あこはいない。もう本当にいないんだ。最後にちゃんとあの夏を終わらせてくれた。
あこ……俺もあこに逢えてよかった。
あの夏、あこに恋してよかった。
誰よりも大好きだった。
……『恋愛ごっこ』は私の負け。ううん、違うよ、あこ。そうじゃない。
「……引き分けだよ」
あこからの手紙を握りしめたまま、つぶやいた。
十年前のあの夏が終わった。
あの夏の『恋愛ごっこ』をめぐる物語も終わりが近づいていた。
地元の駅でまこと別れた後、家に帰る途中の牛丼のチェーン店で簡単に夕食を済まし、自分の部屋へと急ぐ。本当は途中なので、まこの乗換駅まで一緒に行ってもよかったが、今日の今日でいろいろとありすぎて、お互いの気持ちの整理なんかも必要なので、あえて駅で別々の電車に乗った。
ただ、連絡先はちゃんと聞いておいた。今度こそ本当のまこのスマホの番号だ。
納骨などはもう少し先なので、今度、天崎家にお参りに行かせてもらうことになっている。だから、あことの対面はその時になる。
家に着くと、はやる気持ちを抑えながら先にシャワーを浴びてしまう。いくら菅原神社の木陰にいたとは言え、一日中、外にいたので汗もかなりかいていた。
一日の汗を流し、乾かして、改めて机の前に座る。
俺とまこの『恋愛ごっこ』は終わった。でも、俺とあこの『恋愛ごっこ』はまだ終わっていない。最後のミッションを前に、大きく息を吸いこんで引き出しを開けた。
引き出しの中には『渉へ』と書かれた封筒と一枚のメモが入っている。
あこの望みなので、まこには黙っていたが、実はクリップモーモーの中にはまこに渡した封筒以外のものも入っていた。
昨日の夜、中里から受け取ったクリップモーモーを調べてみると、一枚のメモと『まこへ』と『渉へ』と書かれた封筒の二枚を見つけた。本当はすぐにでも自分用の手紙を確認したかったが、あこがそれを許さなかった。
唯一、封筒に入っていなかったメモ用紙にはあこの字で、『クリップモーモーとまこ用の手紙は、渉からまこに渡してあげて。手紙は二人で一緒に見るように! 渉用はまこ用の手紙を二人で読んだ後に、必ず一人になってから読んで! ちゃんと守らないと化けて出る!』と書かれていた。
あこが化けて出るのも悪くないなとは思ったが、ここは故人の遺志を尊重しようと思い、ちゃんとあこの指示を守った。
ここまで散々、あこを探したり、あこだと思ったらまこだったりと、この『恋愛ごっこ』に関していろんな目にあってきたので、もう怖いものなんてないと思っていたが、いざ最後に自分あての手紙を託されると、何が書いてあるか少し怖くなった。
ハサミで丁寧に封を切り、中に入ってあった便せんを取り出す。あこの書く一文字、一文字をいつくしむように、丁寧に文字を目で追っていく。
『渉へ
私の作戦がうまくいっていたら、この手紙を読んでいる時には、まことの『恋愛ごっこ』に決着をつけていてくれてると思います。
もしかして、私のしたことで怒っていたらごめんなさい。まこに私のふりをさせたのは私なので、まこに対しては怒らないでね。そうは言いながらも、渉は私に振り回され慣れているので、全く怒っていないだろうと思う』
おいおいと心の中でツッコミながら手紙を読み進める。ずいぶんまこと扱いが違う。
『あこへの手紙にも書いたように、「恋愛ごっこ」が終わってこれから二人がどんな続きを描くかは、二人にお任せするね。私にとって大切な二人が恋人同士になったら素敵なことだなと思うけど、それは二人が決めること。
ただ、もしそうならなかったとしても、まこのことをよろしくお願いします。まこは私と違って繊細で、でもそのくせ意地っ張りで強情なところもある。だから、もしあの子が何か困ったことがあったら、昔みたいにあの子の力になってくれるとうれしいです。
勝手なお願いだけど、渉のことだから言わなくてもそうしてくれると信じてる。
さて、まこの事ばかりで、渉がそわそわしているかもしれないので、渉のことも書くね。まこと渉の「恋愛ごっこ」は渉がきちんと終わらせてくれたはずなので、今度は私がきちんとあの夏の「恋愛ごっこ」を終わらせる番だね。
十年前、渉がさとちゃんから告白されたって話を聞いたとき、本当はなぜかもやっとしたんだ。ずっと胸に何かが引っかかって取れない感じ。それまでは渉は近くにいることが当たり前で、そのことに対して何も思っていなかった。
でも、「恋愛ごっこ」を続けていく中で、少しずつその引っかかりの正体が見えてきた。そして、急に渉の前から消えなければならなくなって……渉が近くにいなくなって初めて自分自身の気持ちに気づいた。私、バカだよね。もっと早く気づいていたらもっとたくさんの時間を二人で過ごせたかもしれないのに。
これがほんとのほんとに最後になるから渉に伝えるね。
あの夏、私は渉に恋していた。
私、生まれてきてよかった……渉に逢えたし。
渉、大好きだよ。ずっと、ずっと大好きだよ。
これが私の本心、悔しいけど先に私から言っちゃったから、「恋愛ごっこ」は私の負け。でも、ちゃんと終わらせることができてよかった。
渉、幸せになってね!
あこより』
もう十分だと思ったのに……昨日、一生分の涙を流したと思っていたのに。俺の中に、まだこんなにも涙が残っていたのかというほど泣いた。泣き叫んだ。
病院で話を聞いた時も、まこと会った時も、どこかあこが本当にいなくなったという実感はなかった。あの夏の「恋愛ごっこ」が終わらない限りは、どこかでひょこと顏でも出すんじゃないか、そんな気がしていた。
でも、あこはいない。もう本当にいないんだ。最後にちゃんとあの夏を終わらせてくれた。
あこ……俺もあこに逢えてよかった。
あの夏、あこに恋してよかった。
誰よりも大好きだった。
……『恋愛ごっこ』は私の負け。ううん、違うよ、あこ。そうじゃない。
「……引き分けだよ」
あこからの手紙を握りしめたまま、つぶやいた。
十年前のあの夏が終わった。



