「……いつから気づいていましたか?」
天崎真琴、まこが視線を逸らしたまま尋ねる。
「ずっと違和感を感じていたけど確信を持ったのは最近だよ。でも、最初に引っかかったのは初めて会ったときかな」
「……うまくあこちゃんを演じられたと思ってたんだけどな」
まこが自嘲気味につぶやく。
「ああ、もともとよく似てたし、十年ぶりだからな。女性は化粧なんかもするから完全に騙されたよ」
「私は十年ぶりでも、すぐ渉くんだってわかりましたよ」
「あんまり変わってないからな。あと、今さら敬語はなしにしよ! かえって変な感じがする」
無言でまこはうなずいた。
「引っかかったのはそこじゃないんだ。俺の引退試合の時の話……初めて会ったときに、まるでその目で見てきたように試合のこと言ってただろ? あの日、あこは来なかったんだ。それで思い出したんだ。応援に来ていたテニス部の一年の中にまこもいたなって」
俺の言葉にまこは納得したような顔している。
同窓会の時に氏家たちと引退試合の話をしていて脳裏によみがえった。あの日はテニス部がオフだとかで一、二年も何人か野球部の応援に来ていた。その中に芦田明子の妹、真琴がいた。
姉の明子が「あこ」と呼ばれていたので、自然と妹の真琴は周りから「まこ」と呼ばれていた。妹のまこは姉と比べるとずいぶんとおとなしく、性格は全然違ったが、目鼻立ちはそっくりだった。
ショートカットのあこに対して、まこは肩口まで伸びた髪をいつも一つくくりにしていたが、同じ髪型だったらもっとそっくりだっただろう。
「……そっか、あの日が夜逃げの日だったね。お母さんとあこちゃんは、いろいろな準備をしていたらしいけど、私は何にも知らされてなくて野球部の応援に行ってた」
「でも、ほんと後はボロも出さずに完璧だった。一度だけ『お前、本当にあこか?』ってカマかけても流されたしな」
俺は両手を軽く上げて「まいった」の意思表示をする。
本物のあこからいろんな情報が入っていたのかも知れないが、まこの演技は、ほぼほぼ完璧だった。あこが成長したらこんな感じだろうなと、違和感なく二度も過ごしたのだから。
「なあ」
少しの沈黙の後、まこに呼びかける。まこは視線だけこちらに向けた。
「……全部教えてくれないか?」
できるだけ優しくまこに問いかける。
……わかってる。
あこが亡くなって、まだ十日ほどしか経ってない。まこだって辛いんだ。でもいつまでも秘密を抱えたままでは、歩き出せない。まこにとっても『恋愛ごっこ』は終わらせなければならないんだ。
「……渉くん」
いきなりまこが俺に向かって頭を下げる。
「ずっとだますようなことをしてて、ごめんなさい」
頭を下げ続けるまこの肩をポンと叩く。まこは気にしているかもしれないが、俺はそんなところに別に引っかかってはいない。
「いいって、別にまこが悪いわけじゃないよ。それに、どうせあこが最初に頼んだんだろ?」
やっと頭をあげたまこの袖口を左手で引っ張り、右手で境内の石段を指差す。
「とりあえず立ち話も何だし座って話そう。昔も塾帰りにここで、あこと話してたんだ……」
先に石段に腰掛け、隣に座るように促す。まこも無言でうなずくと横に並ぶ。こうしていると本当にあの夏に戻ったような感覚になる。
隣に座るまこの横顔を見てみた。視線を感じたのか、まこもこちらを一度見て、再び目を逸らす。あこと思って会っていたこの間より、ある意味こちらの方が緊張する。あこの妹だったので、全く交流がなかったわけではない。「まこ」と「渉くん」と名前で呼び合うぐらいは昔からしていた。
「メールも全部、まこだったのか?」
「……だいたいは。『恋愛ごっこ』の続きを始めた初日だけは、あこちゃんがメールを打ってた」
少しずつだけど俺の質問にも答えてくれ始める。言葉にすることで、まこの中でも整理がつくだろう。
「最初にあこちゃんが渉くんとしていた『恋愛ごっこ』の続きをしたいと言い出したときは、私も中里先生も大賛成したの。それがあこちゃんの人生の糧になるならって。あこちゃんは照れながら、渉くんと始めた『恋愛ごっこ』の話をしてくれた」
「それは中里先生からも聞いたよ。そのことでからかわれまでした」
苦笑まじりに答える。
「中里先生ならやりそう。でも、あの先生は本当にいい先生よ。あこちゃんの希望はできるだけ叶えたいって、すごくいろいろ動いてくれた」
「そうだね。いい先生だってことは認めるよ」
患者のために涙まで浮かべる先生はそうはいない。
「それであこちゃんは、新しいスマホを用意して、フェイスブックで渉くんと連絡取れたって見せてくれたの。でも、それを見てびっくりした。話にあった『恋愛ごっこ』を再開することは決まっていたけど、そこに載ってる写真が私なんだもん!」
「あこならやりそうだな」
俺は思わずプッと噴き出す。最初にあこと『恋愛ごっこ』を始めたときと同じだ。ブルドーザーの様に勝手に人を巻き込んでいく。
「それであこちゃんは、そのスマホは私に渡して『続きはまこがやって!』って言ったの。もちろん最初は断った……でも、ちょっと前までの抗がん剤治療の影響や、体調のこともあって、どうしても会いに行くことはできないから、代わりにあことして『恋愛ごっこ』を続けてと頼み込まれた」
予想どおりと言えば予想どおりだ。性格上、まこが自分からあこをかたって、『恋愛ごっこ』を始めたとは考えられない。あこに頼み込まれて渋々始めたというのが本当のところだろう。
「もちろん見た目で、あこちゃんじゃないってバレるかもしれないし、思い出話になったら食い違いも出てくるかも知れないって言ったけど、あこちゃんはその辺は楽観的だった。見た目については、フェイスブックの写真でもバレなかったし、何より十年ぶりだから一度こうだと信じればそのまま行けるだろうって」
「……うん、それは正解。一度、あこがこんなふうに成長したんだと思ったら、後からは何も違和感なかった」
「そこはあこちゃんの作戦成功だね。でも、大変だったのはもう一つの方。あこちゃんは、あの頃のことをずっと思い出しては、それをノートに書いていった。あの日はあんな会話をした。この日はどこどこへ行ったって。それを病院に行くたびに、あこちゃんから受け取ってたの。逆に私からは『恋愛ごっこ』の内容をあこちゃんに伝えていた。今日はこんな会話をした。渉くんはこんな生活をしているってね」
俺が違和感を感じながらも、最後の最後まで本物のあこじゃないと決定づけられなかったのはこのせいだ。俺とあこしか知らないはずの会話や思い出を正確に再現したあこのノートとまこの演技力の勝ちだ。
思い出の中のあこの勝ち誇った顔が目に浮かぶ。
「たまにあこちゃんからの注文がつくこともあった。初めて会った時のプリクラも、あこちゃんからのリクエストだったの。今の渉くんを見たいから昔とったみたいに必ず撮ってきてって。一緒にキャッチボールしたのもそう。渉くんの野球をしている姿が見たいって」
あの思い出のデートコースや公園でのキャッチボールにはそういう裏があったのか。言われて思い出したが、キャッチボールの時も昔よりあこがキャッチボールが下手になりすぎていて、不思議に思ったんだった。
今考えてみるとあれはまこだっただからだな。失礼な話だが、同じテニス部だったけどあことまこでは、あこの方が運動能力が高く、まこは少しどんくさいとことがあった。その分、まこの方が勉強などはできたが……。
そこまで考えが巡ったとき、あの公園でのまこと別れる場面を思い出した。
「もしかして、公園の時のあの電話が病院からだったのか?」
あの時のまこの様子は普通ではなかった。
「……ええ。病院からあこちゃんの容体が急変したって。結局、数日後の朝にあこちゃんは亡くなった」
まこの頬にすっと涙が一筋流れる。
たぶんこの十日ほどで散々泣いたんだろう。まこの記憶はまこが小学生のときのものがほとんどだが、あこの後ろをついてまわる仲の良い姿を思い出す。
「最初にも言ったけど本当は今日来るか迷っていたの……あこちゃんは私に自分が先にいなくなっても必ず最後まで終わらせてって言っていた。でも、本当に私が続けていていいのかわからなくなっていった」
あこが両手で顔を覆い、うつむいてしまう。
「どういうこと?」
優しく問いかけてまこの言葉を待つ。
大丈夫。まこの言葉を受け止めるのが、想いをすべて受け止めるのが、今日の俺の役割。
「私にとってあこちゃんは本当にいいお姉ちゃんだった。私とは違うその性格に、生き方にあこがれた。いつも目の前の目標はあこちゃんだった。私のことも大切にしてくれた。それこそ、自分以上に私のことも気にかけてくれた」
まこと目が合わなくても、まこの方をしっかりと見てうなずく。
「そんなあこちゃんが始めた、この『恋愛ごっこ』にどれだけの想いがつまっていたかもわかっていた。だからあこちゃんの代わりもすることにした。ずっと憧れていたあこちゃんになれることも悪くなかった。でも……いつからか、気づいちゃった。私、楽しんでるって。あこちゃんの代わりとしてではなく、私自身として。あこちゃんがあんなに苦しんでいるのに」
そこまで話すとまこは涙をぬぐって、顔をあげてこちらの方を向いた。
「ねえ、急にびっくりすること言っていい?」
俺が肯定や否定をするより先にまこが続ける。
「私、本当はずっと渉くんのことが好きだったんだ。あこちゃんのことで私が上級生からいじめられたの覚えてる? あのとき、渉くんが助けてくれたの。あれ以来、渉くんはずっと私の王子様だったんだよ」
まこが俺に対してそんな想いを抱いていたことは知らなかったが、そのこと自体は覚えている。同学年の男子を追い払って、泣いてるまこを家まで送っていったはずだ。
「渉くんと『恋愛ごっこ』してるうちに、いつの間にか昔の想いを思い出しちゃった。これが本当だったらいいのにって……病気のあこちゃんの代わりだったのに、最低だよね」
「……まこ」
「……だから、今日はちゃんと懺悔しようと思ってここに来たの。渉くんとあこちゃんに。それが私なりの『恋愛ごっこ』の終らせ方」
まこはあこへの想いと俺への想いの間で苦しんだのだろう。でも、それは本当にあやまることなんだろうか? 仮に途中から『恋愛ごっこ』を自分のためにしていたとしても悪いことだとは思わないし、それで怒るあこではない。
まこはまこなりの『恋愛ごっこ』の終らせ方をした。今度は自分の番だ。
「なあ、まこ……たぶんあこは、そんなまこの気持ちもわかっていたんじゃないかな?」
「えっ!?」
思いもよらない俺の言葉に、まこは驚いた顔をする。
「あこはわかっていて、それでもなお、まことやり遂げたかったんじゃないかな?」
「そんなことわかるわけ……」
「わかるさ」
抱えていた紙袋をまこの前に差し出す。
「中里先生があこから預かってたんだ。『恋愛ごっこ』の終わりに俺からまこに渡してくれって」
紙袋から中身を取り出してまこに見せる。摂北大附属病院のあこの部屋で、まこも見たことのある牛のぬいぐるみだ。
「……これは?」
「クリップモーモー。見たことあるだろ? 昔、俺があこに修学旅行のおみやげで買って帰ったんだ。ほら、あこ怪我して修学旅行行けなかっただろ?」
そのあたりの話もあこからすでに聞いているかもしれない。でも、なぜ今、クリップモーモーなのか、不思議そうな顔を浮かべる。
「これ前足がクリップになっているだけじゃなくて、おなかの部分がポーチになっているんだ」
そう言いながら、おなかの部分のチャックを開ける。中に入っていたスマホより一回り小さいぐらいの封筒を取り出した。
「まこへのメッセージだよ。あこからの……」
その封筒をまこに手渡し、中を見るようまこに促す。まこは封筒を受け取り、中に入っていた数枚の便せんを取り出すと、ためらいがちに俺の方を見る。まこと目を合わせて、俺はしっかりとうなずく。
まこは一度大きく深呼吸すると、俺の隣で『まこへ』と書かれた便せんを開けた。
『まこへ
まこに手紙を書くのはいつぶりだろ? なんか改めて書くと何だか緊張するね。でも、これをまこが読んでいるときは、もう私はお空の上だと思うから好きなことを書かせてもらうね。
私の計算通りうまく渉から手紙をもらっていればいいんだけど、全然、違うタイミングになていたらごめん。
まずは私がまこに伝えたいことは、感謝の気持ちです。私が姉でまこが妹だったけど、実際にはまこの方がしっかり屋さんで、いつも暴走する私をいつも優しく包み込んでくれたね。
昔は家が大変だったけど、その分、普通の姉妹以上にまことは仲良しで、まこがいたからいろんなことも乗り越えられた。本当にありがとう。
私にとってまこは大好きで、大切な存在。
今まで迷惑ばっかりかけて、お姉ちゃんらしいことは何もできなくてごめんね。
渉との「恋愛ごっこ」の件でも最後まで迷惑かけちゃったね。でも、まこを通して今の渉のことが知れて本当によかった。まこから渉とのメールやデートの話を聞いたり、私が今まで話せていなかった昔の話なんかをたくさんできた。
「恋愛ごっこ」の続きを始めてのこの二週間は、私の人生にとっても濃密なすごく幸せな時間になったよ。まこからも渉にお礼を言っておいてね。
昔から姉妹でなんでも話してきたけど、「恋愛ごっこ」のことをずっと言えなくてごめん。自分でもすごくズルいなって思う。でも、これで本当に最後だと思うから言っておくね。
まこは私のこともあるし、ずっと胸の中に秘めてたんでしょ? でも、私は知ってたよ。一番近くにいたんだから気づいてた。昔、まこが渉に対して抱いていた気持ち。
ここからは私の想像でしかないから、もし違っていたら読み流してね。
十年ぶりに再会してまこも渉に対しての想いを思い出したんじゃないかな? 渉とメールしたり、会うようになってまこはきれいになった気がする。きっと恋してるんだね。
誰かを好きになることってすごく大切なこと。それが人生の力になるって私は他の誰よりも知っている。だから、もし私の事を気にして自分の想いをまた隠そうとしていたら、それこそ私は怒って成仏できないから絶対にダメだよ。
私はその先の未来を見ることができなくなったけど、私の大切なまこと私の大切な渉が仲良くなってくれたら、そんなに嬉しいことはない。
ここだけの話だけど、実は「恋愛ごっこ」の続きには二人がもう一度仲良くなるって目的もあったんだよ。だからと言って、無理やり二人をくっつけようとしている訳じゃないからね。
この「恋愛ごっこ」の続きが終わったら、その続きの未来をどう描くかは、二人がそれぞれに決めることだもん。二人がどんな未来を描くか、ずっと空の上から見守っているね。
長々と訳の分からないことをたくさん書いてごめん! 特に後半部分は私の想像と妄想が入り混じっているから、全然的外れだったらごめんね。でも、最後にもう一度だけ言わせて。
まこ、大好きだよ! 私の分まで絶対に幸せになってね!
あこより』
手紙を持つまこの手が小刻みに震える。どんどんと溢れる涙をまこはもう拭うこともやめていた。
心配して隣のまこの顔をのぞき込む。まこも涙を頬に伝わらせながらこっちを見ると耐えきれなくなったのか、そのまま俺の顔を胸にうずめていた。
声をかけるべきか迷ったが、しばらくそのままで置いておくことにした。
「あこちゃん……あこちゃん……」とまこの嗚咽は止まない。ある意味、まこがこれだけ泣いてくれているおかげで俺も冷静になれている。きっと今も一人だったら同じように涙を流していたかもしれない。
どれくらいの時間が経ったんだろう? 沈みかけた夕陽であたりが橙に輝いている。きっと何百回も、何千回も同じように夕陽が神社を照らしてきたんだろうけど、今日の景色を忘れないでおこうと思った。
嗚咽は止んだが、まこはまだ俺の胸の中だ。まこの頭をポンポンとよしよしする。あこにも一度だけこうしたことを思い出す。
「……渉くん、ごめん」
「いいよ、俺の分まで泣いてくれ」
「……何それ」
顔うずめたまま、まこが答える。返事の代わりに頭をなでていた左手にグッと力を込めてまこの肩を抱き寄せる。言葉よりお互いの存在をぬくもりで感じたかった。
「夏が終わるな……」
少しずつ橙の輝きが消えていき、藍色の空へと移っていくのを眺めながらつぶやいた。この夏もいつかの夏になっていくのだろうか? 一つの季節が終わり、また一つの季節が始まる。その中で俺たちはただ一生懸命、生きていくしかない。
そんな俺のつぶやきを聞いたのかどうかはわからないが、まこがやっと顔をあげる。
「渉くん、ありがとう」
「どういたしまして」
散々泣いて目をはらしているまこに、あえておどけた調子で答える。それを見てまこは一瞬、微笑み、そして、また真剣な顔になった。
「渉くん……あこちゃんがいろいろ考えててくれたみたいだけど、私、きっとすぐには変われない」
今度はきちんと俺と目を合わせる。こういう真面目なところはまこなんだよな。
「いいんじゃないか? きっと時間をかけなきゃいけないんだよ。俺も……まこも」
真っすぐな想いには真っすぐに応えたい。
「俺らの、俺とあことまこの『恋愛ごっこ』はもう終わりだ。続きは俺らで決めればいい。あこの手紙にも書いてあっただろ? どんな未来を描くは俺らしだいだって」
「……渉くん」
「俺もちゃんとあこのお参りもしたいし、気持ちの整理もしたい。それに、これからまこのことをもっと知っていきたい。いいじゃん? 今度は一カ月なんて言わなくて、いくらでも時間をかけて、それから答え合わせすりゃさ」
最後はちょっとくさかったかな。今さらながら自分の言葉に少し照れる。
「ありがとう」
まこの目にもう一度涙が浮かんだ。
まこはその涙をぎりぎりでこらえて、もう一度大きくうなずいた。膝にクリップモーモーの入った紙袋を乗せ、あこからの手紙を両手で胸の前に大切に抱えている。
ほっておくと、まこはいつまでもそうしていそうだったので、先に立ち上がって、両手を広げて「うーん」と大きく伸びをする。チラッとこちらに目をやったまこに声をかけた。
「そろそろ行くか」
その声かけに反応して、しばらく止まっていたまこの時間が動き出す。
俺がすでに立ち上がっているので、まこも急いで片づけを始めた。ついさっき読んだばかりの便せんをもう一度、丁寧に折りたたみ、入っていた封筒にしまおうとした時、あこの手が止まった。
「……!? 渉くん……もう一枚ある」
手紙の封筒の中にもう一枚、便せんとは別に小さな紙片が入っている。小さく折りたたまれた紙きれを封筒から、人差し指と親指で挟んで取り出す。俺ももう一度、まこの横で顔を並べてそれを見る。
何とか取り出した紙きれを開けて、二人で顔を寄せてのぞき込む。
「……!?」
そこには今の二人と同じように顔を寄せ合った俺とまこの写真が貼ってある。あの再会の日に観覧車の後に二人で撮ったプリクラだ。
その下には丸みを帯びたあこの字でたった一言添えられていた。
「お似合いだよ!」
天崎真琴、まこが視線を逸らしたまま尋ねる。
「ずっと違和感を感じていたけど確信を持ったのは最近だよ。でも、最初に引っかかったのは初めて会ったときかな」
「……うまくあこちゃんを演じられたと思ってたんだけどな」
まこが自嘲気味につぶやく。
「ああ、もともとよく似てたし、十年ぶりだからな。女性は化粧なんかもするから完全に騙されたよ」
「私は十年ぶりでも、すぐ渉くんだってわかりましたよ」
「あんまり変わってないからな。あと、今さら敬語はなしにしよ! かえって変な感じがする」
無言でまこはうなずいた。
「引っかかったのはそこじゃないんだ。俺の引退試合の時の話……初めて会ったときに、まるでその目で見てきたように試合のこと言ってただろ? あの日、あこは来なかったんだ。それで思い出したんだ。応援に来ていたテニス部の一年の中にまこもいたなって」
俺の言葉にまこは納得したような顔している。
同窓会の時に氏家たちと引退試合の話をしていて脳裏によみがえった。あの日はテニス部がオフだとかで一、二年も何人か野球部の応援に来ていた。その中に芦田明子の妹、真琴がいた。
姉の明子が「あこ」と呼ばれていたので、自然と妹の真琴は周りから「まこ」と呼ばれていた。妹のまこは姉と比べるとずいぶんとおとなしく、性格は全然違ったが、目鼻立ちはそっくりだった。
ショートカットのあこに対して、まこは肩口まで伸びた髪をいつも一つくくりにしていたが、同じ髪型だったらもっとそっくりだっただろう。
「……そっか、あの日が夜逃げの日だったね。お母さんとあこちゃんは、いろいろな準備をしていたらしいけど、私は何にも知らされてなくて野球部の応援に行ってた」
「でも、ほんと後はボロも出さずに完璧だった。一度だけ『お前、本当にあこか?』ってカマかけても流されたしな」
俺は両手を軽く上げて「まいった」の意思表示をする。
本物のあこからいろんな情報が入っていたのかも知れないが、まこの演技は、ほぼほぼ完璧だった。あこが成長したらこんな感じだろうなと、違和感なく二度も過ごしたのだから。
「なあ」
少しの沈黙の後、まこに呼びかける。まこは視線だけこちらに向けた。
「……全部教えてくれないか?」
できるだけ優しくまこに問いかける。
……わかってる。
あこが亡くなって、まだ十日ほどしか経ってない。まこだって辛いんだ。でもいつまでも秘密を抱えたままでは、歩き出せない。まこにとっても『恋愛ごっこ』は終わらせなければならないんだ。
「……渉くん」
いきなりまこが俺に向かって頭を下げる。
「ずっとだますようなことをしてて、ごめんなさい」
頭を下げ続けるまこの肩をポンと叩く。まこは気にしているかもしれないが、俺はそんなところに別に引っかかってはいない。
「いいって、別にまこが悪いわけじゃないよ。それに、どうせあこが最初に頼んだんだろ?」
やっと頭をあげたまこの袖口を左手で引っ張り、右手で境内の石段を指差す。
「とりあえず立ち話も何だし座って話そう。昔も塾帰りにここで、あこと話してたんだ……」
先に石段に腰掛け、隣に座るように促す。まこも無言でうなずくと横に並ぶ。こうしていると本当にあの夏に戻ったような感覚になる。
隣に座るまこの横顔を見てみた。視線を感じたのか、まこもこちらを一度見て、再び目を逸らす。あこと思って会っていたこの間より、ある意味こちらの方が緊張する。あこの妹だったので、全く交流がなかったわけではない。「まこ」と「渉くん」と名前で呼び合うぐらいは昔からしていた。
「メールも全部、まこだったのか?」
「……だいたいは。『恋愛ごっこ』の続きを始めた初日だけは、あこちゃんがメールを打ってた」
少しずつだけど俺の質問にも答えてくれ始める。言葉にすることで、まこの中でも整理がつくだろう。
「最初にあこちゃんが渉くんとしていた『恋愛ごっこ』の続きをしたいと言い出したときは、私も中里先生も大賛成したの。それがあこちゃんの人生の糧になるならって。あこちゃんは照れながら、渉くんと始めた『恋愛ごっこ』の話をしてくれた」
「それは中里先生からも聞いたよ。そのことでからかわれまでした」
苦笑まじりに答える。
「中里先生ならやりそう。でも、あの先生は本当にいい先生よ。あこちゃんの希望はできるだけ叶えたいって、すごくいろいろ動いてくれた」
「そうだね。いい先生だってことは認めるよ」
患者のために涙まで浮かべる先生はそうはいない。
「それであこちゃんは、新しいスマホを用意して、フェイスブックで渉くんと連絡取れたって見せてくれたの。でも、それを見てびっくりした。話にあった『恋愛ごっこ』を再開することは決まっていたけど、そこに載ってる写真が私なんだもん!」
「あこならやりそうだな」
俺は思わずプッと噴き出す。最初にあこと『恋愛ごっこ』を始めたときと同じだ。ブルドーザーの様に勝手に人を巻き込んでいく。
「それであこちゃんは、そのスマホは私に渡して『続きはまこがやって!』って言ったの。もちろん最初は断った……でも、ちょっと前までの抗がん剤治療の影響や、体調のこともあって、どうしても会いに行くことはできないから、代わりにあことして『恋愛ごっこ』を続けてと頼み込まれた」
予想どおりと言えば予想どおりだ。性格上、まこが自分からあこをかたって、『恋愛ごっこ』を始めたとは考えられない。あこに頼み込まれて渋々始めたというのが本当のところだろう。
「もちろん見た目で、あこちゃんじゃないってバレるかもしれないし、思い出話になったら食い違いも出てくるかも知れないって言ったけど、あこちゃんはその辺は楽観的だった。見た目については、フェイスブックの写真でもバレなかったし、何より十年ぶりだから一度こうだと信じればそのまま行けるだろうって」
「……うん、それは正解。一度、あこがこんなふうに成長したんだと思ったら、後からは何も違和感なかった」
「そこはあこちゃんの作戦成功だね。でも、大変だったのはもう一つの方。あこちゃんは、あの頃のことをずっと思い出しては、それをノートに書いていった。あの日はあんな会話をした。この日はどこどこへ行ったって。それを病院に行くたびに、あこちゃんから受け取ってたの。逆に私からは『恋愛ごっこ』の内容をあこちゃんに伝えていた。今日はこんな会話をした。渉くんはこんな生活をしているってね」
俺が違和感を感じながらも、最後の最後まで本物のあこじゃないと決定づけられなかったのはこのせいだ。俺とあこしか知らないはずの会話や思い出を正確に再現したあこのノートとまこの演技力の勝ちだ。
思い出の中のあこの勝ち誇った顔が目に浮かぶ。
「たまにあこちゃんからの注文がつくこともあった。初めて会った時のプリクラも、あこちゃんからのリクエストだったの。今の渉くんを見たいから昔とったみたいに必ず撮ってきてって。一緒にキャッチボールしたのもそう。渉くんの野球をしている姿が見たいって」
あの思い出のデートコースや公園でのキャッチボールにはそういう裏があったのか。言われて思い出したが、キャッチボールの時も昔よりあこがキャッチボールが下手になりすぎていて、不思議に思ったんだった。
今考えてみるとあれはまこだっただからだな。失礼な話だが、同じテニス部だったけどあことまこでは、あこの方が運動能力が高く、まこは少しどんくさいとことがあった。その分、まこの方が勉強などはできたが……。
そこまで考えが巡ったとき、あの公園でのまこと別れる場面を思い出した。
「もしかして、公園の時のあの電話が病院からだったのか?」
あの時のまこの様子は普通ではなかった。
「……ええ。病院からあこちゃんの容体が急変したって。結局、数日後の朝にあこちゃんは亡くなった」
まこの頬にすっと涙が一筋流れる。
たぶんこの十日ほどで散々泣いたんだろう。まこの記憶はまこが小学生のときのものがほとんどだが、あこの後ろをついてまわる仲の良い姿を思い出す。
「最初にも言ったけど本当は今日来るか迷っていたの……あこちゃんは私に自分が先にいなくなっても必ず最後まで終わらせてって言っていた。でも、本当に私が続けていていいのかわからなくなっていった」
あこが両手で顔を覆い、うつむいてしまう。
「どういうこと?」
優しく問いかけてまこの言葉を待つ。
大丈夫。まこの言葉を受け止めるのが、想いをすべて受け止めるのが、今日の俺の役割。
「私にとってあこちゃんは本当にいいお姉ちゃんだった。私とは違うその性格に、生き方にあこがれた。いつも目の前の目標はあこちゃんだった。私のことも大切にしてくれた。それこそ、自分以上に私のことも気にかけてくれた」
まこと目が合わなくても、まこの方をしっかりと見てうなずく。
「そんなあこちゃんが始めた、この『恋愛ごっこ』にどれだけの想いがつまっていたかもわかっていた。だからあこちゃんの代わりもすることにした。ずっと憧れていたあこちゃんになれることも悪くなかった。でも……いつからか、気づいちゃった。私、楽しんでるって。あこちゃんの代わりとしてではなく、私自身として。あこちゃんがあんなに苦しんでいるのに」
そこまで話すとまこは涙をぬぐって、顔をあげてこちらの方を向いた。
「ねえ、急にびっくりすること言っていい?」
俺が肯定や否定をするより先にまこが続ける。
「私、本当はずっと渉くんのことが好きだったんだ。あこちゃんのことで私が上級生からいじめられたの覚えてる? あのとき、渉くんが助けてくれたの。あれ以来、渉くんはずっと私の王子様だったんだよ」
まこが俺に対してそんな想いを抱いていたことは知らなかったが、そのこと自体は覚えている。同学年の男子を追い払って、泣いてるまこを家まで送っていったはずだ。
「渉くんと『恋愛ごっこ』してるうちに、いつの間にか昔の想いを思い出しちゃった。これが本当だったらいいのにって……病気のあこちゃんの代わりだったのに、最低だよね」
「……まこ」
「……だから、今日はちゃんと懺悔しようと思ってここに来たの。渉くんとあこちゃんに。それが私なりの『恋愛ごっこ』の終らせ方」
まこはあこへの想いと俺への想いの間で苦しんだのだろう。でも、それは本当にあやまることなんだろうか? 仮に途中から『恋愛ごっこ』を自分のためにしていたとしても悪いことだとは思わないし、それで怒るあこではない。
まこはまこなりの『恋愛ごっこ』の終らせ方をした。今度は自分の番だ。
「なあ、まこ……たぶんあこは、そんなまこの気持ちもわかっていたんじゃないかな?」
「えっ!?」
思いもよらない俺の言葉に、まこは驚いた顔をする。
「あこはわかっていて、それでもなお、まことやり遂げたかったんじゃないかな?」
「そんなことわかるわけ……」
「わかるさ」
抱えていた紙袋をまこの前に差し出す。
「中里先生があこから預かってたんだ。『恋愛ごっこ』の終わりに俺からまこに渡してくれって」
紙袋から中身を取り出してまこに見せる。摂北大附属病院のあこの部屋で、まこも見たことのある牛のぬいぐるみだ。
「……これは?」
「クリップモーモー。見たことあるだろ? 昔、俺があこに修学旅行のおみやげで買って帰ったんだ。ほら、あこ怪我して修学旅行行けなかっただろ?」
そのあたりの話もあこからすでに聞いているかもしれない。でも、なぜ今、クリップモーモーなのか、不思議そうな顔を浮かべる。
「これ前足がクリップになっているだけじゃなくて、おなかの部分がポーチになっているんだ」
そう言いながら、おなかの部分のチャックを開ける。中に入っていたスマホより一回り小さいぐらいの封筒を取り出した。
「まこへのメッセージだよ。あこからの……」
その封筒をまこに手渡し、中を見るようまこに促す。まこは封筒を受け取り、中に入っていた数枚の便せんを取り出すと、ためらいがちに俺の方を見る。まこと目を合わせて、俺はしっかりとうなずく。
まこは一度大きく深呼吸すると、俺の隣で『まこへ』と書かれた便せんを開けた。
『まこへ
まこに手紙を書くのはいつぶりだろ? なんか改めて書くと何だか緊張するね。でも、これをまこが読んでいるときは、もう私はお空の上だと思うから好きなことを書かせてもらうね。
私の計算通りうまく渉から手紙をもらっていればいいんだけど、全然、違うタイミングになていたらごめん。
まずは私がまこに伝えたいことは、感謝の気持ちです。私が姉でまこが妹だったけど、実際にはまこの方がしっかり屋さんで、いつも暴走する私をいつも優しく包み込んでくれたね。
昔は家が大変だったけど、その分、普通の姉妹以上にまことは仲良しで、まこがいたからいろんなことも乗り越えられた。本当にありがとう。
私にとってまこは大好きで、大切な存在。
今まで迷惑ばっかりかけて、お姉ちゃんらしいことは何もできなくてごめんね。
渉との「恋愛ごっこ」の件でも最後まで迷惑かけちゃったね。でも、まこを通して今の渉のことが知れて本当によかった。まこから渉とのメールやデートの話を聞いたり、私が今まで話せていなかった昔の話なんかをたくさんできた。
「恋愛ごっこ」の続きを始めてのこの二週間は、私の人生にとっても濃密なすごく幸せな時間になったよ。まこからも渉にお礼を言っておいてね。
昔から姉妹でなんでも話してきたけど、「恋愛ごっこ」のことをずっと言えなくてごめん。自分でもすごくズルいなって思う。でも、これで本当に最後だと思うから言っておくね。
まこは私のこともあるし、ずっと胸の中に秘めてたんでしょ? でも、私は知ってたよ。一番近くにいたんだから気づいてた。昔、まこが渉に対して抱いていた気持ち。
ここからは私の想像でしかないから、もし違っていたら読み流してね。
十年ぶりに再会してまこも渉に対しての想いを思い出したんじゃないかな? 渉とメールしたり、会うようになってまこはきれいになった気がする。きっと恋してるんだね。
誰かを好きになることってすごく大切なこと。それが人生の力になるって私は他の誰よりも知っている。だから、もし私の事を気にして自分の想いをまた隠そうとしていたら、それこそ私は怒って成仏できないから絶対にダメだよ。
私はその先の未来を見ることができなくなったけど、私の大切なまこと私の大切な渉が仲良くなってくれたら、そんなに嬉しいことはない。
ここだけの話だけど、実は「恋愛ごっこ」の続きには二人がもう一度仲良くなるって目的もあったんだよ。だからと言って、無理やり二人をくっつけようとしている訳じゃないからね。
この「恋愛ごっこ」の続きが終わったら、その続きの未来をどう描くかは、二人がそれぞれに決めることだもん。二人がどんな未来を描くか、ずっと空の上から見守っているね。
長々と訳の分からないことをたくさん書いてごめん! 特に後半部分は私の想像と妄想が入り混じっているから、全然的外れだったらごめんね。でも、最後にもう一度だけ言わせて。
まこ、大好きだよ! 私の分まで絶対に幸せになってね!
あこより』
手紙を持つまこの手が小刻みに震える。どんどんと溢れる涙をまこはもう拭うこともやめていた。
心配して隣のまこの顔をのぞき込む。まこも涙を頬に伝わらせながらこっちを見ると耐えきれなくなったのか、そのまま俺の顔を胸にうずめていた。
声をかけるべきか迷ったが、しばらくそのままで置いておくことにした。
「あこちゃん……あこちゃん……」とまこの嗚咽は止まない。ある意味、まこがこれだけ泣いてくれているおかげで俺も冷静になれている。きっと今も一人だったら同じように涙を流していたかもしれない。
どれくらいの時間が経ったんだろう? 沈みかけた夕陽であたりが橙に輝いている。きっと何百回も、何千回も同じように夕陽が神社を照らしてきたんだろうけど、今日の景色を忘れないでおこうと思った。
嗚咽は止んだが、まこはまだ俺の胸の中だ。まこの頭をポンポンとよしよしする。あこにも一度だけこうしたことを思い出す。
「……渉くん、ごめん」
「いいよ、俺の分まで泣いてくれ」
「……何それ」
顔うずめたまま、まこが答える。返事の代わりに頭をなでていた左手にグッと力を込めてまこの肩を抱き寄せる。言葉よりお互いの存在をぬくもりで感じたかった。
「夏が終わるな……」
少しずつ橙の輝きが消えていき、藍色の空へと移っていくのを眺めながらつぶやいた。この夏もいつかの夏になっていくのだろうか? 一つの季節が終わり、また一つの季節が始まる。その中で俺たちはただ一生懸命、生きていくしかない。
そんな俺のつぶやきを聞いたのかどうかはわからないが、まこがやっと顔をあげる。
「渉くん、ありがとう」
「どういたしまして」
散々泣いて目をはらしているまこに、あえておどけた調子で答える。それを見てまこは一瞬、微笑み、そして、また真剣な顔になった。
「渉くん……あこちゃんがいろいろ考えててくれたみたいだけど、私、きっとすぐには変われない」
今度はきちんと俺と目を合わせる。こういう真面目なところはまこなんだよな。
「いいんじゃないか? きっと時間をかけなきゃいけないんだよ。俺も……まこも」
真っすぐな想いには真っすぐに応えたい。
「俺らの、俺とあことまこの『恋愛ごっこ』はもう終わりだ。続きは俺らで決めればいい。あこの手紙にも書いてあっただろ? どんな未来を描くは俺らしだいだって」
「……渉くん」
「俺もちゃんとあこのお参りもしたいし、気持ちの整理もしたい。それに、これからまこのことをもっと知っていきたい。いいじゃん? 今度は一カ月なんて言わなくて、いくらでも時間をかけて、それから答え合わせすりゃさ」
最後はちょっとくさかったかな。今さらながら自分の言葉に少し照れる。
「ありがとう」
まこの目にもう一度涙が浮かんだ。
まこはその涙をぎりぎりでこらえて、もう一度大きくうなずいた。膝にクリップモーモーの入った紙袋を乗せ、あこからの手紙を両手で胸の前に大切に抱えている。
ほっておくと、まこはいつまでもそうしていそうだったので、先に立ち上がって、両手を広げて「うーん」と大きく伸びをする。チラッとこちらに目をやったまこに声をかけた。
「そろそろ行くか」
その声かけに反応して、しばらく止まっていたまこの時間が動き出す。
俺がすでに立ち上がっているので、まこも急いで片づけを始めた。ついさっき読んだばかりの便せんをもう一度、丁寧に折りたたみ、入っていた封筒にしまおうとした時、あこの手が止まった。
「……!? 渉くん……もう一枚ある」
手紙の封筒の中にもう一枚、便せんとは別に小さな紙片が入っている。小さく折りたたまれた紙きれを封筒から、人差し指と親指で挟んで取り出す。俺ももう一度、まこの横で顔を並べてそれを見る。
何とか取り出した紙きれを開けて、二人で顔を寄せてのぞき込む。
「……!?」
そこには今の二人と同じように顔を寄せ合った俺とまこの写真が貼ってある。あの再会の日に観覧車の後に二人で撮ったプリクラだ。
その下には丸みを帯びたあこの字でたった一言添えられていた。
「お似合いだよ!」



