あの夏の「恋愛ごっこ」の続き

 あこが再び消えて、もうすぐ一週間が経とうとしていた。
 大人になるといろいろな悲しみにも慣れるのか、あるいは感覚が鈍くなるのか、十年前に比べると衝撃は少なかった。もちろんショックがなかったわけではないが、どこかでこうなるような予感を感じていた。
 あこに確かめないといけないことがある。二度目に会ったときに、あこがいくつか嘘をついていることは確信した。考えてみると不思議なことはいくつかあった。そもそも『恋愛ごっこ』の続きを突然、始めたことも、あこの気まぐれだと決めつけていたが、もしかすると何か意味があるのかもしれない。
 もちろん、あこの事だからこっちの深読みで、意味なんて何もないかもしれない。気まぐれで突拍子もないことをするのがあこだ。それでも所々に感じた違和感は、勘違いでないはずだ。
 あこが消えて、どうして前ほどショックを受けなかったのかわかった気がした。ただ受け入れるしかなかった十年前と違い、今度は自分から動こうと決めているからだ。このまま訳も分からず、何も言わないで俺の前から消えさせはしない。もう一度、あこを見つけてみせる。
 何かあこにつながることはないか、この数日ネットやインスタを検索してみたりしたが手がかりはなかった。もしかしてフェイスブックでつながっていた人が他にいないかとも思ったが、すでにアカウントも消えているし、もともと『恋愛ごっこ』用にアカウントをつくったと言っていたので望みは薄いだろう。
 ただ地元から思ったより遠くないところに住んでいたようなので、誰かとばったり出会ったり、つながっている可能性もないとは限らない。そういった意味ではこのタイミングで、中学校の同窓会があるのはありがたいことだった。今だったら担任で学年主任だった湖海先生からどこに引っ越したかを聞いたり、もしかしてテニス部の仲間が連絡を取っていた可能性もないわけではない。とにかくダメもとでも行動してみる強さが自分にも出てきた。
 日曜日の朝は電車も空いている。同窓会当日は一足早く、昼過ぎに地元に帰ってきた。目的は二つ。一つは実家に寄るため、もう一つは菅原神社が残っていることを確認するためだ。
 普段、一人暮らししている街も実家から一時間半の場所だし、半年に一回ぐらいは実家に帰っているのだが、それでも帰るたびに街並みの様子が変わる。昔は駅前にはコンビニと寂れたパチンコ屋が一件あるだけだったのに、いつの間にか駅も改装されて、駅前に立派なロータリーができている。
 駅前のビルにはチェーン店の居酒屋やちょっとおしゃれなケーキ屋さんまでできている。俺も含めてわりと甘党な家族に向けて、ケーキぐらい手土産に持って帰ろうかと思ったが、今月の懐具合と相談してやめておいた。
 駅から大きめの道路を一つ渡って、ずっと一本道を歩く。突き当りを右に曲がると郵便局のある通りに出る。そのあたりからは、駅前のお店が立ち並ぶ風景から少し変わって住宅街が広がる。
 ちらほらと新しい住宅が混じる中に昔ながらの風景が広がる。この通りは塾帰りにあこと通った道だ。このまましばらく歩くと左手に菅原神社が見える。そこをまっすぐ進むと俺の家、左に曲がるとあこの家の方に続く。
 ちょうど休日の部活帰りらしき数人の中学生が通りかかる。自分たちの後輩にあたるはずだが、体操服が俺らの時よりずいぶんと今風なおしゃれなデザインになっている。その後には練習用ユニフォームを着た野球部ともすれ違ってうれしくなる。一時期、顧問の持ち手がいなくて廃部になりかけたと聞いたことがあったが、今は経験者の顧問が赴任してきて、こうして伝統をつないでくれているようだ。声をかけてやりたくなる衝動を抑えて、そのままスルーする。しばらく進むとクヌギ林とくすんだ朱色の鳥居が見えてきた。とりあえず取り壊しなどにはなっていないようでよかった。
 鳥居をくぐって久々に菅原神社の敷地内に足を踏み入れる。十年前の夏休み最後のあの日、自分の気持ちに決着をつけて以降は、菅原神社に寄り付くことはほとんどなかった。もちろん初詣なんかで実家にいるとき、年に一度くらいは行くことはあったが、実家を出てからは初めてきたかもしれない。
 神社の前の通りは少し様相が変わっていたが、神社の中はあの頃のままだ。もともと古びた神社だったので、十年ぐらいで大きな変化はない。せっかくなので、お賽銭を入れてお参りをする。散々、集合場所に使っていたくせに、ちゃんとお参りしたのは初詣の時ぐらいだったので、少し奮発して百円玉を入れておいた。その後、昔のように石段に腰かけてみた。
 少しそこでぼんやりとする。鳥居越しの風景は十年前と変わってしまったが、石段から伝わるひんやりとした感覚は昔と変わらない。菅原神社がちゃんと残っていることはわかった。八月最後の日曜日、本来ならその日にあことここで会うことになっていた。『恋愛ごっこ』の続きをしようと言っていたあこが、最後に決着をつけにやって来る可能性もゼロではない。
 ただ今のところそれ以外、手がかりになりそうなことがないので、汗が引くのを待って菅原神社を後にする。実家に向かう前に思い立って、あこの家のあった場所にも寄ってみることにした。
 十年も経つので手がかりがあるとは思えないが、一度見ておきたかった。何か思い出すこともあるかも知れない。
 神社から出て、少し逆に戻る方向を向いて最初の曲がり角を右に曲がる。しばらく進むと緩やかな坂道になっている。炎天下の中を歩くと、せっかく引いた汗が、またすぐに噴き出してきた。
 地球温暖化のせいだろうか? やっぱり十年前より暑い気がする。緩やかだけどだらだらと続く坂道は、ゆっくりと歩いているだけなのにじわじわと体力を奪う。
 やっとこさ上りきった場所の風景はずいぶんと記憶と変わっていた。昔はもう少し一戸建ての住宅が多かった気がするが、今は新婚さんでも住んでいそうなおしゃれなハイツが立ち並んでいる。ここからは少し記憶をたどりながら、あこの家を目指す。十字路を右に折れて、二つ目の路地を左に曲がる。小さな児童公園を抜けてさらに歩くとあこの家だ。
 目の前にあるレンガ造り風の外構の家は、建て直しをされたのか記憶の中のあこの家とは全く違うが、周りの位置関係を見る限り、元あこの家があった場所なのは間違いない。表札を見ると「松永」と書かれてある。ちょうどその家から小学校の低学年ぐらいの男の子が出てきた。やはりわりと新しく住み始めた若い夫婦なんかが住んでいそうだ。あまりジロジロ見ていて不審に思われてもいけないので、場所だけ確認したらその場から離れる。
 あこの家を確認してからは遠回りにはなるが、来た道とはあえて違う道を選んで実家に戻った。まだ同窓会まで十分に時間はあるので、もう少し街並みを見たかったからだ。
 実家につく頃にはシャツが汗でびしょ濡れになっていた。着替えを持ってきていてよかった。母親が用意しておいてくれた少し遅めの昼食を取る前に、シャワーを借りてさっぱりとした。日曜日なので父親もいて、ひさびさの一家団欒だったが、そうゆっくりともしていられない。父から仕事のことなどを聞かれたがほどほどに返して、昼食の後は自室にこもる。
 一人暮らしで家から出ていってからは、半分物置にされているが、それでも一応俺の部屋はそのままにしてくれている。一人っ子さまさまだ。部屋の隅にある掛け梯子をセットしてロフトに上がる。物置にしているロフトは薄っすらと埃がたまっている。明かり取りのための窓から差し込む光が、舞い散る埃をキラキラと照らす。部屋に入ってすぐにエアコンを入れたが、まだ蒸し暑い。四つん這いになりながら奥まで進み、段ボールの束を一つずつ確認していく。
 卒業アルバムなどは一人暮らしの部屋に持って行ったが、それ以外の写真や学生時代の諸々はこのあたりにしまい込んでいるはずだ。スナップ写真をまとめたアルバムには、野球部のみんなで撮った写真や修学旅行の写真が、綴じられていたがこれは今は関係ない。卒業式で後輩からもらった色紙や、大会のメダルなども見つかり、思わずじっくりと見てしまったがそんなことをしている場合じゃない。どうやらこの手前の二つの箱は、高校と中学校の野球部関連のものを集めているらしい。
 何かあこに関連するものが見つかればと思っているが、なかなか見つからない。中学校は同じクラスになっていないし、小学校も五年生の途中からなので意外と写真なども少ない。小学校の修学旅行の写真が見つかったが、これもあこと行動班が別だったので、一緒に写っているのは平和記念公園で写した全体写真ぐらいだ。
 できれば中学生のころに使っていたスマホが残っていれば一番ありがたかった。あの『恋愛ごっこ』をしていた時のラインのやりとりの跡が残っていたら、何かあこにつながるヒントがあるかもしれないと考えていたが厳しそうだ。
 あれから何度も機種変更したし、落としてしまって液晶が割れて使えなくなったこともあった。さすがに十年前のスマホは片付けの時に捨てたり、下取りに回してしまったかもしれない。
 額にたまった汗をぬぐいながら、大きなため息をつく。埃っぽい匂いには慣れてきたが、あまり成果はなさそうだ。十年前のやり取りも印象深いことは覚えているが、そうでないものは細かい物まで全部覚えている訳ではない。それにいつの間にか思い込みで、誤った内容が記憶に定着している可能性もある。
 うまいこと過去のやり取りが手に入ったたら、少なくとも前から疑問に思っていた違和感は拭い去れるかもしれないと思っていたが甘かったようだ。せめてあこと撮ったプリクラは残ってないかと探してみたが見つからない。絶対に捨てては、いないはずだ。あの時のプリクラは普段持ち歩かないほうの財布に入れてしまったと思う。ただ、その財布が見つからない。中学生セットの段ボールに入っているものとばかり思っていたが見つからない。
 かなりの時間をかけて中学生セットを確かめたが結局見つからず、ついに小学校関係の段ボールにまで手を出す。一番奥底から段ボールを引っ張り出すと、中学生セットに入りきらなかったものを最後に詰め込んだのか、小学校のころのものと中学校のころのものが乱雑に入り混じっている。
 最初はきちんと分けられていたはずなのに、いつかの大掃除の時に無理やり突っ込んでしまったのだろう。あるいは一人暮らしを始めるときに持っていくものを選別した時かもしれない。クラスが同じだった小学校時代のものなら少しぐらい手がかりがあるかと思ったが、この調子だとなかなか難しそうだ。あきらめてそろそろ同窓会の準備をしようかと思った時、段ボールの中にあった一つのぬいぐるみに目が行く。
「もしかして!?」と思って、そのぬいぐるみを引っ張り出す。
 ロフトの段ボールの中でしばらく放置されていたので、少し表面の色合いは古くなっている。前足を合わせたかわいらしい牛のぬいぐるみの首元には、まだ商品名「クリップモーモー」のタグが付いたままになっている。
 中学校の修学旅行で行った牧場で買ったもので、お土産としてあこに買って帰ったのと同じものだ。別にあのときは『恋愛ごっこ』前だったし、おそろいを意識したわけではない。ただ何となく気に入って、自分の分も買って帰り、しばらくは机の上で飾っていた。
 いつの間にかどこにやったのかわからなくなっていたが、こんなところにしまい込んでいたとは……。
前足の付け根あたりを握ると、クリップが開き、力を緩めるとそれが閉じられる。まだ十分クリップとしての役割も果たせそうだ。
 次に背中についてあるファスナーに手をかける。期待は確信に変わっていた。ゆっくりとファスナーを下ろして、中に入ってあったツルツルとした滑らかな紙片を取り出す。
 頬を寄せ合った二人の笑顔の下には「仲良し」と書かれている。胸の奥が熱くなる。そこにはあの日の俺とあこがいた
 思っていたより同窓会はちゃんとしたものだった。うちの中学校では卒業時にきちんと同窓会費を徴収していて、卒業して十年で中学校を使って同窓会を開く。形だけだが同窓会総会を開き、また次の代につなぐことが規約で決まっていた。
 同窓会が開かれると聞いて初めはもっとラフなものを想像していたが、まず中学校で行われる分は、同窓会総会と茶話会程度で、それが終わってから希望者のみで二次会が開かれるらしい。酒が入るのはこの二次会からだ。俺のイメージにあった同窓会というやつがどうやらこの二次会のようだ。
 同窓会の会場となったのは中学校のランチルームだ。中学校では基本、昼食は弁当だったが、希望者は事前の予約で給食を食べることができる。一年、二年、三年のエリア分けは、一応あるが、学年内の席は自由で他のクラスのメンバーとも食べることができるので、一定の需要はあった。
 余裕を持って十五分前に会場に入るとすでにたくさん集まっている。ざっと五、六十人。五クラスの合同だから当然か。まだもう少し集まるだろうから百人近くはいくだろうか?
 ランチルームに入ってキョロキョロとしていると、手を挙げて呼ぶ者がいた。野球部で同じだった氏家だ。何かあまり似合わないひげなどはやしているが、氏家とは年一ぐらいで会うので、一目でわかった。どうやらクラスで固まって座っているみたいで、まわりも懐かしい顔がそろっている。
「久しぶり!」と声をかけながらその輪の中に入る。クラスでも野球部でも仲が良かった氏家がいてくれたので、多少ホッとした。
「けっこうたくさん集まったな」
「全体の同窓会だしな。五年前の成人式に会わなかったやつもいるんじゃね?」
 氏家も会場を見渡す。開始の五分前になってさっきより人が埋まってきた。時々、手を挙げて違うクラスの野球部のやつにあいさつしている。
「渉はうーじとけっこう会ってるの?」
 向かいに座った完全にガテン系になっている足立が聞いてきた。
「いや、大学までは野球連中でしょっちゅう会っていたけど、最近は年に一回会うかどうかだな」
「やっぱ就職すると集まりにくくなったよな。地方に行ったやつも多いし」
「そんなもんだよな。俺は今でも地元に住んでるけど、中学のやつなんかほとんど会わないわ」
「俺、そういやこないだ亜紀ちゃんにあったぞ」
 三人の会話に横から池田が入ってくる。
「亜紀ちゃんって、小池?」
「そうそう。こないだ、たまたま入ったスーパーでレジが亜紀ちゃんだったんだ」
「お前、昔から小池推しだったもんな。今日は来てないの?」
「いや、まだ見てない。今日は亜紀ちゃん来たらアタックしかけるからな」
 池田はそう言って息巻いているが、いつも口だけだ。中学の時も確か結局、告白しないまま、いつの間にか他に彼氏ができていて、へこんでいるのをみんなで励ましたことがある。
「まあ、いーけは置いといて、同窓会は出会いのチャンスだからな。後で女子のグループにも話しかけに行こうぜ」
 男子で固まってこんなこと言ってる時点で、俺らはすでにどちらかと言うとイケてないグループだろう。あんまり中学校の時から変わらない。昔からクラスの中心にいたような奴らはとっくに女子グループと輪を作っている。
 ただ女子とも話をしないことには、あこの手がかりを得ることは難しそうなので、どこかでうまいこと会話に加わる必要がある。
会の始まりを告げるアナウンスが流れる。全員が一旦席に着いたので、改めてまわりを見渡してみる。
……うまく入れるとしたら武井ちゃんのとこだな。
 三組の武井ちゃんは野球部でもハイセンスな方で、本当に同じ坊主頭かというぐらいおしゃれな感じだったし、事実、女子からもモテていた。中学の時は、テニス部のキャプテンだった宮内とつきあっていたというのも都合がいい。
 今も野球部のキャプテンの南森と一緒に女子グループと楽しそうにしゃべっている。横から氏家が肘でつついてきた。
「お前、武井ちゃんとこ行って女子とからもうと思ってるだろ。抜け駆けすんなよ! 後で一緒に行こうぜ」
 ちょうどそのタイミングで同窓会の総会が始まってしまったので、目配せして無言でうなずく。俺としても氏家がいた方が心強い。
 総会自体は十分ほどで終わった。議事も会計の報告がほとんどだ。その後は同窓会委員の代表と学年主任だったうちの担任のあいさつが続き、そこからは茶話会になった。
 ジュースとお菓子という簡単なものだったが、中学校時代の思い出に華が咲き、アルコールなしでも十分楽しめた。最初のうちは各クラスを中心に話が盛り上がる。同窓会マジックなのか、十年前はあまり話したことのない女子たちとも、思い出話ができたことに少しの成長を感じた。
 自分のまわりにはあまりいないだけで、二十五にもなると結婚している同級生もたくさんいた。結婚だけでもイメージがわかないのに、すでに二児のママをやってるなんて話も聞いて、同じ十年を過ごしてきたとは思えない。
 十年と言葉にすればたった一言だが、それぞれにそれぞれの人生があったんだとジジ臭いことを思う。それでもこの学校で過ごした三年間が、俺たちの時間を巻き戻してくれる。それもうまく思い出補正もいれながら。
 ある程度、場が盛り上がってきたところで、幹事たちが用意した思い出のスライドショーが始まる。入学式からスタートして、一年から三年までの宿泊オリエンテーションや体育大会、文化発表会に修学旅行と様々な学校生活の場面が切り取られる。
 新しい写真が出てくるたび、悲鳴とも歓声ともとれる声が上がる。できるだけ多くの人が映るよう作られているのだろう。俺も何度かスクリーンに映るが、坊主頭のころなので恥ずかしい。
 大きな拍手と共にスライドショーが終了すると、再び歓談の時間になった。さっきよりも人の移動が大きくなって、クラスを超えたクラブなどの輪もでき始めている。武井ちゃんのところも気になるが、元担任がトイレに立つとことを見たので、まずそちらからあたることにした。
「湖海先生、お久しぶりです」
 トイレから戻ってきた元担任と、ランチルームの外のドアでばったり出会った風を装って声をかける。
「おお、成田! 久しぶりだな。今は何してるんだ?」
「大学卒業してからはエンジニアとして働いています。湖海先生もお元気そうでよかったです。もう退職されたんですよね?」
「ああ、悠々自適の隠居生活……と言いたいところだけど、今は違う市で週に三日だけ非常勤講師をしているよ。年金もらえるまではもう少しあるしな」
 いつも若々しく学年主任兼三年一組の担任としてパワフルに働いていた印象だったが、あの頃でも五十を過ぎていたんだなとびっくりする。さすがに退職して、十年前に比べると圧力というか気圧されるオーラのようなものは感じなくなっていたが、それでも同年代に比べると若々しい。
「今日、たくさん集まりましたね」
「そうだな、同窓会委員の連中ががんばってくれたからな。ここ数年の同窓会じゃ一番集まったんじゃないか? だいぶいろんなつてを使って連絡をとってくれたけど、それでもまだ二十人ぐらいは音信不通だったらしいが……」
「いつもはもっと連絡とれない人が多いんですか?」
「まあな、今はスマホやSNSやらで簡単に連絡取れるようになったからだいぶ少なくなってきたが、はがきのやりとりだけだったころとかは三割ぐらい連絡取れないなんてlことが普通だったさ」
 立ち話の中で、話がうまいこと連絡のとれない同級生のことに触れたので、あこのことを聞いてみる。
「先生、芦田明子って覚えています?」
「芦田?」
「……三年の夏休みに急に転校した」
「ああ、あのテニス部の……覚えてる、覚えてるよ! みんなからあこって呼ばれてた」
 湖海先生の表情がパッと明るくなる。訳ありで転出しただけに、すぐに思い出したようだ。
「そうです。あいつと連絡とりたくて、もしかして先生なら何か知ってないかなって」
「なるほど……そういう話か」
 少し考えこんで難しい表情になる。
「そう言えば、あの夏休み明けにもこんな話をしたな。思い出したよ。夏休みに珍しく成田が職員室に顔をしたかと思ったら、連絡先を教えろって」
「……覚えてましたか?」
 湖海先生は懐かしそうにうなずいた。
「お前にしては珍しくしつこく食い下がっていたからな。印象に残っているよ……ただ結論から言うと芦田の連絡先は知らないし、もし知っていても守秘義務ってやつがあるからな、簡単には教えられない」
 そのあたりは毅然とした態度で答える。そういや湖海先生はこういう人だった。普段は抜けているところもたくさんあったが、ルールを守ったり、筋を通すという部分には、昔から厳しかった。
 それを自分も含めてきちんとやり抜くので、生徒からの信頼にもつながっていた。だからこうやって相手にまわすとなかなか手ごわい。
「先生、変わらないですね。十年前にもそう言われました」
「なんで芦田の連絡先が必要なんだ? 何か事情があるのか?」
「まあ、いろいろありまして」
 その問いかけには答えを濁す。まさか『恋愛ごっこ』のことを話すわけにもいかない。
「人にものを尋ねるのに隠し事はよくないな。人間関係の基本は誠意と真心だぞ」
「……それも昔、言われました」
担任からの一言に思わず苦笑する。
「俺、あこのところの家庭の事情はかなり深くまで知っています。義理の父親のDVで夜逃げしたことも、その父親が一年半ぐらい前に亡くなったことも……」
「ちょっと待て。何でそんな最近のことまでわかってるんだ?」
 話に矛盾を感じて、途中で言葉を遮る。
「実は最近まであこと連絡を取っていました。直接には二回会いました。でも、また急に一切の連絡が取れなくなって。まるであの時みたいに……」
「……」
「十年前もその日の朝まで連絡を取っていたのに、急に目の前からいなくなりました。今回も同じです。今度も何かしら事情があるんだとは思います……だとしても急にいなくなるなんて」
 グッと拳を握りしめた。こんな話、同級生にはできない。先生はいつまで経っても先生で、その前では自分は生徒になるんだなと思った。
「……何かしら事情があるなら、そっとしておいてやるのも優しさの一つだぞ」
「……」
 それもわかってる。でも、それならなぜ『恋愛ごっこ』の続きを始めた? 
きちんと『恋愛ごっこ』を終わらせて消えるならまだわかる。たぶんあこにもあの夏にやり残したことがあって、『恋愛ごっこ』の続きを始めたはずだ。そして、『恋愛ごっこ』はまだ終わっていない。
せっかくの忠告も聞く耳を持たない俺の態度を見て、元担任もため息をつく。白髪をくしゃくしゃとして「あー」と言いながら、俺の横をすり抜けてランチルームのドアに手をかけたところで立ち止まる。
「俺は本当に何も知らないからな! これからするのはただの一般的な話と独り言だ。何の参考にもならないからな」
 前置きをしておいてから、こっちを振り返らずに話を続ける。
「DVなんかで危害を加えられる可能性がある場合は、離婚してもすぐ母方の実家に戻らずに、しばらく母子寮で暮らすことも多い。そうなると居所を知られないように、いろんな学校の手続きを施設の人を通じて行うこともある。でも、しばらくして危険性が低くなると、そこから出ることも多い。そうなったら頼れるところはやっぱり実家、あるいは援助が受けやすい実家の近くで住むことがケースとしては多い。芦田がどうだったかまではわからんがな」
 ドアを開けて担任が中に入ろうとして、思い出したように付け足す。
「あ、もう一個思い出した。確か芦田のお母ちゃんの旧姓は天崎(あまさき)だ。うちのかみさんと一緒だって話をしたことが確かあった」
 そこまで言うと、軽く右手を上げて、担任は中に入っていった。見えていないかもしれないが、俺はその場で頭を下げて見送った。
 確かに今も母親の実家近くに住んでいる可能性は十分にある。ただそれもどうやって調べればいいかを考えると手づまりな感じもする。どちらかというと「天崎」の方が有力な情報かもしれない。転校して以降、あこが「芦田」ではなくて「天崎」の方を使っていたとしたら、これから手がかりを探すうえで「芦田明子」としてだけでなく「天崎明子」の方でもあたってみる必要がある。
「おーい、渉、どこ行ってたんだ?」
 すでに武井ちゃんたちと合流している氏家が手を振って招いてくれた。
「トイレ行くとき湖海先生とあってさ、外でしばらくしゃべってた」
 氏家が空けてくれておいた座席に座りながら説明する。テーブルには氏家と武井ちゃんの他に、野球部のキャプテンだった南森、それからテニス部の宮内と山田、もう一人は……誰だっけ? 顔は見たことあるけど名前まで思い出せない。確か陸上部の子だったんだけど。
 席に着くと次々と「ひさしぶり!」と声をかけられ、再びテーブル内のメンバーでジュースで乾杯して再会を喜び合った。外で元担任と話をしている間に、あちこちでクラスの枠を超えて盛り上がりだしたようだ。
 お互いの近況などの話はすでに一周して、話題としては一番盛り上がる昔や現在の恋愛話になっている。
「氏家くんは、今日はさきがいなくて残念だね」
 宮内が中三の頃に一瞬、つきあっていた一つ下のテニス部の後輩の名前を出してからかっている。
「いたら逆に気まずいわ!」
「本性バレたらすぐフラれたもんな!」
 南森もそれに乗っかる。当時、初めてできた年下の彼女に浮かれていた氏家だったが、一カ月半であえなくフラれてしまったことは野球部の語り草だった。
「グラウンドで野球しているところだけ見てたら、かっこいい先輩に見えたんだろうね」
「おいおい、小野、さらっととどめ差していくなよ」
 髪を後ろで一つくくりにしている小野がケタケタ笑っている。そうだ! 小野だ! 氏家の返しのおかげで名前を思い出した。
「人のこといじっといて、お前らはどうなんだよ? 卒業までつきあってだろ?」
 武井ちゃんと宮内を指差して反撃をする。二人は顔を見合わせて苦笑いしている。
「俺らも高校いってしばらくしたら自然消滅的に別れたよ。やっぱ学校違うとなかなかリズムも違うしな」
「ちょっと、何うまいこといってんのよ! 慎吾が浮気したからでしょ」
「いやいや、あれはお前が勝手に誤解したんだろ?」
「はいはい、痴話げんかは他所でやってね」
 本気の言い合いというよりかは、いちゃついてるようにも見えるやりとりを山田が整理する。
「武井くん、モテるからそりゃさくらは心配だったよね」
「そんなことないし、どっちかというと慎吾の方が束縛するタイプだったよ」
 ずけずけと過去の恋愛事情を語る宮内に慌てて、武井ちゃんが口止めする。何でもさらっとこなしてしまう武井ちゃんの意外な一面が知れて面白い。
「あーあ、学年一の美男美女カップルもあえなく破局か。中学校時代の恋愛なんてこんなもんなのかな?」
「でも、福本くんと黒川さんのところはそのまま結婚したんでしょ?」
「うそ!? それ、まじで?」
「さっき四組では話題になってたよ。一組ぐらいは同級生カップルが続いててよかったじゃん」
 山田の言葉に宮内と小野もうなずく。
「同級生同士の結婚ってもっと多いと思っていたけど、意外と少ないんだな」
「これから増えるんじゃない? 同窓会で再会してとかよく聞くし」
「おお、お前らより戻す感じか?」
 氏家が武井ちゃんと宮内を茶化す。宮内はないないという感じで手を振って否定した。
「残念! 私は今、彼氏がいるので」
「なんだリア充かよ。武井ちゃんは?」
「あー、俺も一応」
「一応って何だよ。この裏切り者め! 渉、やっぱり俺が信用できるのはお前だけだ」
「おいおい、俺を巻き込むな」
 泣きつくような演技をみせる氏家にツッコミを入れておく。それを見て宮内たちも笑う。こうやって自ら三枚目になっていく氏家は中学時代と変わらず、誰からも愛されるムードメーカーだ。
「本当に成田くんも今、彼女とかいないの?」
 俺と氏家のやりとりを楽しそうに見ていた山田が聞いてきた。
「渉も俺と同類だよ」
「だから、お前が勝手に答えんなって!」
「じゃあ、いるのかよ?」
「……いや、いないけど」
 一瞬、あこの顔が浮かんだがすぐにかき消す。あことはそういうのじゃない。
「成田くんモテそうなのにね」
「そうそう、テニス部の中では結構、評価高かったよ」
「えっ!? そうなのか」
 横で氏家が驚いているが、言われた自分が一番驚く。そんな話は初耳だ。
「うん、控えめだけど優しそうって後輩とかからもひそかに人気だったよ。ほら、小学校が一緒の子とか昔、優しくしてもらったとか」
「そういう話は中学時代に聞きたかったよ」
 今更感たっぷりの山田の話に苦笑する。
「確かに渉の浮いた話はあんまり聞いたことなかったもんな」
 南森にまでしみじみ言われるとさすがに辛い。わりと堅物で通っているキャプテンの南森ですら、中学時代に何度かそういう類の話があった。中三の山川の件まで、本当に恋愛話とは無縁だった俺は、周りから見るとずいぶんとガキんちょだったんだろう。
「でも、成田くんってあことすごく仲良くなかった? あことは何にもなかったの?」
 宮内の口から突然、あこの名前が出てきてビクッとなる。
「あこって?」
 パッと顔が浮かばないのか、南森が尋ねる。
「ほら、夏休み明けに転校した……うちの副キャプテンの芦田明子」
「ああ、わかった! あのショートカットの目がくりっとした」
「そうそう、あこもかわいらしいのにずっと彼氏いなかったから、てっきり成田くんと密かにつきあってるんだと思ってた」
 宮内の言葉にみんなの視線が俺に集まる。慌てて手を振って、そこは否定しておく。
「いやいや、別にそういうのじゃないよ。ほら、塾も一緒だったし、帰る方向が同じだから、一緒に帰ることがあったぐらいで……」
 本当につきあってはいなかったので、別に嘘はついていないが背中に変な汗をかいた。『恋愛ごっこ』のことは説明するとややこしくなるのでふせておく。
「芦田って小学生の時はちょっときつい感じだったのが、中学校では少し丸くなったよな? わりと男子は敬遠してるやつが多かったから、あんまり他の男子とのからみを見たことないけど、渉とは小学校から仲良くしてたし、心を開いている感じだった」
「それは氏家があからさまに避けていただけで、俺が普通にしてただけだよ」
「でもそうやって普通に接してくれるのが、あこはうれしかったんじゃない? 小学生の男子っておこちゃまばっかりだし」
「うん、あこからはっきり聞いたことはないけど悪くは思ってなかったんじゃないの?」
 自分が話の中心にされるのは困るが、うまくあこのことに話題が移ったので、あこのことを聞くチャンスかもしれない。幸い宮内と山田は同じテニス部だし、交友関係も広い。何かしらあこの手がかりをつかめるかもしれない。
「本当にただの友達だよ……でも、できれば今どうなってるか会ってみたいな。誰も連絡とったりしてないの?」
「何だよ渉にしては積極的じゃん。本当に好きだったのか?」
「そうじゃないけど気にならないか? 急に転校しちゃって、今どうなってるのかとか」
 宮内と山田の方を向いて同意を求める。これでうまく喰いついてくれるといいけど。どうやら二人とも俺とあこに何かしらあったと思っているのか、興味深そうにこっちの話を聞いているので、反応は悪くない。
「そうだよね。私たちも急にあこと連絡取れなくなったからびっくりして、携帯から何から全部連絡つかなくなったもんね」
「私たちもさっきテニス部のメンバーで話してるときに、あこに会いたいなって話してたけど、連絡の取りようがなくて」
「インスタとかで検索とかは? フェイスブックとかなら実名登録してるかも」
 武井ちゃんが提案するが、宮内が首を横に振る。
「テニス部の美代ちゃんが三組の同窓会委員だったからSNSを使ってあこのことも探したけどわからなかったって」
「まあ、そもそもSNSやってない可能性もあるし、女子は結婚していたら名前変わってるかもしれないしね」
「結婚じゃなくても、親の離婚とか再婚とかで変わることもあるしな、なかなか手がかりなしじゃ見つけるのは難しそうだな」
 話を聞いていた南森も腕を組んで考え込む。他の者もみんなそれ以上の情報はなさそうだ。宮内や山田のテニス部の中でも、あこのことが忘れ去られてしまった存在でなかったことはうれしかったが、新しい手がかりは見つからなかった。
 同窓会に来てみたもののあこについて新たにわかったのは、湖海先生から聞いたあこの母親の旧姓ぐらいだった。
「……天崎明子」
 小声でボソッとつぶやいた。
「えっ!?」
 思ったより大きな独り言だったみたいで、宮内たちに聞き返される。
「あ、ごめん。考え事してた。天崎があこの母親の旧姓らしいから、変わってるとしたらそれかなって……」
「成田くん! 今、何て!?」
 小野が慌てて聞き返す。前のめりになった時に、紙コップを倒しそうになったが、うまくキャッチして危うく難は逃れる。
「あこの母親の旧姓が天崎だって……」
「成田くん、ビンゴかもしれない!」
 小野は興奮した様子だが、俺たちには訳が分からない。
「どういうこと?」
「さっきさとちゃんに聞かれたのよ。『天崎って同級生いたっけ?』って」
「さとちゃんって、あの山川?」
 これまた自分と因縁浅からぬ名前が出てきて驚く。
「うん、今は結婚して乾(いぬい)に名前が変わったけどね。さとちゃんの旦那、税理士をしていて税務を担当している会社の事務の女の子が、話を聞くとこの中学校出身で、しかも年齢聞くとどうやら嫁と同級生みたいだってことで、さとちゃんに天崎さんって名前を伝えたらしいの。でも、天崎って名前に心当たりがなかったから、もしかして結婚とかで名前変わってるかもってことで、同窓会で聞いて回ってた」
「下の名前はわからないの?」
「それが一年半ぐらい前の話で、しかも旦那さんが次にその会社に行ったときは、もうやめていなくなっちゃっていたって」
 山川がもう結婚していることにも驚いたが、それ以上に小野の話の内容に驚いた。前にあこから一年半ぐらい前まで事務職だったという話を聞いていた。会社名までは聞いていなかったが、ちょうど時期が合う。
 正直これはビンゴだろという気がした。仕事はやめてしまっていてもそこからたどれば、今のあこを知っている人にたどり着けるかもしれない。
「どうやら可能性高そうだな」
「さとちゃん、呼んでこようか?」
 小野が聞いてくれたが首を振る。
「いや、後で俺が自分で聞くよ。ほら、幹事が締めに入ろうとしてるし」
 前の方を指差す。幹事たちがマイクを持って元の席に戻るように促している。そろそろ茶話会はお開きの時間だ。締めのあいさつを任されている元校長も準備をしている。
 俺とあこのことを誤解している宮内と山田は「青春だねー」などと茶化してきたが、いろいろ教えてくれたことに対しては礼を言い、何かわかったら伝える約束をして、元の一組が固まっている場所に戻った。
 十年前と変わらずへたくそで噛みまくっていた校長のあいさつで同窓会総会と茶話会の方は終わった。ここからは駅前の居酒屋に場所を移して二次会が始まる。幹事の人たちがその案内を行っている。
 さて、どうしたものか? 氏家や武井ちゃんらは二次会も参加すると言っていたが、俺は山川の出方しだいだな。できればこの後すぐに山川を捕まえたいところだが、十年ぶりに、もっというと山川とはあのラインで告白を断って以来なので、どう話しかけていいかもわからない。
 気まずいことこの上ないが、あこの情報を知るためには仕方がない。解散してここから移動するときに、うまく接触しよう。
 幹事の案内が終わると、ランチルームの外へ向かって、人の流れができ始める。入り口に近いところに座っていたので、早めに外に出てうまく山川に接触するために待ち受ける。山川は四組なので、出てくるのにもう少し時間がかかるだろう。
 あまりにランチルームの入り口近くで待っているのも人目があるので、少し人波もばらけ始めるであろう校門近くで、スマホをいじっているふりをする。途中、氏家に「どうすんだ?」と聞かれたが「後で行くから先に行って」とだけ伝えておいた。
 夕暮れの街に少しずつ明かりが灯り始める。空は少しずつ闇を深くしていった。
 大きな集団はだいたい通り過ぎたが、目当ての山川はまだ通らない。スマホを触りながら不審に思われていないかと、周りを気にするが人波は俺のことなど全く気にせず流れていく。
 ……来た!
 しばらくして人の流れもまばらになったころ、山川が歩いてくるのが見える。それこそ十年ぶりで、昔はかけていなかったメガネをかけていたりしているが、わりと薄化粧だし、雰囲気はあまり変わっていなかったのですぐに山川だとわかった。
 三人連れで歩いていたので勇気が必要だったが、ここを逃すともうチャンスはないので思い切って声をかける。
「……山川さん!」
 校門近くまで近づいてきたところで、右手を挙げて声をかける。急に呼び止められて驚いた山川は、俺の顔を覗き込むように見た。
「成田……くん?」
 街灯のぼんやりとした灯りの中で、恐る恐る近づいてきた山川だったが、俺を認識すると駆け寄ってきてくれた。
「ああ、ひさしぶり! さっき話題で出ててさ。ちょうど見かけたから声かけちゃった。結婚したんだって?」
「うん、もう二年ぐらいになるよ。成田くんは?」
「俺は結婚どころか彼女すらいないよ」
「そうなんだ。男前なのにもったいない」
「そういってくれるのは山川さんぐらいだよ。氏家にはさっき散々、同類だ何だと言われたとこ」
 そう言っておどけると昔と変わらないかわいらしい笑い方でクスクスと笑う。
「……実は少し山川さんに聞きたいことがあるんだけど、少し時間とれないかな?」
 山川は少し困惑して横の二人を見る。横の二人も確か山川と同じ美術部の子だ。二人は「いいよ」と言って、いってらっしゃいといった感じで手を振る。二人の様子を見て、山川も「少しだけなら」と答えてくれた。
これはもしかして違う風に誤解されているかもしれないなと思いながらも、二人に向かって会釈をする。二人が去ったのを見送ってから山川に話しかける。
「ごめんな、友達を先に行かせちゃって。山川さんは二次会もいくの?」
「ううん。成田くんは?」
「俺ももう帰ろうかと思っていたんだ」
「じゃあ、駅の方かな? 少し歩きながら話そうか」
 同窓会に来るときは、まさか山川と連れだって帰ることになるとは夢にも思わなかった。少し前まではまだ薄暗いという感じだったが、完全に日も落ちてあたりもぽつぽつと街灯の灯が闇の中に浮かび上がる。昼間より暑さはずいぶんとましだが、左を歩く山川を意
識して、掌には汗が浮かんでいた。
「それで聞きたいことって何?」
 歩き出してすぐに山川が本題を聞いてきた。
「茶話会の時に小野から『天崎』っていう同級生を探しているって聞いたんだけど」
「あ! うん……旦那がたぶん同級生だって言うんだけど、心当たりがなくて」
 山川にとっては予想外の話題だったのか、一瞬、驚いた顔になったが、すぐに元に戻る。
「その話、もう少し詳しく聞かせてもらえないかな?」
「……いいけど。天崎さんを知っているの?」
 山川の質問にすぐには答えず、少しの間、無言で歩く。頭の中であれこれと考えを巡らせるが、どう答えていいかわからない。その答えが本当にあっているのかもわからないが、山川に協力してもらうなら隠しておくことはできないだろう。
「芦田明子って覚えてる?」
 夏休みに突然消えた同級生の名前に、山川の動きが止まる。
「えっ!? あこ?」
「ああ、あこの母親の旧姓が天崎なんだ」
 俺も立ち止まって、振り返って山川の方を見る。山川は信じられないという表情をしている。
「……じゃあ、その旦那が知り合った天崎さんがあこだっていうの?」
「それはわからない」俺は首を振りながら答えた。
「その天崎さんがあこなのか、あるいは全くの無関係なのかはわからないけど、今のところあこを探す手がかりは、その天崎さんだけなんだ。だから、できれば協力してほしい」
 山川に向かって頭を下げるが、山川は困惑の表情を浮かべている。
「転校してから連絡が取れなくなったってのは知ってるけど、てっきり成田くんは連絡が取れてると思ってた。でも、あこがいなくなったのって中三の時でしょ? どうして今さら?」
 山川が困惑するのも仕方がない。確かにあこのことは十年前に終わったっことだ。あの日あこからのメッセンジャーが届かなければ、思い出すこともほとんどなかっただろう。
 でも今は違う。何としてももう一度あこに会いたい。『恋愛ごっこ』の続きを今度こそやり遂げたい。そのためには何だってする。
 十年前と現在の『恋愛ごっこ』の事は隠したが、それ以外の部分は正直に山川に話した。あこからフェイスブックのメッセンジャーで十年振りに連絡が来たこと、二回ほど実際にあこにあったこと、再び目の前から消えてしまったこと、それからあこを探していることを順を追って伝えた。
 最初のうちは歩きながら話をしていたが、「どこかで座って話そ」ということになったので、駅に向かう通りにあったマンションの入り口の児童公園のベンチに腰掛けて、山川に今までの話をした。
 山川はうんうんと聞いていたが、よく考えたら不思議な状況だ。自分が昔、振った相手に話を聞いてもらって、手助けをしてもらうなんてダサすぎる。
 一通り話を終えると、「うーん」と山川は一回伸びをした。
「だいたい状況はわかった。話を聞く限り、仕事を辞めたって時期も同じだし、その天崎さんがあこの可能性が高そうだね」
 山川も俺と同じ結論に達する。
「でも今度はあこが自分の意志で目の前から消えたんでしょ? ここまでして探し出してでもあこに会いたいの?」
 からかうといった表情ではなく、真顔で山川が聞いてきた。
 同じことを自分の中でも考えたことがあった。もしかしたらあこの方はもう俺に会いたくないから目の前から消えたのかもしれない。
 山川の質問になかなか答えられず、俺が困っていると急に山川が謝ってきた。
「ごめんね。答えわかっているのに、いじわるしちゃった」
 山川はバツが悪そうに俺から顔を背けた。
「……ちょっと、あこに妬いちゃうな」
 どういう意味かよくわからなかったので、山川の次の言葉を待つ。ベンチで隣に座る山川は微かに笑みを浮かべている。
「成田くんに十年前、お手紙渡したよね? ほら、誕生日の時」
「……ああ」
「私、ずっとずっと好きだったんだ、成田くんのこと。小五の林間学校で同じ班だったこととか覚えてる? 山登りで運動が苦手な私の荷物持ってくれて……覚えてないでしょ?」
 顔を見ればわかるとでも言うように、山川が決めつける。そう言われれば、そんなことがあったかもしれないというぐらい記憶もおぼろげだ。
「中学校では一回も一緒のクラスになれなかったけど、それでもずっと好きだったんだよ。今思うとちょっとストーカーみたい……ごめん、急にこんなこと言われても気味悪いね」
「そんなことない!」
 山川の言葉を強く否定する。
「そんなことないよ……ずっと、山川さんに謝りたかったんだ。あの時の俺、本当にひどいことした」
「いいよ、そんな……謝られたら一層みじめになっちゃう」
 山川は俺の言葉を遮ろうとするが、構わず俺は続ける。
「違うよ! 嬉しかったんだ。すごく嬉しかった」
 俺の言葉が予想外だったのか、目を逸らしていた山川が驚いてこちらを見る。
「俺の人生で初めて人から好きだって言ってもらえた。誕生日まで覚えててくれた。とにかく嬉しかったんだ。だけど、それをどう伝えたらいいかわからなくて……人を好きになるってことすら、ちゃんとわからないぐらいあの頃の俺はガキだったんだ。でも、今日やっと伝えられるぐらいには成長したよ」
 山川は俺の言葉を最後までしっかり目を見て聞いてくれた。十年前に伝えられなかった想いが少しぐらいは伝わっただろうか? 
「そっか……ありがとう」
話を聞き終えると、山川はスーッと立ち上がった。一拍おいてからもう一度、こちらを向いて微笑みを浮かべる。
「……でも、女心を理解するにはもう少し成長がいるかな?」
 山川は精一杯おどけた感じで伝えるが、その言葉の裏側には複雑な思いが透けて見えた。
「……ごめん!」
「だから、謝ることじゃないって! 大丈夫、そのうち釣り逃がした魚は大きかったって後悔させてやるから……なんてね」
 今日一番の笑みを浮かべた後、山川が歩き出す。
「大丈夫、あこのことは任せておいて! 旦那にもう少し詳細聞いてからまた連絡する」
 歩き出した山川に「ごめん」と言うとまた叱られそうなので「ありがとう」と伝えた。振り返った山川が、人差し指を立てて「もう一つだけ」と言う。
「ずっと見ていたから、私は気づいていたよ。成田くんは気づいてなかったかもしれないけど……」
「えっ?」
「成田くんはずっとあこのことが好きだったんだよ」
 エントランスホールの床は黒っぽい大理石でできており、高級感のあるシックな雰囲気を醸し出している。少し緊張しながら、言われた通りに受付に声をかける。約束の六時にはもう少し時間がある。
 今日は午前中に集中して仕事を片付け、一時間の時間休を使って、早めに職場を後にした。普段通り定時に出ても、ぎりぎり間に合わないことはなさそうだったが、大事を取って早めに来て、一度場所を確認しておいてから、近くで時間を潰した。
 全国的に有名ではないかもしれないが、「西森建設」と言えば県内ではそれなりに有名だった。マンションの建設・販売からいくつかの飲食店の経営まで、地域に密着して幅広く手掛けていて、社員も派遣のものなども合わせるとかなりの数がいるらしい。
 厳しい建設業界の内部では部署や人の入れ替わりも激しく、たった一年半前とは言え、すでに当時の担当者は別の部署に転属になっていた。その中で山川の旦那さんの計らいで、その「天崎さん」と一時期、共に働いていた人から話を聞く機会を作ってもらえたのは幸運だった。
 受付で「村田さんと約束があります」と伝えると、二階の二〇三と書かれた部屋に案内された。わりと少人数で会議をするために作られた部屋だろうか? 長机がロの字型に並べられている。
 どこに座るのが正解かわからないまま、出入り口から一番近いところに座った。
「少々こちらでお待ちください」と言う案内係の女性に会釈する。
 前面にホワイトボードと時計がある以外は、余計なものが置かれていない無機質な部屋だ。六時まであと五分、何もないのが逆に息がつまる。山川の旦那さんが俺のことを相続関係書類の作成のために天崎さんの連絡先を探している司法書士だとごまかしてくれているらしいが、うまくいくだろうか?
 最初に山川から連絡があったのは同窓会があった次の日の夜だ。
 山川が旦那さんに例の「天崎さん」のことを話すと、旦那もすぐに協力すると言ってくれたらしい。全く面識もないが、さすが山川の旦那さんだと思った。
 ちょうど「天崎さん」がかつて務めていた西森建設の税務について書類にハンコをもらいに行くついでがあったので、その時に少し調べてみるとのことだった。
 山川に動いてもらっている間に、俺は俺で「天崎明子」で検索をかけたり、調べて見てはいるのだが、いっこうにそれらしきものにはヒットしない。
 こちらの方では何の成果もなかったが、山川の方は順調に事が進んでいるみたいだ。さっそく次の日の夜に山川から電話があった。少し興奮気味の山川が言うには、やはり旦那の知り合った「天崎さん」の名前が「明子」だったとのことである。
 何も手がかりのなかったところから、ずいぶんと真実に近づいた。どうやらこの「天崎さん」をあこと断定して調査を進めてよさそうだ。
「そうだね、きっとこれがあこだよ。ただ、あこ自身は事務の契約社員として来てて、直接その西森建設に雇用されていたという訳ではないみたい。もう一年半前のことだし、その事務の中の経理関係の担当者も変わってしまって詳しいことまではわからないって」
「……そうか、直接連絡先を知っている人がいたら一番ありがたかったんだけど、そこまではうまくいかないか」
「それが一番簡単だったんだけどね。でも、あこがいたころに同じ部署にいた人が派遣の中にも残っていて、その人と会う約束をうちの旦那がつけてくれたよ」
「本当か‼」
 あこが勤めていた会社はわかったが、そこでまた手詰まりかと思っていただけに、直接話せる機会をつくってくれたのはありがたい。
「金曜日の夕方って時間ある?」
「えっ? 俺が話を聞きに行って大丈夫なの?」
てっきり山川の旦那さんが代わりに聞いてきてくれるものと思っていた。
「自分で聞いた方が、聞きたいことを確実に聞けるかなって。先方には知り合いの司法書士が、相続の書類をつくるために連絡先を調べてるって、旦那が伝えてる。離婚した父親の相続権の調査だって、それらしい話をしてるからうまく口裏合わせてね」
「そんなことまで……山川さん、何から何までありがとう。旦那さんにもよろしく言っといてね」
「うん、ちゃんとあこに会えたら私も会いたがっていたって伝えてね。先方の場所とか、約束の詳細はまたメールでまとめて送るね」
 電話でもあったとおり、次の日の昼頃に山川からのメールが届いた。さっそく西森建設の本社をネットで検索した。少しでも情報をあこに関わる情報を頭に入れて今日の日に臨んだ。
 時計の針が六時ちょうどを指すころ、コンコンとドアがノックされ、スーツに身を包んだ四十代後半ぐらいの男性と、自分と同じぐらいの年頃の若い小柄な女性が入ってきた。
「お待たせして申し訳ございません。経理の係の方をしております村田と申します。どうぞおかけになってください」
 慌てて立ち上がった俺に、村田と名のった男性はすぐに着席を促すが、先に今日の礼とあいさつをする。
「こちらこそ、お忙しい中お時間をつくっていただきありがとうございます。成田渉と申します」
「乾さんから聞いております。どうぞ本当におかけになってください。こちらは宮本と申します。以前、天崎さんと同僚として働いておりました」
「宮本です。はじめまして」
 村田から紹介された宮本も頭を下げる。合わせてこちらも会釈して席に着く。それを確認して「失礼します」と言って二人も席に着いた。
 さすがに外向けの応対の仕事も多いのか、村田はにこやかな表情を浮かべながら余裕を持った応対をしてくれる。サイドの部分はかりあげて、前髪は緩やかに流した髪型や、しっかりとアイロンの聞いた紺のスーツは清潔感があって好感が持てる。
 それに対して宮本の方はこういった場面にあまり慣れていないのか、少し緊張した様子だ。一つくくりにした黒髪に小柄な宮本は幼く見え、会社の制服もどこか着せられている感が出ていた。
「それにしても、司法書士の先生も大変ですね。書類作成のためにこういった探偵みたいな仕事までしなくちゃいけないなんて」
「ええ、年々、家族構成もややこしくなっていますので、相続の書類一つ作るのにも、いろいろな下準備がいるんです。今回のようにご離婚して時間が経ってから本人の知らないところで相続権が発生すると、連絡をつけるのも一苦労です」
 村田の世間話に、何度もシュミレーションしてきた作り話で返す。内心ドキドキしていたが、不自然なところなくうまく返せたみたいだ。
「なるほど、乾さんもおっしゃってましたが、昨今は個人情報についてもうるさいので、余計に大変ですね」
「ええ、本人に確認しようと思っても、まずその本人に連絡つけようがないことも多いんです。こういった形で本人の足跡を追いかけるということもよくあります。もちろん、ご迷惑をおかけすることはありませんし、協力していただける範囲で大丈夫です」
「そのあたりのことも乾さんから念を押されていますよ。あくまで従業員に対する世間話の一環として行うと。大丈夫です、いつも乾さんにはお世話におりますので、できる限りの協力はさせていただくつもりです」
「ありがとうございます」
 山川の旦那さんが根回しをしてくれているおかげで、思った以上にスムーズに話が進む。根回しした内容も詳細までメールで送ってもらっているので、聞かれそうなことも事前に準備できている。
「さっそく本題に移らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、よろしくお願いします」
「まずその天崎明子さんの勤務状況について簡単に私から話させていただきます。ただ、私がこちらの部署に移ってきたのは、この四月からですので直接面識はありません。詳しい当時の様子は後ほど、宮本の方からお伝えさせていただきます」
 そんな簡単に勤務状況を伝えていいのかと思ったが、よっぽど山川の旦那が信頼されているのか、内々の話として処理されているからだろう。村田は胸から取り出した眼鏡をかけて、書類に目を落としながら続ける。
「……ええっと、その天崎さんですが、一年前の二月の初めから契約社員として事務の補助をしていただいていました」
「どうして、そんな中途半端な時期に?」
「そうですね……ええっと、ああ、産休に入る職員の代替としてですね。産休や育休を取る事務職の代替として、契約社員を期間限定で雇用することがあるんです。一応、この天崎さんは産休期間後の育児休暇も見越して、二月から次の年の三月までの契約になっていました」
「契約上はこの三月までとなっていたということですか?」
「ええ、ただ三月の中旬に一身上の都合で退職となっています」
「……たった一ヶ月ほどで?」
 確かにそれだとあこが仕事をやめたという一年半前に時期はだいたい合うが、あのあこが一ヶ月で仕事を辞めるなんて何があったのだろう?
「何かあったんでしょうか?」
 俺の問いかけに、村田は横の宮本の方に目をやる。
「……病気をされたんです」
 村田から視線で促された宮本が話し出した。
「天崎さんが働きだして一ヶ月ぐらい経ったときに、職場でひどいめまいを起こして倒れたことがありました。病院で精密検査を受けたら何か重い病気だったみたいで、結局、そのまま退職になったんです」
 宮本の言葉に「えっ!?」っと一瞬耳を疑う。
 あこが病気をしたという話は初耳だった。前にあこに会ったときの話しぶりからすると、てっきり結婚が決まっての寿退社だと思い込んでいた。
「どのような病気かは聞いていましたか?」
「いえ、詳しくは」
 宮本は首を振る。
「……ただ、退職後しばらくは入院をしていたはずです。一度だけお見舞いに行ったことがあるので」
「入院? どれくらいの期間だとかは聞いていましたか?」
「それも詳しくは……すぐには退院できないし、たぶん病院を行ったり来たりしなくちゃいけないとは言っていました」
 宮本の話を聞く限りでは、わりと病状は深刻なようだが、今は完治しているのだろうか? あこからはそんな話を聞いたことがない。この間は公園で運動までしているので、今はもう何ともないのか?
「それ以降は連絡をとったりはしていなかったでしょうか?」
「はい、天崎さんにあったのはそれが最後です。それ以降は疎遠になっていました。実は今回の話を聞いて、久々に連絡を取ってみようとしたのですが、番号とかも変わっていて、つながりませんでした」
 残念そうに宮本が肩を落とす。横から村田も書類を見ながら補足をする。
「通常、退職をする場合、紙ベースの履歴書については本人に返却します。住所や電話番号などのデータなども正社員の場合は、退職金のことなどもありますので残しておきますが、契約社員の場合は通常一年でデータの消去を行います。天崎さんの場合もすでに個人情報に当たる部分は破棄されていました」
 書類から目を話し、村田がこちらを見る。
「残念ながら私ども方に残っている情報は以上となります。何か気になることなどがありましたらお聞きください」
「そうですね……」
 村田の言葉に少し考えこんで、頭の中を整理する。
 あこが病気で仕事を辞めたというのは今回初めて知った情報だ。どれくらいの期間、入院していたのかはわからないが、すぐに退院できないほどの病状だったということだ。行ったり来たりという表現があったということは、かなりの期間、経過を観察する、あるいは再発の可能性があるということかもしれない。
 もしかしてあこに感じていた違和感の一つはそこかもしれない。
「宮本さんにお聞きしたいのですが、天崎さんにお付き合いされていた人がいたかなどはご存知ですか? たとえば結婚の話が出ていたとか?」
「あの……それって何か関係あるんですか?」
 予想外の質問に宮本は不思議そうな顔をしている。
 ここで不審がらせては駄目だ。あくまで当たり前のことのように振るわなくては……。笑顔をつくり宮本に返す。
「はい、実はこういった件では、毎回させていただく質問です。以前も恋人からたどって連絡をつけることができたこともあるので。他にも今までには非嫡出子がいて、相続がさらにややこしくなるなんてケースもありました」
 内心とは裏腹に、できるだけ穏やかなに説明した。
「そうなんですね」
 宮本も納得してくれたようだ。
「たぶんそれはなかったと思います。もちろん、私の知っている範囲の中ですが。以前、他の同僚とそういう話をしたことがありましたが、恋人はいないと言っていました」
 宮本の説明にやはりそうだと思った。
 宮本の話が正しいのなら少なくとも昨年二月の時点では、あこに恋人はいなかった。それからしばらくの間、あこには入院をしたりと体調面の不安があった。そこから出会いがあって、結婚を約束し、外国へついて行くことになった。
 もちろんスピード婚もよくある話で可能性がないわけではない。でも、少し日程がタイトではないか? あこは結婚相手の話を一度もしてくれなかった。
 もし、あこの結婚が真実ではないのだとしたら……あこの言う遠いところが別のものだったとしたら。様々なことが頭の中でかみ合う。
 同窓会のことを敬遠した。深く人と関わろうとしなかった。連絡方法を断とうとした。いろんなことの辻褄があっていくことが恐怖だった。俺は今、恐ろしい想像をしている。
 それでももう一つどうしても解けていない大きな謎がある。
 そこが解けたとしたら、あるいは……。
「あの、どうかなさいましたか?」
 宮本の声で我に返る。
「すみません、少し考え事をしていました。どうやら、結局、その病院以外には手がかりがなさそうですね。もしよろしければ、今度はその病院を訪ねたいと思いますので、教えていただいてよろしいでしょうか?」
「大丈夫です。摂北大の附属病院なんですけど、手帳に詳しいメモが残っていたと思いますので、後でお渡ししてよろしいですか?」
「助かります。村田さん、宮本さん、本日はご協力ありがとうございました。それと今日の話ですが……」
 言い切る前に村田が割り込んでくる。
「心得ております。あくまで今日、私どもがしたのは世間話だけです」
 改めて村田と宮本に頭を下げて、礼を述べて退室する。宮本からメモを受け取るため、受付のところでしばらく待つ。ずっと緊張続きだったので、やっと解放されたと思ったらどっと疲れが出てきた。
 直接的な連絡先を入手することはできなかった。だが、収穫がなかったわけではない。少しずつ真実に近づいている気はする。その真実が自分の望むものとは違ったとしても……。
「お待たせしました」
 五分も経たない間に宮本がやってきた。手に持ったメモ用紙を両手で差し出す。
「摂北大附属病院の住所と電話番号が載っています。もう変わっていると思いますが、当時入院していた病室の番号も書いてあります」
 電話番号の下に書いてある北館四〇八というのが病室の番号だろう。
「ありがとうございます。最後に一つだけよろしいですか?」
「ええ。まだ何か?」
「たった一ヶ月ですが、職場での天崎さんの様子はどのようなものでしたか?」
「あの……それも何か天崎さんを探すのにつながるんですか?」
 宮本の質問に俺は手を振って苦笑する。
「いえ、これはただの興味です」
 俺の答えに納得したのか、宮本はこくんとうなずいた後、少し考えこむ。
「明子の名前の通り明るい子でした。前向きでケラケラとよく笑う。私はすごく好きでした」
 職場でもあこはあこだということがわかって安心した。
 もう一度、宮本に礼を言って、その場を後にする。次の目的地は摂北大附属病院だ。エントランスホールを出ようとするとき、もう一度、宮本に呼び止められた。
「成田さん、本当は司法書士の先生じゃないですよね?」
 宮本の言葉に足が止まる。振り返らずに聞き返す。
「どうしてそう思うんですか?」
 落ち着いた口調と裏腹に心臓は急激に波打っている。
「……女の勘です」
 驚いて振り返り、宮本の方を見る。
 そういえばあこにも昔、「女の勘」なんてセリフを吐かれたことがあった。
「すみません、気にしないでください。天崎さんに会えるといいですね」
 頭を下げる宮本に、こちらも一礼してその場を去った。
 すべてが終わったらこの女性にも謝りに来ようと思った。
 病院の匂いはあんまり好きではない。どこの病院も同じという訳ではないだろうが、この病院の匂いは、小学校の時、大やけどを負って三日だけ入院した病院と同じ匂いがした。
 ありがたいことに昔から体だけは丈夫だった俺はほとんど病院に行ったことがない。病院はおろか学校に通っている間は、検診以外で保健室に行った記憶もない。そんな俺が唯一、入院したのが小五の夏である。詳しくは述べないが、自宅で大やけどを負った俺は経過観察で三日だけ入院した。
 たった三日の入院ですら暇を持て余し、点滴のチューブの不自由さにイライラした。そんな入院生活とあの活発なあこが結びつかない。二週間前には公園でキャッチボールをしたぐらいだから、詳しいことはわからないがもう病状はだいぶ良くなっているのだろう。
もしかしたらもう通院すらしていないかもしれない。ただ、一年前にそれもそれなりの長期間入院していたのなら、何かしらの手がかりをつかめるかもしれなない。
 もちろん病院も個人情報には厳しいだろう。司法書士の手はもう使えない。西森建設の時は山川の旦那さんの力添えがあったからこそできたことだ。それですら宮本に簡単に見破られた。どこの輩かもわからないやつが突然、司法書士だ、相続だと言っても証拠や委任状を見せろとなるだろう。
 そうなるとダメもとで正面突破しかないだろう。まずはナースステーション、そして、長いこと入院してそうな患者と地道に聞き込みをしていくしかない。
 宮本からもらったメモを参考に、ネットでも予習をしてある。摂北大附属病院は内科、特に循環器内科と血液内科の名医がいることで有名で、一般の内科や整形外科などももちろん診察しているが、他の病院から紹介されて心臓や血液の精密検査を行うために訪れる患者も多い。
 土曜日の一般の外来診察は十一時まで受け付けているので、その時間は避けたほうがいいだろうとあえて昼過ぎを狙った。入院患者の面会についてはこういった大病院の中では、かなり寛容で朝の九時から夜八時まで受けつけていた。
 あこが入院していた北館の一階に総合窓口がある。南館は循環器系が中心となっていて、北館がそれ以外という割り振りだ。それぞれ七階まであるが、入院に使われるのは二階から五階までの間だ。それより上は手術室など特別な部屋になっている。
 地下も二階まであり、北館と南館は地上では道路を一つ越えなければならないが、地下からだとそのままつながっている。
 専門外の大きな病気だった場合、その病気に合わせた施設の整った大きな病院に転院することも多い。宮本は入院がわりと長くなりそうだという話をしていたし、さらにめまいで倒れたとのことだったので、あこの病気は何かしら血液内科に関わるものだったのではと考えている。
 もちろん決めつけはいけないが、それなりに予測を立てて動かないと手がかりはつかめそうにない。
 午前の外来が終わった後とはいえ、土曜日の摂北大附属病院は多くの人でにぎわっていた。総合受付の前に立っていた案内の女性に声をかけられたが、「お見舞いです」と言って頭を下げてその横を通り抜けた。
 だいぶ自分の神経も図太くなってきたなと思ったが、もうためらっている時間はない。あこからフェイスブックのメッセンジャーで連絡が来たのが、約一ヶ月前。最初と二度目の日曜はあこと会った。三度目は同窓会。そして、明日が八月最後の日曜日になる。
 あこと確認した『恋愛ごっこ』のルールでは明日が結果発表の最終日となる。ここが俺の中での一つの大きなラインとなっていた。
 きれいに磨かれた床は一歩ごとにコツコツと音を立てる。変に気取ってスーツなど着てこなければよかったかもしれない。よくわからない私服を着るよりは、スーツの方が聞き込みをするときに警戒されないかと思ったが、病院内ではわりとラフな私服や入院患者用のパジャマ姿などが多く、スーツの方が浮いているようにも感じる。
 受付から真っすぐ奥まで進むと三基のエレベーターがあった。少し迷ったが四階まではその横の階段を使うことにした。運動不足の解消の意味合いもないことはないが、それよりも各階の雰囲気を見ておこうと思ったからだ。
 各階の階段を上がった先はホールになっていて、その先はナースステーションになっている。そこから二つに廊下が分かれているが、どちらにしてもナースステーションに声をかける必要はありそうだ。
 四階まで上がってきたが、四階の構造も二階、三階と同じようだ。
階段を上がったところで、少し遠目からナースステーションの様子を見る。ちょうど同級生のお見舞いにでも来たのか高校生ぐらいの女の子二人が、ナースステーションの前にいる。受付のカウンターのところで、背中を丸めて何やら書いている。きっと面会票か何かだろう。
 女の子が書いていた紙を窓口で渡すと、首から下げる名札のようなものを渡された。その名札を首から下げ、二人は廊下の奥の方へ歩いて行った。
 やはりまずはナースステーションで聞いてみよう。さすがにもう入院はしていないだろうが、何食わぬ顔で入院していたはずだと伝えたら、記録を調べてもらえるかもしれない。腹をくくってナースステーションの前まで歩いていく。ちょうど他には人がいないので、丁寧な対応をしてもらえるだろう。
「すみませーん」
 ナースステーションの奥に声をかけると、「はーい」という返事がして、俺より少し年上の看護師が出てきてくれた。
「どうされましたか?」
 物腰の柔らかそうな人でよかった。もっときつそうな圧力のある看護師なら、それだけで気持ちが折れそうになっていたかもしれない。
「あの……お見舞いに来たんですけど、天崎明子さんいますか?」
「天崎明子さん?」
 満面の笑みで迎えてくれた看護師さんの表情が一瞬曇り、怪訝な顔で聞き返す。
「えっ……はい、あの、一年くらい前の話で……もういないかも」
 やばい、しどろもどろになってしまった。
「あの、四〇八号室にいたはずなんですけど、どうなっているか教えてもらえるとありがたいのですが……」
 西森建設のときにうまくいったので、自分の力を過信してしまっていた。あのときは山川の旦那さんのシナリオがよくできていただけなのかもしれない。司法書士の役をしていたので、そこに入りきれていたが、元の成田渉はこんなもんだ。
 怪しさ満載で、看護師さんは警戒を深めている。不穏な空気を察したのか、ぽっちゃりした別の看護師も窓口に集まってきた。
「申し訳ありませんが、患者の個人情報を簡単には教えられないことになっているんです。失礼ですがどういった関係の方で?」
 きわめて丁寧な口調で最初の看護師が聞いてくるが、その丁寧さにかえって俺は余裕をなくす。程よく院内は空調が効いていたが、掌は汗ばんでいる。もう一人の看護師の刺すような視線が痛い。
「……えっと、友人です。中学時代の。入院していたと聞いて」
「お名前を教えていただいてよろしいですか?」
 家族か何かに確認を取るつもりだろうか? もしそうなればラッキーだ。会社なんかでもこういったケースで、まず本人や家族に本当に教えていい人物か確認するという場合がある。
「成田渉と言います」
 俺が名前を告げると二人の看護師は驚いた顔をして、顔を見合わせる。ぽっちゃりした方の看護師が小声で「先生呼んできます」と言って、奥の方へ下がった。
「こちらの用紙にお名前を書いてください。何かご自身を証明できるものはお持ちでしょうか?」
「……免許証で大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です」
 病院で身分証まで掲示させられたのは初めてだったので、少し戸惑ったが、怪しまれるのも避けたいので、黙って免許証を差し出した。こちらが用紙に名前と住所、電話番号を書いているうちに、内線電話がかかってきて受付の看護師が対応する。
 電話に対してうなずきながら「はい、はい……ええ、そうです。わかりました」と相づちをうった。彼女が電話を置いたのを見計らって、たった今、名前などを書いた用紙を差し出す。
「ありがとうございます。天崎さんの主治医の先生がお会いしたいそうですが、お時間よろしいでしょうか?」
「えっ!?」
 予想だにしていないことだったので驚いた。
「先生が今、回診中ですので、別室で少しだけお待ちいただくことになります」
 あこの主治医から話を聞けるのなら願ってもない機会だが、話がとんとん拍子に進むことに警戒もする。普通、主治医自らが家族など以外に話をするなどあるだろうか?
「ええ、時間は遅くなっても大丈夫です。あの……自分から来て何なんですが、俺が先生から話を聞いても大丈夫なんですか?」
 受付の看護師さんは俺の疑問も理解してもらえているようで、質問に丁寧に答えてくれた。
「天崎さん本人からの希望なんです。もし成田渉さんが尋ねていたら、病状についてきちんと説明をしてほしいと。もちろん、一般的に家族以外の他人に個人情報を伝えることはありません。今回のケースは主治医の方と天崎さんが何度も相談して決めた特例中の特例だと言えます」
「そうなんですか……あの、あこ……天崎さんは今もこちらの病院にいるんですか?」
「……いえ、今はこの病院にいません」
 看護師さんは少し言いにくいことを言うような表情をする。
「詳細は主治医よりお話することとなっております」
 それ以上の質問を閉ざすような雰囲気を察して、その後は黙って看護師さんの案内に従った。エレベーターで階を二つ上がり、面談室と書かれた部屋に入れられた。
「こちらで少々お待ちください」と言って、案内してくれた看護師さんは帰っていった。
 テーブルと四人分のイス、デスクトップのパソコンだけが置かれた小さな部屋は、普段、患者に病状を患者やその家族に伝える際に使われる部屋らしい。昨日からこういった部屋によく通される。
 それにしてもあこの主治医が直接話したいこととは、いったい何だろう?
 あの看護師さんも言っていたが、こんなことは特例中の特例だということは、俺にだってわかる。先生と何度も相談して決めたということは、あこはあらかじめ俺がこの病院まで訪ねてくることを予想していたということだ。
 だったらこんなまわりくどいことをせずとも、他に方法があったはずだ。何にせよ今は、先生に話を聞いてみるしかない。あこが再び消えたときから……いや、もう少し前からかもしれないが、ずっとつきまとう嫌な予感を振り払って、できる限りいい方向に物事を考えようと努めた。
 結局、その部屋に入ってから十五分以上経って、ドアがノックされる。中に入ってきたのは、少し白髪の入ったやさしそうなおじさんの先生だった。歳の方は四十代後半から五十代前半ぐらいだろか? 縁の太い黒メガネが印象的だ。名札には「中里」と書いてある。
「遅くなって申し訳ないね。午後の回診で思っていた以上に時間がかかってしまった」
 入ってくるなり、そう言いながらぐるっとまわって俺の正面にたった中里が、手を差し出した。
「初めまして。天崎さんの主治医を務めていた中里と言います。この病院で血液内科の准教授をしています」
「初めまして、成田です」
 差し出された手を握り、着席するよう促されたので、席に着く。
「あこちゃんから君のことは聞いているよ。本当に来てくれてよかった」
「あの、お話というのは……」
 焦って本題に入ろうとする俺を制するように、しみじみと独り言のように中村は語りかける。
「……賭けはあこちゃんの勝ちだな」
「賭け?」
「本当はもう少し早く、こちらから連絡をつけようと思っていたんだ。でも、あこちゃんは、いつか君がここに来るからその時まで待ってほしいと。もし君がここまでたどり着いたら、私から伝えてほしいと頼まれていた」
 それがいったい何を意味するのかはわからない。ただ、ゆっくりと話す中里の言葉一つ一つが、ずっしりと重みを持ってのしかかる。
「君の存在そのものがあこちゃんにとって大切だったんだろうな。苦しい時期もあったと思う、でも最期はあこちゃんらしく微笑んでいたよ」
 中里が目を細める。それは歴史の資料集に出てきた仏像のようにも見えた。優しい透き通るような表情の中里と裏腹に、俺はひどく動揺した。
「最期って?」
「こういう仕事をしていても、やっぱり慣れないものだね」
 中里の目が微かに潤んでいるように見えた。
 抑え込んでいた不安があふれだす。
 ……頼む! 言わないでくれ‼
「あこちゃんは……天崎明子さんは、もう亡くなったんだ」
「いい部屋だろ? 最期の二ヶ月ほど、あこちゃんはここで過ごしたんだ」
 中里に案内された五二〇と書かれた部屋に入る。さっき見た四人部屋が基本の四階と違い、五階は個室が基本となっている。中里がカーテンを開けるとたっぷりと部屋に陽の光が差し込む。
「もう私物はほとんど引き払ってしまったけど、新たな患者さんは入ってないから、ぜひ君にも見てもらいたかったんだ」
「ここは?」
 主のいなくなったベッドだけでなく、花や絵が飾ってあったり、ミニキッチンまでついているこの部屋は他の部屋と比べて異質だ。
「北館のこの階は緩和ケア病棟になっている。いわゆるホスピス病棟だよ。聞いたことはあるかい?」
「ええ、詳しくはわからないですけど」
 あこの病状については先ほどの面談室である程度聞いた。
 極度のめまいで初めは別の病院を受診したあこだったが、血液の数値が異常で、すぐに血液内科の充実している摂北大附属病院に運び込まれた。
 精密検査の結果、難病の「再生不良性貧血」それもかなりステージが進行したものだということがわかった。再生不良性貧血とは造血幹細胞が傷害されて、血液中の白血球や赤血球、血小板などの数が著しく減少する病気である。
 ステージが低ければ免疫療法のみで様子を見ることも多いが、あこのステージだと骨髄移植が必要だった。だが、その骨髄移植も簡単ではない。白血球の型であるHLAが一致する必要があるが、これは血縁者で四人に一人程度、非血縁ドナーになるとかなりの低確率になる。
 不幸にもあこは一致するドナーがなかなか見つからず、免疫療法と蛋白同化ステロイド、支持療法などを組み合わせて治療を行っていた。
 一時的な外泊が認められることもあったが、病気の発覚以来、多くの時間をこの病院で過ごした。苦しい治療にも負けず、あこらしく常に前向きに取り組んでいたという。
「緩和ケアというのは、生命を脅かす疾患による問題に直面する患者の心と体の総合的なケアをすることを言うんだ。本来は疾患の早期より考えるべきものであるが、一般的には痛みや苦しみからできる限り解放してあげて、無理に死を引き延ばさず、今ある生を大切にしようという試みを指すことが多い」
「……でも、それはつまり根本的な治療が難しくなったということですか?」
 俺の質問に中里は難しい顔になる。
「逆に聞くがあのあこちゃんが、少し難しくなったぐらいで、簡単に治療をあきらめると思うかい?」
 少し考えて首を横に振った。どこまでも快活な記憶の中のあこは、簡単には治療をあきらめない、抵抗するだけ抵抗するだろう。単に難しくなったといったレベルの話でないということだろう。
「治療を始めて一年が過ぎたころ不幸なことに、あこちゃんは様々な合併症を引き起こした。特に急性の骨髄性白血病への移行が見られ、私は苦しいながらも、あこちゃんに余命宣告をせざるを得なくなったんだ」
 その時のことを語る中里の横顔には無念の色が浮かび上がっていた。医師として患者に真っすぐに向き合う姿が見受けられる。
 たくさんの光が差し込む窓辺から、中里は外を眺めている。同じようにあこもここから外の世界を眺めたのだろうか?
 ……もうすぐ遠いところに行く
 あこの言葉が脳裏によみがえる。
「緩和ケアというのは体の痛みを和らげることももちろん大事だが、何よりも心のケアがいちばん大切だ。患者の希望することはできる限り叶えてやれるよう、当病院でも取り組んでいる。あこちゃんとも何度も話し合ったんだ。いかに残りの生を大切にして一日一日を生きるか」
「それじゃあ、そこからはもう治療を止めたということですか?」
「いや、血球の数が少なくなっているので、対処療法的に輸血や薬を飲んだりはもちろんしていた。ただ、抗がん剤治療やあくまで延命のためだけの措置はしなかった。死と向き合い、それまでにどのように過ごすか、残りの時間をどのように使うか、ケアの主眼はそこに置かれた。もっとも、それは本来誰しもが常に考えるべき問題だけどね」
「どういうことです?」
 中里の真意を計りかねて聞き返す。中里は優しく諭すように言葉を続けた。
「人は誰しも、自分が死ぬということを忘れて生きている。もちろん、自分だっていつかは死ぬことはわかっているし、永遠に生きられないことも理解している。でも、そのいつかが、明日だとか、もしかしたら今日かもしれないということは忘れているんだ」
 中里の言わんとすることは、わからなくもない。自分の死がいつに来るかなんて誰にもわからないことだろう。
「でも、いつも死を意識して生きるのは辛くないですか?」
 俺の問いかけに中里はにっこりと微笑んだ。
「そうだね。死を意識することは怖い事だ。でも、必要以上に恐れる必要もない。永遠でないからこそ自分の生を見つめ直すことも大切だ。私は専門ではないがデス・エデュケーションといって、そういう学問があるくらいだ……」
 そこまで話して中里は何かを思い出すように視線を天井に泳がす。
「話がそれてしまったね。年寄りは話が長くていかん」
 そんなことないという意志表示で軽く手を振った。
「あこちゃんと一緒に、死が迎えに来るまでにやりたいこと、できることをいろいろ考えたんだ。もちろん、あこちゃんも初めは戸惑っていたし、いろいろな苦しみもあったと思う。でも持ち前の明るさで、本当に一日一日を愛おしむように大切に過ごしていたよ。あこちゃんは、緩和ケア病棟の他の患者さんや我々スタッフにとっても大切な存在だったんだ」
「……そうですか。あいつらしいです」
 転んでもただでは起きない、中学時代のあこを思い出した。あこの明るさはまぶしく輝く光というよりは、熱だ。隣にいるとじんわりとぬくもりが伝わってくる。
「そんな、あこちゃんがある日、やり残していたことを見つけたと言ってきたんだ。それが『恋愛ごっこ』だった」
「あこからその話も?」
「ああ、ばっちり聞いているよ」
 まさか中里の口から『恋愛ごっこ』が飛び出すとは思わなかったので、恥ずかしさにうつむいてしまう。中里はその様子を見て、今日一番の豪快な笑いを見せて、俺の肩をポンポンと叩く。
「いいじゃないか、青春だよ! 青春! 何も恥ずかしがることはない」
「そうやって、からかわれるのが恥ずかしいです」
 中里はまだ半笑いのままだ。いくら中学時代のこととは言え、初対面のおじさんに指摘されると恥ずかしい。中里は「まあまあ」と俺をたしなめる。
「とにかくあこちゃんにとっては、中学校の時に不本意な形で終わってしまった『恋愛ごっこ』を今度はきちんと終わらせるということが、生きている間にやるべきこととなった。どうやら他の目的もあったみたいだがね」
「他の目的?」
「……それはまた別の機会にしよう」
「とにかく『恋愛ごっこ』が始まって、今の君のことを知ったり、昔の君のことを思いだす日々はあこちゃんの残り少ない人生にとって、とても大切なことだった。病魔はもうずいぶんとあこちゃんを蝕んでいて苦しかったはずだが、最期の一ヶ月のあこちゃんはキラキラしていたよ。君のおかげだ、本当にありがとう」
 あこの想いを汲んで、中里が代わりに頭を下げる。急に頭を下げられてこちらも困る。むしろありがとうを伝えたいのはこちらの方だ。何とか頭を上げてもらうと、中里は少し悪そうな顔をして付け足した。
「あ、そうそう、あこちゃんの昔話は私もよく聞かせてもらったけど、担当の看護師たちもよく順番に話し相手になっていたんだ。うちは若い子も多いからね。ガールズトークに華を咲かせていたよ。すっかり君は血液内科と緩和ケア病棟ではちょっとした有名人だ」
 中里の言葉に、再び恥ずかしくなってうつむいた。中学校の時にはあこは口が堅い方だと思っていたが、まさかこんなことになっているとは……。下手にあの頃、誰にも言えなかっただけに、今ごろになって誰かに聞いてもらいたくてしかたなくなったのかもしれない。
 そう言えば、四階のナースステーションで名前を言っただけで驚かれたのは、このことも関係あるのかもしれない。
「まあ、からかうのはこれぐらいにしておいて……」
 中里が真面目な顔に戻る。
「君が今日、ここに来てくれて本当に良かった。もう少し遅かったらまた中途半端になっていたかもしれない。あこちゃんは残りの人生を費やして『恋愛ごっこ』を終わらせようとした。十年前の夏に二人で始めた『恋愛ごっこ』をきちんと終わらせるのは、君の役目なんじゃないかな?」
「……『恋愛ごっこ』を終わらせる」
 中里の言葉を繰り返し、つぶやいた。
「実はあこちゃんの私物で一つだけ預かっているものがあってね……あこちゃんは宝物だと言って、ずっとその机の上に飾っていたよ」
 中村はベッドサイドに設置された机の前までやって来ると、引き出しを開けた。引き出しの中から紙袋を取り出すと、そっと俺の前に差し出した。
 俺がその紙袋を受け取ると、中里は黙ったままこくんとうなずいた。静かにその包みを開き、中に入っていたものを取り出す。
 実感も湧かず、今まで堰き止められていた感情があふれだす。頬を伝った涙がポトリと紙袋を濡らす。人前なので止めようとしても、一度溢れだした涙は止まらない。
 ……ずっと大切にしていてくれたんだ。
 目の前に現れたクリップモーモーを胸の前で抱きしめた。
「君から渡してくれないか?」
 中里もわずかに目を潤ませながら、微笑んでいた。


 十年前もこうやって、来るはずのないあこを待っていた。あの時は、自分の中で区切りをつけるために境内に続く石段に座っていた。同じようで少し違う。今日は十年前から続く『恋愛ごっこ』を終わらせに来たんだ。
 約束だった八月最後の日曜。昼過ぎからずっとこうしているが、不思議と長くは感じなかった。クヌギ林から漏れる光も、蝉の鳴き声も愛おしく感じる。鳥居を抜けて吹いてくる風が、夏が終わっていくのを感じさせた。
 あの日、あこが目の前から消えてから、ずっと追いかけてきた。ネットで検索したり、同窓会で話を聞いた。山川の旦那さんまで巻き込んで、あこの勤めていた会社にも訪れた。そして、昨日、あこが最期を迎えた、命を全うした場所にたどりついた。
今にして思えば、きっと意味があったんだと思う。あこは俺が自分自身でたどり着くまで待ってほしいと中里に言った。自分自身で考え、自分自身で動いたからこそ得るものがあった。
 すべてが終わったらあこに関わってくれた人たちにも、ちゃんとあこのことを伝えようと思った。お腹の前で抱えていた紙袋をギュっと抱きしめる。
 ……大丈夫
 少しずつ角度を変える木漏れ日に不安を覚えないよう自分に言い聞かす。少し涼しくなってきたが、夕暮れまではもう少し時間がある。微かにだが、また風が出てきた。蝉の声が段々と遠くなる。
 そう言えば昨日はほとんど眠れなかった。疲れもあってか気づくとウトウトとしていて、近づいた足音にも気づかない。
「……そんなところで寝てたら、風邪ひくよ」
 聞き覚えのある声にゆっくりと視線を上げる。
 再会した時の同じく白いワンピースに、今日はストローハットを身に着けている。
 その表情は少し悲しそうだった。
「……最後まで来るか迷ってた」
 なかなか視線が交わらない。俺はゆっくりと立ち上がった。
「でも、来てくれてよかったよ」
 しっかりと真正面から彼女を見つめる。
「あこ……いや、天崎真琴だから、まこの方だな……」
「……いつから気づいていましたか?」
 天崎真琴、まこが視線を逸らしたまま尋ねる。
「ずっと違和感を感じていたけど確信を持ったのは最近だよ。でも、最初に引っかかったのは初めて会ったときかな」
「……うまくあこちゃんを演じられたと思ってたんだけどな」
 まこが自嘲気味につぶやく。
「ああ、もともとよく似てたし、十年ぶりだからな。女性は化粧なんかもするから完全に騙されたよ」
「私は十年ぶりでも、すぐ渉くんだってわかりましたよ」
「あんまり変わってないからな。あと、今さら敬語はなしにしよ! かえって変な感じがする」
 無言でまこはうなずいた。
「引っかかったのはそこじゃないんだ。俺の引退試合の時の話……初めて会ったときに、まるでその目で見てきたように試合のこと言ってただろ? あの日、あこは来なかったんだ。それで思い出したんだ。応援に来ていたテニス部の一年の中にまこもいたなって」
 俺の言葉にまこは納得したような顔している。
 同窓会の時に氏家たちと引退試合の話をしていて脳裏によみがえった。あの日はテニス部がオフだとかで一、二年も何人か野球部の応援に来ていた。その中に芦田明子の妹、真琴がいた。
 姉の明子が「あこ」と呼ばれていたので、自然と妹の真琴は周りから「まこ」と呼ばれていた。妹のまこは姉と比べるとずいぶんとおとなしく、性格は全然違ったが、目鼻立ちはそっくりだった。
ショートカットのあこに対して、まこは肩口まで伸びた髪をいつも一つくくりにしていたが、同じ髪型だったらもっとそっくりだっただろう。
「……そっか、あの日が夜逃げの日だったね。お母さんとあこちゃんは、いろいろな準備をしていたらしいけど、私は何にも知らされてなくて野球部の応援に行ってた」
「でも、ほんと後はボロも出さずに完璧だった。一度だけ『お前、本当にあこか?』ってカマかけても流されたしな」
 俺は両手を軽く上げて「まいった」の意思表示をする。
 本物のあこからいろんな情報が入っていたのかも知れないが、まこの演技は、ほぼほぼ完璧だった。あこが成長したらこんな感じだろうなと、違和感なく二度も過ごしたのだから。
「なあ」
 少しの沈黙の後、まこに呼びかける。まこは視線だけこちらに向けた。
「……全部教えてくれないか?」
 できるだけ優しくまこに問いかける。
 ……わかってる。
あこが亡くなって、まだ十日ほどしか経ってない。まこだって辛いんだ。でもいつまでも秘密を抱えたままでは、歩き出せない。まこにとっても『恋愛ごっこ』は終わらせなければならないんだ。
「……渉くん」
 いきなりまこが俺に向かって頭を下げる。
「ずっとだますようなことをしてて、ごめんなさい」
 頭を下げ続けるまこの肩をポンと叩く。まこは気にしているかもしれないが、俺はそんなところに別に引っかかってはいない。
「いいって、別にまこが悪いわけじゃないよ。それに、どうせあこが最初に頼んだんだろ?」
 やっと頭をあげたまこの袖口を左手で引っ張り、右手で境内の石段を指差す。
「とりあえず立ち話も何だし座って話そう。昔も塾帰りにここで、あこと話してたんだ……」
 先に石段に腰掛け、隣に座るように促す。まこも無言でうなずくと横に並ぶ。こうしていると本当にあの夏に戻ったような感覚になる。
 隣に座るまこの横顔を見てみた。視線を感じたのか、まこもこちらを一度見て、再び目を逸らす。あこと思って会っていたこの間より、ある意味こちらの方が緊張する。あこの妹だったので、全く交流がなかったわけではない。「まこ」と「渉くん」と名前で呼び合うぐらいは昔からしていた。
「メールも全部、まこだったのか?」
「……だいたいは。『恋愛ごっこ』の続きを始めた初日だけは、あこちゃんがメールを打ってた」
 少しずつだけど俺の質問にも答えてくれ始める。言葉にすることで、まこの中でも整理がつくだろう。
「最初にあこちゃんが渉くんとしていた『恋愛ごっこ』の続きをしたいと言い出したときは、私も中里先生も大賛成したの。それがあこちゃんの人生の糧になるならって。あこちゃんは照れながら、渉くんと始めた『恋愛ごっこ』の話をしてくれた」
「それは中里先生からも聞いたよ。そのことでからかわれまでした」
 苦笑まじりに答える。
「中里先生ならやりそう。でも、あの先生は本当にいい先生よ。あこちゃんの希望はできるだけ叶えたいって、すごくいろいろ動いてくれた」
「そうだね。いい先生だってことは認めるよ」
 患者のために涙まで浮かべる先生はそうはいない。
「それであこちゃんは、新しいスマホを用意して、フェイスブックで渉くんと連絡取れたって見せてくれたの。でも、それを見てびっくりした。話にあった『恋愛ごっこ』を再開することは決まっていたけど、そこに載ってる写真が私なんだもん!」
「あこならやりそうだな」
 俺は思わずプッと噴き出す。最初にあこと『恋愛ごっこ』を始めたときと同じだ。ブルドーザーの様に勝手に人を巻き込んでいく。
「それであこちゃんは、そのスマホは私に渡して『続きはまこがやって!』って言ったの。もちろん最初は断った……でも、ちょっと前までの抗がん剤治療の影響や、体調のこともあって、どうしても会いに行くことはできないから、代わりにあことして『恋愛ごっこ』を続けてと頼み込まれた」
 予想どおりと言えば予想どおりだ。性格上、まこが自分からあこをかたって、『恋愛ごっこ』を始めたとは考えられない。あこに頼み込まれて渋々始めたというのが本当のところだろう。
「もちろん見た目で、あこちゃんじゃないってバレるかもしれないし、思い出話になったら食い違いも出てくるかも知れないって言ったけど、あこちゃんはその辺は楽観的だった。見た目については、フェイスブックの写真でもバレなかったし、何より十年ぶりだから一度こうだと信じればそのまま行けるだろうって」
「……うん、それは正解。一度、あこがこんなふうに成長したんだと思ったら、後からは何も違和感なかった」
「そこはあこちゃんの作戦成功だね。でも、大変だったのはもう一つの方。あこちゃんは、あの頃のことをずっと思い出しては、それをノートに書いていった。あの日はあんな会話をした。この日はどこどこへ行ったって。それを病院に行くたびに、あこちゃんから受け取ってたの。逆に私からは『恋愛ごっこ』の内容をあこちゃんに伝えていた。今日はこんな会話をした。渉くんはこんな生活をしているってね」
 俺が違和感を感じながらも、最後の最後まで本物のあこじゃないと決定づけられなかったのはこのせいだ。俺とあこしか知らないはずの会話や思い出を正確に再現したあこのノートとまこの演技力の勝ちだ。
 思い出の中のあこの勝ち誇った顔が目に浮かぶ。
「たまにあこちゃんからの注文がつくこともあった。初めて会った時のプリクラも、あこちゃんからのリクエストだったの。今の渉くんを見たいから昔とったみたいに必ず撮ってきてって。一緒にキャッチボールしたのもそう。渉くんの野球をしている姿が見たいって」
 あの思い出のデートコースや公園でのキャッチボールにはそういう裏があったのか。言われて思い出したが、キャッチボールの時も昔よりあこがキャッチボールが下手になりすぎていて、不思議に思ったんだった。
 今考えてみるとあれはまこだっただからだな。失礼な話だが、同じテニス部だったけどあことまこでは、あこの方が運動能力が高く、まこは少しどんくさいとことがあった。その分、まこの方が勉強などはできたが……。
 そこまで考えが巡ったとき、あの公園でのまこと別れる場面を思い出した。
「もしかして、公園の時のあの電話が病院からだったのか?」
 あの時のまこの様子は普通ではなかった。
「……ええ。病院からあこちゃんの容体が急変したって。結局、数日後の朝にあこちゃんは亡くなった」
 まこの頬にすっと涙が一筋流れる。
たぶんこの十日ほどで散々泣いたんだろう。まこの記憶はまこが小学生のときのものがほとんどだが、あこの後ろをついてまわる仲の良い姿を思い出す。
「最初にも言ったけど本当は今日来るか迷っていたの……あこちゃんは私に自分が先にいなくなっても必ず最後まで終わらせてって言っていた。でも、本当に私が続けていていいのかわからなくなっていった」
 あこが両手で顔を覆い、うつむいてしまう。
「どういうこと?」
 優しく問いかけてまこの言葉を待つ。
 大丈夫。まこの言葉を受け止めるのが、想いをすべて受け止めるのが、今日の俺の役割。
「私にとってあこちゃんは本当にいいお姉ちゃんだった。私とは違うその性格に、生き方にあこがれた。いつも目の前の目標はあこちゃんだった。私のことも大切にしてくれた。それこそ、自分以上に私のことも気にかけてくれた」
 まこと目が合わなくても、まこの方をしっかりと見てうなずく。
「そんなあこちゃんが始めた、この『恋愛ごっこ』にどれだけの想いがつまっていたかもわかっていた。だからあこちゃんの代わりもすることにした。ずっと憧れていたあこちゃんになれることも悪くなかった。でも……いつからか、気づいちゃった。私、楽しんでるって。あこちゃんの代わりとしてではなく、私自身として。あこちゃんがあんなに苦しんでいるのに」
 そこまで話すとまこは涙をぬぐって、顔をあげてこちらの方を向いた。
「ねえ、急にびっくりすること言っていい?」
 俺が肯定や否定をするより先にまこが続ける。
「私、本当はずっと渉くんのことが好きだったんだ。あこちゃんのことで私が上級生からいじめられたの覚えてる? あのとき、渉くんが助けてくれたの。あれ以来、渉くんはずっと私の王子様だったんだよ」
 まこが俺に対してそんな想いを抱いていたことは知らなかったが、そのこと自体は覚えている。同学年の男子を追い払って、泣いてるまこを家まで送っていったはずだ。
「渉くんと『恋愛ごっこ』してるうちに、いつの間にか昔の想いを思い出しちゃった。これが本当だったらいいのにって……病気のあこちゃんの代わりだったのに、最低だよね」
「……まこ」
「……だから、今日はちゃんと懺悔しようと思ってここに来たの。渉くんとあこちゃんに。それが私なりの『恋愛ごっこ』の終らせ方」
 まこはあこへの想いと俺への想いの間で苦しんだのだろう。でも、それは本当にあやまることなんだろうか? 仮に途中から『恋愛ごっこ』を自分のためにしていたとしても悪いことだとは思わないし、それで怒るあこではない。
 まこはまこなりの『恋愛ごっこ』の終らせ方をした。今度は自分の番だ。
「なあ、まこ……たぶんあこは、そんなまこの気持ちもわかっていたんじゃないかな?」
「えっ!?」
 思いもよらない俺の言葉に、まこは驚いた顔をする。
「あこはわかっていて、それでもなお、まことやり遂げたかったんじゃないかな?」
「そんなことわかるわけ……」
「わかるさ」
 抱えていた紙袋をまこの前に差し出す。
「中里先生があこから預かってたんだ。『恋愛ごっこ』の終わりに俺からまこに渡してくれって」
 紙袋から中身を取り出してまこに見せる。摂北大附属病院のあこの部屋で、まこも見たことのある牛のぬいぐるみだ。
「……これは?」
「クリップモーモー。見たことあるだろ? 昔、俺があこに修学旅行のおみやげで買って帰ったんだ。ほら、あこ怪我して修学旅行行けなかっただろ?」
 そのあたりの話もあこからすでに聞いているかもしれない。でも、なぜ今、クリップモーモーなのか、不思議そうな顔を浮かべる。
「これ前足がクリップになっているだけじゃなくて、おなかの部分がポーチになっているんだ」
 そう言いながら、おなかの部分のチャックを開ける。中に入っていたスマホより一回り小さいぐらいの封筒を取り出した。
「まこへのメッセージだよ。あこからの……」
 その封筒をまこに手渡し、中を見るようまこに促す。まこは封筒を受け取り、中に入っていた数枚の便せんを取り出すと、ためらいがちに俺の方を見る。まこと目を合わせて、俺はしっかりとうなずく。
まこは一度大きく深呼吸すると、俺の隣で『まこへ』と書かれた便せんを開けた。
『まこへ

 まこに手紙を書くのはいつぶりだろ? なんか改めて書くと何だか緊張するね。でも、これをまこが読んでいるときは、もう私はお空の上だと思うから好きなことを書かせてもらうね。
 私の計算通りうまく渉から手紙をもらっていればいいんだけど、全然、違うタイミングになていたらごめん。
 まずは私がまこに伝えたいことは、感謝の気持ちです。私が姉でまこが妹だったけど、実際にはまこの方がしっかり屋さんで、いつも暴走する私をいつも優しく包み込んでくれたね。
 昔は家が大変だったけど、その分、普通の姉妹以上にまことは仲良しで、まこがいたからいろんなことも乗り越えられた。本当にありがとう。
 私にとってまこは大好きで、大切な存在。
 今まで迷惑ばっかりかけて、お姉ちゃんらしいことは何もできなくてごめんね。
 渉との「恋愛ごっこ」の件でも最後まで迷惑かけちゃったね。でも、まこを通して今の渉のことが知れて本当によかった。まこから渉とのメールやデートの話を聞いたり、私が今まで話せていなかった昔の話なんかをたくさんできた。
 「恋愛ごっこ」の続きを始めてのこの二週間は、私の人生にとっても濃密なすごく幸せな時間になったよ。まこからも渉にお礼を言っておいてね。
 昔から姉妹でなんでも話してきたけど、「恋愛ごっこ」のことをずっと言えなくてごめん。自分でもすごくズルいなって思う。でも、これで本当に最後だと思うから言っておくね。
 まこは私のこともあるし、ずっと胸の中に秘めてたんでしょ? でも、私は知ってたよ。一番近くにいたんだから気づいてた。昔、まこが渉に対して抱いていた気持ち。
 ここからは私の想像でしかないから、もし違っていたら読み流してね。
 十年ぶりに再会してまこも渉に対しての想いを思い出したんじゃないかな? 渉とメールしたり、会うようになってまこはきれいになった気がする。きっと恋してるんだね。
 誰かを好きになることってすごく大切なこと。それが人生の力になるって私は他の誰よりも知っている。だから、もし私の事を気にして自分の想いをまた隠そうとしていたら、それこそ私は怒って成仏できないから絶対にダメだよ。
 私はその先の未来を見ることができなくなったけど、私の大切なまこと私の大切な渉が仲良くなってくれたら、そんなに嬉しいことはない。
 ここだけの話だけど、実は「恋愛ごっこ」の続きには二人がもう一度仲良くなるって目的もあったんだよ。だからと言って、無理やり二人をくっつけようとしている訳じゃないからね。
 この「恋愛ごっこ」の続きが終わったら、その続きの未来をどう描くかは、二人がそれぞれに決めることだもん。二人がどんな未来を描くか、ずっと空の上から見守っているね。
 長々と訳の分からないことをたくさん書いてごめん! 特に後半部分は私の想像と妄想が入り混じっているから、全然的外れだったらごめんね。でも、最後にもう一度だけ言わせて。
 まこ、大好きだよ! 私の分まで絶対に幸せになってね!
                                   あこより』
 手紙を持つまこの手が小刻みに震える。どんどんと溢れる涙をまこはもう拭うこともやめていた。
心配して隣のまこの顔をのぞき込む。まこも涙を頬に伝わらせながらこっちを見ると耐えきれなくなったのか、そのまま俺の顔を胸にうずめていた。
 声をかけるべきか迷ったが、しばらくそのままで置いておくことにした。
「あこちゃん……あこちゃん……」とまこの嗚咽は止まない。ある意味、まこがこれだけ泣いてくれているおかげで俺も冷静になれている。きっと今も一人だったら同じように涙を流していたかもしれない。
 どれくらいの時間が経ったんだろう? 沈みかけた夕陽であたりが橙に輝いている。きっと何百回も、何千回も同じように夕陽が神社を照らしてきたんだろうけど、今日の景色を忘れないでおこうと思った。
 嗚咽は止んだが、まこはまだ俺の胸の中だ。まこの頭をポンポンとよしよしする。あこにも一度だけこうしたことを思い出す。
「……渉くん、ごめん」
「いいよ、俺の分まで泣いてくれ」
「……何それ」
 顔うずめたまま、まこが答える。返事の代わりに頭をなでていた左手にグッと力を込めてまこの肩を抱き寄せる。言葉よりお互いの存在をぬくもりで感じたかった。
「夏が終わるな……」
 少しずつ橙の輝きが消えていき、藍色の空へと移っていくのを眺めながらつぶやいた。この夏もいつかの夏になっていくのだろうか? 一つの季節が終わり、また一つの季節が始まる。その中で俺たちはただ一生懸命、生きていくしかない。
 そんな俺のつぶやきを聞いたのかどうかはわからないが、まこがやっと顔をあげる。
「渉くん、ありがとう」
「どういたしまして」
 散々泣いて目をはらしているまこに、あえておどけた調子で答える。それを見てまこは一瞬、微笑み、そして、また真剣な顔になった。
「渉くん……あこちゃんがいろいろ考えててくれたみたいだけど、私、きっとすぐには変われない」
 今度はきちんと俺と目を合わせる。こういう真面目なところはまこなんだよな。
「いいんじゃないか? きっと時間をかけなきゃいけないんだよ。俺も……まこも」
 真っすぐな想いには真っすぐに応えたい。
「俺らの、俺とあことまこの『恋愛ごっこ』はもう終わりだ。続きは俺らで決めればいい。あこの手紙にも書いてあっただろ? どんな未来を描くは俺らしだいだって」
「……渉くん」
「俺もちゃんとあこのお参りもしたいし、気持ちの整理もしたい。それに、これからまこのことをもっと知っていきたい。いいじゃん? 今度は一カ月なんて言わなくて、いくらでも時間をかけて、それから答え合わせすりゃさ」
 最後はちょっとくさかったかな。今さらながら自分の言葉に少し照れる。
「ありがとう」
 まこの目にもう一度涙が浮かんだ。
まこはその涙をぎりぎりでこらえて、もう一度大きくうなずいた。膝にクリップモーモーの入った紙袋を乗せ、あこからの手紙を両手で胸の前に大切に抱えている。
 ほっておくと、まこはいつまでもそうしていそうだったので、先に立ち上がって、両手を広げて「うーん」と大きく伸びをする。チラッとこちらに目をやったまこに声をかけた。
「そろそろ行くか」
 その声かけに反応して、しばらく止まっていたまこの時間が動き出す。
 俺がすでに立ち上がっているので、まこも急いで片づけを始めた。ついさっき読んだばかりの便せんをもう一度、丁寧に折りたたみ、入っていた封筒にしまおうとした時、あこの手が止まった。
「……!? 渉くん……もう一枚ある」
 手紙の封筒の中にもう一枚、便せんとは別に小さな紙片が入っている。小さく折りたたまれた紙きれを封筒から、人差し指と親指で挟んで取り出す。俺ももう一度、まこの横で顔を並べてそれを見る。
 何とか取り出した紙きれを開けて、二人で顔を寄せてのぞき込む。
「……!?」
 そこには今の二人と同じように顔を寄せ合った俺とまこの写真が貼ってある。あの再会の日に観覧車の後に二人で撮ったプリクラだ。
 その下には丸みを帯びたあこの字でたった一言添えられていた。
「お似合いだよ!」
 この三日間は嵐のように過ぎ去っていった。あこがかつて務めていた西森建設に行ったのが金曜日、摂北大附属病院で中里医師からあこの死を聞いたのが昨日の土曜日、そして今日は『恋愛ごっこ』を終わらせるべく、あこの妹、天崎真琴と会ってきた。
 あの夏の『恋愛ごっこ』をめぐる物語も終わりが近づいていた。
 地元の駅でまこと別れた後、家に帰る途中の牛丼のチェーン店で簡単に夕食を済まし、自分の部屋へと急ぐ。本当は途中なので、まこの乗換駅まで一緒に行ってもよかったが、今日の今日でいろいろとありすぎて、お互いの気持ちの整理なんかも必要なので、あえて駅で別々の電車に乗った。
 ただ、連絡先はちゃんと聞いておいた。今度こそ本当のまこのスマホの番号だ。
 納骨などはもう少し先なので、今度、天崎家にお参りに行かせてもらうことになっている。だから、あことの対面はその時になる。
 家に着くと、はやる気持ちを抑えながら先にシャワーを浴びてしまう。いくら菅原神社の木陰にいたとは言え、一日中、外にいたので汗もかなりかいていた。
 一日の汗を流し、乾かして、改めて机の前に座る。
俺とまこの『恋愛ごっこ』は終わった。でも、俺とあこの『恋愛ごっこ』はまだ終わっていない。最後のミッションを前に、大きく息を吸いこんで引き出しを開けた。
 引き出しの中には『渉へ』と書かれた封筒と一枚のメモが入っている。
 あこの望みなので、まこには黙っていたが、実はクリップモーモーの中にはまこに渡した封筒以外のものも入っていた。
 昨日の夜、中里から受け取ったクリップモーモーを調べてみると、一枚のメモと『まこへ』と『渉へ』と書かれた封筒の二枚を見つけた。本当はすぐにでも自分用の手紙を確認したかったが、あこがそれを許さなかった。
 唯一、封筒に入っていなかったメモ用紙にはあこの字で、『クリップモーモーとまこ用の手紙は、渉からまこに渡してあげて。手紙は二人で一緒に見るように! 渉用はまこ用の手紙を二人で読んだ後に、必ず一人になってから読んで! ちゃんと守らないと化けて出る!』と書かれていた。
 あこが化けて出るのも悪くないなとは思ったが、ここは故人の遺志を尊重しようと思い、ちゃんとあこの指示を守った。
ここまで散々、あこを探したり、あこだと思ったらまこだったりと、この『恋愛ごっこ』に関していろんな目にあってきたので、もう怖いものなんてないと思っていたが、いざ最後に自分あての手紙を託されると、何が書いてあるか少し怖くなった。
ハサミで丁寧に封を切り、中に入ってあった便せんを取り出す。あこの書く一文字、一文字をいつくしむように、丁寧に文字を目で追っていく。
『渉へ

 私の作戦がうまくいっていたら、この手紙を読んでいる時には、まことの『恋愛ごっこ』に決着をつけていてくれてると思います。
もしかして、私のしたことで怒っていたらごめんなさい。まこに私のふりをさせたのは私なので、まこに対しては怒らないでね。そうは言いながらも、渉は私に振り回され慣れているので、全く怒っていないだろうと思う』
 おいおいと心の中でツッコミながら手紙を読み進める。ずいぶんまこと扱いが違う。
『あこへの手紙にも書いたように、「恋愛ごっこ」が終わってこれから二人がどんな続きを描くかは、二人にお任せするね。私にとって大切な二人が恋人同士になったら素敵なことだなと思うけど、それは二人が決めること。
 ただ、もしそうならなかったとしても、まこのことをよろしくお願いします。まこは私と違って繊細で、でもそのくせ意地っ張りで強情なところもある。だから、もしあの子が何か困ったことがあったら、昔みたいにあの子の力になってくれるとうれしいです。
 勝手なお願いだけど、渉のことだから言わなくてもそうしてくれると信じてる。
 さて、まこの事ばかりで、渉がそわそわしているかもしれないので、渉のことも書くね。まこと渉の「恋愛ごっこ」は渉がきちんと終わらせてくれたはずなので、今度は私がきちんとあの夏の「恋愛ごっこ」を終わらせる番だね。
 十年前、渉がさとちゃんから告白されたって話を聞いたとき、本当はなぜかもやっとしたんだ。ずっと胸に何かが引っかかって取れない感じ。それまでは渉は近くにいることが当たり前で、そのことに対して何も思っていなかった。
 でも、「恋愛ごっこ」を続けていく中で、少しずつその引っかかりの正体が見えてきた。そして、急に渉の前から消えなければならなくなって……渉が近くにいなくなって初めて自分自身の気持ちに気づいた。私、バカだよね。もっと早く気づいていたらもっとたくさんの時間を二人で過ごせたかもしれないのに。
 これがほんとのほんとに最後になるから渉に伝えるね。
 あの夏、私は渉に恋していた。
 私、生まれてきてよかった……渉に逢えたし。
  渉、大好きだよ。ずっと、ずっと大好きだよ。
 これが私の本心、悔しいけど先に私から言っちゃったから、「恋愛ごっこ」は私の負け。でも、ちゃんと終わらせることができてよかった。
 渉、幸せになってね!
                                   あこより』
 もう十分だと思ったのに……昨日、一生分の涙を流したと思っていたのに。俺の中に、まだこんなにも涙が残っていたのかというほど泣いた。泣き叫んだ。
 病院で話を聞いた時も、まこと会った時も、どこかあこが本当にいなくなったという実感はなかった。あの夏の「恋愛ごっこ」が終わらない限りは、どこかでひょこと顏でも出すんじゃないか、そんな気がしていた。
 でも、あこはいない。もう本当にいないんだ。最後にちゃんとあの夏を終わらせてくれた。
 あこ……俺もあこに逢えてよかった。
 あの夏、あこに恋してよかった。
 誰よりも大好きだった。
 ……『恋愛ごっこ』は私の負け。ううん、違うよ、あこ。そうじゃない。
「……引き分けだよ」
 あこからの手紙を握りしめたまま、つぶやいた。
 十年前のあの夏が終わった。
 小高い丘の緑に囲まれた一角に植えられている一本の樹がそよ風に揉まれていた。昨日までの灼けるような暑さも、今日は風がある分、少しましな気がする。
「渉くん、さとちゃん来たよ」
 手を合わせていた俺の横で、まこが声をかける。目を開いて、そちらを見ると手を振る山川と旦那の正博さんがこちらに向かっているのが見えた。
「まこちゃん、成田くん久しぶり!」
 近づいてきた山川が声をかける。暑さは少し和らいだとは言え、少し歩くと汗が出る。「さとちゃん、正博さん、わざわざ、ありがとうございます」
「正博さんは今日はお休みですか?」
ハンドタオルで汗を拭っている正博に声をかける。
「ああ、今日はうまいこと休みがあったから、一緒に来させてもらったよ。僕は初めてだけどいいところだね」
 正博は丘から見える風景を眺める。目の前にある小さな石碑以外は、人工物はなく緑に囲まれている。
「命日って言っても、無宗教なので特に儀式とかはないんです」
「そのうえ、樹木葬の合葬墓だから、俺らも思い思いに手を合わせていますよ。まあ、あこにしたら、一人よりにぎやかでいいと思います」
「……そっか、もう一年も経つんだね」
 山川がしみじみと言った。
 あの後、俺はあこを見つけるために世話になった人たちに順番にお礼を言いに行った。特に山川と旦那の正博さんにはずいぶんとお世話になったので、事の顛末を詳細まで話した。
 思っていた通り正博さんはとてもいい人で、親身に話を聞いてくれた。山川はあこが亡くなったと聞いて、ずいぶんとショックを受けていたが、こうやって機会があるごとにあこのところに来てくれる。
 山川たちが石碑の前で手を合わせている。俺とまこは少し早めに着いたので、既にお参りを済ませてある。
「さとちゃんたちに来てもらえて、姉も喜んでいると思います」
 まこの言葉に山川は軽く首を振る。
「まこが一番、喜ぶのは二人が仲良くしていることだよ。少しは二人の仲も進んだ?」
 山川に言われて、まこは顔を赤くしてうつむく。横から俺が助け舟を出す。
「ぼちぼちだよ」
「ぼちぼちねぇー」
 山川が嬉しそうに、正博にアイコンタクトを送る。
こいつ中学校のこんなキャラじゃなかったのに……。結婚は女性を強くする。
「まこちゃんはきれいだから、逃げられないように気をつけないとな、渉くん」
 正博も面白がって被せてくる。
「いやいや、俺らは俺らのペースがあるんで……なあ、まこ?」
 会話を振ろうとするが、まこはうつむいて恥ずかしがったままだ。
 あれから約一年が経ったが、俺とまこの関係は大きく変化はしていない。あれだけのことがあったんだ、二人が気持ちの整理をつけるのはもう少し時間がかかる。
 でも悲観はしていない。少しずつ、本当ゆっくりだけど、俺とまこは歩みを進めている。あの夏の『恋愛ごっこ』はもう終わったのだから、それぞれのペースで未来に向かう。きっとあこも見守っていてくれる。
 ……また来るよ。
 心の中でつぶやいて、歩き出す。
 小高い丘にまた微かな風が吹いて、緑を揺らす。また一つ季節が回ろうとしているのを感じていた。







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