思っていたより同窓会はちゃんとしたものだった。うちの中学校では卒業時にきちんと同窓会費を徴収していて、卒業して十年で中学校を使って同窓会を開く。形だけだが同窓会総会を開き、また次の代につなぐことが規約で決まっていた。
同窓会が開かれると聞いて初めはもっとラフなものを想像していたが、まず中学校で行われる分は、同窓会総会と茶話会程度で、それが終わってから希望者のみで二次会が開かれるらしい。酒が入るのはこの二次会からだ。俺のイメージにあった同窓会というやつがどうやらこの二次会のようだ。
同窓会の会場となったのは中学校のランチルームだ。中学校では基本、昼食は弁当だったが、希望者は事前の予約で給食を食べることができる。一年、二年、三年のエリア分けは、一応あるが、学年内の席は自由で他のクラスのメンバーとも食べることができるので、一定の需要はあった。
余裕を持って十五分前に会場に入るとすでにたくさん集まっている。ざっと五、六十人。五クラスの合同だから当然か。まだもう少し集まるだろうから百人近くはいくだろうか?
ランチルームに入ってキョロキョロとしていると、手を挙げて呼ぶ者がいた。野球部で同じだった氏家だ。何かあまり似合わないひげなどはやしているが、氏家とは年一ぐらいで会うので、一目でわかった。どうやらクラスで固まって座っているみたいで、まわりも懐かしい顔がそろっている。
「久しぶり!」と声をかけながらその輪の中に入る。クラスでも野球部でも仲が良かった氏家がいてくれたので、多少ホッとした。
「けっこうたくさん集まったな」
「全体の同窓会だしな。五年前の成人式に会わなかったやつもいるんじゃね?」
氏家も会場を見渡す。開始の五分前になってさっきより人が埋まってきた。時々、手を挙げて違うクラスの野球部のやつにあいさつしている。
「渉はうーじとけっこう会ってるの?」
向かいに座った完全にガテン系になっている足立が聞いてきた。
「いや、大学までは野球連中でしょっちゅう会っていたけど、最近は年に一回会うかどうかだな」
「やっぱ就職すると集まりにくくなったよな。地方に行ったやつも多いし」
「そんなもんだよな。俺は今でも地元に住んでるけど、中学のやつなんかほとんど会わないわ」
「俺、そういやこないだ亜紀ちゃんにあったぞ」
三人の会話に横から池田が入ってくる。
「亜紀ちゃんって、小池?」
「そうそう。こないだ、たまたま入ったスーパーでレジが亜紀ちゃんだったんだ」
「お前、昔から小池推しだったもんな。今日は来てないの?」
「いや、まだ見てない。今日は亜紀ちゃん来たらアタックしかけるからな」
池田はそう言って息巻いているが、いつも口だけだ。中学の時も確か結局、告白しないまま、いつの間にか他に彼氏ができていて、へこんでいるのをみんなで励ましたことがある。
「まあ、いーけは置いといて、同窓会は出会いのチャンスだからな。後で女子のグループにも話しかけに行こうぜ」
男子で固まってこんなこと言ってる時点で、俺らはすでにどちらかと言うとイケてないグループだろう。あんまり中学校の時から変わらない。昔からクラスの中心にいたような奴らはとっくに女子グループと輪を作っている。
ただ女子とも話をしないことには、あこの手がかりを得ることは難しそうなので、どこかでうまいこと会話に加わる必要がある。
会の始まりを告げるアナウンスが流れる。全員が一旦席に着いたので、改めてまわりを見渡してみる。
……うまく入れるとしたら武井ちゃんのとこだな。
三組の武井ちゃんは野球部でもハイセンスな方で、本当に同じ坊主頭かというぐらいおしゃれな感じだったし、事実、女子からもモテていた。中学の時は、テニス部のキャプテンだった宮内とつきあっていたというのも都合がいい。
今も野球部のキャプテンの南森と一緒に女子グループと楽しそうにしゃべっている。横から氏家が肘でつついてきた。
「お前、武井ちゃんとこ行って女子とからもうと思ってるだろ。抜け駆けすんなよ! 後で一緒に行こうぜ」
ちょうどそのタイミングで同窓会の総会が始まってしまったので、目配せして無言でうなずく。俺としても氏家がいた方が心強い。
総会自体は十分ほどで終わった。議事も会計の報告がほとんどだ。その後は同窓会委員の代表と学年主任だったうちの担任のあいさつが続き、そこからは茶話会になった。
ジュースとお菓子という簡単なものだったが、中学校時代の思い出に華が咲き、アルコールなしでも十分楽しめた。最初のうちは各クラスを中心に話が盛り上がる。同窓会マジックなのか、十年前はあまり話したことのない女子たちとも、思い出話ができたことに少しの成長を感じた。
自分のまわりにはあまりいないだけで、二十五にもなると結婚している同級生もたくさんいた。結婚だけでもイメージがわかないのに、すでに二児のママをやってるなんて話も聞いて、同じ十年を過ごしてきたとは思えない。
十年と言葉にすればたった一言だが、それぞれにそれぞれの人生があったんだとジジ臭いことを思う。それでもこの学校で過ごした三年間が、俺たちの時間を巻き戻してくれる。それもうまく思い出補正もいれながら。
ある程度、場が盛り上がってきたところで、幹事たちが用意した思い出のスライドショーが始まる。入学式からスタートして、一年から三年までの宿泊オリエンテーションや体育大会、文化発表会に修学旅行と様々な学校生活の場面が切り取られる。
新しい写真が出てくるたび、悲鳴とも歓声ともとれる声が上がる。できるだけ多くの人が映るよう作られているのだろう。俺も何度かスクリーンに映るが、坊主頭のころなので恥ずかしい。
大きな拍手と共にスライドショーが終了すると、再び歓談の時間になった。さっきよりも人の移動が大きくなって、クラスを超えたクラブなどの輪もでき始めている。武井ちゃんのところも気になるが、元担任がトイレに立つとことを見たので、まずそちらからあたることにした。
「湖海先生、お久しぶりです」
トイレから戻ってきた元担任と、ランチルームの外のドアでばったり出会った風を装って声をかける。
「おお、成田! 久しぶりだな。今は何してるんだ?」
「大学卒業してからはエンジニアとして働いています。湖海先生もお元気そうでよかったです。もう退職されたんですよね?」
「ああ、悠々自適の隠居生活……と言いたいところだけど、今は違う市で週に三日だけ非常勤講師をしているよ。年金もらえるまではもう少しあるしな」
いつも若々しく学年主任兼三年一組の担任としてパワフルに働いていた印象だったが、あの頃でも五十を過ぎていたんだなとびっくりする。さすがに退職して、十年前に比べると圧力というか気圧されるオーラのようなものは感じなくなっていたが、それでも同年代に比べると若々しい。
「今日、たくさん集まりましたね」
「そうだな、同窓会委員の連中ががんばってくれたからな。ここ数年の同窓会じゃ一番集まったんじゃないか? だいぶいろんなつてを使って連絡をとってくれたけど、それでもまだ二十人ぐらいは音信不通だったらしいが……」
「いつもはもっと連絡とれない人が多いんですか?」
「まあな、今はスマホやSNSやらで簡単に連絡取れるようになったからだいぶ少なくなってきたが、はがきのやりとりだけだったころとかは三割ぐらい連絡取れないなんてlことが普通だったさ」
立ち話の中で、話がうまいこと連絡のとれない同級生のことに触れたので、あこのことを聞いてみる。
「先生、芦田明子って覚えています?」
「芦田?」
「……三年の夏休みに急に転校した」
「ああ、あのテニス部の……覚えてる、覚えてるよ! みんなからあこって呼ばれてた」
湖海先生の表情がパッと明るくなる。訳ありで転出しただけに、すぐに思い出したようだ。
「そうです。あいつと連絡とりたくて、もしかして先生なら何か知ってないかなって」
「なるほど……そういう話か」
少し考えこんで難しい表情になる。
「そう言えば、あの夏休み明けにもこんな話をしたな。思い出したよ。夏休みに珍しく成田が職員室に顔をしたかと思ったら、連絡先を教えろって」
「……覚えてましたか?」
湖海先生は懐かしそうにうなずいた。
「お前にしては珍しくしつこく食い下がっていたからな。印象に残っているよ……ただ結論から言うと芦田の連絡先は知らないし、もし知っていても守秘義務ってやつがあるからな、簡単には教えられない」
そのあたりは毅然とした態度で答える。そういや湖海先生はこういう人だった。普段は抜けているところもたくさんあったが、ルールを守ったり、筋を通すという部分には、昔から厳しかった。
それを自分も含めてきちんとやり抜くので、生徒からの信頼にもつながっていた。だからこうやって相手にまわすとなかなか手ごわい。
「先生、変わらないですね。十年前にもそう言われました」
「なんで芦田の連絡先が必要なんだ? 何か事情があるのか?」
「まあ、いろいろありまして」
その問いかけには答えを濁す。まさか『恋愛ごっこ』のことを話すわけにもいかない。
「人にものを尋ねるのに隠し事はよくないな。人間関係の基本は誠意と真心だぞ」
「……それも昔、言われました」
担任からの一言に思わず苦笑する。
「俺、あこのところの家庭の事情はかなり深くまで知っています。義理の父親のDVで夜逃げしたことも、その父親が一年半ぐらい前に亡くなったことも……」
「ちょっと待て。何でそんな最近のことまでわかってるんだ?」
話に矛盾を感じて、途中で言葉を遮る。
「実は最近まであこと連絡を取っていました。直接には二回会いました。でも、また急に一切の連絡が取れなくなって。まるであの時みたいに……」
「……」
「十年前もその日の朝まで連絡を取っていたのに、急に目の前からいなくなりました。今回も同じです。今度も何かしら事情があるんだとは思います……だとしても急にいなくなるなんて」
グッと拳を握りしめた。こんな話、同級生にはできない。先生はいつまで経っても先生で、その前では自分は生徒になるんだなと思った。
「……何かしら事情があるなら、そっとしておいてやるのも優しさの一つだぞ」
「……」
それもわかってる。でも、それならなぜ『恋愛ごっこ』の続きを始めた?
きちんと『恋愛ごっこ』を終わらせて消えるならまだわかる。たぶんあこにもあの夏にやり残したことがあって、『恋愛ごっこ』の続きを始めたはずだ。そして、『恋愛ごっこ』はまだ終わっていない。
せっかくの忠告も聞く耳を持たない俺の態度を見て、元担任もため息をつく。白髪をくしゃくしゃとして「あー」と言いながら、俺の横をすり抜けてランチルームのドアに手をかけたところで立ち止まる。
「俺は本当に何も知らないからな! これからするのはただの一般的な話と独り言だ。何の参考にもならないからな」
前置きをしておいてから、こっちを振り返らずに話を続ける。
「DVなんかで危害を加えられる可能性がある場合は、離婚してもすぐ母方の実家に戻らずに、しばらく母子寮で暮らすことも多い。そうなると居所を知られないように、いろんな学校の手続きを施設の人を通じて行うこともある。でも、しばらくして危険性が低くなると、そこから出ることも多い。そうなったら頼れるところはやっぱり実家、あるいは援助が受けやすい実家の近くで住むことがケースとしては多い。芦田がどうだったかまではわからんがな」
ドアを開けて担任が中に入ろうとして、思い出したように付け足す。
「あ、もう一個思い出した。確か芦田のお母ちゃんの旧姓は天崎だ。うちのかみさんと一緒だって話をしたことが確かあった」
そこまで言うと、軽く右手を上げて、担任は中に入っていった。見えていないかもしれないが、俺はその場で頭を下げて見送った。
確かに今も母親の実家近くに住んでいる可能性は十分にある。ただそれもどうやって調べればいいかを考えると手づまりな感じもする。どちらかというと「天崎」の方が有力な情報かもしれない。転校して以降、あこが「芦田」ではなくて「天崎」の方を使っていたとしたら、これから手がかりを探すうえで「芦田明子」としてだけでなく「天崎明子」の方でもあたってみる必要がある。
「おーい、渉、どこ行ってたんだ?」
すでに武井ちゃんたちと合流している氏家が手を振って招いてくれた。
「トイレ行くとき湖海先生とあってさ、外でしばらくしゃべってた」
氏家が空けてくれておいた座席に座りながら説明する。テーブルには氏家と武井ちゃんの他に、野球部のキャプテンだった南森、それからテニス部の宮内と山田、もう一人は……誰だっけ? 顔は見たことあるけど名前まで思い出せない。確か陸上部の子だったんだけど。
席に着くと次々と「ひさしぶり!」と声をかけられ、再びテーブル内のメンバーでジュースで乾杯して再会を喜び合った。外で元担任と話をしている間に、あちこちでクラスの枠を超えて盛り上がりだしたようだ。
お互いの近況などの話はすでに一周して、話題としては一番盛り上がる昔や現在の恋愛話になっている。
「氏家くんは、今日はさきがいなくて残念だね」
宮内が中三の頃に一瞬、つきあっていた一つ下のテニス部の後輩の名前を出してからかっている。
「いたら逆に気まずいわ!」
「本性バレたらすぐフラれたもんな!」
南森もそれに乗っかる。当時、初めてできた年下の彼女に浮かれていた氏家だったが、一カ月半であえなくフラれてしまったことは野球部の語り草だった。
「グラウンドで野球しているところだけ見てたら、かっこいい先輩に見えたんだろうね」
「おいおい、小野、さらっととどめ差していくなよ」
髪を後ろで一つくくりにしている小野がケタケタ笑っている。そうだ! 小野だ! 氏家の返しのおかげで名前を思い出した。
「人のこといじっといて、お前らはどうなんだよ? 卒業までつきあってだろ?」
武井ちゃんと宮内を指差して反撃をする。二人は顔を見合わせて苦笑いしている。
「俺らも高校いってしばらくしたら自然消滅的に別れたよ。やっぱ学校違うとなかなかリズムも違うしな」
「ちょっと、何うまいこといってんのよ! 慎吾が浮気したからでしょ」
「いやいや、あれはお前が勝手に誤解したんだろ?」
「はいはい、痴話げんかは他所でやってね」
本気の言い合いというよりかは、いちゃついてるようにも見えるやりとりを山田が整理する。
「武井くん、モテるからそりゃさくらは心配だったよね」
「そんなことないし、どっちかというと慎吾の方が束縛するタイプだったよ」
ずけずけと過去の恋愛事情を語る宮内に慌てて、武井ちゃんが口止めする。何でもさらっとこなしてしまう武井ちゃんの意外な一面が知れて面白い。
「あーあ、学年一の美男美女カップルもあえなく破局か。中学校時代の恋愛なんてこんなもんなのかな?」
「でも、福本くんと黒川さんのところはそのまま結婚したんでしょ?」
「うそ!? それ、まじで?」
「さっき四組では話題になってたよ。一組ぐらいは同級生カップルが続いててよかったじゃん」
山田の言葉に宮内と小野もうなずく。
「同級生同士の結婚ってもっと多いと思っていたけど、意外と少ないんだな」
「これから増えるんじゃない? 同窓会で再会してとかよく聞くし」
「おお、お前らより戻す感じか?」
氏家が武井ちゃんと宮内を茶化す。宮内はないないという感じで手を振って否定した。
「残念! 私は今、彼氏がいるので」
「なんだリア充かよ。武井ちゃんは?」
「あー、俺も一応」
「一応って何だよ。この裏切り者め! 渉、やっぱり俺が信用できるのはお前だけだ」
「おいおい、俺を巻き込むな」
泣きつくような演技をみせる氏家にツッコミを入れておく。それを見て宮内たちも笑う。こうやって自ら三枚目になっていく氏家は中学時代と変わらず、誰からも愛されるムードメーカーだ。
「本当に成田くんも今、彼女とかいないの?」
俺と氏家のやりとりを楽しそうに見ていた山田が聞いてきた。
「渉も俺と同類だよ」
「だから、お前が勝手に答えんなって!」
「じゃあ、いるのかよ?」
「……いや、いないけど」
一瞬、あこの顔が浮かんだがすぐにかき消す。あことはそういうのじゃない。
「成田くんモテそうなのにね」
「そうそう、テニス部の中では結構、評価高かったよ」
「えっ!? そうなのか」
横で氏家が驚いているが、言われた自分が一番驚く。そんな話は初耳だ。
「うん、控えめだけど優しそうって後輩とかからもひそかに人気だったよ。ほら、小学校が一緒の子とか昔、優しくしてもらったとか」
「そういう話は中学時代に聞きたかったよ」
今更感たっぷりの山田の話に苦笑する。
「確かに渉の浮いた話はあんまり聞いたことなかったもんな」
南森にまでしみじみ言われるとさすがに辛い。わりと堅物で通っているキャプテンの南森ですら、中学時代に何度かそういう類の話があった。中三の山川の件まで、本当に恋愛話とは無縁だった俺は、周りから見るとずいぶんとガキんちょだったんだろう。
「でも、成田くんってあことすごく仲良くなかった? あことは何にもなかったの?」
宮内の口から突然、あこの名前が出てきてビクッとなる。
「あこって?」
パッと顔が浮かばないのか、南森が尋ねる。
「ほら、夏休み明けに転校した……うちの副キャプテンの芦田明子」
「ああ、わかった! あのショートカットの目がくりっとした」
「そうそう、あこもかわいらしいのにずっと彼氏いなかったから、てっきり成田くんと密かにつきあってるんだと思ってた」
宮内の言葉にみんなの視線が俺に集まる。慌てて手を振って、そこは否定しておく。
「いやいや、別にそういうのじゃないよ。ほら、塾も一緒だったし、帰る方向が同じだから、一緒に帰ることがあったぐらいで……」
本当につきあってはいなかったので、別に嘘はついていないが背中に変な汗をかいた。『恋愛ごっこ』のことは説明するとややこしくなるのでふせておく。
「芦田って小学生の時はちょっときつい感じだったのが、中学校では少し丸くなったよな? わりと男子は敬遠してるやつが多かったから、あんまり他の男子とのからみを見たことないけど、渉とは小学校から仲良くしてたし、心を開いている感じだった」
「それは氏家があからさまに避けていただけで、俺が普通にしてただけだよ」
「でもそうやって普通に接してくれるのが、あこはうれしかったんじゃない? 小学生の男子っておこちゃまばっかりだし」
「うん、あこからはっきり聞いたことはないけど悪くは思ってなかったんじゃないの?」
自分が話の中心にされるのは困るが、うまくあこのことに話題が移ったので、あこのことを聞くチャンスかもしれない。幸い宮内と山田は同じテニス部だし、交友関係も広い。何かしらあこの手がかりをつかめるかもしれない。
「本当にただの友達だよ……でも、できれば今どうなってるか会ってみたいな。誰も連絡とったりしてないの?」
「何だよ渉にしては積極的じゃん。本当に好きだったのか?」
「そうじゃないけど気にならないか? 急に転校しちゃって、今どうなってるのかとか」
宮内と山田の方を向いて同意を求める。これでうまく喰いついてくれるといいけど。どうやら二人とも俺とあこに何かしらあったと思っているのか、興味深そうにこっちの話を聞いているので、反応は悪くない。
「そうだよね。私たちも急にあこと連絡取れなくなったからびっくりして、携帯から何から全部連絡つかなくなったもんね」
「私たちもさっきテニス部のメンバーで話してるときに、あこに会いたいなって話してたけど、連絡の取りようがなくて」
「インスタとかで検索とかは? フェイスブックとかなら実名登録してるかも」
武井ちゃんが提案するが、宮内が首を横に振る。
「テニス部の美代ちゃんが三組の同窓会委員だったからSNSを使ってあこのことも探したけどわからなかったって」
「まあ、そもそもSNSやってない可能性もあるし、女子は結婚していたら名前変わってるかもしれないしね」
「結婚じゃなくても、親の離婚とか再婚とかで変わることもあるしな、なかなか手がかりなしじゃ見つけるのは難しそうだな」
話を聞いていた南森も腕を組んで考え込む。他の者もみんなそれ以上の情報はなさそうだ。宮内や山田のテニス部の中でも、あこのことが忘れ去られてしまった存在でなかったことはうれしかったが、新しい手がかりは見つからなかった。
同窓会に来てみたもののあこについて新たにわかったのは、湖海先生から聞いたあこの母親の旧姓ぐらいだった。
「……天崎明子」
小声でボソッとつぶやいた。
「えっ!?」
思ったより大きな独り言だったみたいで、宮内たちに聞き返される。
「あ、ごめん。考え事してた。天崎があこの母親の旧姓らしいから、変わってるとしたらそれかなって……」
「成田くん! 今、何て!?」
小野が慌てて聞き返す。前のめりになった時に、紙コップを倒しそうになったが、うまくキャッチして危うく難は逃れる。
「あこの母親の旧姓が天崎だって……」
「成田くん、ビンゴかもしれない!」
小野は興奮した様子だが、俺たちには訳が分からない。
「どういうこと?」
「さっきさとちゃんに聞かれたのよ。『天崎って同級生いたっけ?』って」
「さとちゃんって、あの山川?」
これまた自分と因縁浅からぬ名前が出てきて驚く。
「うん、今は結婚して乾(いぬい)に名前が変わったけどね。さとちゃんの旦那、税理士をしていて税務を担当している会社の事務の女の子が、話を聞くとこの中学校出身で、しかも年齢聞くとどうやら嫁と同級生みたいだってことで、さとちゃんに天崎さんって名前を伝えたらしいの。でも、天崎って名前に心当たりがなかったから、もしかして結婚とかで名前変わってるかもってことで、同窓会で聞いて回ってた」
「下の名前はわからないの?」
「それが一年半ぐらい前の話で、しかも旦那さんが次にその会社に行ったときは、もうやめていなくなっちゃっていたって」
山川がもう結婚していることにも驚いたが、それ以上に小野の話の内容に驚いた。前にあこから一年半ぐらい前まで事務職だったという話を聞いていた。会社名までは聞いていなかったが、ちょうど時期が合う。
正直これはビンゴだろという気がした。仕事はやめてしまっていてもそこからたどれば、今のあこを知っている人にたどり着けるかもしれない。
「どうやら可能性高そうだな」
「さとちゃん、呼んでこようか?」
小野が聞いてくれたが首を振る。
「いや、後で俺が自分で聞くよ。ほら、幹事が締めに入ろうとしてるし」
前の方を指差す。幹事たちがマイクを持って元の席に戻るように促している。そろそろ茶話会はお開きの時間だ。締めのあいさつを任されている元校長も準備をしている。
俺とあこのことを誤解している宮内と山田は「青春だねー」などと茶化してきたが、いろいろ教えてくれたことに対しては礼を言い、何かわかったら伝える約束をして、元の一組が固まっている場所に戻った。
十年前と変わらずへたくそで噛みまくっていた校長のあいさつで同窓会総会と茶話会の方は終わった。ここからは駅前の居酒屋に場所を移して二次会が始まる。幹事の人たちがその案内を行っている。
さて、どうしたものか? 氏家や武井ちゃんらは二次会も参加すると言っていたが、俺は山川の出方しだいだな。できればこの後すぐに山川を捕まえたいところだが、十年ぶりに、もっというと山川とはあのラインで告白を断って以来なので、どう話しかけていいかもわからない。
気まずいことこの上ないが、あこの情報を知るためには仕方がない。解散してここから移動するときに、うまく接触しよう。
幹事の案内が終わると、ランチルームの外へ向かって、人の流れができ始める。入り口に近いところに座っていたので、早めに外に出てうまく山川に接触するために待ち受ける。山川は四組なので、出てくるのにもう少し時間がかかるだろう。
あまりにランチルームの入り口近くで待っているのも人目があるので、少し人波もばらけ始めるであろう校門近くで、スマホをいじっているふりをする。途中、氏家に「どうすんだ?」と聞かれたが「後で行くから先に行って」とだけ伝えておいた。
夕暮れの街に少しずつ明かりが灯り始める。空は少しずつ闇を深くしていった。
大きな集団はだいたい通り過ぎたが、目当ての山川はまだ通らない。スマホを触りながら不審に思われていないかと、周りを気にするが人波は俺のことなど全く気にせず流れていく。
……来た!
しばらくして人の流れもまばらになったころ、山川が歩いてくるのが見える。それこそ十年ぶりで、昔はかけていなかったメガネをかけていたりしているが、わりと薄化粧だし、雰囲気はあまり変わっていなかったのですぐに山川だとわかった。
三人連れで歩いていたので勇気が必要だったが、ここを逃すともうチャンスはないので思い切って声をかける。
「……山川さん!」
校門近くまで近づいてきたところで、右手を挙げて声をかける。急に呼び止められて驚いた山川は、俺の顔を覗き込むように見た。
「成田……くん?」
街灯のぼんやりとした灯りの中で、恐る恐る近づいてきた山川だったが、俺を認識すると駆け寄ってきてくれた。
「ああ、ひさしぶり! さっき話題で出ててさ。ちょうど見かけたから声かけちゃった。結婚したんだって?」
「うん、もう二年ぐらいになるよ。成田くんは?」
「俺は結婚どころか彼女すらいないよ」
「そうなんだ。男前なのにもったいない」
「そういってくれるのは山川さんぐらいだよ。氏家にはさっき散々、同類だ何だと言われたとこ」
そう言っておどけると昔と変わらないかわいらしい笑い方でクスクスと笑う。
「……実は少し山川さんに聞きたいことがあるんだけど、少し時間とれないかな?」
山川は少し困惑して横の二人を見る。横の二人も確か山川と同じ美術部の子だ。二人は「いいよ」と言って、いってらっしゃいといった感じで手を振る。二人の様子を見て、山川も「少しだけなら」と答えてくれた。
これはもしかして違う風に誤解されているかもしれないなと思いながらも、二人に向かって会釈をする。二人が去ったのを見送ってから山川に話しかける。
「ごめんな、友達を先に行かせちゃって。山川さんは二次会もいくの?」
「ううん。成田くんは?」
「俺ももう帰ろうかと思っていたんだ」
「じゃあ、駅の方かな? 少し歩きながら話そうか」
同窓会に来るときは、まさか山川と連れだって帰ることになるとは夢にも思わなかった。少し前まではまだ薄暗いという感じだったが、完全に日も落ちてあたりもぽつぽつと街灯の灯が闇の中に浮かび上がる。昼間より暑さはずいぶんとましだが、左を歩く山川を意
識して、掌には汗が浮かんでいた。
「それで聞きたいことって何?」
歩き出してすぐに山川が本題を聞いてきた。
「茶話会の時に小野から『天崎』っていう同級生を探しているって聞いたんだけど」
「あ! うん……旦那がたぶん同級生だって言うんだけど、心当たりがなくて」
山川にとっては予想外の話題だったのか、一瞬、驚いた顔になったが、すぐに元に戻る。
「その話、もう少し詳しく聞かせてもらえないかな?」
「……いいけど。天崎さんを知っているの?」
山川の質問にすぐには答えず、少しの間、無言で歩く。頭の中であれこれと考えを巡らせるが、どう答えていいかわからない。その答えが本当にあっているのかもわからないが、山川に協力してもらうなら隠しておくことはできないだろう。
「芦田明子って覚えてる?」
夏休みに突然消えた同級生の名前に、山川の動きが止まる。
「えっ!? あこ?」
「ああ、あこの母親の旧姓が天崎なんだ」
俺も立ち止まって、振り返って山川の方を見る。山川は信じられないという表情をしている。
「……じゃあ、その旦那が知り合った天崎さんがあこだっていうの?」
「それはわからない」俺は首を振りながら答えた。
「その天崎さんがあこなのか、あるいは全くの無関係なのかはわからないけど、今のところあこを探す手がかりは、その天崎さんだけなんだ。だから、できれば協力してほしい」
山川に向かって頭を下げるが、山川は困惑の表情を浮かべている。
「転校してから連絡が取れなくなったってのは知ってるけど、てっきり成田くんは連絡が取れてると思ってた。でも、あこがいなくなったのって中三の時でしょ? どうして今さら?」
山川が困惑するのも仕方がない。確かにあこのことは十年前に終わったっことだ。あの日あこからのメッセンジャーが届かなければ、思い出すこともほとんどなかっただろう。
でも今は違う。何としてももう一度あこに会いたい。『恋愛ごっこ』の続きを今度こそやり遂げたい。そのためには何だってする。
十年前と現在の『恋愛ごっこ』の事は隠したが、それ以外の部分は正直に山川に話した。あこからフェイスブックのメッセンジャーで十年振りに連絡が来たこと、二回ほど実際にあこにあったこと、再び目の前から消えてしまったこと、それからあこを探していることを順を追って伝えた。
最初のうちは歩きながら話をしていたが、「どこかで座って話そ」ということになったので、駅に向かう通りにあったマンションの入り口の児童公園のベンチに腰掛けて、山川に今までの話をした。
山川はうんうんと聞いていたが、よく考えたら不思議な状況だ。自分が昔、振った相手に話を聞いてもらって、手助けをしてもらうなんてダサすぎる。
一通り話を終えると、「うーん」と山川は一回伸びをした。
「だいたい状況はわかった。話を聞く限り、仕事を辞めたって時期も同じだし、その天崎さんがあこの可能性が高そうだね」
山川も俺と同じ結論に達する。
「でも今度はあこが自分の意志で目の前から消えたんでしょ? ここまでして探し出してでもあこに会いたいの?」
からかうといった表情ではなく、真顔で山川が聞いてきた。
同じことを自分の中でも考えたことがあった。もしかしたらあこの方はもう俺に会いたくないから目の前から消えたのかもしれない。
山川の質問になかなか答えられず、俺が困っていると急に山川が謝ってきた。
「ごめんね。答えわかっているのに、いじわるしちゃった」
山川はバツが悪そうに俺から顔を背けた。
「……ちょっと、あこに妬いちゃうな」
どういう意味かよくわからなかったので、山川の次の言葉を待つ。ベンチで隣に座る山川は微かに笑みを浮かべている。
「成田くんに十年前、お手紙渡したよね? ほら、誕生日の時」
「……ああ」
「私、ずっとずっと好きだったんだ、成田くんのこと。小五の林間学校で同じ班だったこととか覚えてる? 山登りで運動が苦手な私の荷物持ってくれて……覚えてないでしょ?」
顔を見ればわかるとでも言うように、山川が決めつける。そう言われれば、そんなことがあったかもしれないというぐらい記憶もおぼろげだ。
「中学校では一回も一緒のクラスになれなかったけど、それでもずっと好きだったんだよ。今思うとちょっとストーカーみたい……ごめん、急にこんなこと言われても気味悪いね」
「そんなことない!」
山川の言葉を強く否定する。
「そんなことないよ……ずっと、山川さんに謝りたかったんだ。あの時の俺、本当にひどいことした」
「いいよ、そんな……謝られたら一層みじめになっちゃう」
山川は俺の言葉を遮ろうとするが、構わず俺は続ける。
「違うよ! 嬉しかったんだ。すごく嬉しかった」
俺の言葉が予想外だったのか、目を逸らしていた山川が驚いてこちらを見る。
「俺の人生で初めて人から好きだって言ってもらえた。誕生日まで覚えててくれた。とにかく嬉しかったんだ。だけど、それをどう伝えたらいいかわからなくて……人を好きになるってことすら、ちゃんとわからないぐらいあの頃の俺はガキだったんだ。でも、今日やっと伝えられるぐらいには成長したよ」
山川は俺の言葉を最後までしっかり目を見て聞いてくれた。十年前に伝えられなかった想いが少しぐらいは伝わっただろうか?
「そっか……ありがとう」
話を聞き終えると、山川はスーッと立ち上がった。一拍おいてからもう一度、こちらを向いて微笑みを浮かべる。
「……でも、女心を理解するにはもう少し成長がいるかな?」
山川は精一杯おどけた感じで伝えるが、その言葉の裏側には複雑な思いが透けて見えた。
「……ごめん!」
「だから、謝ることじゃないって! 大丈夫、そのうち釣り逃がした魚は大きかったって後悔させてやるから……なんてね」
今日一番の笑みを浮かべた後、山川が歩き出す。
「大丈夫、あこのことは任せておいて! 旦那にもう少し詳細聞いてからまた連絡する」
歩き出した山川に「ごめん」と言うとまた叱られそうなので「ありがとう」と伝えた。振り返った山川が、人差し指を立てて「もう一つだけ」と言う。
「ずっと見ていたから、私は気づいていたよ。成田くんは気づいてなかったかもしれないけど……」
「えっ?」
「成田くんはずっとあこのことが好きだったんだよ」
同窓会が開かれると聞いて初めはもっとラフなものを想像していたが、まず中学校で行われる分は、同窓会総会と茶話会程度で、それが終わってから希望者のみで二次会が開かれるらしい。酒が入るのはこの二次会からだ。俺のイメージにあった同窓会というやつがどうやらこの二次会のようだ。
同窓会の会場となったのは中学校のランチルームだ。中学校では基本、昼食は弁当だったが、希望者は事前の予約で給食を食べることができる。一年、二年、三年のエリア分けは、一応あるが、学年内の席は自由で他のクラスのメンバーとも食べることができるので、一定の需要はあった。
余裕を持って十五分前に会場に入るとすでにたくさん集まっている。ざっと五、六十人。五クラスの合同だから当然か。まだもう少し集まるだろうから百人近くはいくだろうか?
ランチルームに入ってキョロキョロとしていると、手を挙げて呼ぶ者がいた。野球部で同じだった氏家だ。何かあまり似合わないひげなどはやしているが、氏家とは年一ぐらいで会うので、一目でわかった。どうやらクラスで固まって座っているみたいで、まわりも懐かしい顔がそろっている。
「久しぶり!」と声をかけながらその輪の中に入る。クラスでも野球部でも仲が良かった氏家がいてくれたので、多少ホッとした。
「けっこうたくさん集まったな」
「全体の同窓会だしな。五年前の成人式に会わなかったやつもいるんじゃね?」
氏家も会場を見渡す。開始の五分前になってさっきより人が埋まってきた。時々、手を挙げて違うクラスの野球部のやつにあいさつしている。
「渉はうーじとけっこう会ってるの?」
向かいに座った完全にガテン系になっている足立が聞いてきた。
「いや、大学までは野球連中でしょっちゅう会っていたけど、最近は年に一回会うかどうかだな」
「やっぱ就職すると集まりにくくなったよな。地方に行ったやつも多いし」
「そんなもんだよな。俺は今でも地元に住んでるけど、中学のやつなんかほとんど会わないわ」
「俺、そういやこないだ亜紀ちゃんにあったぞ」
三人の会話に横から池田が入ってくる。
「亜紀ちゃんって、小池?」
「そうそう。こないだ、たまたま入ったスーパーでレジが亜紀ちゃんだったんだ」
「お前、昔から小池推しだったもんな。今日は来てないの?」
「いや、まだ見てない。今日は亜紀ちゃん来たらアタックしかけるからな」
池田はそう言って息巻いているが、いつも口だけだ。中学の時も確か結局、告白しないまま、いつの間にか他に彼氏ができていて、へこんでいるのをみんなで励ましたことがある。
「まあ、いーけは置いといて、同窓会は出会いのチャンスだからな。後で女子のグループにも話しかけに行こうぜ」
男子で固まってこんなこと言ってる時点で、俺らはすでにどちらかと言うとイケてないグループだろう。あんまり中学校の時から変わらない。昔からクラスの中心にいたような奴らはとっくに女子グループと輪を作っている。
ただ女子とも話をしないことには、あこの手がかりを得ることは難しそうなので、どこかでうまいこと会話に加わる必要がある。
会の始まりを告げるアナウンスが流れる。全員が一旦席に着いたので、改めてまわりを見渡してみる。
……うまく入れるとしたら武井ちゃんのとこだな。
三組の武井ちゃんは野球部でもハイセンスな方で、本当に同じ坊主頭かというぐらいおしゃれな感じだったし、事実、女子からもモテていた。中学の時は、テニス部のキャプテンだった宮内とつきあっていたというのも都合がいい。
今も野球部のキャプテンの南森と一緒に女子グループと楽しそうにしゃべっている。横から氏家が肘でつついてきた。
「お前、武井ちゃんとこ行って女子とからもうと思ってるだろ。抜け駆けすんなよ! 後で一緒に行こうぜ」
ちょうどそのタイミングで同窓会の総会が始まってしまったので、目配せして無言でうなずく。俺としても氏家がいた方が心強い。
総会自体は十分ほどで終わった。議事も会計の報告がほとんどだ。その後は同窓会委員の代表と学年主任だったうちの担任のあいさつが続き、そこからは茶話会になった。
ジュースとお菓子という簡単なものだったが、中学校時代の思い出に華が咲き、アルコールなしでも十分楽しめた。最初のうちは各クラスを中心に話が盛り上がる。同窓会マジックなのか、十年前はあまり話したことのない女子たちとも、思い出話ができたことに少しの成長を感じた。
自分のまわりにはあまりいないだけで、二十五にもなると結婚している同級生もたくさんいた。結婚だけでもイメージがわかないのに、すでに二児のママをやってるなんて話も聞いて、同じ十年を過ごしてきたとは思えない。
十年と言葉にすればたった一言だが、それぞれにそれぞれの人生があったんだとジジ臭いことを思う。それでもこの学校で過ごした三年間が、俺たちの時間を巻き戻してくれる。それもうまく思い出補正もいれながら。
ある程度、場が盛り上がってきたところで、幹事たちが用意した思い出のスライドショーが始まる。入学式からスタートして、一年から三年までの宿泊オリエンテーションや体育大会、文化発表会に修学旅行と様々な学校生活の場面が切り取られる。
新しい写真が出てくるたび、悲鳴とも歓声ともとれる声が上がる。できるだけ多くの人が映るよう作られているのだろう。俺も何度かスクリーンに映るが、坊主頭のころなので恥ずかしい。
大きな拍手と共にスライドショーが終了すると、再び歓談の時間になった。さっきよりも人の移動が大きくなって、クラスを超えたクラブなどの輪もでき始めている。武井ちゃんのところも気になるが、元担任がトイレに立つとことを見たので、まずそちらからあたることにした。
「湖海先生、お久しぶりです」
トイレから戻ってきた元担任と、ランチルームの外のドアでばったり出会った風を装って声をかける。
「おお、成田! 久しぶりだな。今は何してるんだ?」
「大学卒業してからはエンジニアとして働いています。湖海先生もお元気そうでよかったです。もう退職されたんですよね?」
「ああ、悠々自適の隠居生活……と言いたいところだけど、今は違う市で週に三日だけ非常勤講師をしているよ。年金もらえるまではもう少しあるしな」
いつも若々しく学年主任兼三年一組の担任としてパワフルに働いていた印象だったが、あの頃でも五十を過ぎていたんだなとびっくりする。さすがに退職して、十年前に比べると圧力というか気圧されるオーラのようなものは感じなくなっていたが、それでも同年代に比べると若々しい。
「今日、たくさん集まりましたね」
「そうだな、同窓会委員の連中ががんばってくれたからな。ここ数年の同窓会じゃ一番集まったんじゃないか? だいぶいろんなつてを使って連絡をとってくれたけど、それでもまだ二十人ぐらいは音信不通だったらしいが……」
「いつもはもっと連絡とれない人が多いんですか?」
「まあな、今はスマホやSNSやらで簡単に連絡取れるようになったからだいぶ少なくなってきたが、はがきのやりとりだけだったころとかは三割ぐらい連絡取れないなんてlことが普通だったさ」
立ち話の中で、話がうまいこと連絡のとれない同級生のことに触れたので、あこのことを聞いてみる。
「先生、芦田明子って覚えています?」
「芦田?」
「……三年の夏休みに急に転校した」
「ああ、あのテニス部の……覚えてる、覚えてるよ! みんなからあこって呼ばれてた」
湖海先生の表情がパッと明るくなる。訳ありで転出しただけに、すぐに思い出したようだ。
「そうです。あいつと連絡とりたくて、もしかして先生なら何か知ってないかなって」
「なるほど……そういう話か」
少し考えこんで難しい表情になる。
「そう言えば、あの夏休み明けにもこんな話をしたな。思い出したよ。夏休みに珍しく成田が職員室に顔をしたかと思ったら、連絡先を教えろって」
「……覚えてましたか?」
湖海先生は懐かしそうにうなずいた。
「お前にしては珍しくしつこく食い下がっていたからな。印象に残っているよ……ただ結論から言うと芦田の連絡先は知らないし、もし知っていても守秘義務ってやつがあるからな、簡単には教えられない」
そのあたりは毅然とした態度で答える。そういや湖海先生はこういう人だった。普段は抜けているところもたくさんあったが、ルールを守ったり、筋を通すという部分には、昔から厳しかった。
それを自分も含めてきちんとやり抜くので、生徒からの信頼にもつながっていた。だからこうやって相手にまわすとなかなか手ごわい。
「先生、変わらないですね。十年前にもそう言われました」
「なんで芦田の連絡先が必要なんだ? 何か事情があるのか?」
「まあ、いろいろありまして」
その問いかけには答えを濁す。まさか『恋愛ごっこ』のことを話すわけにもいかない。
「人にものを尋ねるのに隠し事はよくないな。人間関係の基本は誠意と真心だぞ」
「……それも昔、言われました」
担任からの一言に思わず苦笑する。
「俺、あこのところの家庭の事情はかなり深くまで知っています。義理の父親のDVで夜逃げしたことも、その父親が一年半ぐらい前に亡くなったことも……」
「ちょっと待て。何でそんな最近のことまでわかってるんだ?」
話に矛盾を感じて、途中で言葉を遮る。
「実は最近まであこと連絡を取っていました。直接には二回会いました。でも、また急に一切の連絡が取れなくなって。まるであの時みたいに……」
「……」
「十年前もその日の朝まで連絡を取っていたのに、急に目の前からいなくなりました。今回も同じです。今度も何かしら事情があるんだとは思います……だとしても急にいなくなるなんて」
グッと拳を握りしめた。こんな話、同級生にはできない。先生はいつまで経っても先生で、その前では自分は生徒になるんだなと思った。
「……何かしら事情があるなら、そっとしておいてやるのも優しさの一つだぞ」
「……」
それもわかってる。でも、それならなぜ『恋愛ごっこ』の続きを始めた?
きちんと『恋愛ごっこ』を終わらせて消えるならまだわかる。たぶんあこにもあの夏にやり残したことがあって、『恋愛ごっこ』の続きを始めたはずだ。そして、『恋愛ごっこ』はまだ終わっていない。
せっかくの忠告も聞く耳を持たない俺の態度を見て、元担任もため息をつく。白髪をくしゃくしゃとして「あー」と言いながら、俺の横をすり抜けてランチルームのドアに手をかけたところで立ち止まる。
「俺は本当に何も知らないからな! これからするのはただの一般的な話と独り言だ。何の参考にもならないからな」
前置きをしておいてから、こっちを振り返らずに話を続ける。
「DVなんかで危害を加えられる可能性がある場合は、離婚してもすぐ母方の実家に戻らずに、しばらく母子寮で暮らすことも多い。そうなると居所を知られないように、いろんな学校の手続きを施設の人を通じて行うこともある。でも、しばらくして危険性が低くなると、そこから出ることも多い。そうなったら頼れるところはやっぱり実家、あるいは援助が受けやすい実家の近くで住むことがケースとしては多い。芦田がどうだったかまではわからんがな」
ドアを開けて担任が中に入ろうとして、思い出したように付け足す。
「あ、もう一個思い出した。確か芦田のお母ちゃんの旧姓は天崎だ。うちのかみさんと一緒だって話をしたことが確かあった」
そこまで言うと、軽く右手を上げて、担任は中に入っていった。見えていないかもしれないが、俺はその場で頭を下げて見送った。
確かに今も母親の実家近くに住んでいる可能性は十分にある。ただそれもどうやって調べればいいかを考えると手づまりな感じもする。どちらかというと「天崎」の方が有力な情報かもしれない。転校して以降、あこが「芦田」ではなくて「天崎」の方を使っていたとしたら、これから手がかりを探すうえで「芦田明子」としてだけでなく「天崎明子」の方でもあたってみる必要がある。
「おーい、渉、どこ行ってたんだ?」
すでに武井ちゃんたちと合流している氏家が手を振って招いてくれた。
「トイレ行くとき湖海先生とあってさ、外でしばらくしゃべってた」
氏家が空けてくれておいた座席に座りながら説明する。テーブルには氏家と武井ちゃんの他に、野球部のキャプテンだった南森、それからテニス部の宮内と山田、もう一人は……誰だっけ? 顔は見たことあるけど名前まで思い出せない。確か陸上部の子だったんだけど。
席に着くと次々と「ひさしぶり!」と声をかけられ、再びテーブル内のメンバーでジュースで乾杯して再会を喜び合った。外で元担任と話をしている間に、あちこちでクラスの枠を超えて盛り上がりだしたようだ。
お互いの近況などの話はすでに一周して、話題としては一番盛り上がる昔や現在の恋愛話になっている。
「氏家くんは、今日はさきがいなくて残念だね」
宮内が中三の頃に一瞬、つきあっていた一つ下のテニス部の後輩の名前を出してからかっている。
「いたら逆に気まずいわ!」
「本性バレたらすぐフラれたもんな!」
南森もそれに乗っかる。当時、初めてできた年下の彼女に浮かれていた氏家だったが、一カ月半であえなくフラれてしまったことは野球部の語り草だった。
「グラウンドで野球しているところだけ見てたら、かっこいい先輩に見えたんだろうね」
「おいおい、小野、さらっととどめ差していくなよ」
髪を後ろで一つくくりにしている小野がケタケタ笑っている。そうだ! 小野だ! 氏家の返しのおかげで名前を思い出した。
「人のこといじっといて、お前らはどうなんだよ? 卒業までつきあってだろ?」
武井ちゃんと宮内を指差して反撃をする。二人は顔を見合わせて苦笑いしている。
「俺らも高校いってしばらくしたら自然消滅的に別れたよ。やっぱ学校違うとなかなかリズムも違うしな」
「ちょっと、何うまいこといってんのよ! 慎吾が浮気したからでしょ」
「いやいや、あれはお前が勝手に誤解したんだろ?」
「はいはい、痴話げんかは他所でやってね」
本気の言い合いというよりかは、いちゃついてるようにも見えるやりとりを山田が整理する。
「武井くん、モテるからそりゃさくらは心配だったよね」
「そんなことないし、どっちかというと慎吾の方が束縛するタイプだったよ」
ずけずけと過去の恋愛事情を語る宮内に慌てて、武井ちゃんが口止めする。何でもさらっとこなしてしまう武井ちゃんの意外な一面が知れて面白い。
「あーあ、学年一の美男美女カップルもあえなく破局か。中学校時代の恋愛なんてこんなもんなのかな?」
「でも、福本くんと黒川さんのところはそのまま結婚したんでしょ?」
「うそ!? それ、まじで?」
「さっき四組では話題になってたよ。一組ぐらいは同級生カップルが続いててよかったじゃん」
山田の言葉に宮内と小野もうなずく。
「同級生同士の結婚ってもっと多いと思っていたけど、意外と少ないんだな」
「これから増えるんじゃない? 同窓会で再会してとかよく聞くし」
「おお、お前らより戻す感じか?」
氏家が武井ちゃんと宮内を茶化す。宮内はないないという感じで手を振って否定した。
「残念! 私は今、彼氏がいるので」
「なんだリア充かよ。武井ちゃんは?」
「あー、俺も一応」
「一応って何だよ。この裏切り者め! 渉、やっぱり俺が信用できるのはお前だけだ」
「おいおい、俺を巻き込むな」
泣きつくような演技をみせる氏家にツッコミを入れておく。それを見て宮内たちも笑う。こうやって自ら三枚目になっていく氏家は中学時代と変わらず、誰からも愛されるムードメーカーだ。
「本当に成田くんも今、彼女とかいないの?」
俺と氏家のやりとりを楽しそうに見ていた山田が聞いてきた。
「渉も俺と同類だよ」
「だから、お前が勝手に答えんなって!」
「じゃあ、いるのかよ?」
「……いや、いないけど」
一瞬、あこの顔が浮かんだがすぐにかき消す。あことはそういうのじゃない。
「成田くんモテそうなのにね」
「そうそう、テニス部の中では結構、評価高かったよ」
「えっ!? そうなのか」
横で氏家が驚いているが、言われた自分が一番驚く。そんな話は初耳だ。
「うん、控えめだけど優しそうって後輩とかからもひそかに人気だったよ。ほら、小学校が一緒の子とか昔、優しくしてもらったとか」
「そういう話は中学時代に聞きたかったよ」
今更感たっぷりの山田の話に苦笑する。
「確かに渉の浮いた話はあんまり聞いたことなかったもんな」
南森にまでしみじみ言われるとさすがに辛い。わりと堅物で通っているキャプテンの南森ですら、中学時代に何度かそういう類の話があった。中三の山川の件まで、本当に恋愛話とは無縁だった俺は、周りから見るとずいぶんとガキんちょだったんだろう。
「でも、成田くんってあことすごく仲良くなかった? あことは何にもなかったの?」
宮内の口から突然、あこの名前が出てきてビクッとなる。
「あこって?」
パッと顔が浮かばないのか、南森が尋ねる。
「ほら、夏休み明けに転校した……うちの副キャプテンの芦田明子」
「ああ、わかった! あのショートカットの目がくりっとした」
「そうそう、あこもかわいらしいのにずっと彼氏いなかったから、てっきり成田くんと密かにつきあってるんだと思ってた」
宮内の言葉にみんなの視線が俺に集まる。慌てて手を振って、そこは否定しておく。
「いやいや、別にそういうのじゃないよ。ほら、塾も一緒だったし、帰る方向が同じだから、一緒に帰ることがあったぐらいで……」
本当につきあってはいなかったので、別に嘘はついていないが背中に変な汗をかいた。『恋愛ごっこ』のことは説明するとややこしくなるのでふせておく。
「芦田って小学生の時はちょっときつい感じだったのが、中学校では少し丸くなったよな? わりと男子は敬遠してるやつが多かったから、あんまり他の男子とのからみを見たことないけど、渉とは小学校から仲良くしてたし、心を開いている感じだった」
「それは氏家があからさまに避けていただけで、俺が普通にしてただけだよ」
「でもそうやって普通に接してくれるのが、あこはうれしかったんじゃない? 小学生の男子っておこちゃまばっかりだし」
「うん、あこからはっきり聞いたことはないけど悪くは思ってなかったんじゃないの?」
自分が話の中心にされるのは困るが、うまくあこのことに話題が移ったので、あこのことを聞くチャンスかもしれない。幸い宮内と山田は同じテニス部だし、交友関係も広い。何かしらあこの手がかりをつかめるかもしれない。
「本当にただの友達だよ……でも、できれば今どうなってるか会ってみたいな。誰も連絡とったりしてないの?」
「何だよ渉にしては積極的じゃん。本当に好きだったのか?」
「そうじゃないけど気にならないか? 急に転校しちゃって、今どうなってるのかとか」
宮内と山田の方を向いて同意を求める。これでうまく喰いついてくれるといいけど。どうやら二人とも俺とあこに何かしらあったと思っているのか、興味深そうにこっちの話を聞いているので、反応は悪くない。
「そうだよね。私たちも急にあこと連絡取れなくなったからびっくりして、携帯から何から全部連絡つかなくなったもんね」
「私たちもさっきテニス部のメンバーで話してるときに、あこに会いたいなって話してたけど、連絡の取りようがなくて」
「インスタとかで検索とかは? フェイスブックとかなら実名登録してるかも」
武井ちゃんが提案するが、宮内が首を横に振る。
「テニス部の美代ちゃんが三組の同窓会委員だったからSNSを使ってあこのことも探したけどわからなかったって」
「まあ、そもそもSNSやってない可能性もあるし、女子は結婚していたら名前変わってるかもしれないしね」
「結婚じゃなくても、親の離婚とか再婚とかで変わることもあるしな、なかなか手がかりなしじゃ見つけるのは難しそうだな」
話を聞いていた南森も腕を組んで考え込む。他の者もみんなそれ以上の情報はなさそうだ。宮内や山田のテニス部の中でも、あこのことが忘れ去られてしまった存在でなかったことはうれしかったが、新しい手がかりは見つからなかった。
同窓会に来てみたもののあこについて新たにわかったのは、湖海先生から聞いたあこの母親の旧姓ぐらいだった。
「……天崎明子」
小声でボソッとつぶやいた。
「えっ!?」
思ったより大きな独り言だったみたいで、宮内たちに聞き返される。
「あ、ごめん。考え事してた。天崎があこの母親の旧姓らしいから、変わってるとしたらそれかなって……」
「成田くん! 今、何て!?」
小野が慌てて聞き返す。前のめりになった時に、紙コップを倒しそうになったが、うまくキャッチして危うく難は逃れる。
「あこの母親の旧姓が天崎だって……」
「成田くん、ビンゴかもしれない!」
小野は興奮した様子だが、俺たちには訳が分からない。
「どういうこと?」
「さっきさとちゃんに聞かれたのよ。『天崎って同級生いたっけ?』って」
「さとちゃんって、あの山川?」
これまた自分と因縁浅からぬ名前が出てきて驚く。
「うん、今は結婚して乾(いぬい)に名前が変わったけどね。さとちゃんの旦那、税理士をしていて税務を担当している会社の事務の女の子が、話を聞くとこの中学校出身で、しかも年齢聞くとどうやら嫁と同級生みたいだってことで、さとちゃんに天崎さんって名前を伝えたらしいの。でも、天崎って名前に心当たりがなかったから、もしかして結婚とかで名前変わってるかもってことで、同窓会で聞いて回ってた」
「下の名前はわからないの?」
「それが一年半ぐらい前の話で、しかも旦那さんが次にその会社に行ったときは、もうやめていなくなっちゃっていたって」
山川がもう結婚していることにも驚いたが、それ以上に小野の話の内容に驚いた。前にあこから一年半ぐらい前まで事務職だったという話を聞いていた。会社名までは聞いていなかったが、ちょうど時期が合う。
正直これはビンゴだろという気がした。仕事はやめてしまっていてもそこからたどれば、今のあこを知っている人にたどり着けるかもしれない。
「どうやら可能性高そうだな」
「さとちゃん、呼んでこようか?」
小野が聞いてくれたが首を振る。
「いや、後で俺が自分で聞くよ。ほら、幹事が締めに入ろうとしてるし」
前の方を指差す。幹事たちがマイクを持って元の席に戻るように促している。そろそろ茶話会はお開きの時間だ。締めのあいさつを任されている元校長も準備をしている。
俺とあこのことを誤解している宮内と山田は「青春だねー」などと茶化してきたが、いろいろ教えてくれたことに対しては礼を言い、何かわかったら伝える約束をして、元の一組が固まっている場所に戻った。
十年前と変わらずへたくそで噛みまくっていた校長のあいさつで同窓会総会と茶話会の方は終わった。ここからは駅前の居酒屋に場所を移して二次会が始まる。幹事の人たちがその案内を行っている。
さて、どうしたものか? 氏家や武井ちゃんらは二次会も参加すると言っていたが、俺は山川の出方しだいだな。できればこの後すぐに山川を捕まえたいところだが、十年ぶりに、もっというと山川とはあのラインで告白を断って以来なので、どう話しかけていいかもわからない。
気まずいことこの上ないが、あこの情報を知るためには仕方がない。解散してここから移動するときに、うまく接触しよう。
幹事の案内が終わると、ランチルームの外へ向かって、人の流れができ始める。入り口に近いところに座っていたので、早めに外に出てうまく山川に接触するために待ち受ける。山川は四組なので、出てくるのにもう少し時間がかかるだろう。
あまりにランチルームの入り口近くで待っているのも人目があるので、少し人波もばらけ始めるであろう校門近くで、スマホをいじっているふりをする。途中、氏家に「どうすんだ?」と聞かれたが「後で行くから先に行って」とだけ伝えておいた。
夕暮れの街に少しずつ明かりが灯り始める。空は少しずつ闇を深くしていった。
大きな集団はだいたい通り過ぎたが、目当ての山川はまだ通らない。スマホを触りながら不審に思われていないかと、周りを気にするが人波は俺のことなど全く気にせず流れていく。
……来た!
しばらくして人の流れもまばらになったころ、山川が歩いてくるのが見える。それこそ十年ぶりで、昔はかけていなかったメガネをかけていたりしているが、わりと薄化粧だし、雰囲気はあまり変わっていなかったのですぐに山川だとわかった。
三人連れで歩いていたので勇気が必要だったが、ここを逃すともうチャンスはないので思い切って声をかける。
「……山川さん!」
校門近くまで近づいてきたところで、右手を挙げて声をかける。急に呼び止められて驚いた山川は、俺の顔を覗き込むように見た。
「成田……くん?」
街灯のぼんやりとした灯りの中で、恐る恐る近づいてきた山川だったが、俺を認識すると駆け寄ってきてくれた。
「ああ、ひさしぶり! さっき話題で出ててさ。ちょうど見かけたから声かけちゃった。結婚したんだって?」
「うん、もう二年ぐらいになるよ。成田くんは?」
「俺は結婚どころか彼女すらいないよ」
「そうなんだ。男前なのにもったいない」
「そういってくれるのは山川さんぐらいだよ。氏家にはさっき散々、同類だ何だと言われたとこ」
そう言っておどけると昔と変わらないかわいらしい笑い方でクスクスと笑う。
「……実は少し山川さんに聞きたいことがあるんだけど、少し時間とれないかな?」
山川は少し困惑して横の二人を見る。横の二人も確か山川と同じ美術部の子だ。二人は「いいよ」と言って、いってらっしゃいといった感じで手を振る。二人の様子を見て、山川も「少しだけなら」と答えてくれた。
これはもしかして違う風に誤解されているかもしれないなと思いながらも、二人に向かって会釈をする。二人が去ったのを見送ってから山川に話しかける。
「ごめんな、友達を先に行かせちゃって。山川さんは二次会もいくの?」
「ううん。成田くんは?」
「俺ももう帰ろうかと思っていたんだ」
「じゃあ、駅の方かな? 少し歩きながら話そうか」
同窓会に来るときは、まさか山川と連れだって帰ることになるとは夢にも思わなかった。少し前まではまだ薄暗いという感じだったが、完全に日も落ちてあたりもぽつぽつと街灯の灯が闇の中に浮かび上がる。昼間より暑さはずいぶんとましだが、左を歩く山川を意
識して、掌には汗が浮かんでいた。
「それで聞きたいことって何?」
歩き出してすぐに山川が本題を聞いてきた。
「茶話会の時に小野から『天崎』っていう同級生を探しているって聞いたんだけど」
「あ! うん……旦那がたぶん同級生だって言うんだけど、心当たりがなくて」
山川にとっては予想外の話題だったのか、一瞬、驚いた顔になったが、すぐに元に戻る。
「その話、もう少し詳しく聞かせてもらえないかな?」
「……いいけど。天崎さんを知っているの?」
山川の質問にすぐには答えず、少しの間、無言で歩く。頭の中であれこれと考えを巡らせるが、どう答えていいかわからない。その答えが本当にあっているのかもわからないが、山川に協力してもらうなら隠しておくことはできないだろう。
「芦田明子って覚えてる?」
夏休みに突然消えた同級生の名前に、山川の動きが止まる。
「えっ!? あこ?」
「ああ、あこの母親の旧姓が天崎なんだ」
俺も立ち止まって、振り返って山川の方を見る。山川は信じられないという表情をしている。
「……じゃあ、その旦那が知り合った天崎さんがあこだっていうの?」
「それはわからない」俺は首を振りながら答えた。
「その天崎さんがあこなのか、あるいは全くの無関係なのかはわからないけど、今のところあこを探す手がかりは、その天崎さんだけなんだ。だから、できれば協力してほしい」
山川に向かって頭を下げるが、山川は困惑の表情を浮かべている。
「転校してから連絡が取れなくなったってのは知ってるけど、てっきり成田くんは連絡が取れてると思ってた。でも、あこがいなくなったのって中三の時でしょ? どうして今さら?」
山川が困惑するのも仕方がない。確かにあこのことは十年前に終わったっことだ。あの日あこからのメッセンジャーが届かなければ、思い出すこともほとんどなかっただろう。
でも今は違う。何としてももう一度あこに会いたい。『恋愛ごっこ』の続きを今度こそやり遂げたい。そのためには何だってする。
十年前と現在の『恋愛ごっこ』の事は隠したが、それ以外の部分は正直に山川に話した。あこからフェイスブックのメッセンジャーで十年振りに連絡が来たこと、二回ほど実際にあこにあったこと、再び目の前から消えてしまったこと、それからあこを探していることを順を追って伝えた。
最初のうちは歩きながら話をしていたが、「どこかで座って話そ」ということになったので、駅に向かう通りにあったマンションの入り口の児童公園のベンチに腰掛けて、山川に今までの話をした。
山川はうんうんと聞いていたが、よく考えたら不思議な状況だ。自分が昔、振った相手に話を聞いてもらって、手助けをしてもらうなんてダサすぎる。
一通り話を終えると、「うーん」と山川は一回伸びをした。
「だいたい状況はわかった。話を聞く限り、仕事を辞めたって時期も同じだし、その天崎さんがあこの可能性が高そうだね」
山川も俺と同じ結論に達する。
「でも今度はあこが自分の意志で目の前から消えたんでしょ? ここまでして探し出してでもあこに会いたいの?」
からかうといった表情ではなく、真顔で山川が聞いてきた。
同じことを自分の中でも考えたことがあった。もしかしたらあこの方はもう俺に会いたくないから目の前から消えたのかもしれない。
山川の質問になかなか答えられず、俺が困っていると急に山川が謝ってきた。
「ごめんね。答えわかっているのに、いじわるしちゃった」
山川はバツが悪そうに俺から顔を背けた。
「……ちょっと、あこに妬いちゃうな」
どういう意味かよくわからなかったので、山川の次の言葉を待つ。ベンチで隣に座る山川は微かに笑みを浮かべている。
「成田くんに十年前、お手紙渡したよね? ほら、誕生日の時」
「……ああ」
「私、ずっとずっと好きだったんだ、成田くんのこと。小五の林間学校で同じ班だったこととか覚えてる? 山登りで運動が苦手な私の荷物持ってくれて……覚えてないでしょ?」
顔を見ればわかるとでも言うように、山川が決めつける。そう言われれば、そんなことがあったかもしれないというぐらい記憶もおぼろげだ。
「中学校では一回も一緒のクラスになれなかったけど、それでもずっと好きだったんだよ。今思うとちょっとストーカーみたい……ごめん、急にこんなこと言われても気味悪いね」
「そんなことない!」
山川の言葉を強く否定する。
「そんなことないよ……ずっと、山川さんに謝りたかったんだ。あの時の俺、本当にひどいことした」
「いいよ、そんな……謝られたら一層みじめになっちゃう」
山川は俺の言葉を遮ろうとするが、構わず俺は続ける。
「違うよ! 嬉しかったんだ。すごく嬉しかった」
俺の言葉が予想外だったのか、目を逸らしていた山川が驚いてこちらを見る。
「俺の人生で初めて人から好きだって言ってもらえた。誕生日まで覚えててくれた。とにかく嬉しかったんだ。だけど、それをどう伝えたらいいかわからなくて……人を好きになるってことすら、ちゃんとわからないぐらいあの頃の俺はガキだったんだ。でも、今日やっと伝えられるぐらいには成長したよ」
山川は俺の言葉を最後までしっかり目を見て聞いてくれた。十年前に伝えられなかった想いが少しぐらいは伝わっただろうか?
「そっか……ありがとう」
話を聞き終えると、山川はスーッと立ち上がった。一拍おいてからもう一度、こちらを向いて微笑みを浮かべる。
「……でも、女心を理解するにはもう少し成長がいるかな?」
山川は精一杯おどけた感じで伝えるが、その言葉の裏側には複雑な思いが透けて見えた。
「……ごめん!」
「だから、謝ることじゃないって! 大丈夫、そのうち釣り逃がした魚は大きかったって後悔させてやるから……なんてね」
今日一番の笑みを浮かべた後、山川が歩き出す。
「大丈夫、あこのことは任せておいて! 旦那にもう少し詳細聞いてからまた連絡する」
歩き出した山川に「ごめん」と言うとまた叱られそうなので「ありがとう」と伝えた。振り返った山川が、人差し指を立てて「もう一つだけ」と言う。
「ずっと見ていたから、私は気づいていたよ。成田くんは気づいてなかったかもしれないけど……」
「えっ?」
「成田くんはずっとあこのことが好きだったんだよ」



