部活やクラスの友だちからのSNSのメールを既読スルーして二ヶ月が過ぎた頃、かな先輩からのメールがポップアップされた。
『恋人ごっこの契約終了まで、あと一か月。
最後は二人きりでデートしよう。』
そういえば、まだ【恋人ごっこ】の契約期間内だった。
法的な効力がある契約書を交わしたわけでもないけど、こうなったらハッキリさせよう。
かな先輩の【恋人ごっこ】にはつき合えないってことを。
明日死ぬかもしれないから。
♢
考えをまとめたいときに、僕は掃除をする。
片付いた部屋を見ると頭もスッキリしていい考えが浮かぶんだ。
掃除のついでに小物のレイアウトの位置も変えようと思って、久しぶりにギターを抱えた。
「あれ?」
僕はギターのボディの裏側に指が触れた途端、変な違和感を感じた。
よく見ると裏側の板が少し剝がれかけている。
これは一般的なアコギで少しカスタムされているくらいだと思っていたが、よく見ると板は二重張りになっているようだ。
どこにもその板を外すようなネジみたいなものはついていない。
僕は不安に駆られてその板の隙間に手をかけた。
ベリベリ
少し力を入れただけで、薄い板は簡単に剥がれた。
そして、その中からは一枚の写真が出てきた。
若い頃の母さんと、胸に抱かれる幼い子供。
女の子だ。
僕じゃない。
ああ、何で?
ギリシャ神話のパンドラはなんでボックスを開けたんだっけ。
好奇心のあとには後悔が待っているという教訓のハナシ?
どう考えても希望なんて残らないに違いない。
僕は一瞬で虚無感に襲われた。
♢
かな先輩に指定されたのは放課後の学校の体育館だった。
いつもの編み込みのヘアスタイルに眼鏡をかけた、ユニフォーム姿のかな先輩。
金色の西日が射し込むゴール下で、ひとりシュートドリルをしている。
まるで教本の写真を切り取ったような綺麗なフォーム。
僕は目的も忘れて、つい見惚れてしまった。
僕に気がついたかなた先輩が、振り向きざまに持っていたバスケットボールをパスしてきた。
「わ。」
ボールをキャッチした僕に、かな先輩は自分の手を額の前にかざした。
「二年生、上着を脱いで体育館に挨拶!」
僕は言われるままに雪がついたジャケットを脱いで一礼した。
「ッシャース‼」
「元気そうで良かった。」
「元気じゃなかったです。
誰かさんのせいで。」
「そう?」
急にダッシュして僕のボールを奪おうとするかな先輩に、僕は条件反射でグルリと反転した。
おまけにドリブルをしながらコートに飛び出してしまった。
バスケをしに来たわけじゃないのに、習性って恐ろしい。
とりあえずフリースローラインに立った僕はシュートした。
ゴールに吸い込まれるボールはスローモーションのように見えて、僕は肘を下げて小さくガッツポーズをした。
「やるじゃん。」
「いやいや、これがデートですか?」
「今まで誤魔化してたから、ちゃんとノエルくんと話がしたかったんだ。」
「話?」
ついにかな先輩の秘密が聞けるのか?
僕は緊張して唇を嚙みしめた。
「昨日、ナッシーに告られたよ。」
かな先輩の口から出たのは意外な言葉だった。
「昔から私のことが好きだったけど、茜と三人の関係を壊したくないからずっと言えなかったんだって。」
「だ、大成功じゃないですか。」
思ってもいない言葉は僕の胸をキリキリと締めつけて、ひどく苦しかった。
それは同時に自分が思っていたよりもずっと、かな先輩のことを好きだったと気づかされた瞬間だったんだ。
でも、こればっかりはしょうがないじゃないか。
僕は小鳥遊先輩に恋しているかな先輩が好きだっただけ。
自分にそう言い聞かせた。
「でも、断った。」
「えぇ…なんで?」
僕は混乱した。
なら、かな先輩につき合って今までやって来たことは何だったんだ?
かなた先輩は、眼鏡の奥からまっすぐに僕を射抜いた。
「ノエルくんのことが好きだからだよ。」
何を言ってるんだ、この人は。
支離滅裂。
破天荒。
そんな言葉じゃ説明できないほど、わけがわからない。
グルグル回る洗濯機みたいな頭を抱えながら、僕は用意してきた自分の言葉を伝えた。
「僕はかな先輩とはもう、つき合えません。」
「どうして?」
「かな先輩のことを知らないからです。」
「それだけ?」
「だけじゃないです。
かな先輩が僕をℒだと知っていること、ℒの歌そっくりに歌えること。
これが僕にはプレッシャーです。」
「ノエルくんはℒなの?」
「はい。」
「やっと、自分がℒだって言ってくれたね。」
かな先輩は嬉しそうに微笑んだ。
そっちが言わせたんじゃないか。
僕は相変わらず響かないかなた先輩を口撃した。
「ていうか、かな先輩は僕のことを何でも知っているくせに、僕はかな先輩のことを何も知らないのっておかしくないですか?」
「私なんかのこと、知らないほうがいいよ。」
「どうしてですか?」
「だって、ノエルくんがきっと死にたくなるから。」
かな先輩はにっこりと笑った。
「私はノエルくん、君自信だよ。」
『恋人ごっこの契約終了まで、あと一か月。
最後は二人きりでデートしよう。』
そういえば、まだ【恋人ごっこ】の契約期間内だった。
法的な効力がある契約書を交わしたわけでもないけど、こうなったらハッキリさせよう。
かな先輩の【恋人ごっこ】にはつき合えないってことを。
明日死ぬかもしれないから。
♢
考えをまとめたいときに、僕は掃除をする。
片付いた部屋を見ると頭もスッキリしていい考えが浮かぶんだ。
掃除のついでに小物のレイアウトの位置も変えようと思って、久しぶりにギターを抱えた。
「あれ?」
僕はギターのボディの裏側に指が触れた途端、変な違和感を感じた。
よく見ると裏側の板が少し剝がれかけている。
これは一般的なアコギで少しカスタムされているくらいだと思っていたが、よく見ると板は二重張りになっているようだ。
どこにもその板を外すようなネジみたいなものはついていない。
僕は不安に駆られてその板の隙間に手をかけた。
ベリベリ
少し力を入れただけで、薄い板は簡単に剥がれた。
そして、その中からは一枚の写真が出てきた。
若い頃の母さんと、胸に抱かれる幼い子供。
女の子だ。
僕じゃない。
ああ、何で?
ギリシャ神話のパンドラはなんでボックスを開けたんだっけ。
好奇心のあとには後悔が待っているという教訓のハナシ?
どう考えても希望なんて残らないに違いない。
僕は一瞬で虚無感に襲われた。
♢
かな先輩に指定されたのは放課後の学校の体育館だった。
いつもの編み込みのヘアスタイルに眼鏡をかけた、ユニフォーム姿のかな先輩。
金色の西日が射し込むゴール下で、ひとりシュートドリルをしている。
まるで教本の写真を切り取ったような綺麗なフォーム。
僕は目的も忘れて、つい見惚れてしまった。
僕に気がついたかなた先輩が、振り向きざまに持っていたバスケットボールをパスしてきた。
「わ。」
ボールをキャッチした僕に、かな先輩は自分の手を額の前にかざした。
「二年生、上着を脱いで体育館に挨拶!」
僕は言われるままに雪がついたジャケットを脱いで一礼した。
「ッシャース‼」
「元気そうで良かった。」
「元気じゃなかったです。
誰かさんのせいで。」
「そう?」
急にダッシュして僕のボールを奪おうとするかな先輩に、僕は条件反射でグルリと反転した。
おまけにドリブルをしながらコートに飛び出してしまった。
バスケをしに来たわけじゃないのに、習性って恐ろしい。
とりあえずフリースローラインに立った僕はシュートした。
ゴールに吸い込まれるボールはスローモーションのように見えて、僕は肘を下げて小さくガッツポーズをした。
「やるじゃん。」
「いやいや、これがデートですか?」
「今まで誤魔化してたから、ちゃんとノエルくんと話がしたかったんだ。」
「話?」
ついにかな先輩の秘密が聞けるのか?
僕は緊張して唇を嚙みしめた。
「昨日、ナッシーに告られたよ。」
かな先輩の口から出たのは意外な言葉だった。
「昔から私のことが好きだったけど、茜と三人の関係を壊したくないからずっと言えなかったんだって。」
「だ、大成功じゃないですか。」
思ってもいない言葉は僕の胸をキリキリと締めつけて、ひどく苦しかった。
それは同時に自分が思っていたよりもずっと、かな先輩のことを好きだったと気づかされた瞬間だったんだ。
でも、こればっかりはしょうがないじゃないか。
僕は小鳥遊先輩に恋しているかな先輩が好きだっただけ。
自分にそう言い聞かせた。
「でも、断った。」
「えぇ…なんで?」
僕は混乱した。
なら、かな先輩につき合って今までやって来たことは何だったんだ?
かなた先輩は、眼鏡の奥からまっすぐに僕を射抜いた。
「ノエルくんのことが好きだからだよ。」
何を言ってるんだ、この人は。
支離滅裂。
破天荒。
そんな言葉じゃ説明できないほど、わけがわからない。
グルグル回る洗濯機みたいな頭を抱えながら、僕は用意してきた自分の言葉を伝えた。
「僕はかな先輩とはもう、つき合えません。」
「どうして?」
「かな先輩のことを知らないからです。」
「それだけ?」
「だけじゃないです。
かな先輩が僕をℒだと知っていること、ℒの歌そっくりに歌えること。
これが僕にはプレッシャーです。」
「ノエルくんはℒなの?」
「はい。」
「やっと、自分がℒだって言ってくれたね。」
かな先輩は嬉しそうに微笑んだ。
そっちが言わせたんじゃないか。
僕は相変わらず響かないかなた先輩を口撃した。
「ていうか、かな先輩は僕のことを何でも知っているくせに、僕はかな先輩のことを何も知らないのっておかしくないですか?」
「私なんかのこと、知らないほうがいいよ。」
「どうしてですか?」
「だって、ノエルくんがきっと死にたくなるから。」
かな先輩はにっこりと笑った。
「私はノエルくん、君自信だよ。」



