週末、僕たちバスケ部五人は街中にあるアミューズメントセンターに来た。
 フロア毎にスポーツやゲーム、カラオケやレストランが楽しめる施設で、僕はもちろん初めて入る。

 僕の今日の服装は無難に白のロンTに黒の細身のストレートジーンズ。

 小鳥遊先輩はバスケチームのロゴが入った七分袖のパーカーに柄の入ったインナー、ダボッとしたカーゴパンツにシルバーのネックレスを合わせていて、シャレオツ。

 かな先輩と茜先輩の女子チームはお揃いの白のキャップ、色違いのオーバーサイズのカットソーに冬なのに黒のショートパンツ。
 メイクもしているようで、長いまつ毛がさらに強調されている。

 二人ともちょっとしたアイドルみたいだ。

(あえて言おう…可愛いは正義だ!)

 そして待ち合わせ時間に遅れて現れたのは仁平だった。

「お待たせしました。
 待たせすぎたかもしれません!」

 ヤツはどこでどう間違えたのか、ジャージ素材の紺のスーツの上下姿。

 みんなの目が点になる。 

「おまッ・・・。」

 僕は絶句したのち、はたと浮かんだ言葉を口にした。

「ウケ狙い?」

 その言葉は、瞬時に先輩たちの爆笑をかっさらった。

「ちょ、ヤダァ。」

 茜先輩が最初に腹を抱えて仁平を指さした。
 一瞬で耳まで赤くなった仁平を小鳥遊先輩がさらにイジる。

 熟れすぎたトマトみたいな仁平が弾ける前にフォローしようとした時、かな先輩が真面目な顏で言った。

「仁平くん、イイじゃん。
 いつもと違ってカッコいいよ。」

「あざス。」

 ホッとした顏の仁平がワンコみたいにかな先輩の横に立って談笑する。

 その光景に僕は少し苛立ちを覚えた。

 なんだよ。
 なんでかな先輩が仁平をフォローするんだよ。

 仁平のクソが。

 ※

 最初に入ったのはスポーツのフロア。
 もちろんバスケのゴールがあるコーナーに来た。

(バスケ部が集まったら、やっぱりそうなるか。)

 ただし僕以外は部活のエース級部員だから、遊びとはいえ楽しめる気がしない。
 その時、スーツのジャケットを脱いで黒のノースリーブシャツになった仁平がすり寄るように僕の横に来た。

「ノエ先輩、チーム分けがキモです…頼みますよ!」 

 吐息が当たるくらい僕に顔を近づけて、小声で囁いてくる。

「うえっ、僕が仕切るの⁉」

「もちろん。」

 僕の肩に置いた仁平の手は、小刻みに震えている。

 マジか。

(いつものジャイアンな態度はどこ行ったんだよ。)

 僕はため息を吐いてからみんなに切り出した。

「2on2でもやりましょうか。
 とりま、小鳥遊先輩とかな先輩、仁平と茜先輩でどうスか?」

「オッケ。10ゴール先取で一人ずつチェンジね。」

 誰にも反論されず、むしろ楽しそうにワイワイと準備するみんなに、僕はホッとした。
 よく考えたらかな先輩と小鳥遊先輩をくっつける役にも立ってる。
 
 ポーカーフェイスのかな先輩も、きっと内心は仁平くらい喜んでいるだろう。
 そう思うと、また僕の胸の棘がチクチクと活動を始めた。

 どうしたいんだ、自分。
 
 ※

 バスケのゲームが始まった。
 さすが二組とも実力者だけあって、動きがいい。

 僕はスコアラーを買って出たことに安堵した。

 強引なドライブで攻め込む仁平に対して、激しいプレスのディフェンスでボールを奪う小鳥遊先輩。
 茜先輩のディフェンスをスクリーンして回り込んできたかな先輩にハンドオフしたボールは、かな先輩がキレイなレイアップシュートでゴールに沈めた。

「ナイシュ!」

 小鳥遊先輩とかな先輩がハイタッチして顏をほころばせる。
 前は茜先輩のほうが小鳥遊先輩に釣り合ってると思ったけど、実際にこうして二人が並んでるのを見ると、かな先輩も悪くはない。

 仁平と茜先輩はオーバーに悔しがっていて、二人とも感情が顏に出るタイプだからいいコンビだ。

 二組とも、アリよりのアリに見える。

 うまく行っている。
 うまく行ってるのにな。

 この恋の相関図の外側に居るはずの僕が疎外感を感じているのは、絶対におかしいんだよな。

 ※

 ほぼバスケコーナーに時間を費やした僕らは、最後の二時間はランチを兼ねてカラオケで使うことにした。

 部活なみに体力を使った僕は、固い長椅子に座ると立ちあがれないほど疲弊していた。
 
「どっこらしょ。」

「ヤダ、ノエルくんおじさんみたい。」

 茜先輩が大げさに悲鳴を上げた。

「疲れてないんですか?」

「ぜんぜん。これからだよー!」
 
 僕以外、全員が体力オバケすぎる。

「なに歌う?」

 茜先輩が小鳥遊先輩に聞いた。

「俺、GreenNuts歌う。」

 茜先輩が眉をひそめた。

「それ、私の持ち歌!」

「次歌えよ。」

「じゃ、ナッシーがDJやってよ。
 茜がメインボーカルね。」

「俺の選曲だから、俺がメインボーカルだろ?」

 相変わらず茜先輩と小鳥遊先輩はケンカしてる。
 でも結局、ケンカするほど仲が良い。
 
 そんな二人を見てかな先輩と仁平は楽しそうに笑ってるけど、僕と同じことを考えてるんじゃないだろうか。
 仲良く歌い出した2人は、どう見てもお似合いだ。

(かな先輩、悔しいのかな?)

 僕はかな先輩の横顔を盗み見た。
 予想に反して、かな先輩は真っ直ぐに僕を見ていた。
 
「ノエルくんは、何歌う?」

「や、僕はいいです。」

 はちみつたっぷりのハニトーにフォークを突き立てたばかりの僕は、慌てて分厚いパンの角を口に頬張ってから喋った。

「ふひゃへまへんから。」

 かな先輩はマイクを僕に向けた。

「歌ってよ。私のために。」

 は?

 僕はかな先輩を突き飛ばして部屋を出る妄想に囚われた。

「ノエ先輩、ここまで来たら歌わなきゃです。」

 今度は仁平に目の前のフォークを突き立てる妄想をした。

 マズイ。
  冷静になれ、自分。

 実際にはそんなことはできないけど。

 無理にマイクを僕に持たせようとする仁平をガン無視して、僕は笑顔でデンモクを手に取った。

「先にかな先輩からどうぞ。
 僕が曲入れますよ。」 

「じゃあ私、ℒの『明日死ぬかもしれないから』にして。」

(は?)

 僕の中で時が止まった。
 
「わ、懐かしい。」

「何それ? アニソン?」

 聞きなれたイントロが流れて、かな先輩の息遣いをマイクが拾った。

 その瞬間、僕は衝撃を覚えた。

(なんだ、これ。)

 かな先輩の声は、歌は、澄んだ湖の上を走る風のようだった。


 なんでこんなに、綺麗な声が出せるんだ。

 なんでこんなに、うまく歌えるんだ。

 なんで。

 なんで?
 
 これじゃ、まるで

 ℒそのものだ。

 ♢

 冗談じゃない。

 僕は腹の底から怒りがこみ上げてきた。

 僕の歌なのに。

 冗談じゃない。

 ざけんな・・・。

「ふざけんなよ!
  おまえ、何がしたいんだ⁉」

 部屋中に僕の声が響き、僕の記憶はそこからぷっつりと途絶えた。

 ♢

 その日、どうやって帰ったか覚えていない。
 小鳥遊先輩や仁平に「大丈夫か?」と心配されるのを振り切って、先にアミューズメント施設を出たのは覚えている。

 その日から僕は学校に行けなくなった。