小鳥遊先輩とたわいのない話をしながら生徒玄関まで来ると、茜先輩とかな先輩が制服姿で待っていた。

 体の線を隠す部活ジャージと違って、女子のスカート姿はかなりいい。
 可愛いさが二倍増しだと思うのは、僕だけではないハズだ。

「もう、ナッシー遅いんですけどー!」

「は?
 待っててとか言ってないんですけどー!」

 裏声を出して茜先輩の声マネした小鳥遊先輩が、怒った茜先輩に追い回されている。

 かな先輩は、そんな二人を保護者のようにニコニコの笑顔で見ていた。

 僕の勝手な憶測だけど、茜先輩はきっと小鳥遊先輩のことが好きなんだと思う。
 小鳥遊先輩も「幼なじみ」とは言いながら、この関係がまんざらでもなさそうだ。

 じゃあ、かな先輩は?

 僕は漫画のストーリーを先読みするように、この三人の関係に思いをはせた。

(かな先輩も小鳥遊先輩のことが好きなんじゃないのか?)

 そんなことを考えながら人間観察をしていると、急に目の前のかな先輩が大きな声を出した。

「あかねー。
 私、先に帰るね。」

 小鳥遊先輩の制服を引っ張って正拳を頬に押し付けていた茜先輩が、元気よく返事した。

「また明日ねー!!」

「おぅ、気をつけて帰れよ、かな!
 ノエル、途中までかなの荷物持って行けよ。」

「えぇ⁉」

 驚く僕の鼻先をかすめて、小鳥遊先輩は生徒玄関から外にダッシュで出た。
 そして、追いかけてきた茜先輩へ用意していた雪玉を投げつけた。

「冷たッ! やったなー‼」

 目の前で二人の雪合戦が始まってしまった。

「ナッシーと茜、何してんの?」

「面白そう!」

「俺らもやろうぜ。」

 あとから生徒玄関に出て来たバスケ部員たちも、続々と雪合戦の輪に入っていく。

 こんな時には脳筋なバスケ部の奴らが羨ましい。
 僕にはこの輪に混ざる勇気はない。

 小鳥遊先輩と話すのを諦めた僕は、情けない顏つきでかな先輩の前に立った。
 かな先輩は女バスのクーラーボックスを肩に背負っている。
 
「どうしましょうか? 持ちます?」

 僕はひそかに「いいよ、大丈夫。」って言われる未来に期待を抱いていた。

 でも、肩に掛けていたクーラーボックスを雪の積もる地面にドサッと置いたかな先輩は、ニッコリと僕に微笑んだんだ。

「お願いね!」

「ハァ。」

 女バス部員全員の氷のうが詰まったクーラーボックスは、ずっしりと肩に重たかった。

 ♢

 普段はおっとりしてるくせに、かな先輩は足が速かった。
 荷物を持っている僕のことなんか忘れたように、まっすぐにテクテクと歩いていく。

 前に一緒に歩いたときは後ろを振り向かないでくれと願ったけど、今日は彼女の背中が少し恨めしい気もする。
 
(ホント、つかめない人だよな。)

 部活中も眼鏡を頭に乗せて練習したり、先生に呼ばれているのにあさっての方角を見たりして、茜先輩にツッコまれているところをよく見かける。
 彼女はクラスに一定数存在する『天然ちゃん』なのだろう。 

 僕のことをℒだと思ったのも、その天然さがもたらした妄想発言で、気にする必要もないのかもしれない。
 かな先輩が急に駅とは違う道に入ったので、僕は慌ててかな先輩を呼び止めた。

「あの、どこ行くんですか?」

「ワック寄ろうよ。」

「え?」

「荷物のお礼にハンバーガーをおごらせて。」

 グゥ

 僕の意思に反して胃袋が素直に鳴った。
 部活後の男子高校生の腹は無限だ。

「ほら、行くよ。」 

 僕は口の中に湧き出た大量の唾を飲み込んで、かな先輩のあとを追いかけた。

 ♢

 ワックはオリジナルサンドイッチのファストフード店で、濃い味の肉がたっぷり詰まったボリュームのある商品が若者を中心に人気の店だ。

 土曜日の夕方の店内は、会社帰りのサラリーマンや部活帰りの学生たちであふれている。
 店員のいるレジとカード決済オンリーのスマートレジが二台ずつ稼働しているが、スマートレジに慣れていない人たちが多く並ぶ時間はどちらも変わらないように見える。
 
「ノエルくんは何食べる?
 私が注文するから席取っておいて。」

 かな先輩が慣れた様子でスマートレジの方に並んだ。

「あざス。
 じゃあ、ダブル照り焼き卵サンドとパストラミビーフサンドをセットで、サイドメニューはどっちもポテト、ドリンクはコーラで。」

「オケ。」

 僕は店のいちばん奥のベンチとアームレスチェアーが並ぶ席を陣取り、重たいクーラーボックスを床に降ろした。
 なるべく入り口に背を向けるように座ったのは、同じ学校の奴らに見られるかもしれないからだ。

 自意識過剰かもしれないけど、僕のためというよりはかな先輩のためだ。
 エースの仁平やイケメンの小鳥遊先輩ならともかく、部活でいちばんのダメ後輩と噂になるのは可哀想だから。
 
 かな先輩がプラスチック製の番号札を手に戻って来た。

「ノエルくんの方が体が大きいんだから、ベンチ側に座りなよ。」

「や、大丈夫です。それに自分、部活でそんなに大きくないですし。」

「成長期だもん、これからグングン伸びるよ。小鳥遊だって二年の時は、私よりミニサイズだったんだから。」

「ええ、マジですか?」

「悔しかったなー。バスケだって私の方が先に始めたし、上手かったのに。
 あっという間に追い越されちゃった。
 私も男になりたかったな。」

 席を交換している間に、大量のサンドイッチが僕たちのテーブルに届いた。
 僕は冷や汗をかいた。

「あれ、注文間違ってます?」

「合ってるよー、食べよ。」

 かな先輩が、僕と同じだけの量のメニューを注文をしていたのだ。

「こんなに食べられるんですか?」

「うん。お腹ペコペコ。」

 大食いキャラだったんかい。

 目の前で激辛タンドリーチキンをめいっぱい口に頬張るかな先輩。
 女子が小食だと思っていたのは僕の幻想だったようだ。

「ノエルくん、高校入ってからバスケ始めたの?」

「ですです。」

「楽しい?」

「まあ、それなりに。」

 答えてから、かな先輩の納得していない表情を見て、今のは嘘くさかったかなと思った。

 だから、言い訳のように補足した。

「ひとりっ子なんで、家に帰ったら話す人もいないから、部活でワイワイすんの好きです。」

「そうなんだ。」

「彼女は? いるの?」

「いません。」

「それならちょうど良かった。」 

「なにがですか? 」

 僕の言葉を遮るようにかな先輩が僕にしか聞こえないような小さな声でつぶやいた。

「単刀直入に言います。
 私が卒業するまでの三か月間、彼氏になってください。」

 前のめりになって耳を澄ませていた僕は口に溜めていたコーラを何とか飲み込むと、ようやく頭に浮いた疑問を口にできた。

「え、え、なな、なんでですかッ?」

 かな先輩は眼鏡の奥から上目遣いに僕を見た。
 
「明日死ぬかもしれないから、だよ。」