高三の夏は色んな意味で暑かった。
 雪の季節があったことを忘れるくらいの灼熱が、身体中を溶かしていく。

 結局、三年になってからも僕はバスケを続けている。

 最近は部活中の体育館で熱中症になった。
 本気で死ぬかと思った。

 それでも僕がバスケを辞めなかったのは、三年の部活動が夏で終わりという未来を見据えた気持ちもあったが、一番はかな先輩のおかげだ。

 最期に見たかな先輩が病院でたくさんの管に繋がれてうわ言みたいに言っていたのは、ℒのことじゃなかった。

「ノエルの全力応援がいちばんカッコ良かった。」

 だったから。

 ♢

 高体連の出発式には、レギュラーだけじゃなく部員全員が決意表明をすることになった。

 PTA役員の親からクレームが来たらしい。

「ウチの子どもにも話をさせろ」と。

 モブにも優しい時代に乾杯。

 やがて万年ベンチ警備の僕にもその順番が回ってきた。
 僕は体育館のステージ上に上がり、演台の前に立った。

 ステージからは全校生徒の顏がよく見える。
 僕に興味を持って注目している生徒なんて、片手で数えるほどしか居ない。

 今でも眼鏡をかけた編み込みの女子生徒を見ると目で追ってしまう。
 もう、二度と会えないと分かっているのに。

 僕はゆっくり鼻から息を吸い込むと、腹の底から声を出した。

「三年二組ィー、 如月ノエルー、ポジションはーベ・ン・チでェーす。」

 ポジションをベンチと言ったことで、男子生徒たちの列から低めの笑い声がした。
 
「三年でベンチ?」

「かわいそう。」

「よく言えるな。」

「声デカ。」

 クスクスと意地悪な笑い声に包まれながら、俺はそのままの声量で決意表明を続けた。

「僕はァー、高一からバスケを始めましたー。
 今でもー、部活でいちばんのヘタクソ部員でーす!」

 今度は生徒全員がドッと笑った。

 ウケ狙いの目立ちたがりと思われたのだろうか。

 ざわめきが波のように伝染する集会に、顧問の梅田が渋い顏をしている。

「今回も僕が試合には出られないのは当たり前でーす。
 それはァー、下手くそだからー!」

 ついに体育館は全校生徒が爆死した。
 笑い声と拍手が混ざる混沌とした雰囲気の中、ついに梅田がキレた。

「オイ如月、ふざけるならもう降りなさい!」

 下から梅田の怒気をはらんだ声が投げられた。
 でも、僕は壇上から降りなかった。

「これだけはァー、言わせて下さーい!」

 僕はMAXのドデカい声を腹から絞り出した。

「僕はー、応援だけはァー、誰にも負けませーん!!」

 シーン。

 急に誰も笑わなくなった。

「聞いて分かると思いますが、僕は声量だけはこの場にいる誰よりも大きいからです!
 応援だけは、絶対の自信があります!!」

 1000人弱居る体育館で、僕の声だけが響いている。

「いつも練習を頑張っているメンバーを信じて、僕は明日の試合、誰よりも大きな声で声援します!
 授業で応援に来られないみんなも、心の中での応援をよろしくお願いします‼」 

 言い終えてお辞儀した時、誰かの小さな拍手がハッキリと耳に聴こえた。

 顏を上げると、生徒たち全員の拍手が海鳴りのように体育館を埋めつくした。

「え?」

 呆然とする俺の周りに、仁平たち二年生の部員が集まってきた。
 みんなグチャグチャの泣き顔で俺の肩を叩く。

「ノエ先輩、カッコ良かったッス!
 俺、感動しました!!」

「見ててくださいね、大会は絶対に優勝します!」 

「お、おう。」

「みんな、ノエ先輩を胴上げだ—!」

 仁平の号令で僕はバスケ部員に担がれた。

 ワッショイ

 ワッショイ

 俺はもみくちゃにされたまま、壇上で胴上げされた。

(なんコレ…。)

 僕は胴上げされて天井を仰ぐたびに、笑いがこみ上げてきた。

(サイコーかよ!)

 体育館の照明がやけに眩しく感じて、俺は目を閉じた。

 青空に白い雲。
 桜の下で笑う黒縁眼鏡のかな先輩。

 見えるはずがないものが瞼の裏に浮かんで、やがて涙で滲んで消えた。

〈終〉