『明日死ぬかもしれないから、今日という日を必死に生きなさい。』
実際、僕より先に死んだのはその言葉を遺したイギリス人の母さんの方だった。
どんな偉人の言葉よりリアルに、僕の心に突き刺さった黒くて抜けない棘。
その日からの僕の目標は、悔いなく必死に生きること。
学校から直帰して寝る前の三時間、取り憑かれたように母さんの形見のギターの弦をかき鳴らし続けた。
一週間続けたら、指にタコができた。
一ヶ月続けたら、夢にもメロディが流れてくるようになった。
一年間同じことをやり続けると、作曲をしてみたくなった。
作曲した音に歌詞を乗せると、父親以外の誰かに聴いてほしくなった。
それである日、無料動画サービスに投稿をするようになったけど、はじめはものすごく怖かった。
だって、不特定多数の人間に自分の心の内をさらけ出すなんて…変態じゃん。
ただし、PV数が一桁だった上に批判めいたコメント一つしかつかなかった僕は、すぐにその思い込みを覆すことになる。
(誰も見てないなら、好きなことするか。)
けど、こんな僕の活動に♡をくれる人が現れた。
しかもコメントを貰えると楽しくなってしまい、調子に乗って連投するのが日課になった。
僕の曲は同じ世代の十代の奴ら―特に女子に共感されることが多かった。
なぜなら僕の声のキーが高音で透明感があり、どうしても男子の声には聴こえなかったからだと思う。
それを逆手にユーザーネームを本名のノエルからℒに変えて、性別も女子になりすますことにした。
人をだますことに罪悪感もあったけど、ファンが増えることが単純に嬉しかったから偽善は心の奥底に押し込んだ。
その結果、SNSで投稿したオリジナル曲がバズった。
『正体不明の女子中学生シンガーソングライター・ℒ』として、僕は彗星のごとくインディーズデビューした。
『天使の歌声』
『期待の大型新人』
『100年に一人の天才』
僕への賞賛の声とは裏腹に、僕は皮肉にも努力への興味が失せてしまった。
(チョロいな。
人生なんてこんなもんかよ。)
とんとん拍子に駆け上った足元を見ることなく、中学生にして僕は人生を達観していた。
ちょっと本気を出せば世界は変わる。
「必死に生きろ」なんて、母さんは間違っていたんだと思った。
そんな僕の世界はある日を境に180度一変した。
父さんが長年勤めていたインテリアの大手企業を辞めて、僕の個人事務所を立ち上げようと動き出したタイミングだった。
朝起きたら、喉が締まるように痛くて声が出せなかったんだ。
仕方なく、居間にあるホワイトボードにペンを走らせた。
『風邪かな? 声が出ない。』
朝ごはんの支度をしている父さんにボードを見せると、父さんは愕然として菜箸を床に落とした。
床に飛んだ菜箸の先についていたケチャップが、僕の制服のズボンの裾にも跳ねて赤い小さなシミを作った。
「ワッ、汚ねーな。」
「ノエル、まさかお前…。」
その時の青ざめた父さんの表情を思い出そうとしても、記憶がぼんやりとしていて、ハッキリとは思い出せないんだ。
でも、絶望と失望が入り混じったような口調だったことは、耳が確かに覚えている。
「声変わりか?」
これは、母さんの遺言をおろそかにした罰なのかな。
その日、僕ははじめて駆け上がった階段の足元を見たんだ。
僕が活動できないことで借金が増えて税金すら払えなくなり、母さんとの思い出の一軒家は差し押さえられてボロアパートに転居した。
父さんが前に働いていた会社の下請けに再就職できたものの、生活は以前よりも苦しくなった。
僕はその日から足元を注意深く見ることにした。
階段だと思っていたモノはただの暗い平坦な道に過ぎなかった。
それは僕の順風満帆な人生設計に、二度と上がらない重たい緞帳が降りた瞬間だった。
実際、僕より先に死んだのはその言葉を遺したイギリス人の母さんの方だった。
どんな偉人の言葉よりリアルに、僕の心に突き刺さった黒くて抜けない棘。
その日からの僕の目標は、悔いなく必死に生きること。
学校から直帰して寝る前の三時間、取り憑かれたように母さんの形見のギターの弦をかき鳴らし続けた。
一週間続けたら、指にタコができた。
一ヶ月続けたら、夢にもメロディが流れてくるようになった。
一年間同じことをやり続けると、作曲をしてみたくなった。
作曲した音に歌詞を乗せると、父親以外の誰かに聴いてほしくなった。
それである日、無料動画サービスに投稿をするようになったけど、はじめはものすごく怖かった。
だって、不特定多数の人間に自分の心の内をさらけ出すなんて…変態じゃん。
ただし、PV数が一桁だった上に批判めいたコメント一つしかつかなかった僕は、すぐにその思い込みを覆すことになる。
(誰も見てないなら、好きなことするか。)
けど、こんな僕の活動に♡をくれる人が現れた。
しかもコメントを貰えると楽しくなってしまい、調子に乗って連投するのが日課になった。
僕の曲は同じ世代の十代の奴ら―特に女子に共感されることが多かった。
なぜなら僕の声のキーが高音で透明感があり、どうしても男子の声には聴こえなかったからだと思う。
それを逆手にユーザーネームを本名のノエルからℒに変えて、性別も女子になりすますことにした。
人をだますことに罪悪感もあったけど、ファンが増えることが単純に嬉しかったから偽善は心の奥底に押し込んだ。
その結果、SNSで投稿したオリジナル曲がバズった。
『正体不明の女子中学生シンガーソングライター・ℒ』として、僕は彗星のごとくインディーズデビューした。
『天使の歌声』
『期待の大型新人』
『100年に一人の天才』
僕への賞賛の声とは裏腹に、僕は皮肉にも努力への興味が失せてしまった。
(チョロいな。
人生なんてこんなもんかよ。)
とんとん拍子に駆け上った足元を見ることなく、中学生にして僕は人生を達観していた。
ちょっと本気を出せば世界は変わる。
「必死に生きろ」なんて、母さんは間違っていたんだと思った。
そんな僕の世界はある日を境に180度一変した。
父さんが長年勤めていたインテリアの大手企業を辞めて、僕の個人事務所を立ち上げようと動き出したタイミングだった。
朝起きたら、喉が締まるように痛くて声が出せなかったんだ。
仕方なく、居間にあるホワイトボードにペンを走らせた。
『風邪かな? 声が出ない。』
朝ごはんの支度をしている父さんにボードを見せると、父さんは愕然として菜箸を床に落とした。
床に飛んだ菜箸の先についていたケチャップが、僕の制服のズボンの裾にも跳ねて赤い小さなシミを作った。
「ワッ、汚ねーな。」
「ノエル、まさかお前…。」
その時の青ざめた父さんの表情を思い出そうとしても、記憶がぼんやりとしていて、ハッキリとは思い出せないんだ。
でも、絶望と失望が入り混じったような口調だったことは、耳が確かに覚えている。
「声変わりか?」
これは、母さんの遺言をおろそかにした罰なのかな。
その日、僕ははじめて駆け上がった階段の足元を見たんだ。
僕が活動できないことで借金が増えて税金すら払えなくなり、母さんとの思い出の一軒家は差し押さえられてボロアパートに転居した。
父さんが前に働いていた会社の下請けに再就職できたものの、生活は以前よりも苦しくなった。
僕はその日から足元を注意深く見ることにした。
階段だと思っていたモノはただの暗い平坦な道に過ぎなかった。
それは僕の順風満帆な人生設計に、二度と上がらない重たい緞帳が降りた瞬間だった。



