「じゃあな莇!また明日!」
猪狩はそう言って帰って行った。少し猪狩の背中を眺めていた。
頭の中で新しいメロディーが鳴る。考えようとしなくても音が鳴り止まない。
こんなことあの日以来だ。
俺は猪狩とは反対の方へと向き直り速足で帰った。
家に着くなりキーボードを叩き頭に流れる音を整理していく。
それから何時間立っただろう…。
「…出来た」
俺はすぐにネットで公開するための作業をし公開予定設定を朝の7時に設定した。
曲が出来た頃には周りの生活音も消えていた。携帯を開き時間を確認すると夜中の2時過ぎだった。
「明日も学校なのに…」
またやらかしてしまった…と心の中で落胆する。
考えなくても音が鳴り止まない日はこうやって作曲に没頭してしまう。
周りの声も音も聞こえない。親の声にも反応できなくなる。そのことを親が理解してくれているのが唯一の救いだ。
風呂に入ろうと自分の部屋を出て階段を下り、喉が渇いたことに気づきリビングへと向かう。
ダイニングテーブルの上にはラップに包まれた夕ご飯があった。
「………」
こんな衝動的に没頭した日は頭の使いすぎでお腹がいつも以上に空く。
俺はラップを外し皿の上に乗ったハンバーグをレンジで温める。
暖かな光を放つレンジをただぼーっと眺めた。夕方の猪狩の顔が浮かんでくる。
屈託のない純粋な笑顔…猪狩は人との距離感を掴むのが上手い。ずかずかと踏み込まずに俺のペースに合わせて距離を縮めてくれる。はじめは急に声をかけられて驚いたけど…。そこからはこちらの様子も鑑みてくれた。
猪狩は優しい…無言の空間さえも心地良いと思ってしまう。
(…どうにかしないと)
『気持ち悪い…お前気持ち悪いんだよ!』
その時昔言われた言葉がフラッシュバックした。また嫌われる。
どうにかしないと猪狩に嫌われる…。
それだけは嫌だ…。
「…こんな曲まで作って…どうかしてる…」
暗闇には静かに電子機器の音だけが響いた。


