「…り」

声がする。

「…猪狩(いがり)

肩を揺すられ重い瞼をあける。

「…あれ」
「何してんの」

目の前には眉間に皺を寄せる(あざみ)の姿。

「今何時!?」

もう外は暗くて少し肌寒い。

「18時」
「18時!?やっちまった~!寝すぎた!」
「寝すぎたじゃなくて、何してんの?こんな所で」

不思議がる(あざみ)に俺は真っすぐ答える。

「お前の歌聞いてた!」

そう言って笑うと(あざみ)は「はあ」とため息をついた。

「こんな冷たくて寒い場所で盗み聞き?」
「盗み聞き…?うん!盗み聞き!」
「…いや、そこは否定しろよ」

(あざみ)はまた「はあ」とため息をつき口を開いた。

「ここ夕方は寒いでしょ、まだ屋上は夕日の光で暖かいから聞くなら屋上で」

そう言って俺に背を向け帰ろうとする(あざみ)

「それって、隣で聞いていいってこと?」
「隣とは言ってない!…でも、まあそういうこと」

少し恥ずかしいのか(あざみ)は顔を背け階段を下りて行った。
俺は嬉しくて顔がにやけるのを抑え(あざみ)の後を追った。

それから俺の放課後は変わった。
授業が終わるなり俺は屋上へと向かい、(あざみ)と過ごすようになった。
(あざみ)は携帯で自分の声やメロディーを録音してただただ歌っていた。たまに俺と何気ない会話をしてそこには音が溢れていた。

「作詞も自分でしてんの?」

俺はふと疑問を投げかけた。(あざみ)の歌詞にはどこか寂しさと強さがあった。だから共感も出来るし、前向きな気持ちになれる。

「うん、」
「すげえな、(あざみ)は!天才だな!」
「…別に天才じゃない」
「天才だよ、俺には作曲も作詞も出来ない」
「……俺からしたら猪狩(いがり)の方が天才だ」

普段俺の話を聞くことが多い(あざみ)が口を開いた。

猪狩(いがり)がいるだけで周りが明るくなる…誰とでもすぐに打ち解けるし距離を縮めるのがうまい」
「……」
「俺には出来ないからそういうの…だから俺からしたら猪狩(いがり)は天才」

空を真っ直ぐ眺めそういう(あざみ)の目には少しの暗さがあった。

「お前そんなこと思ってくれてたの?」
「……うん」
「…(あざみ)
「ん?」
「ありがとな、すげえ嬉しい」

俺は嬉しくて笑った。(あざみ)はあまり表情が変わらない。何を考えているのか読めない程だ。
だけどこの時はわかった。少し照れくさそうにそれでも目を合わせて微笑んでくれた。それが凄く嬉しかった。