八月末の土曜日。町はお祭りムードに包まれていた。
薄紫色に染まった空の下で、提灯の淡い光が点々と灯り、大通りには浴衣姿の人々が楽し気に屋台を見て回っている。普段よりも賑わう町を眺めていると、胸が弾んだ。
熱気を帯びた風が吹くと、甘い香りが漂ってくる。思わず振り返ると、隣を歩いていた葛西が足を止めた。
「熊谷、どうしたの?」
「あ、ごめん。なんかいい匂いがして」
甘い匂いの出どころを探っていると、葛西が少し離れた場所にある黄色いのれんの屋台を指さす。
「あれじゃない? ベビーカステラ」
「あ、そうかも」
ごくりと喉を鳴らす。食べたがっているのを察したのか、葛西は俺の手を掴んで引いていった。
「一緒に食べよう。12個と20個で選べるみたいだけど」
「20個」
迷いなく答えると、ふっとおかしそうに笑われる。
「熊谷はそう言うと思った」
食い意地をはっていると思われただろうか? だけどそんなのは今更か。
「はいよ、ベビーカステラ20個入りで500円ね」
「ありがとうございます」
屋台のオジサンからベビーカステラの入った紙袋を受け取る。
ショルダーバッグから片手で財布を探しているうちに、葛西がさっと五百円玉をオジサンに差し出した。
「はい、ちょうど。まいどあり」
俺がもたもたしているうちに、会計が済んでしまった。屋台の列から抜け出す葛西を、慌てて追いかける。
「割り勘だと250円だよね?」
財布を取り出して百円玉を探していると、葛西は小さく首を振る。
「いいよ。今日は熊谷の欲しいもの、なんでもあげるって決めてるから」
「……え? 別に俺、誕生日とかじゃないよ?」
「そうだけど、今日は熊谷をとことん甘やかしたい気分だから」
それはどういう心境なんだ?
わけがわからずに首を傾げていると、葛西が紙袋からベビーカステラをひとつ取り出す。それから目の前に突き出してきた。
「はい」
甘い香りが鼻腔をくすぐる。餌付けされているみたいで恥ずかしいけど、食欲には抗えない。ゆっくりと口を開くと、葛西がベビーカステラをそっと口に入れた。
素朴な甘みが口の中で広がっていく。思わず頬をゆるませていると、目の前の葛西も満足そうに目を細めた。
「かわいい」
まるで愛おしいものでも見るかのような顔をされると、こっちが恥ずかしくなる。夏の暑さとは違う意味で、じりじりと頬が熱くなった。
通りを歩いている人たちも、ちらちらと葛西に注目している。「あの人、カッコいい!」なんて、はしゃぐ女子の声も聞こえてきた。
これはよくない。葛西の笑顔を見て、一目惚れでもされたら困る。俺は慌てて、葛西の手を掴んだ。
「早く花火が見られる場所に行こう!」
そう促しながら、葛西の手を引いて人混みの中を歩き出した。
人混みをかき分けながら歩いていると、後ろを歩く葛西が声を抑えながら笑い出す。
「なんで焦ってるの?」
「……葛西が逆ナンされそうな気配を察したから」
「そんな気配あった? 声かけられても適当にあしらうよ。熊谷との久々のデートを邪魔されたくないし」
久々のデートと聞いて、きゅっと胸が締め付けられる。
そうだ。葛西とのデートは、一か月半ぶりだった。それもこれも、お互い受験勉強で忙しかったのが原因なんだけど。
高校三年の俺の夏休みは、大部分を受験勉強に費やしている。志望校の合格安全圏にはまだまだ達していないから、この夏にできる限り学力を伸ばしておきたかった。
ここ最近は、家と塾を往復する日々が続いている。帰宅してからも、深夜まで机に向かっているほどだ。
俺の人生で、ここまで必死になって何かに取り組んだのは初めてだと思う。葛西と同じ大学に通うためにも、手を抜くわけにはいかなかった。
そんな俺の頑張りは、葛西も知っている。今日はたまの息抜きで、花火大会に連れ出してくれたんだ。
夏休みの、最初で最後のデート。今日だけは、誰にも邪魔されずに葛西との時間を楽しみたかった。
「……俺も、同じ気持ちだから」
蚊の鳴くような小さな声で呟いたが、葛西には届いたようだ。その証拠に、握っている手に力がこもった。
花火が上がる少し前に、学校まで続く坂の中腹に到着した。初めて葛西に『一緒に帰ろう』と誘われた日に、足を止めた場所だ。
視界が開けた高台からだと、花火がよく見える。ネットで情報が出回っているわけではないから、地元の人だけが知る穴場スポットだった。タイミングよく、今は誰もいない。
「去年もここから花火を観たんだよね」
「うん、知ってる」
葛西からの思いがけない返しに、ギョッとしてしまう。
「え? なんで知ってるの? 話したことあったっけ?」
「写真、SNSであげてたじゃん」
「……あ、そういうこと?」
葛西とは、去年の五月頃からSNSで繋がっていたんだ。花火の写真も、SNSを通して見ていたのだろう。
ということは、その頃から俺の行動は葛西に筒抜けだったということだ。そう考えると、ものすごく恥ずかしい。
「もっと早く気付いていれば、去年も一緒に観に来られたのにね」
ぽつりと呟く葛西。暗がりでははっきりとは表情は窺えないが、伏せた目元からは切なさが滲んでいるように思えた。
もっと早く気付いていれば。そう思っていたのは、葛西だけではない。
二年になってすぐのタイミングで、葛西と知り合っていれば、もっとたくさんの時間を共有できていただろう。
とくに、あまり遊びに出掛けられない今年の夏は、あり得たかもしれない過去を想像しては、密かに嘆いていた。
「もし二年の夏から付き合ってたら、どうしてた?」
「夏の予定は、全部熊谷にあげてた」
なんのためらいもなく答えるものだから、思わず笑ってしまう。
冗談みたいな発言だけど、葛西は本気で言っているのだろう。俺がどこかに出掛けたいと言ったら、嬉々としてついてきてくれる姿が目に浮かんだ。
「じゃあ来年の予定は、いまのうちに予約しておく。また一緒に花火観よう。お金貯めて旅行もしたい。今年遊べなかった分、来年はたくさん遊ぼう」
欲しいものは何でもあげると言った葛西の発言を、いいように解釈する。葛西は躊躇うことなく頷いた。
「うん、約束する」
ほどなくして、花火が打ちあがる。大きく弾けた金色の花火は、柳のように垂れさがって夜空に消えていった。
去年は真っ先にスマホを構えて、ベストショットを撮ろうとしていたけど、今年はそうする気にはなれない。花火に照らされている葛西の横顔から目が離せなかった。
「ん?」
俺がまじまじと見入っていたものだから、葛西にも気付かれる。
優し気な眼差しを向けられると、もう一つの欲求が芽生えた。
好きだから、もっと近づきたい。夏の寂しさを、全部埋められるくらいに。
「もうひとつ、欲しいものあった」
柔らかそうな唇をじっと見つめていると、葛西はすぐに意図を察してくれた。
「うん、俺も欲しい」
葛西も同じ気持ちだったようだ。心臓が高鳴るのを感じながら、葛西と向き合った。
葛西とキスをするのは久しぶりだ。最後にしたのは夏休み前だったから、一か月半は期間が空いている。そのせいもあって、ものすごく緊張していた。
真夜中の空のような瞳に吸い寄せられるように、距離を縮める。唇が重なり合った瞬間、夜空で花火が弾けた。
強張っていた力が抜けていく。二人きりの部屋でするような激しいキスではないけど、胸の奥が甘く痺れていった。
ゆっくりと唇が離れると、顔を見合わせながらはにかむ。恥ずかしさを紛らわせるように、額を摺り寄せた。
「熊谷、好きだよ」
額を寄せたまま、葛西が囁く。
「この気持ちだけは、ずっと変わらないから」
真っすぐな想いが伝わってきて、胸の奥が温かくなった。嬉しくて仕方がないのに、涙が込み上げてくる。滲む視界のなかで、葛西を見上げた。
「俺も、ずっと変わらないから」
想いを確かめ合ったとき、坂の下からカラカラと下駄の音が響く。そこで、慌てて葛西と距離をとった。
「……いま、誰かいた?」
「どうだろう?」
さっきのキスを見られていたとしたら、恥ずかしすぎる。暗がりだったとはいえ、ここは外なのに……。
「さっきの見られてたら、どうしよう……」
軽くパニックになる俺とは対照的に、葛西は涼し気な笑みを浮かべている。
「いいんじゃない? 見せつけておけば」
「よくないだろ!」
「俺たちのテリトリーに入ってきたのは向こうなんだし」
「この場所は、俺たちの占有スペースじゃないから!」
あまり気にしていない葛西に、呆れてしまった。
小さくため息をついたところで、ふと昼間に見たカワウソのキャラクターのアイコンを思い出す。
そういえば、去年投稿した花火大会の写真に『どこから撮ったんですか?』とコメントが付いていたんだ。それでこの場所を教えたんだけど、もしかして……。
「……いや、考えすぎか」
「ん? 何が?」
「ううん、なんでもない。それより花火観よう」
気を取り直して、花火鑑賞を再開する。夜空で次々と弾ける花火は、去年よりも彩度が増した気がした。
ハート形の花火が打ちあがり、頬をゆるませたところで、葛西がスマホを構えていることに気付く。
――カシャ。
不意打ちで写真を撮られてしまった。
「また勝手に……」
呆れながら目を細めると、もう一枚撮影される。葛西はスマホを眺めながら、愛おしそうに目を細めた。
「宝物が増えた」
その言葉で、とくんと心臓が高鳴る。俺と過ごす時間を切り取って、宝物にしてくれるのだとしたら、これほど嬉しいことはない。
葛西は表情をとろけさせたまま、顔をあげる。
「俺たち、付き合ってもうすぐ一年だよね」
「あ、そうだった……」
葛西と付き合い始めたのは去年の秋口だったから、夏が過ぎれば一年になる。なんだかあっという間だ。
「ちょっと早いけど、二年目もよろしく。熊谷」
夜空で弾けた金色の光が、葛西の整った顔を照らす。眩しすぎて、目が眩みそうだ。
「うん。こちらこそ、よろしく」
胸の奥が締め付けられるのを感じながら、俺は柔らかく微笑んで、頷いた。
<おわり>
薄紫色に染まった空の下で、提灯の淡い光が点々と灯り、大通りには浴衣姿の人々が楽し気に屋台を見て回っている。普段よりも賑わう町を眺めていると、胸が弾んだ。
熱気を帯びた風が吹くと、甘い香りが漂ってくる。思わず振り返ると、隣を歩いていた葛西が足を止めた。
「熊谷、どうしたの?」
「あ、ごめん。なんかいい匂いがして」
甘い匂いの出どころを探っていると、葛西が少し離れた場所にある黄色いのれんの屋台を指さす。
「あれじゃない? ベビーカステラ」
「あ、そうかも」
ごくりと喉を鳴らす。食べたがっているのを察したのか、葛西は俺の手を掴んで引いていった。
「一緒に食べよう。12個と20個で選べるみたいだけど」
「20個」
迷いなく答えると、ふっとおかしそうに笑われる。
「熊谷はそう言うと思った」
食い意地をはっていると思われただろうか? だけどそんなのは今更か。
「はいよ、ベビーカステラ20個入りで500円ね」
「ありがとうございます」
屋台のオジサンからベビーカステラの入った紙袋を受け取る。
ショルダーバッグから片手で財布を探しているうちに、葛西がさっと五百円玉をオジサンに差し出した。
「はい、ちょうど。まいどあり」
俺がもたもたしているうちに、会計が済んでしまった。屋台の列から抜け出す葛西を、慌てて追いかける。
「割り勘だと250円だよね?」
財布を取り出して百円玉を探していると、葛西は小さく首を振る。
「いいよ。今日は熊谷の欲しいもの、なんでもあげるって決めてるから」
「……え? 別に俺、誕生日とかじゃないよ?」
「そうだけど、今日は熊谷をとことん甘やかしたい気分だから」
それはどういう心境なんだ?
わけがわからずに首を傾げていると、葛西が紙袋からベビーカステラをひとつ取り出す。それから目の前に突き出してきた。
「はい」
甘い香りが鼻腔をくすぐる。餌付けされているみたいで恥ずかしいけど、食欲には抗えない。ゆっくりと口を開くと、葛西がベビーカステラをそっと口に入れた。
素朴な甘みが口の中で広がっていく。思わず頬をゆるませていると、目の前の葛西も満足そうに目を細めた。
「かわいい」
まるで愛おしいものでも見るかのような顔をされると、こっちが恥ずかしくなる。夏の暑さとは違う意味で、じりじりと頬が熱くなった。
通りを歩いている人たちも、ちらちらと葛西に注目している。「あの人、カッコいい!」なんて、はしゃぐ女子の声も聞こえてきた。
これはよくない。葛西の笑顔を見て、一目惚れでもされたら困る。俺は慌てて、葛西の手を掴んだ。
「早く花火が見られる場所に行こう!」
そう促しながら、葛西の手を引いて人混みの中を歩き出した。
人混みをかき分けながら歩いていると、後ろを歩く葛西が声を抑えながら笑い出す。
「なんで焦ってるの?」
「……葛西が逆ナンされそうな気配を察したから」
「そんな気配あった? 声かけられても適当にあしらうよ。熊谷との久々のデートを邪魔されたくないし」
久々のデートと聞いて、きゅっと胸が締め付けられる。
そうだ。葛西とのデートは、一か月半ぶりだった。それもこれも、お互い受験勉強で忙しかったのが原因なんだけど。
高校三年の俺の夏休みは、大部分を受験勉強に費やしている。志望校の合格安全圏にはまだまだ達していないから、この夏にできる限り学力を伸ばしておきたかった。
ここ最近は、家と塾を往復する日々が続いている。帰宅してからも、深夜まで机に向かっているほどだ。
俺の人生で、ここまで必死になって何かに取り組んだのは初めてだと思う。葛西と同じ大学に通うためにも、手を抜くわけにはいかなかった。
そんな俺の頑張りは、葛西も知っている。今日はたまの息抜きで、花火大会に連れ出してくれたんだ。
夏休みの、最初で最後のデート。今日だけは、誰にも邪魔されずに葛西との時間を楽しみたかった。
「……俺も、同じ気持ちだから」
蚊の鳴くような小さな声で呟いたが、葛西には届いたようだ。その証拠に、握っている手に力がこもった。
花火が上がる少し前に、学校まで続く坂の中腹に到着した。初めて葛西に『一緒に帰ろう』と誘われた日に、足を止めた場所だ。
視界が開けた高台からだと、花火がよく見える。ネットで情報が出回っているわけではないから、地元の人だけが知る穴場スポットだった。タイミングよく、今は誰もいない。
「去年もここから花火を観たんだよね」
「うん、知ってる」
葛西からの思いがけない返しに、ギョッとしてしまう。
「え? なんで知ってるの? 話したことあったっけ?」
「写真、SNSであげてたじゃん」
「……あ、そういうこと?」
葛西とは、去年の五月頃からSNSで繋がっていたんだ。花火の写真も、SNSを通して見ていたのだろう。
ということは、その頃から俺の行動は葛西に筒抜けだったということだ。そう考えると、ものすごく恥ずかしい。
「もっと早く気付いていれば、去年も一緒に観に来られたのにね」
ぽつりと呟く葛西。暗がりでははっきりとは表情は窺えないが、伏せた目元からは切なさが滲んでいるように思えた。
もっと早く気付いていれば。そう思っていたのは、葛西だけではない。
二年になってすぐのタイミングで、葛西と知り合っていれば、もっとたくさんの時間を共有できていただろう。
とくに、あまり遊びに出掛けられない今年の夏は、あり得たかもしれない過去を想像しては、密かに嘆いていた。
「もし二年の夏から付き合ってたら、どうしてた?」
「夏の予定は、全部熊谷にあげてた」
なんのためらいもなく答えるものだから、思わず笑ってしまう。
冗談みたいな発言だけど、葛西は本気で言っているのだろう。俺がどこかに出掛けたいと言ったら、嬉々としてついてきてくれる姿が目に浮かんだ。
「じゃあ来年の予定は、いまのうちに予約しておく。また一緒に花火観よう。お金貯めて旅行もしたい。今年遊べなかった分、来年はたくさん遊ぼう」
欲しいものは何でもあげると言った葛西の発言を、いいように解釈する。葛西は躊躇うことなく頷いた。
「うん、約束する」
ほどなくして、花火が打ちあがる。大きく弾けた金色の花火は、柳のように垂れさがって夜空に消えていった。
去年は真っ先にスマホを構えて、ベストショットを撮ろうとしていたけど、今年はそうする気にはなれない。花火に照らされている葛西の横顔から目が離せなかった。
「ん?」
俺がまじまじと見入っていたものだから、葛西にも気付かれる。
優し気な眼差しを向けられると、もう一つの欲求が芽生えた。
好きだから、もっと近づきたい。夏の寂しさを、全部埋められるくらいに。
「もうひとつ、欲しいものあった」
柔らかそうな唇をじっと見つめていると、葛西はすぐに意図を察してくれた。
「うん、俺も欲しい」
葛西も同じ気持ちだったようだ。心臓が高鳴るのを感じながら、葛西と向き合った。
葛西とキスをするのは久しぶりだ。最後にしたのは夏休み前だったから、一か月半は期間が空いている。そのせいもあって、ものすごく緊張していた。
真夜中の空のような瞳に吸い寄せられるように、距離を縮める。唇が重なり合った瞬間、夜空で花火が弾けた。
強張っていた力が抜けていく。二人きりの部屋でするような激しいキスではないけど、胸の奥が甘く痺れていった。
ゆっくりと唇が離れると、顔を見合わせながらはにかむ。恥ずかしさを紛らわせるように、額を摺り寄せた。
「熊谷、好きだよ」
額を寄せたまま、葛西が囁く。
「この気持ちだけは、ずっと変わらないから」
真っすぐな想いが伝わってきて、胸の奥が温かくなった。嬉しくて仕方がないのに、涙が込み上げてくる。滲む視界のなかで、葛西を見上げた。
「俺も、ずっと変わらないから」
想いを確かめ合ったとき、坂の下からカラカラと下駄の音が響く。そこで、慌てて葛西と距離をとった。
「……いま、誰かいた?」
「どうだろう?」
さっきのキスを見られていたとしたら、恥ずかしすぎる。暗がりだったとはいえ、ここは外なのに……。
「さっきの見られてたら、どうしよう……」
軽くパニックになる俺とは対照的に、葛西は涼し気な笑みを浮かべている。
「いいんじゃない? 見せつけておけば」
「よくないだろ!」
「俺たちのテリトリーに入ってきたのは向こうなんだし」
「この場所は、俺たちの占有スペースじゃないから!」
あまり気にしていない葛西に、呆れてしまった。
小さくため息をついたところで、ふと昼間に見たカワウソのキャラクターのアイコンを思い出す。
そういえば、去年投稿した花火大会の写真に『どこから撮ったんですか?』とコメントが付いていたんだ。それでこの場所を教えたんだけど、もしかして……。
「……いや、考えすぎか」
「ん? 何が?」
「ううん、なんでもない。それより花火観よう」
気を取り直して、花火鑑賞を再開する。夜空で次々と弾ける花火は、去年よりも彩度が増した気がした。
ハート形の花火が打ちあがり、頬をゆるませたところで、葛西がスマホを構えていることに気付く。
――カシャ。
不意打ちで写真を撮られてしまった。
「また勝手に……」
呆れながら目を細めると、もう一枚撮影される。葛西はスマホを眺めながら、愛おしそうに目を細めた。
「宝物が増えた」
その言葉で、とくんと心臓が高鳴る。俺と過ごす時間を切り取って、宝物にしてくれるのだとしたら、これほど嬉しいことはない。
葛西は表情をとろけさせたまま、顔をあげる。
「俺たち、付き合ってもうすぐ一年だよね」
「あ、そうだった……」
葛西と付き合い始めたのは去年の秋口だったから、夏が過ぎれば一年になる。なんだかあっという間だ。
「ちょっと早いけど、二年目もよろしく。熊谷」
夜空で弾けた金色の光が、葛西の整った顔を照らす。眩しすぎて、目が眩みそうだ。
「うん。こちらこそ、よろしく」
胸の奥が締め付けられるのを感じながら、俺は柔らかく微笑んで、頷いた。
<おわり>



