鈴川(すずかわ)さんとか」

 え? 私?
 それは、忘れ物を取りに教室へ戻った放課後のことだった。廊下に聞こえてきた鈴川という名前は私のもので間違いなくて、何の話だろうとそっと覗いてみると、教室内では四人の男子が集まるように席に着いて、お菓子を食べながら談笑している所のようだった。
 彼らは所謂一軍というポジションに位置する人達で、なんでも自信を持って楽しそうに話す所が私は好きだった。それが例え悪口だったとしても、彼らは少しも悪びれた様子を見せない。なぜなら自分達が正しく、それがルールだと信じているから。自分を貫けるその強さには憧れがあった。
 一体、私の何の話をしてるんだろう……?

「まさかおまえっ、おまえ大きく出たな! 鈴川さんはだめだろ!」
「ほんとそれ。世界が違うから。美が強すぎる」
「姿勢とか動きとか全部繊細よな〜……髪を耳にかける仕草に見惚れてしまったの俺、初めて……」
「……で? (つじ)はどうして鈴川さんが気になってんの?」

 その質問と共にすっとみんなの意識が名前を呼ばれた辻君の元に集まるのを感じて、私も一緒になって彼をじっと見つめる。その中心で辻君はいつもの感情の読めない整った顔で、

「雪女みたいだなって」

 そう、答えを返した。

「ゆ……ゆきおんな……?」

 思いもよらない返しに戸惑いを隠せない周囲の人間に、変わらない表情のまま辻君は、「うん」と頷き返しただけで、それ以上の言葉を重ねようとはしなかった。

 これがのちに、“鈴川美玲(みれい)を雪女呼ばわり事件”と名付けられ、私の愛称として“雪の女王”が定着した原因であり——私が辻君に恋に落ちた、きっかけであった。