銀の雫ふれふれ 金の雫ふれふれ  (連載版)

 私たちは雪がチラチラと降る険しい冬の山道を夜通し歩いた。
 クワの手に灯された明かりの術のおかげで昼間のような視界と暖かさは常に維持されてはいたが、人間の体に蓄積された体力と精神的な疲労は想像をはるかに超え、皆の気力はとうに限界だった。

 神だった時には気にも留めなかった自然の脅威とヒトの弱さを、今は嫌と言うほど肌で感じていた。
 私は苦しくなる呼吸を維持しながら考えていた。
 弱き人間への転生が、人祖人たちの私への復習だとしたら大成功ではないか?

 胸元ですやすやと寝息を立てるユクを引きずり出したい衝動に駆られながら、歯を食いしばって重たくなった橇を持ち上げる。
 一歩、また一歩と着実に歩みを進めると、不意に先導していたクワが立ち止まった。

「皆さま、御来光です。
 しばしお手を合わせてください。」
 
 クワの言葉に重い頭を上げると、山と山の間から目を焼くような朝日が顔をのぞかせているのが見えた。
 温かい光が身体に当たると、くじけそうになった気持ちが驚くほど回復するのを感じる。

 これが、太陽神の力か。
 私はあまりの眩さと温かさの恩恵に感謝して目を細めた。

 ユクに揶揄され比較されたように、チュプと不遇の神の力とでは天と地ほどの開きがある。

「全身に力がみなぎるわ‼」

 御来光を全身に浴びたポンとサッテは宝石のように輝いて見える。
 二人は口元に笑みを湛えて目を閉じ、両手を合わせた。

「チュプさまのご加護に感謝いたします。」

 この渡国に生を受けた者はすべて、太陽を崇拝し月に祈るのが慣わしだ。
 私も2人に倣って目を閉じようとしたが、レラが太陽をにらむように見据えて手を合わせたのが目に入り、苦笑してしまった。
 
「なにが可笑しい?」

 私の様子に気づいたレラが、こちらをジロリと睨んでいた。
 私は素直に腹を割って、心の内を話した。

「チュプを見ると、普通の人間は反射的に目を閉じる。強烈な光に目を開けられないからだ。
 君はどうしてチュプを見ていられるんだ?」
「本当にご加護があるなら、目を閉じるのは失礼なのではないか?」

 私は語彙を失った。
 
 レラは、自分の物差しで世界を見ている。

 誰かに教えを乞うたり、マネをして一時的にやり過ごすということはレラの中には無いのだ。

 そういう考えをする人間を、私は初めて見た。

 いや、何か引っかかる。
 どこかで昔・・・。

 その時、私の横からポンとサッテが口をはさんだ。

「呆れた子ね。
 そんなヘリクツは初めて聞いたわ。」

 ポンが鼻を鳴らすと、レラがムッとする

「私を子ども扱いするな!」
「あら、背が小さいから年下かと思ったわ。」
「まだ、私は成長している!」
「背丈だけじゃないわ。
 女官候補は17歳だけど、神官候補は15歳でしょう?
 絶対に私たちより年下でしょ。」
「馬鹿らしい。たかが2歳しか違わないじゃないか。」
「まぁ、レラ。言葉にはお気をつけなさい。」

 サッテがたしなめるように、ポンとレラの間に入った。

「チュプさまの神殿でそんなことを口にしてごらん、すぐに神殿を追い出されますよ。
 それでも良いのですか?」
「それは・・・困る。」

 サッテの言葉でレラの勝気な瞳は急速に色を失い、弱々しく狼狽えた。
 そんなレラの様子に気がついたポンが、急に腕を胸の前で組んで顎を突き出した。

「そんなら、ポンの言うことを聞きなさい。
 アンタみたいなガキには、神殿に着くまでにジョーシキってものを教えてあげるわ。」
「やめて。
 ジョーシキなんていらないから。」

 レラは心底嫌そうに吐き捨てると、地面に白い唾を飛ばした。

「なんでよー!」
「面白くなさそうだから。」
「勉強は、面白くなくて当たり前だわ。」
「その鼻につく言い方とお節介をやめろ。さもないと、その紅い頬にかぶり付いて引きちぎるぞ。」

 ポンは顔を赤くして、地団駄を踏んで跳ねた。

「ハァ〜? クソガキね!」

 二人の終わらない不毛なやり取りに釘を刺そうとした時、クワが優しく切り出した。

「それではみなさま、先に進みましょう。クンネチュプ様の正殿まではあとひと息なので。」

 ポンが嬉しそうにクワを仰いだ。レラもホッとしたように肩の力を抜く。

「やったッ!
 もう少しって、あとどれくらいでなの?」
「あとほんの半刻ほどです。」

 青ざめたポンとレラが同時に叫んだ。

「は、半刻ーッ⁉」

 それからの二人はすっかり大人しくなった。
 皆が貝のように固く口を閉ざして黙々と歩いたおかげで、半刻ほどの道程はあっという間に過ぎ去ったように思えた。