銀の雫ふれふれ 金の雫ふれふれ  (連載版)

 ピリカのあとに続いて豪華絢爛な彩りの回廊を進んでいくと、軒並みに仙女たちが顏を隠して深く低頭する場面に出会った。
 もちろん私に対して敬意を払うわけがないので、私の前を歩くピリカがよっぽど位の高い神官なのだろう。

「さあ、私の案内はここまでだ。」

 ピリカが大きな白木の扉の前で足を止めて繋いでいた手を離すと、鈴のように響く声で囁いた。
 普段の眼光は鋭いのに、目が合うと花開く笑顔は私の胸をたやすく掴む。

「君の名を教えてくれないか?」

 私は本能的にたじろいだ。
 隻眼の私に差別なく接してくれる人間は、ヤマト以外には居なかったからだ。

 この男は単に、人が良いだけなのだろうか?
 それとも…。

 私は頭の中の花畑のような妄想を振り払うために、腿の肉をつねりあげた。
 今の私の使命は、前世の死の真相を解き明かすこと。
 それ以外の浮ついた感情は要らない。
 
「私はレン…。」

 つい本当の名前を明かしそうになり、胸元のユクに牡鹿の角で肌を鋭く突かれた。

(神の名は伏せて!)

 忘れられた神であれど、その名を人間ごときが口にすることは極刑に値する。
 まして、名乗ることなどもっての外だ。

「レン、です。」

「ハハ、名まで似ているのか。」

「私の名が、何かに似ていましたか?」

 ピリカが微かに頭を振って笑顔を潜めた。

「いや、何でもないんだ。
 それではレンの幸運を祈っているよ。」

 ピリカが手を差し出してきたので握手かと思って手を掴むと、手の中には物が隠されていた。

「これはなに?」

「もし、試験で困ったことがあれば、こっそり使いなさい。」

 渡された物をよく見ると、ひと粒の白い真珠だった。

「どうやって?」

 目線を上げたときに、もうそこにピリカは居なかった。
 
「薄気味の悪い男ですね。」

 ユクがひょっこり顔を出したので、私は急いで真珠とともに胸元の奥に押し込めた。

「大御神殿の妖怪かもしれんな。
 とにかく、これからはもうお喋りは不要だ。オマエは押し黙るといい。」

 私は白木の扉の取っ手を力強く押した。

 ※  

 扉の向こうは雪の華がちらほらと舞うだだっ広い雪原だった。
 当然、部屋があると思っていた私は面食らった。

(たった今、室内にいたはずでは?)

 私の後から部屋にたどり着いた女官候補生の少女たちも、同様に驚いて不安を口に出している。

「なんなの、これは?」

「部屋の中に外があるの⁇」 
 
 明るい茶髪を左右ダンゴ状に結わえている背の低い少女が、怯えるように辺りを見まわした。

「もしかしたら、もう試験が始まっているのかな?」

 背の高い長い黒髪の少女は、凛とした口調で受け答えた。

「そうでしょうね。
 この女官試験は五常の三徳である【礼】【智】【心】を重んじるのだと、神官であるお父さまに聞いています。
 この雪野原の風景は私たちの行動からその徳を見抜く試練なのかもしれません。」

「じゃ、じゃあさ、これから三人で協力して進もうよ。みんなで同じ行動したら一緒に合格できるかもしれないし!」

 調子のいいことを言うダンゴ髪の少女を、黒髪の少女がジロリとにらんだ。

「これは試験です。
 合格者の人数が提示されていない以上、協力するのが正しいことなのかはすぐに判断ができないわ。」

 発言を一蹴されたダンゴ髪の少女は、不満げに頬を膨らませて私を見た。

「なによ、ケチ!
 ねぇ、そっちの眼帯のコはどうするの?」

「袖触れあうも何かの縁だろう。私は二人に協力するよ。」

「ホント? ヤッター! アタシははポンよ、よろしくね。」

 ポンの無邪気な明るさに苦笑しながら私は黒髪の少女を仰いだ。

「私はレンだ。あなたの名は?」

 黒髪の少女は苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。

「私はサッテ。
 私は協力なんかしないわよ。」

 他の女官候補生たちは怖気づいてしまい、来た通路を引き返す者もいた。
 しかしとりあえず、前に進まなくてはこの場所に来た意味がない。

「それでは、私たちだけでも中に入ろう。」
 
 私たちは扉の向こうに一歩足を踏み入れた。

 足裏にサクッとした新雪の踏み心地を感じると同時に、ひんやりとした冷たさが足首に伝わってくる。
 まるで、本物の雪のようだ。
 不思議だと感じながら歩みを進めると、やがて雪の冷たさで足の感覚が無くなってくる。

(寒い。)

 雪に素足を突っこんでいれば冷えるのは当たり前だけど、動いているのに一向に血流が回らない。
 このまま凍りついてしまいそうな感覚に、私は冷や汗を流した。

「これは、幻術か?」

 私は無意識にユクに語りかけていた。
 胸元から、私にだけ聞き取れる大きさの声が返ってきた。

『幻術といえどかなり物理的に影響力のある術です。早く破らないと、本当に凍死するかもしれません。』

「ふむ。」

 私は辺りをグルリと見まわした。
 見渡す限り一面に広がる銀世界。
 人の気配はないが、私は今までの経験から近くに術者がいることを見抜いた。

「簡単には出てこないか。」

 私は屈んで雪を両手に抱えると、四方に向けて雪をなぎ払った。

「これでどうだッ!」

「キャッ!」

 雪原に突如として現れたのは、美しい仙女だった。
 桃色の長袖の長衣にショール、翡翠の首飾りを身につけた彼女は、雪を全身に浴びて面食らっている。

「驚いたわ。こんな方法で私の幻術を見破った人間は、あなたが初めてよ!」

「早くこの雪を解除してくれ。このままじゃ、仙女になる前に凍死してしまう。」

「度胸があるのね。」

 寒さで凍えるポンとサッテをチラリと見た仙女は、サッと手のひらを上にあげた。
 すると雪原は消え去り、そこはきらびやかな装飾が施された神殿の室内になった。

「すごいな。」

 ガラリと様変わりした光景に気を取られていると、仙女がショールを掛けた右腕を胸に当てて一礼した。

「私は女官指導員のマヤ。では、次の試験よ。」

「今のが試験だったの⁉」

 ポンの指摘は次の瞬間、鋭い悲鳴になった。

「キャー!」

 急に足もとがパックリと大きく開けて、私たちは大きな穴に飲み込まれたのだ。

「落ちる‼」

 穴の中は深く、暗い底には無数の瞳が輝いている。
 私たちは規格外の大蛇が蠢く巣に投げ出されたのだ。

「ッ!」

 大蛇の上に落ちるとヌメッとした嫌な感触がして、うまく体勢が保てない。

「これは⁉」

 眼鏡を落としたサッテが状況を飲み込めないようなので、私は叫んだ。

「大蛇の巣だ!」

「ギャアー‼」

 ポンが断末魔の悲鳴をあげ、白目をむいて気を失った。
 クタッとしたポンに、大蛇の牙がメキメキと鱗をこすり合わせて襲いかかろうとしている。
 
(まずい!)

 私は大蛇の波を力づくで押しのけて大蛇の海に呑まれそうなポンを抱えた。

「しっかりしろ!」
 
 私の下で無数の大蛇が警戒して首をもたげ「シューッ」という墳気温を出した。
 巣を脅かす外敵に対する臨戦態勢は整っている。

 目の見えないサッテが怯えて壁に背中を擦り付けた。

「もう無理! 誰か助けて‼」

 妖しい微笑みを浮かべたマヤが穴の上から顔を出し、私たちの様子をのぞきこんで煽る。

「さぁ、どうやって脱出しますか?」

 私の胸元からユクの声が空気を裂いて放たれた。

『レンカさま、今です!』

 ユクの声に押された私は興奮してとぐろを巻いていた大蛇をサッと捕まえると、マヤの白い首に目がけて思い切り投げつけた。

「グッ。」

 蛇の尾が放物線を描いてマヤの首に絡みつき、一気に締め上げる。
 マヤの顔が恐怖に青ざめた。

「ゲホゲホッ!」

 マヤは首を押さえ、四つん這いになりながら激しく咳込んだ。
 私は命綱代わりに蛇をグイグイ引っ張りながら、ついに二人の体を両脇に抱えて穴から脱出してみせた。

 私が脱出した途端、大きな穴とともに大蛇は消えてしまった。

『やはりこれも幻術でしたね。』

 ユクが私の胸元で嬉しそうに声を弾ませる。

「自分の幻術に首を絞められるなんて、よほど腕がいいんだな。」

 私の発言に、仙女が悔し気に眉根を寄せた。

「やり方は滅茶苦茶。
 だけど私の幻術を見抜き、大蛇にも冷静に対処し、他の二人への配慮もできている。
 でもそう簡単には…これが最後の試験よ。」

 マヤの両手の中で時空が歪み、突然花の鉢が現れた。
 マヤは手に持つ鉢を傾けて、中の白くて小さな釣鐘花を私たちに見せた。

「この釣鐘花の鉢は数日前に何者かに割られました。
 あなたたちにはこの花の気持ちを読み取ってもらい、鉢を割った犯人を当ててもらいます。」