目覚めた瞬間、この世に感じたのは恐怖と絶望だった。
 それは目の前によく見知った三匹の人祖神がいたからだ。

「アーーーッ!」

 自分の悲鳴の反響から、この場に居る間仕切りのない建物が、そこそこの広さと高さを持っていることが分かる。
 暗闇に灯芯台の灯りがぼうっと浮かび上がり、赤い布で飾られた台座には、その周りに飾られている木でできた捧げものや高杯に盛られた草餅や盃も見えた。

 見覚えがある景色・・・ここは、人間が神に祈りを捧げる神殿では?
 私は突き刺さる男たちの視線から逃れようと身をひねると、寝ていた石の寝台から転げ落ちそうになった。

「アアッ、アアア‼」
「レンカさま、大丈夫ですか?」

 目測を見誤った。
 思ったより高さのある寝台から落ちる寸前、大柄の着物姿の男に抱きとめられて、私は優しくその場に座らされた。

「お前は・・・!」

 私はその男が誰かを知って唇を噛みしめた。私に仕える人祖神のひとり、従者のキムンだ。
 私は自分の背中を支えていたその手を乱暴に払いのけた。

「気安く私に触れるな! ここはどこだ⁉」

 気色ばんだ赤い瞳にサッと悲しみを宿した男は、手を背中に引っ込めると後ずさりした。

「申しわけありません。永い眠りから醒めて混乱する気持ちも分かります。
 ですが、ここは安全です。落ち着いてください。」

「これが、落ち着いてなどいられるか!」
 私は興奮して口の横から泡を吹いて叫んだ。

「キムンの言う通り、もう大丈夫です。何も心配はいりません。」

 私の言葉を遮るように灰色の髪の男が進み出てきて、微笑みながら人差し指を私の唇に当てた。
 この男も私の良く知る男、従者のニコ。

「レンカさまは、すでに転生しておいでなのです。」
「転生だと・・・?」

 私は自分の両目に映る小さな少女のような手を見て驚いた。しかも、無いはずの左目が見えるなんて・・・!
 私の中にあるはずの神力が微塵も感じられないこの身体は・・・いったい何なんだ?

「どういうことだ?
 私は、どうなってしまったのだ⁉」

 三人は少しためらう様子で顔を見合わせて、やがて背の高い金の髪に薄い紫の目を持つ男・従者のユクが声を発した。

「レンカさまは渡国の天子・ヤマトさまとの婚姻を前に何者かに毒殺されて神としての生涯を終えられたのです。
 そしてそのあと、私たち人祖神三人の力で百年をかけて幼い少女に転生させていただきました。」
「百年・・・⁉」

 私は理解が追いつかなくてその場に崩れ落ちた。
 胸が痛い。
 こんな痛みは産まれて初めてのことで、青ざめた。

「まさか・・・この身体は・・・!」
「そうです。人間の身体を依り代にレンカさまの魂を下ろしたのです。」

 人間は、辛いときに胸が痛いと言って目から透明な水を滴らせるが、いままさに私はそれを体現している。
 神であった時にはなかった痛み。
 そうか、これが苦しみなのか。

「なぜだ・・・? なぜ、そんなことを・・・!」 
「私たちにはレンカさまが必要なのです。」

 突然の事実を受け入れられず、むせび泣く私の前に男たちが静かに跪いた。
 私は彼らを恨めし気にキッと睨んだ。
 何をいけしゃあしゃあと・・・。

 私は知っている。
 この三人は私を憎んでいるのだ。
 そして神であった私を殺しただけでは飽き足らず、人間に転生させてまで恨みを晴らそうとしているんだ‼

 ※

 一年の半分が銀世界で覆われる古代の北の大地・渡島。

 渡島を創世した男神と女神の最初の仕事は、子を成すことだった。
 ただ、若いふたりには初めてのことだったので、その作法も分からず初めて産んだ子どもは片目のない不遇の神・・・それが私・レンカだった。
 私は知能も神力も後から産まれ出てきた妹や弟神に及ばず、太陽や月、海や大地といった世界を司る力がなかった。かといって神としての役目を果たさなければ神仙界には住めないので、創世神は頭を悩ませた。

 そこで知恵の象徴であるミミズクの神に不遇の神の行く末をゆだねると
「未熟な神には、神を模倣した寿命が短く神力を持たない【人間】の指導をさせるくらいがちょうどよい。」
 というお告げを頂いた。

 創世神の勅命を受けて、従者である人祖神三人とともに地上に降り立った私は【人間を司る神】として人間にサケやニシンやマスの捕り方を教えたり、船出するときの水神の機嫌の取り方などを教えた。
 そうして悠久の時を地上で暮らした私は神仙界に戻ることに興味はなく、むしろ地上の天子・ヤマトと愛を育み、相思相愛の仲になった。
 そして、三度の通婚を終えた二人が晴れて祝言を上げることになったその夜、事件が起きた。

 ※

「本当に、こんな私を妻にする気なのか?」

 それは、しんしんと白い雪が降り積もる日だった。
 白い袍に金の鳳凰が刺繍された背子・三色の色が入った裳をまとった私は、高く積み上げられた祝酒の盃を次々に飲み干していく、同じく金の朝服をまとうヤマトに絡んでいた。

「酒豪の嫁は嫌いではない。それに神と婚姻を結ぶとなれば、誰も反対する者などいないよ。」
「そうではないぞヤマト。」

 酒の回ったろれつのまわらない言葉で、ヤマトのあぐらの中にドカッと座り込んだ私は、よく鍛えられたヤマトの胸に背中を預けながら目を閉じた。

「私は神と言ってもその序列は最下層。そのうえ、右目に闇を抱えている。
 しかもお前が老いて死んでしまったあとも、私だけは老いないし滅多なことでは死にもしない。
 この地上で言うところの輪廻転生には当てはまらない者を妻として迎えることが、どれだけ大変なのかお前は本当に分かっているのか?」
「ああ、ちゃんとわかっていて求婚をしたよ。」

 ヤマトは笑いながら私を背後から抱きしめた。

「だから、子供をたくさん作ろう。孫もたくさん。
 そうすれば私がいなくなっても、レンカが寂しいことはない。」
「ヤマト・・・。」

 ※
 
 神と人間の王の恋愛。
 飽きるほど長い時間を過ごす神の一時の酔狂な遊びだと、私を知る神々や人間たちは二人を笑いものにした。
 実のところ、私もはじめはそんな気持ちだった。弱く儚い人間と心を通わせるなんてありえない、これは一時の遊びなのだと。
 しかし、出会ってから十年も愛を囁き続けるヤマトの言葉にほだされ、根負けして婚姻を承諾したことだけは真実だった。

 ※

 私は夜の闇と温かいヤマトの腕に身を委ねながら、持っていた盃を空にした。

「レンカ、少し飲み過ぎじゃないか?」
「私が飲み過ぎて困る者が居るならもう飲まないが、誰も私のことなぞ気にしないだろう。」
「飲んべの神さまじゃ、人間のお手本にならないよ。」
「私は神であることを辞めたい。
 できることなら神籍を捨てて、人間として地上でヤマトとともに生を終えるのも悪くないとさえ思うよ。」
「ありがとう。でも、そんなことをしたら君が神仙界から連れてきた人祖神たちに、私が恨まれてしまうよ。」
「もう、天界を追い出された時点で三匹には恨まれているよ。」

 私はため息をついて、生まれついての従者である獣の化身の人祖神をかわるがわる思い浮かべた。

「そうかな? いつだって私の目には、三匹が君を慕っているようにしか見えないが・・・。」
「まさか! 今日なんかこの王居に来るまでにどれだけヒドイ嫌がらせを受けたか。
 キムンは私の肩掛けを隠すし、ニコは朝からひと言も喋らない。
 ユクなんて、この婚姻には反対だと直に私に説教をしてきてな・・・!」
「・・・三匹には、五十年の辛抱だと言っておいてくれ。」

 笑いをこらえるように身を丸めながら、ヤマトは私の持つ空の盃に酒を注いだ。
 私はすぐに反論した。

「五十年だと? そんな寂しいことを言うな。人間は百年以上生きる者もいるんだ。
 それに神である私が側にいれば、加護を受けてヤマトはそれ以上生きることができるに違いない!」
「それは頼もしいね。私も、少しでも長くレンカの側に立っていたいと思う。君は本当に素敵な女性だからな。」

 歯の浮いた言葉をつらつらと述べるヤマトに、私は赤面して頬を膨らませた。 

「隻眼で、人間より多少神力が使える程度の女が素敵なものか。」
「両目があるからといっていつも真実が見えるわけじゃない。見える目はひとつでいい。」

 うっとりとした顔でヤマトは私の盃の酒を口に含み、私に口移しに酒を注いだ。
 甘美な酒が咽頭に流れ込み、私の目の前は虚ろになった。

「え・・・?」

 急激に胃の腑で何かが弾け、私は酒を吐き出した。

「ゴボッ・・・!
 な、なんだ、この酒は‼
 ヤマト、まずいぞ! この酒には毒のようなものが入って・・・!」

 振り向いた視界の先に、すでに青い顔で床に倒れ込むヤマトが目に入った。

「ヤマト‼」

 白目を吹いてゴボゴボと血の泡を吹くヤマトを見た私は、朦朧とした意識の中で神通力を発動した。
 人祖神たちへの緊急発信。

『誰か、誰か施薬院に行って薬師を呼んでくれ!
 ヤマトが毒を盛られたんだ‼』

 人祖神たちからの応答はなかった。
 初めての不安。胸の動悸が異常に大きく感じる。

 おかしい。
 私は涙を流して吐きながら、違和感を感じていた。

 人間には毒でも、神である自分にも効くような毒は限られている。
 そしてそれは、この地上で手に入るはずはないのに・・・!

 私の叫び声に気がついた官女のタカが、御簾の仕切りを跳ね上げて部屋に入って来た。

「キャア! 何があったのですか⁉
 レンカさま、しっかりしてくださいッ‼」
「私はいいから、ヤマトを助けてくれ。それから、人祖神たちに連絡を・・・。」
「それが・・・人祖神さまたちのご乱心で、施薬院が破壊されて薬師たちが負傷しているんです!
 それなのにヤマトさまもレンカさまも倒れられていて・・・いったい私は、どうしたらいいのでしょう⁉」

 私の上体を起こして膝に抱えながらタカが発狂寸前で叫んだ内容に、私は震えた。

「人祖神たちが? そんなのウソだ・・・。」
「ウソなんかじゃありません。それぞれが巨大な獣に化けて王居を破壊しています!
 それも『レンカさまに裏切られた恨みだ』と口々に叫んびながら・・・。」

 私は絶望を味わいながら、タカの膝の上で意識を失った。

 ※

 「私たちにはレンカさまが必要なのです。」

 跪きながら低頭する三匹の人祖神たちは、私の言葉を待っているようだった。
 過去の記憶を取りもどした私は、目の前の裏切者たちに対して憎悪の気持ちでいっぱいだった。
 しかし、逆にふと冷静になった。

 そして、それを確かめるためにこう言った。

「確認なのだが、私は渡国の大王であるヤマトと婚姻する予定だったのか?」
「エッ?」

 私はゆっくりと首を傾げて言葉を紡いだ。

「申しわけないが記憶がまだらに脱落しているようで、私は自分が死んだ日のことを覚えていないんだ。
 だから毒殺されて死んだと言われても、実感がなくて混乱している。」
「私たちのことは、覚えておいでですか?」
「もちろんだ。私が天仙界を追放同然で地上に遣わされたときに付いてきてくれた、大事な従者たちだからな。
 熊の化身神・キムン、フクロウの化身神・ニコ、鹿の化身神・ユクだろう?」

 にこやかに話すと、三匹はホッとしたように強張った顔を緩めた。

「転生の障害で記憶の一部が抜け落ちたのか?」

 キムンが声をひそめて言うと、ニコとユクが目配せをした。

「それならそれでいい。」
「ああ。」

 三匹は私が死ぬ寸前、タカから三匹が施薬院を襲ったという情報を聞いたことを知らない。
 だから、私が彼らに恨まれていると知っていることは隠した方が賢明だろう。
 そこで私は少々、確信に迫った内容の話を投げかけた。

「それで? 誰かに毒殺された私を百年かけて人間に転生させてまで呼び戻した理由はなんだ?
 私が死んだなら、お前たちは私を守護する役目から解放されて、大手を振って天仙界に帰れたのではないか。」

「それは・・・いまはまだ言えません。
 こうしている間にも、レンカさまが転生したことを嗅ぎつける悪い輩がいるかもしれませんから。」
 他の二人が答えるより先に、ユクが口を出した。

 私はこころの中でそっと舌打ちした。
 ユクは三匹の中でもあまり感情に支配されないタイプだから、攻略するのは難しいかもしれない。
 まあいい。いつか心根が単純なキムンかニコを個別に呼び出して、彼らの目的を探ろう。

「でも必ず、近いうちに真実を話します。天地神命に誓って。」
 ユクは申し訳なさそうにそう言うと、私に頭を下げた。

「では、非力な人間・・・しかも小さな少女になった私にこれからどうしろと?
 まさか他の人間たちと同じように田を耕し、稲を育てて暮らせというのではなかろうな?」
「そうです。これからレンカさまには、人間として生きていただきたいのです。」
「・・・本気か?」
「はい。三匹とも、同じ気持ちです。
 第二の人としての生を穏やかに過ごしていただくこと、これが私たちの願いです。」

 ※

 それから十年後。
 十七の娘に成長した私は、平日は畑仕事、週末は日用品売りとして都の市場で働いていた。
 人祖神たちも日替わりで畑仕事を手伝ってくれるので、女一人でも生きていけるくらいの日銀は稼げる。

 正直、人祖神たちの手を借りて生活をすることは複雑だった。しかし、人間に成り下がった私にできることは限られている。
 くすぶる心の闇を胸に秘めたまま、私は淡々と表面的には穏やかな日々を過ごしていた。

 今日は力持ちのキムンが麦と野菜と魚を運んでくれた。
 キムンは屈強な見た目のわりには恥ずかしがり屋で、店の売り子はやりたがらない。
 私は木の台に持ってきた物品を綺麗に並べて、声を張って呼び込みをした。

「そこの方、新鮮な魚はいかが? 葱も太くて美味しいよ。」
 
 声をかけるたびに人々は振り向くが、すぐに興味を失って立ち去っていく。
 この仕事は根気勝負だ。今日は、どれくらい持ち帰ることになるだろうか。
 雨が降らなきゃいいなと思いながら空を見上げると、不意に声をかけられた。

「娘さん、その片目はどうしたの? 怪我でもしたのかい。」
 店の前で足を止めた烏帽子に白い直衣の男性が、私の眼帯を見て興味深そうにしている。

 貴族だろうか。
 直衣の生地がここらでは見ないような上等な織物のように見える。
 物品の話ではないことにガッカリするけど、これがきっかけで会話をしたら常連客になる人もいる。
 私はにっこりと笑顔を向けると、スラスラと受け答えた。

「いえ、両目とも見えますが、片目のほうが見やすいので隠しているんです。
 右目は虚像、左目は真実を映します。私は真実だけを見ていたいので右目を隠しているんです。」
「変わったことを言う娘だな。
 ねぇ、君みたいな娘は仙女に向いてるんじゃない?」
「へぇ、お客さんこそ面白いことを言いますね。
 人間が仙女になれないことくらい、私のような下賤の民でも知ってますよ。
 冷やかしなら他所に行ってください。」

 私がそう切り返すと、烏帽子の上品な男の顔が百合の花のように輝いた。

「それならいいことを教えてあげよう。一年に一度、人間にも仙女になる機会があるんだよ。
 今月の末日に二大神を祀る大きな祭がある。この島の齢十七を迎えた少女は、太陽神・チュプか月神・クンネチュプのどちらかの大御神殿の女官になる機会が与えられるんだ。」
「大御神殿の女官に?」
「女官は神の恩恵を受けて、多少の神通力と百年の寿命を授かることができる。それが仙女と呼ばれるのさ。
 君はいくつ?」
「十七になりました。」
「では、仙女になる資格があるよ。女官試験を受けてみなさい」
 
 仙女・・・!
 私は落雷が落ちたかのように言葉を失った。
 仙女たちは神に仕える業のため、長寿の恩恵を受けることができる。うまく大御神殿にもぐり込めば、私とヤマトが毒殺された経緯を知る仙女に出会うことができるかもしれない。

「今日はこれを頂こう。」
 烏帽子の男性は葱を一束取ると、私の手のひらに五枚の硬貨を握らせた。

「あ、まいど・・・あッ! お客さん、こんなには多いです。
 ここの品物を全てを買い取れるくらいのお金ですよ?」
「お喋りのお駄賃さ。それじゃあ、待っているよ。」

 待っている?
 私はその言葉をうまくのみこめず、渡された硬貨を固く握りしめた。

 ※

「仙女になる試験を受けようと思う。」

 竪穴に屋根を乗せただけの簡易住居に帰ると、私は頭の中に張りついていた考えを口に出して話した。
 キムンは、ひどく驚いた顔で市場で売れ残った物を入れた籠を蓙の上にズドンと降ろした。

「急に何をおっしゃるのですか?」
「今日、店に来た客から聞いたんだ。今月末に行われる祀りで、大御神殿の女官試験があるらしい。
 選ばれるかは分からないが、人間の命は短いからな。挑戦してみる価値はあるだろう。」
「大御神殿に祀られているのは太陽神と月神の二大神。レンカさまの弟妹ではありませんか!」
「今の私は人間だ。とくに問題はなかろう。」
「だからといって、妹君と弟君に仕えるなんて・・・!」
「なにを今さら。私はもう神ではないし、見た目も元の身体とはかけ離れているではないか。
 そもそも天界では、チュプやクンネチュプとは顔も合わせたことがないからな。
 私さえ口を開かなければ・・・いや、口を開いたところで毒で死んだ不遇の神のことなど、誰も覚えていないさ。」

 自嘲的に笑った私に、キムンは何か言いかけて口ごもった。
 この十年間、いつもそうだった。

 明らかに人祖神たちは何かを隠して行動をしている。
 私の好きなように生きるのが彼らの願いと言いながらも、ずっと私から離れずにいる。

「ですが、大御神殿ともなれば我らがついて行くことははばかられます。
 ニコやユクの意見も聞かないと・・・。」
「私ももう十七だ。これまで幼い私を見守ってくれたことには感謝するが、自分のことは自分で決めたい。
 お前たちも私なんかには囚われずに各々の道を行くがいい。」
 
「レンカさまは、それで平気なのですか? 我らがいなくても・・・。」
 キムンが急に切ない表情を浮かべた。

「お前たちは私を転生させたことについて隠していることを話さない。そんな奴らのことを、これからも信用しろというのか?」
「それは・・・!」

 私は人間に転生して以来、ヤマトのことは一度たりとも忘れたことはない。
 あのあと、ヤマトは助かったのだろうか?
 それともあのまま・・・?
 真実を知るのが怖くて、人祖神たちにはヤマトのことはいちども聞けずにいた。

 私はキムンに背を向け、声が震えるのを抑えながら聞いた。
「私は毒殺されたときの記憶を失って覚えていないが、ヤマトは・・・婚姻をあげるはずだったヤマトはその後どうなったのだ?」
「ヤマトさまは・・・レンカさまと同じように祝言の酒に仕込まれていた毒を誤って飲まれてしまい、私たちが駆けつけた時にはもう、手遅れでした。
 レンカさまを転生させたことについては、時期が来たら必ずお話をするつもりです。どうか、もう少しだけお待ちいただけませんか?
 私たちには、レンカさまが必要なのです。」
「もういい・・・頼むから一人にしてくれ。」

 キムンが大きな体を小さくしながら家を出たあと、私は胸が苦しくなって左の胸を抑えながら床に伏せた。
 予想していたこととはいえ、胸がえぐり出されるような衝撃に耐えられない。
 また、目が熱くなって涙というものが目から零れ落ちるのを止められないのが不思議だった。

 その夜、ヤマトのことを思い出すのはもうやめようと思った。
 そして、私たちの運命を引き裂いた人祖神たちに復讐するために残りの人生を捧げよう。
 そのためには、必ずや仙女にならなくてはならない。
 私は朝がくるまで、何度も何度もこの誓いを呪いのようにつぶやいた。