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どんな絵にするのか話し合った後、あれから陽炉は文化祭のポスターを完成されるまで放課後にあの河川敷の下であったりしなくなった。
気づけばあれから一週間と少し。
毎日が当たり前だったものが突然消えてぽっかりと心のなかに穴が空いてしまったような喪失感を感じる。
少なからず、正直に言ってしまえば寂しい。
放課後はただ家に帰るだけのつまらないものになったから。これだけが理由という訳ではないような気がするけど自分の気持ちがよくわからない。
文化祭のポスターができるまでのことだけど、前まではひとりが当たり前だったのにもう前の私じゃないような気がした。
一度楽しさとかを知ってしまうと抜け出せなくなってしまうから。
私は確かに変わりつつあるかもしれないけど、まだ途中経過に過ぎないから。関係はいつ簡単に崩れてしまうのか分からないものだから、戻ろうと思えば戻れるけどそうはしたくないと思う。そんなことをするなら大切にしたい。
学校では一緒に行動をしたりする子ができた。マジカルバナナをした後に話すことができた子と無事に。
友達というのかな。
私的には友達かそれに似た近しい関係にはなっていると思っているけど、相手がどう思っているのか分からない。
それが少し不安だった。
本を読むのが好きで、好きな作家様が偶然一緒で意気投合したのだ。
このまま互いに友達に慣れたらと思う。
こんなのだったらもっと早く話してみたりすればよかったと遅すぎではないかとたまに思ってしまうけど、それでもまだ全部が過ぎ去って何を言ったって遅かったという訳ではないからとマシだと思うようにしていた。
私が通っている高校では七月に文化祭を毎年やっていて自分のクラスでもどんなことをするのか話が出始めている。
三年生は模擬店をやることになっていて詳しくは近々決めいるらしい。たぶん、どこの高校でも売っているような定番のものの可能性が高かった。
六月ももう下旬へと進んでいて、文化祭のポスター締め切りも確か今週中までだった。
無事にイラストは締め切りに間に合うのだろうか。
私自身が書いているわけでもないし、どんな状態の進み具合なのか詳しくは分からなかった。
そう思っていた丁度そのとき――
「奏、今日のお昼休み弁当食べ終わってからでもいいからちょっと話がある」
と午前の授業移動の途中で陽炉にこっそり言われた。今日は丁度、一緒に行動を共にする子が休みで一人だったのだ。
突然、声を掛けられてビクッと肩が大きく震えてしまった。
話とは一体何なんだろうう。
「へっ? あっ、うん。分かった」
声が大きくならないようになんとか抑えてそっと返事を返す。
「うん、じゃあまた」
とそのままあっさり行ってしまった。
陽炉とはクラス内でもたまに話すようになったけど、誰にも聞かれたくないということは文化祭のポスターがついに完成したのだろうか。それかそれ以外のなにか?
よくわからないけど、早くお昼休みになればいいのにと思いながら、次の授業をする場所へと急いで向かった。
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「陽炉、話ってなに?」
お昼になって早く昼食を取ると、陽炉の後を追って空き教室に来たのだ。
陽炉の手には、柄がついて中身が透けて見えないクリアファイルを持っていた。
その中にはひょっとして――
「文化祭のポスター出来たんだ。見てほしい」
少し不安があるような表情をしてクリアファイルのまま私の方へ手渡す。
受け取るとすぐにそっとクリアファイルから画用紙を取り出した。
すると視界には高校生活を楽しく謳歌しているような、まさに青春革命という文化祭のテーマにピッタリな絵が広がる。
晴れた空の中を思いっきりジャンプして、手を上げて笑顔を咲かせてる四人組。その周りに飛び交う虹色がかったシャボン玉。
絵の全体に星のように無数に飛び散らせたような金色と薄い桃色。
ずっと見ていたいと思ってしまうほどこの絵に目を奪われてしまう。
「えっ......すごい、青春革命にピッタリすぎる絵だ」
「そうかな?」
私がこの絵を見ている間も不安そうな顔をして、問う。
こんな陽炉は初めてだった。いつも自信たっぷりに笑ったりクラスでは騒いだりしているような彼がこんなにも大丈夫なのかと心配して。きっと、彼が絵を描けることを誰ひとり知らない中これから見せるようになるから不安でたまらないかもしれない。
「うん、絶対にそう!」
だから私は大丈夫だと確信を持ったような声を上げてすぐに言った。
「私にできたのは、どんな絵にするのかアイディアを考えたりすることだけだったけど、あのときふたりで考えて形したものが彩られてたらどうなるのかってずっと想像ばかりしていたけど、想像以上にとってもすごいよ」
うまく言葉にして伝えられないけど、できるかぎり精一杯伝える。
もっと語彙力があったらと思ってしまうけど仕方がない。自分が出せる限りのことを伝えていく。
「ずっとこの絵を見てみたいと思っちゃう。光があたって明るいところ、暗くて影になっているのとかちゃんと丁寧に表現をえっと、確か明暗っていうんだっけ。それがね細かく濃い色から薄い色で表していてすごい!」
私の想いが伝わったのか、ようやく陽炉の表情がいつもの自信に満ちたように不安そうな表情は消える。
「奏がそう言うなら、本当にそうなんだよな。時間をかけて描いた甲斐があったよ」
嬉しそうな顔をしてようやく笑ってくれるようになった。
「この絵は誰が見ても絶対すごいって思うよ」
「そこまで言うほどか」
「陽炉は本当にすごいもん」
それは本当に思っていることだった。嘘偽りなんてない。
不安なんて抱くよりも自信を持ってほしい。
「奏がそんなに言ってくれるなんて思わなかった。ありがと」
私の顔をしっかり見て、真剣な顔を急にして言葉を続ける。
「奏、お願いというか頼みというか......断ってくれてもいいけど、このポスターの絵ふたりで作成したことにしてもいいか?」
その言葉にびっくりしてしまう。
この絵はほとんど陽炉ひとりで描き上げたものだったから。ふたりで制作したのは間違っていないけど、こんな私でいいのだろうか。
「奏が描こうって言ったりしなかったらそもそもこの絵を書くことがなかったものだと思うから。正直まだ不安で、描けたのはよかったけど出せる勇気が持てなくて」
また不安そうにして、でも必死に言葉を紡いでいるような気がして最後まで言うのをしっかり待つ。
「この後、やらなちゃよかったて思うことになってしまうのか分からないから。あのとき『ふたりで、一人じゃなければ怖くないから』って言ってくれただろ。勇気をくれ」
ふたりだけのこの場所が静かに沈黙が流れる。
陽炉ずるい。そんな言い方をしたら断るなんて言えないじゃん。先に私の背中を押してくれたし、あのときほとんど私が勢いに任せて言ったことをしっかり果たさなくちゃ。
「わかった、ふたりで制作したことにしよう!」
そう告げると今まで見たことがなかった。雪解けのようにじんわりとそして無邪気な笑顔を浮かべる。
「本当にありがとう」
とそのまま言葉をこぼした。
私も笑って頷き返す。
この陽炉の笑った顔を見ていたい。
今、陽炉がすごい絵を描けるのを知っているのは私だけ。
これから、沢山の人が陽炉の絵を実際に見ることになる。
けどこのまま、あの絵を誰にも見せないで自分のものにしたい。
心臓が早い動きをしている。
私は陽炉のことが――
いや、まだ決まったわけではないけど、そういう気持ちを抱いているのかもしれないと心の中で思った。
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文化祭当日。
学校の校舎内では、老若男女問わずたくさんの人が訪れていた。
「あの絵すごいー!」
「本当に誰が描いたのかしら。凄いわ」
校舎の中にあちこちに貼られているポスターの方を小さな子どもが指を指して親子で笑い合っていた。
「陽炉、あそこ見てよ。陽炉の絵の話してるよ」
「あっ、本当だ」
学校指定の制服の上にクラスTシャツを来て、自分たちが何をやっているのかクラスの宣伝をやりに校舎を回ってみると偶然その姿を見かけたのだ。
陽炉は嬉しそうに微笑む。
私もつられて微笑んだ。
誰かが見て喜んでいる姿をみると嬉しくなる。
こんな気持ちを体験する日が来るなんて思わなかった。
「奏、そろそろ確かシフトの時間じゃない?」
「あっ、やば」
こんなに呑気にしていられない。
慌てて急いで戻ることにする。
「奏さんきた! じゃあ受付お願いね」
「わかった、了解。文化祭楽しんで」
急いで向かうとクラスメイトの一人が私の姿をすぐに見つけて場所を変わった。
クラスメイトと話すようになると、こういうときの連携を取りやすくなってなにより楽しく思える。
私のクラスは中庭で焼きそばを作って売っていた。
7月上旬の空は晴れていてすごく熱い。
「えっと、紅生姜抜きでふたつください」
「わかりました。紅生姜抜きでふたつですね。ご会計は千円です」
暑さに負けないように、任された仕事に集中することにする。
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文化祭という行事があっという間に過ぎて閉会式になった。
文化祭のポスターが正式に陽炉と私で制作したものになったとき、クラスメイトはびっくりしていた。
でも、すぐに凄いと言ってくれてそのときは、どうやってこの絵ができたかの話で持ちきりになった。
私たちは”青春革命”を無事に達成できたのかもしれない。
「ポスター制作。三石陽炉、中野奏はステージにご登壇してください」
私たちはそっと、立ち上がってステージの方へと向かった。
「奏、この後伝えたいことがある」
「分かった」
ふたりでそっと会話を交わした。
ステージに立つと全校の顔が遠くまでしっかりみえる。
この光景を目にしっかり焼き付けたい。
きっかけ一つで人生がどう変わってしまうのか分からない。でも、一歩を踏み出せて本当によかった。
あとは私はいい加減に自分の気持ちをしっかり自覚してこの後絶対に伝えたいとそう思った。



