お昼休み。
教室の窓から差し込む陽射しはじりじりと熱を持ち、扇風機の風だけでは汗ばむ肌を冷やしきれない。

外では蝉の声が絶え間なく鳴き続け、校庭のアスファルトが陽炎でゆらゆらと揺れている。

冷たい麦茶のペットボトルを頬に当てると、ひんやりとした感触が気持ちよくて、つい目を閉じた。

クラスメイトたちの声が教室に響き、それぞれ好きなことをして過ごしている。

クーラーの効いた図書室へ逃げ込もうか、それともこのまま窓際で風を待とうか——そんなことを考えながら、ゆるく時間が流れていく。



「蒼!ご飯一緒に食べるぞ」

そうだ、陽向とご飯を食べるんだった。

陽向がクラスの真ん中でそう喋ると、クラスがざわめき始めた。

「え、陽向今日俺らと食べねえの?」

「なんで柳瀬と?」

「仲のいい友達だからな。な、蒼」

「あ、あぁ」

そのあと、噂話で持ち切りだった。

「仕方ない…屋上までの階段で食べよっか」

「そうするか」


二人は屋上に行くためにある階段の踊り場に移動し、横並びに座った。

「陽向のお母さんの料理、美味しいな。昨日夕ご飯食べた時も思ったけど」

「だよな、母ちゃんが作った料理がいちばん美味いと思ってる、親が作った料理が一番愛情が籠ってて上手いんだよな」

「たしかに、それは思う。たくさん愛情注がれてきたんだなって、陽向見てると思うよ」

「ほんと?母ちゃんそれ聞いたら喜びそうだな」

「卵焼き美味しいから食べてみて、あ、食べさせてあげよっか、ほら、あーーん」

陽向は冗談ぽく言ってみたが、蒼はその冗談が分からず、そのまま食べさせてもらっていた。

「美味しいな卵焼き。……ん?なんか俺、変か?顔になにかついてるか」

「いや、そのままたべるんだなって。可愛かったからいいよ。タコさんウインナーもあげる、ほら口開けて」

──パクッ

蒼は、この時間が幸せに感じた。

2人でご飯食べる時間が幸せで、心が暖かく、じんわりと体に広がった。

「実はスマホでもアニメ見れるんだよね。昨日のアニメもスマホで見れちゃうんだよ、俺が見てるのは月々500円くらいお金かかるけど」

「え、スマホで見れるのか?今の技術凄いな……」

蒼はそんな技術の進化に感心していた。

「でしょー!感謝してるよ本当に。てか、現代っ子がそれすら知らなくて蒼どんな田舎からやってきたの?それとも過去?なんて冗談、それほど親が厳しかったんだね、なんでも教えてあげるよ、手取り足取り?」


「まあ、厳しいというか、勉強しか興味なかった部分の方が大きいかな。あまり親に逆らったことないというか、自分から提案することがない」

「提案とかで、親と話したことないんだけど。世間話の一環、的な。普通にこれしたい!とかこれ欲しい!とか子供とかでもよく言わない?おもちゃ買ってー!とか」

「そういうのは我慢してきた訳でも無く、与えられたものだけで遊んでたな」

「それほど、沢山のものを貰ってたのか、それともよっぽどの変わり者なのか…。でも、今はアニメに激ハマリしたってとこか、魅力に気付いて貰えてなにより」

「声を仕事にするって難しそうだな、いろんな場面に合わせて声だけで伝えれるぐらいの演技力が必要だろ、難しそう」

「蒼、試しにこのセリフ読んでみたら?」

そう言われて見せられたのは、昨日見た恋愛もののシーン。

きみのことが好きなんだ、付き合ってほしい。

「そんなセリフ言えるか、学校で!」

「でも声優は、そんなことで挫けてたら出来ないと思うよ」

陽向にしては、結構まともな意見だと感じた。

陽向って、意外とよく観察してみてるよな。

「そ、そうだよな」

「じゃあ、試しにオレが言ってみるから聞いて」

「わかった」

「きみのことが、好きなんだ。付き合ってほしい蒼」

セリフで言われただけなのに、胸に刺さった矢は、身体を熱くさせた。

「蒼?」

「なんでもない。もう時間だぞ、授業始まる先戻る」

急に素っ気なくなった蒼の反応を見て、不思議に思った。

「あ、照れてるんだ、蒼。そうでしょ〜!かわい」

「うるさいな…」

「んんっ……!!
ん、もうっ、またそうやって口塞いでっっ!」

そう言って両手で蒼の頬を摘んだ。

「んあっ…なにするんだよ」

陽向の手に自分の手を重ね、摘まれた手を離す。

「仕返し、先戻るもんねー!」

いつの間にかお弁当箱や箸を袋にしまっていた陽向は、すたすたと教室に戻ろうとする。

「まって」

陽向の腕を掴むと、振り返った陽向の着崩した制服のシャツの襟をめくり、そこに愛のしるしを付けた。

「い、いたい…!蒼、あおい、?」

「肌見せるなよ、ネクタイちゃんとつけろよ」

スマホの内カメで陽向は自分の鎖骨の下を見ると、キスマークがついていた。

そんなことを確認している間に、蒼は教室へと向かってしまった。

「あ〜!やられた!蒼ってば、意外と独占欲強いんだな、でも、ちょっと………蒼のこの不器用な愛情が…嬉しいっ…」


緩めていたネクタイをきちんと閉めて、教室に戻ると、クラスメイトから「どうしたんだよそんなかしこまって」と言われた陽向は、「蒼を見習おうと思って!」と言い放ち、蒼を見た。

蒼は次の授業の準備をしながらこちらを見ていた。

イタズラ顔でニヤリと笑った蒼の表情に陽向は、蒼の独占欲を感じて、愛のある痛みを抑えながら少し微笑み返した。