夏の暑さを感じるお昼休み。
教室の窓から入る風も生暖かく、じっとりとした汗がまとわりついてるを感じる。

俺は柳瀬 蒼(やなせ あおい)
高校一年生、学級委員長をやっている。
先生からの指示を受け、お昼休みに回収されたノートの確認で、ページが開かれてるかどうかを見ているところ。

あれ、このノート初めの部分だけで終わってる。
──誰だ?

ノートの表紙には澤田 陽向(さわだ ひなた)と書かれていた。
左斜め前の席の人だっけ。
そういえば今日の授業寝てたような。

何故、授業中に寝てるんだろう。
夜中寝てないのか?
寝てたとしても、それでも眠いのか?

今はお昼休み。
席をくっつけて食べている人がほとんどだ。

ムードメーカーと呼ばれている澤田陽向も、その一人だ。

申し訳なさそうに、輪に割り込んで声をかける。

「あの、澤田陽向くんって君だよね。提出してもらった授業用ノート白紙だったんだけど」

柳瀬蒼は冷静に言ったが、心の中では少し驚きと疑問が湧いていた。

『こんなことは初めてだ…』

「あ…ごめん!!俺、寝てて、白紙じゃまずいかな…まずいよな」

澤田陽向は、茶髪で、少し長めの前髪をセンター分けし、ふんわりとセットされた髪型。
黒髪でノーセット、短髪の俺には真似出来ないと思った。

澤田陽向は焦っていた。
目の前でこう焦るところを見ると、何故授業中寝るのかと不思議で仕方がないと感じていた。

ほかの周りの人が「陽向また寝てたのかよ、学級委員長怒ってるぞ」と声をかけられていた。

「だよな、ごめん」と柳瀬蒼に謝っていた。

「まぁ、やる気がないと思われることは間違いないと思う」

「そ、そうだよな。どうしよ…俺昨日アニメ見てて夜更かししちゃったからだ…」

澤田陽向はどこか申し訳なさそうに言い訳をしながらも、反省している様子が伝わってきた。

「アニメって何?テレビ?」

柳瀬の言葉に、陽向は驚きの表情を浮かべた。

「え、柳瀬くんアニメ知らないの!?」

「知らないな」

「おすすめのアニメあるから教えるよ!今日のテレビで放送されるんだ。リアルタイムで見るのはいいよ〜?CMでうずうずしちゃうけど」

「俺でも見れるのか?でも家で夜中テレビなんて見れないな俺の家は、ちょっと厳しくてな」



「家だと夜更かしできないのか。
じゃあ、うち泊まりに来る?」

澤田陽向は軽々しく泊まりに来るかどうか聞いてきた。

初めてだった。

誰かに泊まりに来るかと誘われたのは。

今まで知り合い程度の仲しかいなかった柳瀬蒼は、驚きが隠せなかった。

それも、話したのは今日が初めてだと言うのに。

こんな簡単に誘われるもんなのか。

「え、え?悪い気するな」

戸惑いが隠せなかった。

「アニメ面白いからさ、絶対ハマるよ!」

澤田陽向の笑顔は本気だった。柳瀬蒼には、その笑顔が何となく気になった。

「そんなに面白いのか、少し興味があるな。でもなんか申し訳ない気もするし、あ、そうだ。代わりと言っちゃなんだが、ノート写すか?」

「え、いいの!?怒られるの回避出来る、うれしい!ありがと、柳瀬くん」

澤田陽向は明るく笑った。
その笑顔を見て柳瀬蒼はほんの少し心が暖かくなったのを感じた。

『何だこの感覚…初めてだ』

「柳瀬くんって、やっぱ真面目で几帳面そうだなって思ってたけど、ノートみたら確信した!凄いくらいまとめられてる!!」

「これぐらい毎日やってる事だけど、要点を絞って書くのは当たり前じゃないか?全て写してたらどれがほんとに大事なことなのか分からないじゃないか」

「オレ、起きてても全部写すタイプだ。要点まとめてとか苦手でさ。でも柳瀬くんのノートみたらやる気出てきた、頑張って今写すからな」

「写すだけなら誰でも出来るけどな」

「そんなこと言うなって!難しいんだぞ意外と」

「そ、そうなのか」



「なぁ、オレたちもう友達だろ?陽向って呼んでよ、オレも蒼って呼ぶ」
急な距離の縮め方に驚きつつも、嫌な気はしなかった。

「陽向…?か」

「そうそう!陽向、オレも蒼って呼ぶからさ」

「俺この学校で初めて友達できた」

「え、友達1番目貰っちゃっていいの?やった」

引かれるかと思った言葉にも、陽向はそっとすくって拾って返してくれる。

そんな陽向の事が、純粋でいい子なんだと実感した。

段々と心がポカポカと暖かく感じることに、居心地の良さを感じていた。

「写し終わったー!!!ほんっっっとありがとう!蒼のおかげで怒られずに済む!」

「じゃあ、提出してくるから預かるよ」

「え、オレも行くよ。クラス全員分なんて重たいでしょ」

「女の子じゃないんだし…平気だけど」



「こういうのは、ありがたく受けとって、お礼のありがとうでいいんだよ、ちょっと取っ付きにくいのかなって思ってたけど、人との接し方に壁を感じるのは、ひょっとして慣れてないからなんじゃない?」

「事実だけど…友達なんていないし」

「もう友達だろ?ほら、今日お泊まりもするし」

「ほんとに行っていいのか?」

「え、いいよ?来てきて、むしろウェルカム!」

「わかった、でも、1度家に帰って母に聞いてみないと」

「あーそうだね!着替えとか必要だしな。もし大丈夫なら駅前集合でいい?そうだ、連絡先交換しとこうよ」

「それもそうだな、でもこの手のふさがった状態でできる気しないから、先生のところ行ってからでいいか」

「そうだった、オレら今大量のノート運んでるんだった」

無事に先生のところに運び終え、俺らは連絡先交換をした。

「蒼の連絡先ゲットー!」

ニヤリと笑う陽向の笑顔に、また心が暖かくなる。

陽向の笑顔をずっと見ていたいと感じるのであった。