ーー好きでこんな格好しているわけじゃない。周りに流されるまま、こうなってしまっただけ。
本当の俺は可愛いモノが大好きだし、女の子になんて興味無い。
こんな金髪にして喧嘩が強くなっても。
本当の俺を、見てくれる人はいなかった。
『どんな見た目でも透羽は最高な友達だよ。優しいところも可愛い物が好きなのも。どんな君でも僕はもう受け入れて、好きになったんだ。後戻りはできないよ』
そう言って笑った君の存在がどれだけ愛おしいと思ったか。俺の凍った心をあっさりと溶かした君は。
俺の“初恋”の相手になったのだったーー。
***
四時間目が終わった瞬間、ザワザワと騒がしくなる教室。クラスメイトは弁当を手に持ったり、学食に行くため教室を出て行ったりしている。
「透羽(とわ)ー。今日お昼ご飯一緒に食べない?お母さんが透羽の分のお弁当持たせてくれたよ!」
騒がしい教室にいるにも関わらず、俺は机に突っ伏して寝ていた。それを遮るようにある女の声が聞こえた。
まだ眠気の残る顔を上げるとそこにはふわふわの髪を揺らしながら、俺を見ている幼なじみがいた。
「いいって言ってんのに。莉茉(りま)の母さん大変だろ」
「だって気づいたら朝お弁当ふたつ作ってるんだもん。お母さん料理好きだから迷惑じゃないよ。ほら、中庭行こ?」
嫌がる俺に構わず腕をグイグイと引っ張るこの女は黒瀬莉茉。隣の家に住み、親同士の仲がいい幼なじみだ。
まぁ、俺と莉茉もなんだかんだ高校まで一緒にいて、ほとんど同じクラスで過ごしてきた。
仲は悪くないがそこまで良いわけでもない。
「……別に俺を誘わなくてもいーだろ」
莉茉はとにかく可愛くて男子からモテる。それを知ってるのか分からないが、何故か俺ばかり構い、ちょっかいを出す。
……ったく、なんでこんな俺に構うんだよ。
「せっかくだから一緒に食べよーよ。今日天気いいし?」
眠気に勝てず断るが莉茉は諦めない。その様子をヒソヒソと話しながらクラスメイトは見ていた。
……それもそうか。
こんな金髪ヤンキーと学年一人気者で可愛いヤツが絡んでるんだもんな。
この視線には慣れていたがふとそんなことを思う。
長く伸びた金髪の前髪を見ながらぼーっとした。別に好きでこんなことしてる訳じゃない。ただ、何も無い日常に刺激が欲しくて金髪にしただけ。
……だけど、それもすぐに後悔したばかりだ。
「悪いけどパス。今日は気分じゃない。おばさんに謝っといて」
「ちょ、透羽!?どこ行くの?」
どうしても面倒くさかった俺は莉茉の手を振り払い、教室を後にする。莉茉の声が聞こえたような気がしたけどそれは無視。
周りのクラスメイトも俺の事を見ながら、何かを話していた。
「……はぁー。ったく、なんでアイツは俺に付きまとうんだ?なぁ、ミーコ」
「にゃあ〜」
猫の鳴き声を聴きながらひとりで話す俺は、傍から見たら変人かもしれない。だけどそんなことはどうでも良くて。
俺は自分の手の中におさまっている子猫のミーコを見つめた。
ここは学校から少し離れたところにある体育館裏の茂み。教室から出た俺は迷うことなくここに足を運んだ。
「……落ち着く」
どこから迷い込んだのか分からないこの三毛猫は逃げることなく俺の膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしていた。
少し前にこの猫を見つけてから、ここに通うのが日課になった俺。家で飼いたいけど母さんが猫アレルギーだから飼えない。
だからここで匿って可愛がってるって訳。
「……にゃあ〜……」
教室にいた頃と時間の進みは変わらないはずなのにここにいる時だけは時間があっという間に感じる。
本当は莉茉とあまり関わりたくない。
……というか、女全般が苦手で、あまり関わらないようにしていた。そのせいで俺は怖がられ、男子からも距離を置かれている。
こんな生活つまらな過ぎて髪を染めてみたけど……やっぱりやめときゃ良かったなぁ……。
「今更戻せねぇんだけどな」
猫を顔の上に乗せ、思い切り吸う。
これが、今の俺にとって唯一の至福のひとときだった。
ーキーンコーンカーンコーン……。
遠くでチャイムがなった。昼休み終了のチャイムだ。
戻らなければいけないがもうサボろうかな。めんどくせぇ……。
「……君、もう授業始まりますよ」
「うわぁぁ!誰!?」
その場でゴロン、と横になった瞬間、上から声が聞こえて悲鳴をあげる。それと同時に俺と同じ制服を着た人が見えた。
俺が起き上がるのと一緒にミーコも飛び起きてそのまま俺の後ろに隠れた。
「失礼ですね。僕は一ノ瀬透羽さんと同じクラスの真田晴臣(さなだはるおみ)ですよ」
俺の反応に不満に思ったのか吐き捨てるように言った。
まだ状況を飲み込めないが名前を聞いてはっとする。
「ああ、いたな……そんなヤツ。確か生徒会に入ってる」
「そうです」
聞き覚えのある名前だった。記憶を辿り、何とかどんな生徒だったか思い出した。真田は黒髪短髪にスラッとした高身長男子。
イケメンとはちょっと違うが物腰柔らかく、優しいため女子に人気だ。みんなに嫌われている俺とは大違いの生徒。
「……で?なんでお前がここにいんだよ」
「それはこっちのセリフです。それに、その背中に隠れてる子猫はなんですか?学校で生き物を飼うのは校則違反ですよ?」
「いやいや、かってねーって。ここに迷い込んだの!名前はミーコ!今里親募集中!」
てっきり人が居ないと思っていたので油断した。頭の中がテンパりまくって訳の分からないことを言い出す俺。咄嗟に後ろに隠れていたミーコを持ち上げ説明する。
……いや、何をやってんだ俺は。
「……」
はぁはぁ、と息が上がりまくり。力説する俺をじっと見ながら真田は考え込む。
「……ふは。もう名前ついちゃってるじゃないですか」
……笑っ、た……?
俺の力説を聞いたあと数秘後。その真面目な顔は崩れ、柔らかい笑顔が見えた。その瞬間、ドクっと心臓が大きく跳ね上がる。
ん?今のなんだ?
今まで感じたことの無い感覚に襲われ、不思議な気持ちになる。
「まぁ、迷い猫としましょう。それより授業始まりますよ。教室戻りましょう」
「お、おう……。てか、真田はなんでここに来てるんだよ」
あまりにもあっさりとそう言ったので流されそうになった。
そういえば俺、自分のことしか話してなくね?
真田がなんでここにいるか聞いてねぇんだけど。
「……さぁ。気づいたらここにいました。一ノ瀬さんの意外な瞬間見れたので、ちょっと得した気分です」
またもやはぐらかされた。振り返り、笑顔でそう言う真田にゾゾゾっと寒気が走る。
なんだ、それ。怖くね?
「そろそろ授業が始まります。早く行きましょう?」
「ちょ、引っ張るな!」
そんな俺の腕をいきなり掴んだかと思えば急に走り出す。誰かに腕を掴まれるのが久しぶりすぎて。
その日はなんだか妙に心臓が落ち着かなかった。
***
翌日の放課後。
俺は誰もいないことを確認しながら、体育館裏の茂みに来た。今度こそ真田にバレないように来ていたつもりだったのに。
「……なんでお前がここにいんだよ」
「え?子猫に会いに来たまでですよ。まさか一ノ瀬さんとまた会うとは思いませんでした」
なぜか先に真田がここに来ていた。更にはミーコを抱き抱えながら笑っている。
ミーコは満更でもない表情で、ゴロゴロと喉を鳴らしてリラックスしていた。
俺ははぁ、とため息をつきながら回れ右をした。せっかく癒しを求めてここに来ているのに。真田がいたら癒し空間ではなくなる。
「もう行くんですか?ここに来たばかりでは?」
「お前がいたら意味ねーんだよ。今日は帰る。生徒会そっちのけでミーコと遊んでるお前と居たくない」
「……」
俺を引き留めようとしていたのか真田が声をかけてきた。イライラしていたせいか怒りのままに言葉をぶつけてしまった。
はっとした時にはもう遅くて、真田は黙り込む。俺も気まずくてこの場を去ろうとした。
「透羽〜?どこにいるの〜?」
歩き出そうとした時。聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声は俺の名前を呼びながら探しているようだった。
……やべ。莉茉だ。
莉茉に見つからないようにここに来たのに……。どうしよう。このまま出ていったら間違いなく鉢合わせになるだろう。
「透羽〜?おかしいなぁ。ここに行く姿が見えたけど……」
ブツブツとつぶやきながらだんだんとこちらに近づいてくる莉茉。どうしようかと迷っていると……。
「うわぁ!」
「しっ、静かに」
突然腕を掴まれ、茂みの中に引っ張り込まれた。あまりの力強さに茂みに倒れ込む。
その時、耳元で真田の声が聞こえた。
……ちかっ!真田の顔が近い!
目の前には真田がいて、俺に覆い被さるような体制でいた。その顔の近さに心臓がドキドキと激しくなる。
なんで……なんでこんなことになってんだよ!
ミーコは?
気を紛らわすためにミーコを探す。だけど近くにはいないのか姿は見えない。もうどこかに行ったのだろうか。
「あれぇ……透羽いないなぁ……。見間違い?」
そんなこんなしている間に莉茉は諦めてここから離れていく。そのことにほっとした。
「ごめん。迷惑でしたか?」
莉茉が居なくなったのを見計らって、聞いてくる真田。俺を起こしながら申し訳なさそうに謝る。
「……いや、大丈夫。正直びっくりしたけど、助かった。サンキュ」
真田の手を素直に取りながらお礼を言った。いつもならこんな素直にならないんだが……。
なんでだ?
「そうですか。良かったです。そういえばミーコは居なくなりましたね」
ドクドクと騒がしい心臓を落ち着かせようと深呼吸していると真田がそう話す。
真田といるのが嫌だったはずなのに。なんで心臓はこんなに騒がしい……?
「一ノ瀬さん?どうしました?」
「……あ、いや……別に?」
この心臓の騒がしさを誤魔化そうと苦笑い。
だけど真田とバッチリ目があった瞬間、今まで感じたことのないほど頬が……顔が暑くなるのを感じた。
「わ、悪い!もう帰る!じゃ……うわぁ!」
慌てて立ち上がり、帰ろうとしたけど。
上手くバランスを取れなくてまた茂みの中に身体が転げる。だけど今度は硬い土じゃなくて……何か柔らかいものがくちびるに当たった。
「……い、ちのせ、さん……?」
くちびるに当たった何かが動くのと同時に名前が呼ばれ、パッと目を開ける。その視界に入った光景に目を疑いそうになった。
だって……真田と、『キス』していたから。
「……ご、ごめんなさいー!」
あまりにも理解できないこの状況に慌てた俺は。何も考えないで、この場を離れたのだった。



