みーくんの耳にピアスホールを開けてから、1週間後の休日。あの公園がある駅で待ち合わせをした。一緒に買い物に行きたいという、みーくんの願いを叶えるためだ。今日ばかりは失恋話にはふたをして、とことん楽しもうと思っている。
「横浜はもう行った?」
「横浜市内自体はあるけど、この辺は全然」
「そっか。実はオレも、こっちの出身ってわけじゃなくてさ」
「……へえ」
「小学校に上がる時に引っ越してきたんだ。もうこっちのほうが長いから、案内はできると思う!」
「期待してます、時枝センパイ」
電車を乗り継いで、横浜のみなとみらいで降りた。せっかくなら観光を兼ねて、ベタなほうがいいと考えた。
「あ、あの建物とかテレビで見たことある。あの観覧車も」
「だよね! オレも初めて来た時そう思った!」
みーくんがアクセサリーを見たいとのことだったので、大きなショッピングモールに入った。ファーストフード店で昼食を済ませ、アクセサリーショップへ向かう。
「なに狙い?」
「ピアス」
「もう買っちゃうんだ」
「うん。時枝センパイ、選んで」
「え、オレが?」
「うん、センパイが」
「ええ〜、また責任重大じゃん」
「センパイがいいって思ったの、気楽に選んでよ」
そうは言っても、と風太はみーくんを改めて見つめてみる。ピアスを開けたほうの髪を今日は耳にかけていて、美しい顔がより際立っている。初めて見る私服もセンスが光る少しゆるめのシルエットで、通りすがる女の子たちが見惚れているのを知っている。このイケメンに飾るものを選ぶのだから、慎重にもなる。
「えっと、片耳用のでいいんだよね」
「ううん、両耳のがいい」
「そうなの?」
「うん、それだけが俺のこだわり。あとはセンパイの好きにして」
「分かった」
これから右にもピアスホールを開ける予定なのだろう。自分も増やすかどうかと考えながら、風太は真剣に吟味していく。
「これはどう? 好き?」
「いいと思う」
「じゃあこっちは?」
「うん、いいんじゃない?」
「ちょっとみーくん、全部いいって言うじゃん!? ちゃんと見てる?」
「だって時枝センパイが選んでくれたヤツなら、全部よく見える」
「なにそれ……」
そんなことを言われると、ちょっと照れてしまう。別にセンスがいいわけでもないのに、どうしてそんなに信頼を置いてくれるのだろう。不思議に思いつつ、また陳列されたピアスに視線を戻す。すると、あるひとつのものに目を奪われてしまった。小ぶりなフープ型のシルバーピアスだ。
「みーくんこれ見て、ここ。ちっちゃいけど赤い石が埋めこんである」
「ほんとだ」
風太が指差すピアスを、みーくんが少し背を屈めて覗きこむ。みーくんの左耳は、穴を開けたばかりだからか少し赤くなっている。風太は半ば無意識に、そこにあるファーストピアスに指を伸ばした。
「わっ、センパイ?」
「あ、痛かった?」
「痛くはないけど、びっくりした」
「うん、ごめんね? えっと、やっぱり赤いの似合うなって思って。だからこれ、どうかな」
「センパイは? このピアス好き?」
みーくんはそう言って、ピアスを手にとった。自分の耳元に宛てがって、なぜか風太の耳にも近づけて尋ねてくる。
「うん、かっこいいと思う」
「じゃあこれにする」
みーくんは満足げな顔をして、さっそくレジへと向かった。きちんと役目を果たせたようで、風太もつい頬が緩む。
「他に見てみたいお店とかある?」
「センパイが時間平気なら、上から順に見てみたいかも」
「全然平気! じゃあ行こ!」
エスカレーターで一旦最上階まで上がって、フロアを一周したらひとつ下りる。途中でゲームセンターに寄ったり、映画館に掲示されているポスターを眺めたり。賑やかな雑貨店やカプセルトイがたくさん並んだエリアでは、ああだこうだ言いながらひとつひとつ見て回った。
そうして、二階へと下りた時だった。耳に届いた声に、風太の体が反射的にぴくんと跳ねる。それに気づいたみーくんが、
「どうかした?」
と顔を覗きこんできた。
勘違いであってほしい。風太は心から、そう願ってしまったのだが。どんどん近づいてくる声に、確信へと変わってしまう。せめて気づかれないように、と声のするほうへ背を向けてみたが、
「あれ? 風太?」
と声をかけられてしまった。どうして放っておいてくれないのだろう。なんか違ったかも、なんて理由でフッた後輩のことなんて、どうでもいいだろうに。
顔を上げられないでいると、みーくんが
「時枝センパイ?」
と心配そうな声で背中に手を当ててくれた。それが無性に胸を打って、縋るようにみーくんのシャツをつまむ。
「木原? どうしたの?」
「ん? ああ、コイツ、学校の後輩」
「そうなん? あー、言われてみれば見たことあるかも」
木原は先輩の名前だ。それを呼んだのは、女の人の声。思わず目を向けると、そこには風太も見覚えのある女子の先輩の姿があった。見覚えがあるどころじゃない。先輩にフラれてしまったあの日、少し離れたところにいたあの人だ。なんだ、やっぱりそうか。ふたりはそういう仲なのだろう。きっと、あの時にはすでに。
「みーくん、行こ」
話すことなんてないし、これ以上みじめな思いはしたくない。先輩に会釈をして、みーくんの服を引いて歩き出す。それなのに、
「ちょっと待って」
と先輩が引き止めてきた。思わず立ち止まった自分が悔しい。女子の先輩に断りを入れた様子で、先輩はひとりこちらへと近づいてきた。
「風太」
先輩はみーくんへと視線を向ける。
「ソイツ、彼氏?」
「え?」
「付き合ってんだろ? 悪いことしたかなって思ってたけど、切り替え早いじゃん。なんかほっとしたわ、風太も俺への気持ち勘違いだったんだな」
「……っ」
この傷は少しずつ、みーくんの手を借りて癒え始めたように感じていた。それなのに。こっちの気持ちまで、勘違いだったと言われてしまうなんて。傷をまた切り開いて、えぐられているみたいだ。生々しい痛みが襲いかかってくる。せっかく、みーくんが元気づけてくれた心なのに。
なにか言い返したいと思うのに、言葉が出てこない。一瞬で鼻がツンとして、急速に視界が潤んでいく。
「おい」
先輩の前で泣くもんかと歯を食いしばっていると、みーくんが一歩前へ出た。
「っ、みーくん?」
みーくんの背中で、先輩が見えない。かばってくれているのだ。
「あんたさ、ふざけてんの?」
「はあ? なんだお前」
静かな怒りが、低く落ちたみーくんの声から伝わってくる。こんな声、聞いたことがない。けれど、先輩も負けじと応戦している。
風太は途端に怖くなる。ここでなにか起きて、みーくんまで傷ついてしまうことが。
「みーくん、みーくんいいから」
「なんにもよくない。人の気持ち、こんな雑に扱っていいわけない」
首だけで振り返ったみーくんは、みーくんの服を握ったままだった風太の手を取った。それからきゅっと握ってくれた。粟立っていた心がいくらか落ち着くのが分かる。
「なあ、あんたが最低なヤツなのは俺どうでもいいんだけどさ。センパイの気持ちまで、あんたの基準で勝手に決めつけんじゃねえよ」
「マジでなんなんだよお前。なにムキになってんの? はっ、マジで彼氏か。風太、見る目なくなったんじゃねえの」
「だから! ふーちゃ……っ」
「…………? みーくん?」
「っ、時枝センパイを、馬鹿にすんな!」
ふたりのただならぬ様子に、周りの人たちがざわつき始めた。潜めた声で話しながら、遠巻きに様子を伺われている。このままではまずい。通報でもされたら大変だ。
「みーくん」
風太は繋いでいるみーくんの手を引く。
「もういいから、行こ」
「よくない」
「うん、怒ってくれてありがとう。でもオレ、もう先輩から離れたい」
「……ん、分かった」
「横浜はもう行った?」
「横浜市内自体はあるけど、この辺は全然」
「そっか。実はオレも、こっちの出身ってわけじゃなくてさ」
「……へえ」
「小学校に上がる時に引っ越してきたんだ。もうこっちのほうが長いから、案内はできると思う!」
「期待してます、時枝センパイ」
電車を乗り継いで、横浜のみなとみらいで降りた。せっかくなら観光を兼ねて、ベタなほうがいいと考えた。
「あ、あの建物とかテレビで見たことある。あの観覧車も」
「だよね! オレも初めて来た時そう思った!」
みーくんがアクセサリーを見たいとのことだったので、大きなショッピングモールに入った。ファーストフード店で昼食を済ませ、アクセサリーショップへ向かう。
「なに狙い?」
「ピアス」
「もう買っちゃうんだ」
「うん。時枝センパイ、選んで」
「え、オレが?」
「うん、センパイが」
「ええ〜、また責任重大じゃん」
「センパイがいいって思ったの、気楽に選んでよ」
そうは言っても、と風太はみーくんを改めて見つめてみる。ピアスを開けたほうの髪を今日は耳にかけていて、美しい顔がより際立っている。初めて見る私服もセンスが光る少しゆるめのシルエットで、通りすがる女の子たちが見惚れているのを知っている。このイケメンに飾るものを選ぶのだから、慎重にもなる。
「えっと、片耳用のでいいんだよね」
「ううん、両耳のがいい」
「そうなの?」
「うん、それだけが俺のこだわり。あとはセンパイの好きにして」
「分かった」
これから右にもピアスホールを開ける予定なのだろう。自分も増やすかどうかと考えながら、風太は真剣に吟味していく。
「これはどう? 好き?」
「いいと思う」
「じゃあこっちは?」
「うん、いいんじゃない?」
「ちょっとみーくん、全部いいって言うじゃん!? ちゃんと見てる?」
「だって時枝センパイが選んでくれたヤツなら、全部よく見える」
「なにそれ……」
そんなことを言われると、ちょっと照れてしまう。別にセンスがいいわけでもないのに、どうしてそんなに信頼を置いてくれるのだろう。不思議に思いつつ、また陳列されたピアスに視線を戻す。すると、あるひとつのものに目を奪われてしまった。小ぶりなフープ型のシルバーピアスだ。
「みーくんこれ見て、ここ。ちっちゃいけど赤い石が埋めこんである」
「ほんとだ」
風太が指差すピアスを、みーくんが少し背を屈めて覗きこむ。みーくんの左耳は、穴を開けたばかりだからか少し赤くなっている。風太は半ば無意識に、そこにあるファーストピアスに指を伸ばした。
「わっ、センパイ?」
「あ、痛かった?」
「痛くはないけど、びっくりした」
「うん、ごめんね? えっと、やっぱり赤いの似合うなって思って。だからこれ、どうかな」
「センパイは? このピアス好き?」
みーくんはそう言って、ピアスを手にとった。自分の耳元に宛てがって、なぜか風太の耳にも近づけて尋ねてくる。
「うん、かっこいいと思う」
「じゃあこれにする」
みーくんは満足げな顔をして、さっそくレジへと向かった。きちんと役目を果たせたようで、風太もつい頬が緩む。
「他に見てみたいお店とかある?」
「センパイが時間平気なら、上から順に見てみたいかも」
「全然平気! じゃあ行こ!」
エスカレーターで一旦最上階まで上がって、フロアを一周したらひとつ下りる。途中でゲームセンターに寄ったり、映画館に掲示されているポスターを眺めたり。賑やかな雑貨店やカプセルトイがたくさん並んだエリアでは、ああだこうだ言いながらひとつひとつ見て回った。
そうして、二階へと下りた時だった。耳に届いた声に、風太の体が反射的にぴくんと跳ねる。それに気づいたみーくんが、
「どうかした?」
と顔を覗きこんできた。
勘違いであってほしい。風太は心から、そう願ってしまったのだが。どんどん近づいてくる声に、確信へと変わってしまう。せめて気づかれないように、と声のするほうへ背を向けてみたが、
「あれ? 風太?」
と声をかけられてしまった。どうして放っておいてくれないのだろう。なんか違ったかも、なんて理由でフッた後輩のことなんて、どうでもいいだろうに。
顔を上げられないでいると、みーくんが
「時枝センパイ?」
と心配そうな声で背中に手を当ててくれた。それが無性に胸を打って、縋るようにみーくんのシャツをつまむ。
「木原? どうしたの?」
「ん? ああ、コイツ、学校の後輩」
「そうなん? あー、言われてみれば見たことあるかも」
木原は先輩の名前だ。それを呼んだのは、女の人の声。思わず目を向けると、そこには風太も見覚えのある女子の先輩の姿があった。見覚えがあるどころじゃない。先輩にフラれてしまったあの日、少し離れたところにいたあの人だ。なんだ、やっぱりそうか。ふたりはそういう仲なのだろう。きっと、あの時にはすでに。
「みーくん、行こ」
話すことなんてないし、これ以上みじめな思いはしたくない。先輩に会釈をして、みーくんの服を引いて歩き出す。それなのに、
「ちょっと待って」
と先輩が引き止めてきた。思わず立ち止まった自分が悔しい。女子の先輩に断りを入れた様子で、先輩はひとりこちらへと近づいてきた。
「風太」
先輩はみーくんへと視線を向ける。
「ソイツ、彼氏?」
「え?」
「付き合ってんだろ? 悪いことしたかなって思ってたけど、切り替え早いじゃん。なんかほっとしたわ、風太も俺への気持ち勘違いだったんだな」
「……っ」
この傷は少しずつ、みーくんの手を借りて癒え始めたように感じていた。それなのに。こっちの気持ちまで、勘違いだったと言われてしまうなんて。傷をまた切り開いて、えぐられているみたいだ。生々しい痛みが襲いかかってくる。せっかく、みーくんが元気づけてくれた心なのに。
なにか言い返したいと思うのに、言葉が出てこない。一瞬で鼻がツンとして、急速に視界が潤んでいく。
「おい」
先輩の前で泣くもんかと歯を食いしばっていると、みーくんが一歩前へ出た。
「っ、みーくん?」
みーくんの背中で、先輩が見えない。かばってくれているのだ。
「あんたさ、ふざけてんの?」
「はあ? なんだお前」
静かな怒りが、低く落ちたみーくんの声から伝わってくる。こんな声、聞いたことがない。けれど、先輩も負けじと応戦している。
風太は途端に怖くなる。ここでなにか起きて、みーくんまで傷ついてしまうことが。
「みーくん、みーくんいいから」
「なんにもよくない。人の気持ち、こんな雑に扱っていいわけない」
首だけで振り返ったみーくんは、みーくんの服を握ったままだった風太の手を取った。それからきゅっと握ってくれた。粟立っていた心がいくらか落ち着くのが分かる。
「なあ、あんたが最低なヤツなのは俺どうでもいいんだけどさ。センパイの気持ちまで、あんたの基準で勝手に決めつけんじゃねえよ」
「マジでなんなんだよお前。なにムキになってんの? はっ、マジで彼氏か。風太、見る目なくなったんじゃねえの」
「だから! ふーちゃ……っ」
「…………? みーくん?」
「っ、時枝センパイを、馬鹿にすんな!」
ふたりのただならぬ様子に、周りの人たちがざわつき始めた。潜めた声で話しながら、遠巻きに様子を伺われている。このままではまずい。通報でもされたら大変だ。
「みーくん」
風太は繋いでいるみーくんの手を引く。
「もういいから、行こ」
「よくない」
「うん、怒ってくれてありがとう。でもオレ、もう先輩から離れたい」
「……ん、分かった」



