「同じ学校だからさ、どうしても会っちゃうじゃん」
「そうだね」
「それで……つい目で追っちゃって。でも先輩のほうは、オレなんてもう全然どうでもいいんだよね。一回も目が合ったことない」
5月が終わりを迎える頃の放課後。もう夏だと言われても納得がいくくらい、すでに暑い。ボタンを2つ開けたシャツをパタパタと動かして、風を送る。
今日は、みーくんとあの公園で待ち合わせをしていた。メッセージのやり取りはなんだかんだで毎日していたし、みーくんからはその度に会おうと言ってもらっていたけれど。それぞれにテストだったり予定があったりで、会うのは今日で2回目だ。
出会い頭、みーくんはりんご味の飴をくれた。それをカラコロと舐めながら、話を聞いてもらっている。思い出や現状を言葉にすると、先輩のこと今も好きだなあと胸は痛むけれど。涙はちょっと滲むくらいでおさまった。絶対にみーくんのおかげだ。
「辛いのに、時枝センパイはちゃんと頑張ってんだね。えらい」
「なにもえらくないよ」
「でも学校休まず行ってるんでしょ?」
「それは、うん」
「先輩に会っちゃうから、しんどいって分かってるのに」
「うん」
「ほら、えらいじゃん」
みーくんの手が伸びてきて、オレの髪をぽんと撫でる。もう片手で自分の膝に肘をついて、微笑んでこちらを見ながら。なんだか照れくさくなってしまって、オレはそっと目をそらす。
歳下なのに、みーくんのこの包容力はどこからくるのだろう。本当はもっと、歳上らしくいたいのに。この優しい手に、身を委ねてしまいたくなる。
「えっと、みーくんってどこの高校なんだっけ」
ブレザーを着ていたらどこだか検討がついたかもしれないけど、今日のみーくんはシャツ一枚だ。初めて会った日は、気に留める心の余裕がなかった。
「ここから3つ先の駅で降りる高校、分かる?」
「分かる! あそこか!」
「そう」
「家はこの辺?」
「うん。まあ、親戚の家なんだけど」
「親戚の家?」
「実家は他県だけど、どうしてもこっちの高校に通いたかったから。3年だけの約束で住ませてもらってる。居候ってヤツ」
「そうだったんだ」
みーくんのこと、まだなにも知らないのだなと思い知る。出逢ったばかりだから当然なのに、なんだか寂しい。それを埋めたくて、質問を重ねる。
「あそこの学校って確か、サッカー強かったよね! それで?」
「いや、部活は入ってない」
「そっか。じゃあ、なんか特別な授業があるとか?」
「学校は別に、今のとこにこだわったわけじゃなくて。むしろハズレだった。まあ結果オーライにはなったけど」
「…………? どういうこと?」
「神奈川に住みたかったんだよね」
「あ、そうなんだ。でも、なんで?」
この辺りは特別栄えている街でもないし、東京へ出るにも電車で一時間はかかる。不思議に思っていると、みーくんの視線がじいっと注がれる。
「なんでだと思う? 時枝センパイ」
“時枝センパイ”を少しスローに言いながら、みーくんはそっと首を傾げた。その瞳がまっすぐだから、当てずっぽうで答えるわけにはいかない。
「えーっと。分かんない……」
「ん、だよね。ねえセンパイ、これは宿題ね」
「宿題?」
「うん。当てられるまで提出し続けてくださーい」
「えっ、もしかして、当てないと教えてくれないってこと!?」
「そう」
「ずっと?」
「ずっと」
まさか、そんな展開になるとは思わなかった。こうなると、今すぐに正解が知りたくなる。当てずっぽうは……なんて思ったのも、前言撤回だ。
「えっと、みーくんは地理オタクでこの辺の地形が好き!」
「ブー。てか初手がそれ?」
「だってむずい! えー、じゃあこの辺の名産が大好物とか?」
「それだったら、海鮮が好きだから北海道に行ってるかな」
「あ、オレも好き! 寿司大好き!」
「うん、一緒だね」
「って、宿題〜! 全然分かんない!」
「はは、まあ頑張って。いつでも回答は受けつけてます」
「うう、悔しい」
これは長期戦を覚悟するしかなさそうだ。色んな答えが浮かんで、でも絶対に違うよなと打ち消す。考えこんでいると、みーくんが肩をトントンと叩いてきた。どこかイタズラな表情で、にやりと笑っている。
「ねえ、今日の“なんでもする”もらってもいい?」
「あ、うん! もちろん!」
オレの失恋話を聞いてもらうかわりに、みーくんに“なんでもする”。ただし、なにか買ってあげる場合、高価なものはなしで。ふたりの約束だ。
前回はなぜか、ハグでそれは完了してしまった。つくづく、自分ばかり大きなものをもらっているなあと思う。今日はもうちょっと、尽くしがいがあるものにしてほしい。
「これ、やってほしくて」
「え、ピアッサー?」
リュックの中からみーくんが取り出したのは、ひとつのピアッサーだった。それをマジマジと見つめた後、理解したオレはぴくんと肩を跳ね上げる。
「えっ、もしかしてオレがみーくんにピアス開ける、ってこと!?」
「正解」
「そんなん責任重大すぎるって」
「だね。だからやってほしい」
「ええ……意味分かんないよ」
「そう? でも俺はしてほしいの。ね、なんでもしてくれるんでしょ?」
そう言って今度は、オレの手に消毒液を乗せてきた。用意周到だ。それだけ本気だということだろう。
「後悔しない?」
「絶対しない」
「そっか。うん、分かった。じゃあやる」
ここまで断言されたら、断るわけにもいかない。決心して、みーくんとの距離を詰める。
みーくんの耳はまだまっさらで、ピアスの穴はひとつもない。ここに今から、この手で傷をつけるのか。そう思うと、自分の耳に開けてもらった時より緊張してしまう。
「どこに開ける?」
そう尋ねれば、みーくんはオレの左耳に手を伸ばした。
「俺もここがいい。同じところ」
「左に開けたいってこと?」
「うん。時枝センパイと同じ傷、俺につけて」
「……みーくん?」
ここだよ、と強調するように、オレのピアスを指先で挟みコロコロと転がしてくる。背中にピリッとしたくすぐったさが走って、オレはつい肩をすくめた。みーくんに悟られたくなくて、慌てて頷いてみせる。
「わ、かった。ちょっと痛いかもだけど、いくよ?」
「うん」
カシャン! という音が響く。恐怖はないのだろうか。みーくんは針が刺さる瞬間も、あの強い眼差しでオレを見つめたままだった。なんだか戸惑う。
「えっと、痛くない?」
「うん、思ったより全然平気」
「よかった。ここ、穴が安定するまでちゃんと消毒してね」
「分かった」
ピアッサーにセットされていたピアスには、赤い石がついていた。みーくんの少し長い黒髪によく似合っていて、つい
「綺麗だね」
と口からこぼれてしまった。男の子に綺麗だと言うのはおかしかっただろうか。
「このピアス? りんご色だなって思って選んだ」
けれどみーくんは、ピアスのことだと思ったようだった。これ幸いにと、オレは頷く。
「みーくん、そんなにりんご好きなんだ?」
「俺も好きだけど、時枝センパイが好きだから」
「え?」
「ねえ、もしかしてこれ、まだファーストピアス?」
オレがりんごを好きだから、この赤いピアスを選んだってこと? 聞き返してみたけど、みーくんはオレのピアスに触れてきた。なんてことのない、シンプルなチタンのピアスだ。
「あー、うん。そうだよ。穴ももう安定してるから、別のにしていいんだけどね。気にいるのなかなか見つからないし、その……先輩が開けてくれたから、このままでもいいかな、って。そのままだった」
「…………」
開けてもらったのは、付き合い始めてすぐだった。先輩の耳にいくつもあるピアスが格好よくて、憧れで。オレから「先輩にしてほしい」とお願いした。
苦い思い出になってしまったな。フラれるのがいっそもっと早かったら、この穴を閉じる選択肢もあっただろうけど。もうずっと、この体に残ってしまう。傷心に沈んでいる胸が、後悔まで帯び始めた。一生の恋みたいに浮かれたりしなければ、こんなに苦しまないで済んだのかな。
いつの間に俯いてしまったのだろう。両頬をむにっと挟まれて、上を向かせられた。みーくんの手だ。
「時枝センパイ」
「ふぁい」
「はは、ふぁい」
みーくんが頬を潰すから上手く喋れないのに。それを笑われたのが悔しくて、みーくんの両手を掴んで離す。
「もう。みーくんのせいじゃん」
「だね。ねえ、時枝センパイ」
するとそのまま、両手ともみーくんに握られてしまった。
「ねえみーくん、手」
「イヤ?」
「イヤではないけど……」
「じゃあこのまま」
オレより少し低い体温が、オレの手の中で温まっていくのが分かる。向かい合って両手を繋いでいるのが、なんだかちょっと照れくさい。
「あのさ、俺引っ越してきたばっかって言ったじゃん?」
「うん」
「だから店とか全然分かんなくてさ。センパイ、案内してくれない?」
「オレが?」
「うん。一緒に買い物行こ?」
仲のいい友だちはみんな部活に入っているから、なかなか休日に遊ぶことは叶わない。遊ぶ相手といえば、先輩だった。だからフラれてからこっち、家で過ごすばかりで。そんなオレにとって、みーくんの提案はすごく魅力的だ。
「オレでいいの?」
「センパイがいいんだよ」
「学校の友だちは?」
「俺は時枝センパイを誘ってんの」
「へへ、そっか。嬉しい。うん、オレもみーくんと行きたい。行こ!」
「やった。決まりな」
案内するとなると、どこに連れて行ってあげようか。考えるだけですごく楽しみだ。こんなにワクワクするのは、久しぶりに休日に出かけるからか、それともみーくんとだからか。そんなことを考えていたら、
「時枝センパイ、すごいニヤニヤしてる」
と、みーくんに言われてしまった。
「だって、楽しみだから」
「そっか。俺も」
けれどみーくんだって、頬をふにゃっとさせて笑っている。そんな顔を見ていたら、この高揚感はやはりみーくんとだからなのだろうと思えた。
「そうだね」
「それで……つい目で追っちゃって。でも先輩のほうは、オレなんてもう全然どうでもいいんだよね。一回も目が合ったことない」
5月が終わりを迎える頃の放課後。もう夏だと言われても納得がいくくらい、すでに暑い。ボタンを2つ開けたシャツをパタパタと動かして、風を送る。
今日は、みーくんとあの公園で待ち合わせをしていた。メッセージのやり取りはなんだかんだで毎日していたし、みーくんからはその度に会おうと言ってもらっていたけれど。それぞれにテストだったり予定があったりで、会うのは今日で2回目だ。
出会い頭、みーくんはりんご味の飴をくれた。それをカラコロと舐めながら、話を聞いてもらっている。思い出や現状を言葉にすると、先輩のこと今も好きだなあと胸は痛むけれど。涙はちょっと滲むくらいでおさまった。絶対にみーくんのおかげだ。
「辛いのに、時枝センパイはちゃんと頑張ってんだね。えらい」
「なにもえらくないよ」
「でも学校休まず行ってるんでしょ?」
「それは、うん」
「先輩に会っちゃうから、しんどいって分かってるのに」
「うん」
「ほら、えらいじゃん」
みーくんの手が伸びてきて、オレの髪をぽんと撫でる。もう片手で自分の膝に肘をついて、微笑んでこちらを見ながら。なんだか照れくさくなってしまって、オレはそっと目をそらす。
歳下なのに、みーくんのこの包容力はどこからくるのだろう。本当はもっと、歳上らしくいたいのに。この優しい手に、身を委ねてしまいたくなる。
「えっと、みーくんってどこの高校なんだっけ」
ブレザーを着ていたらどこだか検討がついたかもしれないけど、今日のみーくんはシャツ一枚だ。初めて会った日は、気に留める心の余裕がなかった。
「ここから3つ先の駅で降りる高校、分かる?」
「分かる! あそこか!」
「そう」
「家はこの辺?」
「うん。まあ、親戚の家なんだけど」
「親戚の家?」
「実家は他県だけど、どうしてもこっちの高校に通いたかったから。3年だけの約束で住ませてもらってる。居候ってヤツ」
「そうだったんだ」
みーくんのこと、まだなにも知らないのだなと思い知る。出逢ったばかりだから当然なのに、なんだか寂しい。それを埋めたくて、質問を重ねる。
「あそこの学校って確か、サッカー強かったよね! それで?」
「いや、部活は入ってない」
「そっか。じゃあ、なんか特別な授業があるとか?」
「学校は別に、今のとこにこだわったわけじゃなくて。むしろハズレだった。まあ結果オーライにはなったけど」
「…………? どういうこと?」
「神奈川に住みたかったんだよね」
「あ、そうなんだ。でも、なんで?」
この辺りは特別栄えている街でもないし、東京へ出るにも電車で一時間はかかる。不思議に思っていると、みーくんの視線がじいっと注がれる。
「なんでだと思う? 時枝センパイ」
“時枝センパイ”を少しスローに言いながら、みーくんはそっと首を傾げた。その瞳がまっすぐだから、当てずっぽうで答えるわけにはいかない。
「えーっと。分かんない……」
「ん、だよね。ねえセンパイ、これは宿題ね」
「宿題?」
「うん。当てられるまで提出し続けてくださーい」
「えっ、もしかして、当てないと教えてくれないってこと!?」
「そう」
「ずっと?」
「ずっと」
まさか、そんな展開になるとは思わなかった。こうなると、今すぐに正解が知りたくなる。当てずっぽうは……なんて思ったのも、前言撤回だ。
「えっと、みーくんは地理オタクでこの辺の地形が好き!」
「ブー。てか初手がそれ?」
「だってむずい! えー、じゃあこの辺の名産が大好物とか?」
「それだったら、海鮮が好きだから北海道に行ってるかな」
「あ、オレも好き! 寿司大好き!」
「うん、一緒だね」
「って、宿題〜! 全然分かんない!」
「はは、まあ頑張って。いつでも回答は受けつけてます」
「うう、悔しい」
これは長期戦を覚悟するしかなさそうだ。色んな答えが浮かんで、でも絶対に違うよなと打ち消す。考えこんでいると、みーくんが肩をトントンと叩いてきた。どこかイタズラな表情で、にやりと笑っている。
「ねえ、今日の“なんでもする”もらってもいい?」
「あ、うん! もちろん!」
オレの失恋話を聞いてもらうかわりに、みーくんに“なんでもする”。ただし、なにか買ってあげる場合、高価なものはなしで。ふたりの約束だ。
前回はなぜか、ハグでそれは完了してしまった。つくづく、自分ばかり大きなものをもらっているなあと思う。今日はもうちょっと、尽くしがいがあるものにしてほしい。
「これ、やってほしくて」
「え、ピアッサー?」
リュックの中からみーくんが取り出したのは、ひとつのピアッサーだった。それをマジマジと見つめた後、理解したオレはぴくんと肩を跳ね上げる。
「えっ、もしかしてオレがみーくんにピアス開ける、ってこと!?」
「正解」
「そんなん責任重大すぎるって」
「だね。だからやってほしい」
「ええ……意味分かんないよ」
「そう? でも俺はしてほしいの。ね、なんでもしてくれるんでしょ?」
そう言って今度は、オレの手に消毒液を乗せてきた。用意周到だ。それだけ本気だということだろう。
「後悔しない?」
「絶対しない」
「そっか。うん、分かった。じゃあやる」
ここまで断言されたら、断るわけにもいかない。決心して、みーくんとの距離を詰める。
みーくんの耳はまだまっさらで、ピアスの穴はひとつもない。ここに今から、この手で傷をつけるのか。そう思うと、自分の耳に開けてもらった時より緊張してしまう。
「どこに開ける?」
そう尋ねれば、みーくんはオレの左耳に手を伸ばした。
「俺もここがいい。同じところ」
「左に開けたいってこと?」
「うん。時枝センパイと同じ傷、俺につけて」
「……みーくん?」
ここだよ、と強調するように、オレのピアスを指先で挟みコロコロと転がしてくる。背中にピリッとしたくすぐったさが走って、オレはつい肩をすくめた。みーくんに悟られたくなくて、慌てて頷いてみせる。
「わ、かった。ちょっと痛いかもだけど、いくよ?」
「うん」
カシャン! という音が響く。恐怖はないのだろうか。みーくんは針が刺さる瞬間も、あの強い眼差しでオレを見つめたままだった。なんだか戸惑う。
「えっと、痛くない?」
「うん、思ったより全然平気」
「よかった。ここ、穴が安定するまでちゃんと消毒してね」
「分かった」
ピアッサーにセットされていたピアスには、赤い石がついていた。みーくんの少し長い黒髪によく似合っていて、つい
「綺麗だね」
と口からこぼれてしまった。男の子に綺麗だと言うのはおかしかっただろうか。
「このピアス? りんご色だなって思って選んだ」
けれどみーくんは、ピアスのことだと思ったようだった。これ幸いにと、オレは頷く。
「みーくん、そんなにりんご好きなんだ?」
「俺も好きだけど、時枝センパイが好きだから」
「え?」
「ねえ、もしかしてこれ、まだファーストピアス?」
オレがりんごを好きだから、この赤いピアスを選んだってこと? 聞き返してみたけど、みーくんはオレのピアスに触れてきた。なんてことのない、シンプルなチタンのピアスだ。
「あー、うん。そうだよ。穴ももう安定してるから、別のにしていいんだけどね。気にいるのなかなか見つからないし、その……先輩が開けてくれたから、このままでもいいかな、って。そのままだった」
「…………」
開けてもらったのは、付き合い始めてすぐだった。先輩の耳にいくつもあるピアスが格好よくて、憧れで。オレから「先輩にしてほしい」とお願いした。
苦い思い出になってしまったな。フラれるのがいっそもっと早かったら、この穴を閉じる選択肢もあっただろうけど。もうずっと、この体に残ってしまう。傷心に沈んでいる胸が、後悔まで帯び始めた。一生の恋みたいに浮かれたりしなければ、こんなに苦しまないで済んだのかな。
いつの間に俯いてしまったのだろう。両頬をむにっと挟まれて、上を向かせられた。みーくんの手だ。
「時枝センパイ」
「ふぁい」
「はは、ふぁい」
みーくんが頬を潰すから上手く喋れないのに。それを笑われたのが悔しくて、みーくんの両手を掴んで離す。
「もう。みーくんのせいじゃん」
「だね。ねえ、時枝センパイ」
するとそのまま、両手ともみーくんに握られてしまった。
「ねえみーくん、手」
「イヤ?」
「イヤではないけど……」
「じゃあこのまま」
オレより少し低い体温が、オレの手の中で温まっていくのが分かる。向かい合って両手を繋いでいるのが、なんだかちょっと照れくさい。
「あのさ、俺引っ越してきたばっかって言ったじゃん?」
「うん」
「だから店とか全然分かんなくてさ。センパイ、案内してくれない?」
「オレが?」
「うん。一緒に買い物行こ?」
仲のいい友だちはみんな部活に入っているから、なかなか休日に遊ぶことは叶わない。遊ぶ相手といえば、先輩だった。だからフラれてからこっち、家で過ごすばかりで。そんなオレにとって、みーくんの提案はすごく魅力的だ。
「オレでいいの?」
「センパイがいいんだよ」
「学校の友だちは?」
「俺は時枝センパイを誘ってんの」
「へへ、そっか。嬉しい。うん、オレもみーくんと行きたい。行こ!」
「やった。決まりな」
案内するとなると、どこに連れて行ってあげようか。考えるだけですごく楽しみだ。こんなにワクワクするのは、久しぶりに休日に出かけるからか、それともみーくんとだからか。そんなことを考えていたら、
「時枝センパイ、すごいニヤニヤしてる」
と、みーくんに言われてしまった。
「だって、楽しみだから」
「そっか。俺も」
けれどみーくんだって、頬をふにゃっとさせて笑っている。そんな顔を見ていたら、この高揚感はやはりみーくんとだからなのだろうと思えた。



