「先輩、せーんぱい」
栗原は俺の意識を確認するみたいに目の前で手を振った。
「ああ、どうした」
「もう、ぼーっとしてどうしたんですか」
「いや、今日も栗原は可愛いなと思って」
「先輩はまたそう言うこと言う!」
俺また拗ねちゃいますよ、とそっぽをむいた。そんな態度がまた可愛いと思わせるのを栗原は気づいているのだろうか。
出会った初期の頃と比べるとだいぶ印象が異なる。
「冗談、かっこいいよ栗原は」
「とってつけたような感じが気に食わないいですけど、今日はこの辺で許して上げますよ」
「そりゃどーも」
栗原はいつの間にはスイーツを平らげていて、俺も頼んだスコーンがもう少しで食べ終わりそうだ。日が傾いて空が暗くなってきている。帰るにはきりがいい時間。
「そろそろ帰るか」
「えー、もっと先輩と一緒にいたいです」
拗ねたような声を出す。子どもが公園で、まだ帰らないと親に駄々を捏ねている様子を想起させる。
「でももう暗いし、明日も学校だろ帰らないと」
「先輩、なんだか先生みたい」
「変なこと言うな。俺とはまた放課後、カフェに来れるだろ。今日はここまで」
「また、一緒に来てくれるんですか」
「? うん、俺はそのつもりだったけど」
栗原は違かったのだろうか。
「ふーん、ならいいです」
俺の回答を聞いた栗原は少し頬を赤くした。そんな表情もできるのか。可愛すぎる。
その後、会計を済ませてカフェを出た後も栗原は上機嫌で歩いていた。
......
「な、北口。お前って二年の栗原と仲良いって本当?」
昼休み、購買で買ってきた惣菜パンを頬張っている最中にクラスメイトの佐々木が聞いてきた。彼はクラスの中で陽キャな生徒で、少し距離感が近い。今も俺の肩に手をのせている。
「仲良いけど、それがどうしたの」
「一生のお願いなんだけどさ、栗原のこと紹介してくれない?」
「どうして?」
「今度合コンするんだけどさ、女子のメンツが集まらなくて。栗原ってイケメンだろ。それに彼女もいないらしいし。だから女子を合コンに呼ぶためにも来てくんないかなって」
確かに栗原に彼女がいるって話は聞いたことがない。でも、合コンか。行ってほしくないのが本音だ。けれどそれは俺の事情で栗原はどう思うかわからない。断って変に気があると思われてしまうことは避けたいところ。
「じゃあ、俺から本人に聞いておくよ」
「マジ!? サンキューいい答え期待してる!」
答えを出すのは俺じゃないんだけどな。
栗原はこの提案にどんな答えを出すのだろう。断ってくれたらいいな、なんて意地の悪いことを思った。
......
「え? 先輩今なんて言ったんです?」
「だから、お前を合コンに誘いたいって奴がいるって話。佐々木って言うんだけど」
「ああ、あの陽キャな先輩ですね」
放課後、いつものようにスイーツを食べている栗原に合コンについて話した。場所はこの前行った駅前のカフェだ。栗原はこのカフェを気に入ったらしく、最近はいつもここに食べに来る。
俺の急な話に栗原は驚いているようだ。
「合コンには先輩も行くんですか?」
「俺? 俺は行かないけど」
まず、誘われていないし。俺が好きなのは栗原だしな。でもそんなこと口が裂けても言えない。
「じゃあ、俺も......」
そう言いかけた時、少し悩むようにして栗原が口を閉ざした。
"行かない" って言って欲しい。けれどそれは俺のわがままだ。好きなのも俺の一方的な気持ちで、きっと栗原にとっては迷惑なものでしかない。
「行ってみましょうかね」
沈黙の末、栗原が答えた。その答えを聞いて俺も胸がズキっと痛んだ。心臓が絞られているみたいに苦しい。でもこの気持ちはバレてはいけない。
「わかった。伝えておくよ」
俺は栗原の顔を見ることができなかった。
「......佐々木先輩、北口先輩と距離近いんだよな。釘を刺しておかないと」
「ん? なんか言った?」
小さな声で何か呟いた気がしたけれど、栗原が合コンに行くショックで聞き取れなかった。
「なんでもないですよ。さ、ケーキ食べちゃいましょ」
少し誤魔化されたような気がしないでもないが、本人がなんでもないと言っているし詮索するのは野暮なことだろう。
そして後日、栗原が合コンに行くことを佐々木に伝えると飛び上がるようにして喜んでいた。
対して俺の気分は鬱々としていた。だって、好きな人が合コンに行くんだぞ。まあ、その手助けをしたのは俺なんだけど。考えれば考えるはど落ち込んでいく無限ループ。
「はーあ」
俺のため息は誰に拾われるわけもなく溶けていった。
......
合コンが行われた次の日、俺と栗原は例のごとくカフェに来ていた。今日は俺も甘めのスイーツを注文した。ストレスには甘いもの。普段は甘さ控えめのものを頼むけど、今回は特別だ。
相変わらず栗原は美味しそうにスイーツを頬張っている。その様子は可愛いけれど、ちょっとは俺の気持ちを考えろよな、とも思ってしまう。純粋な顔が今は少し憎らしい。
合コンはどうだったのだろうか。もしかして彼女ができたとか、そうじゃなくても気になる人ができたとか、そんなことがあるかもしれない。もし彼女ができていたとしたらどうしよう。何日間か寝込む自信がある。
「どうしたんですか、先輩」
「いやー、この間の合コンどうだったのかなーって」
どうして素直に聞いているんだよ、俺。
「ああ、別に何もありませんでしたよ。普通に飯食って終わりです」
「彼女とか、気になる人とかはできなかったのか?」
「はい。俺はもっと頼りがいがあって、甘やかしてくれる人がタイプなんで」
「へー。栗原のそう言う話初めて聞いた」
彼女も気になる人もできていない。その話を聞いて俺は内心ガッツポーズをしていた。
「先輩は?」
「え?」
「先輩は好きな人いるんですか?」
栗原はいつの間にはスイーツを食べる手を止めて、まっすぐに俺の方を見ていた。
その目は俺の心の内側まで見透かしてきそう。
「いやーいないよ」
「本当に?」
「本当、本当」
お前相手に言えるわけないだろ。もしいるなんて、口に出してしまったら、隠し通せる自信がない。
「じゃあ、好きなタイプは?」
「タイプ?」
「そう。俺も言ったんだから逃げるのはなしにしてくださいね」
そう言われてしまっては、言わないわけにはいかなかった。
「かっこよくて、笑顔が素敵な人かな」
正直に答えてしまった。けれどこの情報だけで栗原が好きだとバレるはずはない。
「へー、かっこいい人がいいんだ。女の人でいるのは珍しいかもしれないですね」
「だよなー、そのおかげで好きな人ほとんどできたことないし」
物心着く頃には自分の恋愛対象が同性であると気づいていた俺は意図的に人を好きにならないようにしていた。
きっと好きになってもその恋が実ることはないから。
一度目の恋は苦い経験だ。その恋でひどく傷ついた俺は、もう誰にも恋はしないと心に誓った。
でも、栗原に出会ってしまった。栗原に出会わなければ俺は誰かに恋する幸せをもう一度味わうことはなかったかもしれない。
「好きな人いたことあるんですね」
「そ、そりゃあるよ。栗原だってあるだろ」
「まあ、それはありますけど」
「だろ! これだからモテ男は」
「あ、先輩口元」
そう言って栗原は俺の口元についていたクリームを指ですくった。そしてペロリと舐めとる。
「な、何して......!」
好きな人からの接触に動揺が隠せない。しかも俺の頬についていたクリーム食べたし。
「付いていたので。先輩が頼んでいたチョコケーキも美味しいですね。今度来た時はそれを注文しようかな」
余裕たっぷりに返答する。俺の心臓はこんなにも忙しなく動いていると言うのに。栗原圭祐、恐ろしいやつだ。
栗原は俺の意識を確認するみたいに目の前で手を振った。
「ああ、どうした」
「もう、ぼーっとしてどうしたんですか」
「いや、今日も栗原は可愛いなと思って」
「先輩はまたそう言うこと言う!」
俺また拗ねちゃいますよ、とそっぽをむいた。そんな態度がまた可愛いと思わせるのを栗原は気づいているのだろうか。
出会った初期の頃と比べるとだいぶ印象が異なる。
「冗談、かっこいいよ栗原は」
「とってつけたような感じが気に食わないいですけど、今日はこの辺で許して上げますよ」
「そりゃどーも」
栗原はいつの間にはスイーツを平らげていて、俺も頼んだスコーンがもう少しで食べ終わりそうだ。日が傾いて空が暗くなってきている。帰るにはきりがいい時間。
「そろそろ帰るか」
「えー、もっと先輩と一緒にいたいです」
拗ねたような声を出す。子どもが公園で、まだ帰らないと親に駄々を捏ねている様子を想起させる。
「でももう暗いし、明日も学校だろ帰らないと」
「先輩、なんだか先生みたい」
「変なこと言うな。俺とはまた放課後、カフェに来れるだろ。今日はここまで」
「また、一緒に来てくれるんですか」
「? うん、俺はそのつもりだったけど」
栗原は違かったのだろうか。
「ふーん、ならいいです」
俺の回答を聞いた栗原は少し頬を赤くした。そんな表情もできるのか。可愛すぎる。
その後、会計を済ませてカフェを出た後も栗原は上機嫌で歩いていた。
......
「な、北口。お前って二年の栗原と仲良いって本当?」
昼休み、購買で買ってきた惣菜パンを頬張っている最中にクラスメイトの佐々木が聞いてきた。彼はクラスの中で陽キャな生徒で、少し距離感が近い。今も俺の肩に手をのせている。
「仲良いけど、それがどうしたの」
「一生のお願いなんだけどさ、栗原のこと紹介してくれない?」
「どうして?」
「今度合コンするんだけどさ、女子のメンツが集まらなくて。栗原ってイケメンだろ。それに彼女もいないらしいし。だから女子を合コンに呼ぶためにも来てくんないかなって」
確かに栗原に彼女がいるって話は聞いたことがない。でも、合コンか。行ってほしくないのが本音だ。けれどそれは俺の事情で栗原はどう思うかわからない。断って変に気があると思われてしまうことは避けたいところ。
「じゃあ、俺から本人に聞いておくよ」
「マジ!? サンキューいい答え期待してる!」
答えを出すのは俺じゃないんだけどな。
栗原はこの提案にどんな答えを出すのだろう。断ってくれたらいいな、なんて意地の悪いことを思った。
......
「え? 先輩今なんて言ったんです?」
「だから、お前を合コンに誘いたいって奴がいるって話。佐々木って言うんだけど」
「ああ、あの陽キャな先輩ですね」
放課後、いつものようにスイーツを食べている栗原に合コンについて話した。場所はこの前行った駅前のカフェだ。栗原はこのカフェを気に入ったらしく、最近はいつもここに食べに来る。
俺の急な話に栗原は驚いているようだ。
「合コンには先輩も行くんですか?」
「俺? 俺は行かないけど」
まず、誘われていないし。俺が好きなのは栗原だしな。でもそんなこと口が裂けても言えない。
「じゃあ、俺も......」
そう言いかけた時、少し悩むようにして栗原が口を閉ざした。
"行かない" って言って欲しい。けれどそれは俺のわがままだ。好きなのも俺の一方的な気持ちで、きっと栗原にとっては迷惑なものでしかない。
「行ってみましょうかね」
沈黙の末、栗原が答えた。その答えを聞いて俺も胸がズキっと痛んだ。心臓が絞られているみたいに苦しい。でもこの気持ちはバレてはいけない。
「わかった。伝えておくよ」
俺は栗原の顔を見ることができなかった。
「......佐々木先輩、北口先輩と距離近いんだよな。釘を刺しておかないと」
「ん? なんか言った?」
小さな声で何か呟いた気がしたけれど、栗原が合コンに行くショックで聞き取れなかった。
「なんでもないですよ。さ、ケーキ食べちゃいましょ」
少し誤魔化されたような気がしないでもないが、本人がなんでもないと言っているし詮索するのは野暮なことだろう。
そして後日、栗原が合コンに行くことを佐々木に伝えると飛び上がるようにして喜んでいた。
対して俺の気分は鬱々としていた。だって、好きな人が合コンに行くんだぞ。まあ、その手助けをしたのは俺なんだけど。考えれば考えるはど落ち込んでいく無限ループ。
「はーあ」
俺のため息は誰に拾われるわけもなく溶けていった。
......
合コンが行われた次の日、俺と栗原は例のごとくカフェに来ていた。今日は俺も甘めのスイーツを注文した。ストレスには甘いもの。普段は甘さ控えめのものを頼むけど、今回は特別だ。
相変わらず栗原は美味しそうにスイーツを頬張っている。その様子は可愛いけれど、ちょっとは俺の気持ちを考えろよな、とも思ってしまう。純粋な顔が今は少し憎らしい。
合コンはどうだったのだろうか。もしかして彼女ができたとか、そうじゃなくても気になる人ができたとか、そんなことがあるかもしれない。もし彼女ができていたとしたらどうしよう。何日間か寝込む自信がある。
「どうしたんですか、先輩」
「いやー、この間の合コンどうだったのかなーって」
どうして素直に聞いているんだよ、俺。
「ああ、別に何もありませんでしたよ。普通に飯食って終わりです」
「彼女とか、気になる人とかはできなかったのか?」
「はい。俺はもっと頼りがいがあって、甘やかしてくれる人がタイプなんで」
「へー。栗原のそう言う話初めて聞いた」
彼女も気になる人もできていない。その話を聞いて俺は内心ガッツポーズをしていた。
「先輩は?」
「え?」
「先輩は好きな人いるんですか?」
栗原はいつの間にはスイーツを食べる手を止めて、まっすぐに俺の方を見ていた。
その目は俺の心の内側まで見透かしてきそう。
「いやーいないよ」
「本当に?」
「本当、本当」
お前相手に言えるわけないだろ。もしいるなんて、口に出してしまったら、隠し通せる自信がない。
「じゃあ、好きなタイプは?」
「タイプ?」
「そう。俺も言ったんだから逃げるのはなしにしてくださいね」
そう言われてしまっては、言わないわけにはいかなかった。
「かっこよくて、笑顔が素敵な人かな」
正直に答えてしまった。けれどこの情報だけで栗原が好きだとバレるはずはない。
「へー、かっこいい人がいいんだ。女の人でいるのは珍しいかもしれないですね」
「だよなー、そのおかげで好きな人ほとんどできたことないし」
物心着く頃には自分の恋愛対象が同性であると気づいていた俺は意図的に人を好きにならないようにしていた。
きっと好きになってもその恋が実ることはないから。
一度目の恋は苦い経験だ。その恋でひどく傷ついた俺は、もう誰にも恋はしないと心に誓った。
でも、栗原に出会ってしまった。栗原に出会わなければ俺は誰かに恋する幸せをもう一度味わうことはなかったかもしれない。
「好きな人いたことあるんですね」
「そ、そりゃあるよ。栗原だってあるだろ」
「まあ、それはありますけど」
「だろ! これだからモテ男は」
「あ、先輩口元」
そう言って栗原は俺の口元についていたクリームを指ですくった。そしてペロリと舐めとる。
「な、何して......!」
好きな人からの接触に動揺が隠せない。しかも俺の頬についていたクリーム食べたし。
「付いていたので。先輩が頼んでいたチョコケーキも美味しいですね。今度来た時はそれを注文しようかな」
余裕たっぷりに返答する。俺の心臓はこんなにも忙しなく動いていると言うのに。栗原圭祐、恐ろしいやつだ。



