「北口先輩!」
昇降口で名前を呼ばれて俺は後ろを振り向いた。振り向いた先には少し息をみだしている一つ下の後輩、栗原圭祐がいた。イケメンだけれど普段は表情が固い。でも話してみると意外と気さくで笑顔が可愛い。かっこよさと可愛さを持つ、まさに無敵の男。
「おっす、栗原。お前も今帰り?」
「はい。先輩がいるのを見て走ってきちゃいました」
小さな子犬のような瞳で俺の方を見てくる。栗沢は俺よりも身長が高い。けれど腰を曲げて相手を見る仕草が可愛いとわかっているようで時々やってくるのだ。
わかっていてもキュンとするものは、キュンとする。今日もこいつの後輩力にメロメロだ。
「相変わらずお前はかわいー後輩だな」
「俺はかっこいいと思って欲しいんですけど」
「そんなふうに不貞腐れているのもかわいーな」
「変なこと言わないでください!」
不服だと言わんばかりに反抗してくる。少し頬を膨らませている様子がまた可愛い。わざとやってくるのか、それとも無自覚なのか。
早まる鼓動を誤魔化すように、俺はひらひらと手を振った。
「はいはい」
「あしらわないでくださいよ」
「わかってるって、拗ねんなよ」
「拗ねてないですよ!」
本格的にへそを曲げてしまったようで栗原は靴を履き替えた後俺のことを待たずに昇降口を出ていってしまう。短くてストレートな髪が体の動きと連動して揺れる。まるで少女漫画のワンシーンのよう。
俺は早足でその背中を追いかけた。
「ごめんって」
「本当に思ってるんですか」
「本当に思ってる。からかいすぎたな」
「......じゃあ、許してあげます」
「今日はお前の好きそうなカフェにでも行こうか」
「カフェ......!」
「そうそう、駅前に新しくオープンしたみたいでさ。パンケーキが絶品らしい」
「早く行きましょう! 俺たちをパンケーキが待っています!」
さっきのしおらしい態度はどこへやら。足取りが軽くなり、俺の手を掴んできた。
俺よりも大きな男の人の手だ。普段の態度は弟みたいで可愛いのに、ふとした瞬間に一歳しか変わらない男の人なんだよなと実感させられる。鼓動が早くなって落ち着かない。
栗原は前を向いていて俺の表情を見ることはできない。それをいいことに俺の頬はのぼせ上がっていることだろう。
俺はこの可愛い後輩に恋しているのだ。
......
「んー! おいしい」
「それはよかった」
栗原は頬を緩ませて幸せそうにパンケーキを頬張っている。クールな外見とは裏腹に甘いもの大好きなスイーツ男子。そんなところも可愛い。
対して俺はカフェオレとスコーンを注文した。甘いものは少し苦手で、甘ったるい感じが舌に残る感じが好きじゃない。
栗原の幸せそうな顔を見ていると日頃リサーチを欠かさなくてよかったと実感する。ネットで調べる他にもクラスの女子たちに聞き込みをして常に情報をアップデートしているのだ。
「連れてきてくれてありがとうございます、先輩。......ちなみにどうやってこの場所を知ったんですか?」
「えーと、ネットを見てたら記事になってってたまたま知ったって感じかな」
「そうなんですね。俺も情報収集しないとなー。美味しいものを食べ損ねちゃう」
「そしたらまた俺が教えてやるから」
「嬉しいです!」
栗原からの質問に肝が冷えた。本当はお前と放課後を一緒に過ごすために情報収取は欠かしていません、だなんて言えるはずもない。もしバレてしまったらこの関係は終わってしまうだろうから。
「あれ、先輩どうしたんです。ぼーっとして」
「あ、いやなんでもない」
すると栗原は俺の額に手を当ててきた。向かい合って座っているが腕の長い栗原には関係のないことらしい。
スマートにこんなことをしてくるなんて。中身までイケメンかよ。
「本当だ。熱はないみたいですね」
「だから言っただろ」
「先輩のなんでもないは信用できないですからね」
「ごめんって」
栗原が言っているのはきっとあの時のことだ。
一年前、俺が二年生で栗原が一年生だった時のこと。その日は放課後に委員会活動があって俺は美化委員会に所属していた。朝から体調が悪かった俺は全身に力が入らず、頭もぼーっとした状態だった。
いつも通りの委員会ならあまり時間も取られずに早く帰れるはず。そう思って参加していた。しかしその日に限って委員会での決めごとが多く、早く帰ることはできなかった。
なんとかやり過ごして、委員会が終わった後も俺は席から立ち上がることができなかった。他の生徒たちが委員会室から出ていくなか、一人の生徒が俺に話しかけてきた。
『あのすみません。体調大丈夫ですか』
その生徒が栗原だった。栗原圭祐という名前は俺たちの学年でも有名だった。今年行われた入学式の時に一つ下の学年にとんでもないイケメンが入っていたと一時期話題になっていたから。
『大丈夫です。お構いなく』
話題の中心の人に保健室に連れてってもらえませんか、なんていうのは気が引ける。
だから、大丈夫だと伝わるように少しだけ笑みを浮かべて返答した。
『そうですか。でも顔色悪いんで早く帰ったほうがいいですよ』
栗原が委員会室を出ていった後は俺一人が残った。重い腰を上げてなんとか立ち上がった。その瞬間、世界が反転したかのように回った。どこに立っているのかわからなくなり、床に倒れ込む。思っていた以上に体調が悪かったらしい。
立ち上がって保健室に行かないと。そう思っても熱を持った体は言うことを聞いてくれない。そんな時だった。
『先輩、大丈夫ですか!』
栗原が引き返してきてくれたのだ。熱でぼやけている聴覚が、焦ったような声を拾う。
『大丈夫......じゃない』
『すみません、持ち上げますよ』
そう言って栗原は俺の体の下に手を入れて抱きかかえてくれた。意識が朦朧としていて思い出せないが、目撃した友人によるとお姫様抱っこをされていたらしい。どうして覚えていないんだよ、俺。
結局俺はインフフルエンザと診断され五日間学校に行くことはできなかった。
その後、助けてくれたお礼に何かできないかと栗原に質問しに行った。初めは必要ないと拒んだものの、少し考えた後に
『それじゃあ、この店について来てくれませんか』
と言われた。お礼ができると思った俺は二つ返事で了承した。
そこで連れて来られたのが、可愛いキャラクターがモチーフのカフェだった。
キラキラ、ふわふわでラブリーな世界観。何かの間違いかと思い、栗原の表情を伺った。彼は目を輝かせており、間違いではないのだと思った。
店の中に入ってからも、栗原は終始そわそわしており相当来たかった店なんだなと思った。特に注文したスイーツが来た時には真剣に写真を撮りまくっていたのを覚えている。
普段の表情があまり変わらず、少し硬い印象はどこへやら。嬉しそうに頬を赤くしている姿に心を奪われた。
『栗原はこの店に相当来たかったんだな』
『おかしいって笑いますか』
『いいや。ちょっと驚いたけど、イケメンが嬉しそうにしているのを見るのは気分がいい』
俺の返答を聞いた栗原は、なんですかそれ、と笑った。
子犬のような弾ける笑顔が可愛くて、頭から離れなくなった。
この時が俺が栗原に恋した瞬間だと思う。この笑顔を見るためになんでもしてやりたい。この人のそばでずっと見ていたい。そう思ったんだ。



