久我くんの前では隠せない

教室につくと、いつも通り三浦が話しかけてくる。

「なぁ」

その声にびくっと体が反応する。久我とは昨日約束したはず。あれは約束、なのか?大丈夫⋯だよな。
バラされていないかどうか心配でならない。
ちょっとした言動でバレてしまわないかとつい疑心暗鬼になってしまいそうだ。

「よ。三浦、どした?」
平常心を保ちながらいつも通りに答え顔を向けた。

「今日、席替えだな」
「え?あぁ…たしかにそうだった、かも?」
一瞬頭が空っぽになる。昨日のことに夢中ですっかり頭から抜け落ちていた。確かに先週担任がそんなことを言っていたような気もする。

「お前ともこれで最後だな……はぁ」
「いやいや!俺しなないから!」
俺のツッコミに対してははっと柔らかい笑みを浮かべる三浦を見てると、こいつもモテる部類。いわゆるヒーロー属性だな、と常々思う。

クールな印象が強いけど案外ノリが良い。顔面も整っている。良い友人をもったな…と感慨に浸っていると担任の声が聞こえてきた。

「じゃあ、順番にくじ引いてけー」

久我とはできるだけ離れた席で、できれば後ろの席。そして三浦が近くに来てくれれば最高だ…お願い、お願い!と願いを込めて、一気にくじを引いた。

︎︎⟡

「⋯⋯⋯」
神様よ、俺が何をしたって言うんだ?窓際の後ろから二番目という席は嬉しい。ただ一つを除けば。

「おー、昨日ぶり?よろしくね」
「ぁ、はは…よろしく」
俺の後ろに座るのは久我。平然と俺に話しかけてきてるけど久我くんはひいたりしないのだろうか。
少女漫画好きな男なんて関わらないだろ⋯普通。

『───変なやつ』
心の中でモヤっと渦を巻くがやめる。過去の話だ。

気分を落ち着かせよう。後ろが久我だからってなんてことはない…はずだ。要は俺から振り向いたり話しかけたりしなければいいんだ。
そう。そうだ。よし!

自分を無理やり納得させながら一日がスタートした。

︎︎⟡
「…で、あるからして…」
数学の授業はなぜこんなに眠くなるのか。これはもはや寝させようと策略しているのではないか…働かない頭でそんなことをぼーっと考える。

「……佐倉」
耳元で突然名前を呼ばれて、思わず体が跳ねる。一瞬で眠気がとんだ。

「っ! な、なに…」
「いや、なんか集中してないなーと思って」
「別に、普通だけど…?」

平静を装ってみるけど久我の低い声が耳に残って、心臓が落ち着かない。

さらに、久我の指が俺の背中をスッ…と這った。

「っ!!」

「佐倉、反応いいね」

「バカ!!」

小声で返すが久我は俺のことなんてお構い無しに、そのまま授業に視線を戻す。
俺はというと、顔が熱くて授業どころじゃない。

(なんで…なんで俺なんだよ!)

──放課後、ぐったりしながら机に突っ伏す。
「佐倉、どうした? 体調悪い?」

三浦が心配そうに声をかけてくるけど、俺はただ「…疲れた」とだけ答えた。

(久我、絶対に俺をからかって楽しんでるよな…?)

「ほんとに大丈…」
「佐倉ー、行こ。ほら先生に呼ばれてただろ?」
三浦の声が遮られ、今1番聞きたくない声が聞こえてきて重い頭を持ち上げる。

「げっ……」
まずい、とつい心の声が漏れた口を塞ぐ。

「…?佐倉って久我と仲良かったっけ」
俺と久我を交互に不思議そうに見つめる三浦に「え、あー、えーと」と返答に困っていると久我が先に口を開いた。

「ああ、三浦知らないの?実は…佐倉が…」
「っ、いやー!!たまたま、そう!たまたま昨日話が合ってさぁ〜〜…仲良くなったんだよ」

凄い勢いで久我の口を塞ぎながら三浦に伝える。
無駄に身長の高い久我を睨みながら口元に手をあてるが、当の本人はへらへらと笑っている様子。

「そっか…?佐倉にも友達ができて良かったな」
まだ不思議そうな表情を浮かべている三浦に友達じゃないけどな、!と心の中で叫ぶが今は早くこの空間から逃げなければ。

「は、はは!じゃあまたな!三浦」
急いで久我を引っ張って人気のない場所に連れていく。

「…っはぁ、何してんだよ!昨日周りには言わないって…ぅむ゛!」
いつも以上に早口に伝える俺の言葉は遮られ、先程と立場が逆転したように大きな手で口を塞がれる。

じりじりと距離が近付いてきて、つい後ずさってしまう。でも後ろは壁!!

ドンッ。とついに逃げ道がなくなる。

「…………」
何も言わずにこっちを見てくる久我に昨日と同じような冷や汗が垂れる。だがそれもつかの間。
さっきよりも顔が近い気が…あれ?!これは夢の中で見た展開…。
ヤバい!!!やられる!!!咄嗟にぎゅっと目を瞑ると耳元に息を吹きかけられた。

「ぅっ…ひゃあ!」
いつの間にか塞がれていた手は退けられていて俺の情けない声だけがこだました。

「…っぷ。あは、はは!なんだよその声」
ひーひーと腹を抱えて久我が笑っている。笑いすぎでもはや目元に涙まで浮かんでいる気が…。

ぷるぷると手を震わせてキッと彼を睨むが効果はなさそうだ。
なんで俺がこんな目に…そんなに悪いことしたのか?俺はただ、好きなものを少女漫画を読んでただけで…。

『うわ、きも…』
「………っ」
違う。今は関係ない。過去のことと久我は関係ないのに。
涙が目元に浮かんでいるのが分かる。自分でも情けなくて、ださくて、仕方がない。

「……?あれ、え?!!な、泣いてる?」
静かな俺を見て久我が顔を覗き込む。
「泣、ぃて…なっ」
必死に隠そうとするがそんな抵抗すらも簡単に久我に剥がされてしまった。

───あぁ、馬鹿にされる。きっと、またあの時みたいに。

「悪い…!!ごめんな?いや、そんなになると思わなかった…大丈夫?」
罵られるのだろうと覚悟を決めたその時、想像とは全く違うものが聞こえてきた。つい目を丸くさせて久我の顔を見る。
その顔は思ったよりも焦ったような表情で…。
袖で俺の目元を優しく拭われる。

「三浦にも言うつもりなんてないし、揶揄っただけ。なんか反応かわいいから……つい」

かわいいってなんだよ!俺は男だぞ。

眉を下げながらごめんなとまだ俺の目元を撫でている久我についキュンとする。
って、キュンとちゃダメだろ…!!

「も、いいから…」
流石に気恥ずかしくなって撫で続ける久我の手を止める。
そんな時、ふとガヤガヤとした声が遠くから聞こえてくる。ここにいるのも時間の問題だ。人が来るかもしれない。

「とりあえず、こんなとこで話してるのもあれだな…」

とは言ったもののどこに行こうか、いやそもそも久我とどこかに行く必要もなくないか?このまま帰れば…。
頭の中でぐるぐると考えを巡らせていると「じゃあ、図書室は?」と頭上から声が降ってきた。

︎︎⟡

いつも通りの図書室。少し古い匂いがする。でも落ち着く場所。いつもと違うことは一つだけ。
───それは一人じゃなくて二人ということだ。
「………」
「…佐倉はさ、少女漫画のどこが好きなの」
「えっ」
「あー、いや。悪い意味じゃない。知りたいなってそう思っただけ」

さっきのことがあるからか、少ししおらしい態度の久我は少しだけ可愛く見える。
いつもだったらこんなこと聞かれても何も言わない。どうにかして誤魔化していたかも。

でも今は──今だけは、少し話してしまいたくなった。

「…中学の頃から好きで…読んでると楽しいし、なんか…現実じゃ絶対に起きないようなことが起きるから……」
「ふーん」

久我が興味深そうに頷く。

「で、どんな話が好きなの?」
「…え、えっと…」

聞かれたら止まらない。
最初は少し戸惑っていたけど、気づけば無我夢中で話していた。
最近読んだ作品の話、主人公がライバルと和解するまでの展開、初めて両想いになったシーンのセリフ──。

「で、そいつが『好きだ』って言うわけ! しかも、その直前に──」
「……」
「──って、あっ!! ご、ごめん、俺ばっかり喋って…」

久我を見ると、じっとこっちを見つめていた。
いつの間にか顔がすごく近い。

「……なんで黙ってるの…?」
「いや…」
久我はフッと小さく笑って、目を細める。

「佐倉、楽しそうだなって思って」
「え……」

「…俺は、佐倉がそんなふうに夢中で話してるの結構好きだけどな」

「っ、!?!!」

何かが弾ける音がした。心臓が暴れまわるみたいに鳴ってる。
「……そ、そんなこと言われたことなかっ、た」
かろうじて絞り出した声は震えている。

「そっか」
久我は小さく笑って、指で頬を軽くつついてくる。

「いいじゃん、それくらい夢中になれるものがあるって」

「…………っ!!」

ズルイ。
優しい顔でそんなこと言われたら、どうしたらいいか分からなくなる。
顔を覆って隠そうとするけど、久我がくすっと笑いながら腕を掴んでくる。

「顔、真っ赤」

「──!!」

耳まで真っ赤になってるのが自分でも分かる。久我くんの手のぬくもりがじんわりと腕に残る。
どうしよう。
本当に、どうしよう。