『俺⋯ずっと前からあんたのことが好き』
『⋯っ!私も、蒼が好き』

頬を赤らめながら告白をするヒーローと、涙を浮かべながらも優しい微笑みで抱きつくヒロイン。

良い。とても良い。

今までの当て馬や負けヒロイン達の切ない想い。そして、数々の試練を乗り越えた二人の熱い気持ちがようやく通じ合うこの瞬間。

「ぅ……ゔぅ!!最高。やっぱりこの漫画は何度見ても推せるな…」

およそ人には聞かせられないような呻き声を漏らしながら、俺は尊さに悶絶していた。毎日のルーティンのようにひっそりと「これ」を読む時間が俺にとって何よりの至福だ。

家族にも言えない。誰にも知られてはいけない──。
俺だけの秘密。

そう。これとは────少女漫画のことだ。



一体いつ「少女漫画」を好きになったのかと言われるときっかけはあの時だったのかもしれない。
中学の頃クラスの女子達がなぜかキャーキャーと盛り上がっていて、それを遠目で見ていた記憶がある。

「⋯女子達はなに見てんの?」
周りには悟られないように、友人にそっと耳打ちする。

「ああ、少女漫画じゃね。今流行ってる新刊らしいよ」

少しだるそうに答える三浦は、席で肘をつきながらスマホをいじっている。

「ふーん……」

その時の俺には、「ふーん」と言うことしかできなかった。
けれど──

ページの隅からちらりと見えたその絵に、心臓が一瞬跳ねた。
パステルカラーの繊細な色使い、キラキラと輝く瞳、恋を知った瞬間の胸の高鳴りを切り取ったかのような美しい一コマ。

興味なんてないふりをしながら、ほんの少しだけ視線をそらせずにいられなかった。

家に帰ってからもまだ頭の中には『少女漫画』という単語が残っていた。

「まぁ別に…減るもんじゃないしな」

なんとか言い訳を考えながら部屋に戻り、布団にゴロンと寝転んだままスマホを手に取る。

「少女漫画 おすすめ」
「初心者向け 少女漫画」
「絶対泣ける 恋愛漫画」

「……」

いつのまにか友人には見せられない俺専用のブラウザの検索履歴が、完成されてしまった。
どんな言い訳をしても、検索窓に並ぶ文字が現実を突きつけてくる。
恥ずかしさと、ちょっとした高揚感が入り混じったような気持ちだった。

最初に見つけたのは、ランキングサイトに載っていた定番の一本──。
タイトルにハートのマークがついたその作品は、
『君に、好きと言わせて』。
「……ベタすぎんか?」と一度は思った。
けれどサムネイルのキラキラした表紙を見ているとクラスの女子達がはしゃいでいたあの瞬間の気持ちが沸きあがる。

俺は結局抗えなくて、ページをタップしてしまった。



ストーリーはありふれていた。
平凡な女の子が学校一の人気者に片想いし、ひょんなことから距離が縮まっていく……。
なのに。

ヒロインとヒーローの距離がぐっと縮まるシーンに、
ページをめくる手が止まらなくなる。

「おいおい、展開速すぎだろ……」
そう呟いても、心は彼女の想いと一緒に走り出してしまう。

「君に、好きと言わせて」……ベタだと思ったけど、最後に彼女が泣きながら伝えた『好き』には、こっちの心も一緒に揺さぶられた。ずるい。こんなの、ずるすぎる。

胸がぎゅっと締めつけられるような感覚。
ページの向こうの恋愛模様が、現実のどんなドラマよりもずっと美しく、痛々しく、まぶしかった。

そして最後のページを閉じた時には、なんだか心の奥がぽかぽかしていた。
あぁ、なんで自分が少女漫画に引き寄せられたのか少しだけ分かった気がする。

中学の頃に、淡い初恋をしていた自分を思い出してしまうからだ。関わりはほぼなかったに等しい女の先輩だった。

かっこよくて、いつも涼しげな表情で部活に励む姿をただ見ているだけで終わった中学時代。
恋に臆病だった自分とヒロインを、照らし合わせてしまうこの感覚。

今はもう先輩への気持ちも吹っ切れているが、あの時は恋というものがキラキラしているように思えた。
目が合うだけで胸が飛び跳ねて、声を聴くと笑みがこぼれそうになる。

こんな気持ちを忘れていたはずなのに、読み終えた今は心の中でふわりと息を吹き返したような気がする。

───俺は、そんなこの世界にハマってしまった。