辛い人に手を差し伸べたり、困っている人に声をかけたり。
 そのようなことが出来る人になりたい、でも、出来ない。

 うまく行動出来なかったらどうしよう。
 大きなお世話だったらどうしよう。
 言葉が上手くかけられなかったらどうしよう。

 助けたくても、助けられない。
 そんな自分が、嫌い。

 私の存在価値は、どこにあるんだろう。
 人のために動けない私は、誰に必要とされるんだろう。

 でも、私は知ることが出来た。
 手を差し伸べられない。表立って助けられない。

 そんな私でも、人を助ける。守れる方法が、あった。

 ※

 今日も、無視をしてしまった。

 私の家から高校までは、バスを使わなければならない程に遠い。
 だから、毎日バスに乗り通学している。

 時間的に混むのは想定内。座れるのが珍しいレベルだ。
 今回は珍しく座れたから本を読んで時間を潰していたところ、途中で妊婦さんが乗車した。

 座るところがなく立っていたのに気づいたんだけれど、どうしても声をかけられなかった。
 何度か声をかけようとしたけれど、勇気が出なくて声をかけられず、そのまま妊婦さんはバスを降りて行った。

 「はぁ…………」

 なんで、こんなにも意気地なしなんだろう。
 気づくのに、何も出来ない。
 困っている人を助けられない。

 それが出来ないだけで存在価値とかを考えてしまう。
 人を利用して、自分を正当化させる。そういう考えをしてしまう私も、嫌だ。

 ため息を吐きながら歩いていると、ゴミが落ちていることに気づいた。
 空き缶だ、ポイ捨てなんてひどいなぁ。

 拾い上げて、ゴミ箱に入れる。
 こんな、小さなことしか出来ない。

 「水奈(みずな)!! おはよう!! またいいことしているね!」
 「あ、おはよう」

 後ろから友達が駆け寄ってきて、さっきの行動について褒められた。
 嬉しい。けれど、優しいとか、いい人とかは、また違うと思う。

 本当に優しい人は、困っている人を助けられる人。
 さっきみたいに妊婦さんに躊躇せず席を譲れる人が、本当に優しい人だ。

 本当に困っている人を助けられないのは、本当の優しさではない。

 「ねぇ、ねぇ、今日って理科の授業ってあったっけ?」
 「え? 今日は、たしか五時間目が理科じゃなかったっけ?」
 「まじで!? やったーー!! 萩原先生の授業って気楽だから好きなんだよね! しかも、萩原先生自身、人気があるし、隠れたイケメンだし! それに、あのミステリアスさ! 謎多き教師!! ドラマかよ!! めっちゃ妄想しちゃうよー!!」

 まだまだ、友達の萩原先生語りは止まらない。
 私も、萩原先生については気になっている。

 絶対に生徒や他の教師に自分のプライベートを話さない先生、萩原泉希(はいばらみずき)
 男性教師で、2年A組の担任であり、理科の担当をしている。

 誰よりもマイペースで、言動も軽い。
 でも、授業はわかりやすく、空気が緩い。
 楽しく勉強ができるということで、生徒からは人気の先生だ。

 それとは別に、友達みたいに見た目やミステリアスな雰囲気で好きだって人もいる。

 萩原先生の見た目は、パッと見はそこまでイケメンとは言えない。
 だって、黒髪はぼさぼさだし、服はゆるゆるの白いワイシャツにズボン。上はなぜか、いつも白衣を肩にかけていた。

 前髪で隠れている目は黒色。目尻は垂れており、優しい感じ。
 不健康な人と言われてしまえば、納得してしまう風貌をしていた。

 でも、顔は小さいし、色白。意外と髪も艶がありそうだから、しっかりと身だしなみを整えれば見違えるほどのイケメンになるんじゃないかと思う。

 「――――あっ、時間が危ないよ! 走ろう!」
 「えっ、あ、本当だ」

 いつの間にか時間が危なくなっていた。
 走らないと!!

 ※

 みんなが待ちに待っていた五時間目。
 いつも騒がしいはずのクラスが、理科の授業だけはすぐに席に付き静かになる。

 先生が入ってくると、みんな教科書を出し真面目に授業を受ける。

 「んじゃ、授業を始めるぞー」

 低い声、正直私は眠くなってしまう。
 しかも、今は五時間目。ご飯を食べた後だし、欠伸が出る。

 「――――高原。俺の声が心地いいからと言って居眠りは厳禁だぞ。チョークが飛んで行くから覚悟しておけよ」
 「……へ?」

 え、え? なに、その注意。いや注意、なのか?
 クラスにドッと笑い声が湧き上がった。

 「ほいほい、静かにするように。あと、高原、教科書は開こうな」
 「は、はい…………」

 ぐっ、恥ずかしい。
 注意されることをした私が悪いけど、もっと他になかったのか!!

 怒っていても仕方が無いし、素直に開きますよーっだ。
 また、同じように怒られたらたまったもんじゃないしね。

 はぁ、早く授業、終わらないかなぁ。
 恥ずかしい……。

 ※

 今日は学校が休みで、親に頼まれスーパーに来ていた。

 「まったく……。お母さん、重い物ばかり頼んで…………」

 渡されたメモを再度見るけど、瓶物が多いんだよなぁ。
 醬油にみりん、あとは牛乳に卵……お肉もだ。

 「はぁ…………」

 もう、カゴには牛乳とみりんが入っている。
 これだけでも重たいのに、醤油に卵、あとはお肉も買わないといけない。

 本当に、人使いが荒いんだから!!

 「――――あれ?」

 お肉売り場に、見覚えのある頭が見えた。
 黒いぼさぼさの髪が特徴の男性。

 「萩原先生?」

 今はプライベートの時間みたい。初めて先生の私服見たなぁ。家、このスーパーの近くなのかな。

 萩原先生の私服って、先生っぽく緩い。
 大きそうなパーカーに、ズボン。すごくラフな格好だ。

 ただの買い物なのかな。

 「…………」

 知り合いだし、声をかけた方がいいのかな。
 挨拶だけでも、しないと礼儀がなってない、よね。

 でも、緊張する。
 別に、今回は知らない人に声をかける訳じゃないのに、心臓が破裂しそう。

 「…………やめよう」

 こんなに緊張しているんだったら、無理に声をかけなくてもいいか。
 礼儀はなってないけど、ばれなければ問題はないはず。

 …………本当に、私ってずるいし、弱い。
 小さな人間だったっ――……

 「高浜(たかはま)
 「っ!?!?!?」

 ――――バッ!!

 「は、萩原先生…………」
 「おう。買い物か?」

 び、びっくりした。
 先生から声をかけられるとは思ってなかった。

 「は、はい。親に頼まれて……」
 「そうか、えらいな」
 「い、いえ、そんなことは…………」

 ――――シーーーン

 き、気まずい。
 は、早くここから居なくなろう。


 「…………ん?」
 「どうした?」

 見ようとして、見たわけでないんだけど、先生が持っていた買い物カゴの中を見てしまった。
 中は、お惣菜ばっかり。しかも、緑がない。お野菜、どこ?

 「先生、お野菜は別で買うご予定ですか?」

 何気なく聞くと、なぜか顔を背かれてしまった。
 どうしたんだろう。

 「それじゃ、気をつけて帰るんだぞ」

 え、萩原先生? なんでナチュラルにいなくなろうとするんですか?
 ……へぇ、なるほど。

 「先生、お野菜苦手なんですか?」

 あっ、固まった。
 なんとなく気まずそう。

 「…………人には、それぞれ苦手な物がある」
 「誤魔化さないんですね」
 「誤魔化してなんになる。苦手な物は苦手なんだ。仕方がないことしか言っていない」

 初めて知った、先生のプライベート。
 おそらく、料理は苦手。野菜も苦手。
 だから、緑のない肉中心のお惣菜を買っている。

 「…………ふふっ」
 「おい、何がおかしい」
 「いえ、不思議な先生の素顔を一つ見つけたと思って。今回のこと、友達に言ってもいいですか?」

 ……あれ、急に黙り込んでしまった。
 顎に手を当てて、本気で考えてる。

 「……この程度なら、大丈夫な、はず……」

 え、この程度? どういうこと?

 「今回のことは言っても構わない。だが、不思議な先生とはなんだ?」
 「萩原先生のことですよ」

 少し気になる言葉が聞こえたけど、まぁ、いいか。聞きすぎても萩原先生に迷惑かけてしまう。

 「では」と、一礼して私も自分の買い物に戻る。
 後ろでは、先生がまだ首を傾げて困惑した表情を浮かべていた。

 学校にいる時でもマイペースで気だるげだけど、普段はもっと気だるげなのかなぁ。
 明日、友達に言ったらどんな反応するんだろう。

 「…………あ、あれ」

 私、あまり話さない人とは緊張してうまく会話が出来ないんだけど、今は普通に話せた。
 こんなこと、初めてかも。

 「…………」

 なんとなく、明日の学校が楽しみになってしまった。
 まず、この地獄のような買い物を済ませないと明日にはならないけど。

 「えっと、次は──……」

 ※

 自分のクラスにいる女性生徒、高浜水奈。
 大人しく目立たないが、成績は上位で運動神経もほどほど。

 身長は162。体重は、48とやや、やせ型。
 趣味は、読書。苦手なことは、掃除。

 人に合わせる事を得意とし、誰にでも優しくするようにしている優等生。

 「…………俺の生徒メモに、書き足さないとな」

 親の手伝いもする、家庭的な部分もある――と。

 ※

 「うわぁ、最悪」

 買い物がやっと終わり、重たいエコバックを持ってスーパーを出ると、バケツをひっくり返したような雨が降っていた。

 今日、雨の予報じゃなかったのに……。

 ここから家まで徒歩二十分程度。走ればもっと早いけど、こんな重い荷物を持ちながら走るのはきつい。

 「はぁ、仕方がない」

 家に帰ってすぐにお風呂に入れば、風邪を引くことはないだろう。
 気合を入れ直し、いざ、出陣――……

 「っ、え?」
 「あっぶな」

 走り出そうとしたら、腕を後ろから引っ張られた。

 振り向くと、少し焦ったような表情を浮かべた萩原先生が立っていた。

 「先生? どうしたんですか?」
 「どうしたんですか? じゃないよ。なに、当たり前のようにこんな大荷物を抱えて、雨の中に突っ込もうとしているの?」
 「傘を持っていないので、仕方なく…………」

 腕を離されたかと思うと、なぜか萩原先生はため息を吐いた。
 え、なに。私、なにか変なことでも言ったかな。

 「…………送ってく」
 「え、でも…………」
 「僕は車で来ているし、乗って行けばいいよ」
 「迷惑ではありませんか?」
 「迷惑ならそもそも言わん。それに、自分の生徒がこんななか中走っているのを知りつつ無視して、明日学校を休まれた方がよっぽど迷惑だ。授業が進まん」

 い、いいのかな、甘えて。
 でも、萩原先生が言っているし、ここで断る方が失礼かな。
 それに、こんな雨の中、大荷物を――――あれ、荷物は?

 「こっち来い。駐車場までは少し外を歩くぞ」
 「あっ、荷物…………」

 いつの間にか、萩原先生が私の荷物を持っていた。

 さりげない人助けだ。
 …………私も、こんな風に出来たらいいのに。

 「行かないのか?」
 「い、行きます」

 置いて行かれないようについて行くと、先生の車が見えた。

 シルバーの、軽自動車。
 後ろのスライド扉が開き、萩原先生は中に入るように促す。

 すぐに入ると、荷物を置いた萩原先生が運転席に座り、鍵を回したかと思うとエンジンが動きだし、車が発車した。

 車の中は、どちらも話さないから静か。少し、気まずい。

 そう言えば萩原先生って、学校でも必要最低限な話しかしないかも。
 自分から人に声をかける時って、大抵注意する時や、伝言を頼まれた時のみ。

 そんな萩原先生と、二人っきり。
 こうなるのは必然だった……。

 歩いてニ十分程度だし、車では大体十分くらいだろう。

 その十分さえ我慢すれば、この気まずい空気から開放される。
 送ってくれている手前、何も言えないし、耐えよう。

 お互い一言も発さないでいると、すぐに家に着いた。

 「ついたぞ」
 「あ、ありがとうございます」

 すぐに荷物を持って降りると、萩原先生は煙草を咥えた。

 えっ、煙草?

 「萩原先生って、煙草を吸うんですか?」
 「一人の時はな。んじゃ、濡れるなよ」

 それだけを言い残し、先生は車を発進させた。

 私の家には、玄関まで続く屋根が付いている。
 だから、萩原先生を見送っている時でも濡れはしない。

 「…………そういえば、先生って私の家、知ってたんだ」

 今年初めて担任を受け持った萩原先生。生徒の家には行った事はないはず。
 家庭訪問もまだだし……。

 「あ、でも、住所くらいは知っているか」

 先生だもんな。それくらい知っているはずか。
 ────あっ、雨が酷くなってきた。早く中に入ろう。


 ※

 次の日の放課後。HRの時、萩原先生が連続殺人について話した。

 最近、この町で連続殺人が起こっているみたい。
 確かに、朝のニュースとかでも流れていたかも。

 プリントを貰い、詳細を見る。
 萩原先生も口頭で説明してくれているけど、こういうのって、結局自分には関係ないんだよね。

 なんだかんだ言って、何もないまま捕まって終わり。

 「必ず一人で外を歩かないように。用事のない生徒はなるべく早く帰るようにしろよ」
 「「「はーい」」」

 うーん。今日、放課後に本屋に行きたかったんだけど……。
 あー、でも、明るいうちに帰ればいいか。
 プリントにも夜に狙われていると書かれているし、明るい時の目撃情報は少ない。

 暗くなる前に帰ろう。よしっ。

 ――――――――そう思っていたんだけど。

 「思っていたより遅くなってしまった」

 本屋に行くと、知らないうちに新刊が沢山出ていたらしく、たくさん買ってしまった。
 他にも色々面白そうな本があって、見て回っていたら時間の感覚が分からなくなっていた。

 周りはもう暗い。少し肌寒いし、早く帰ろう。

 ――――コツン コツン

 街灯が等間隔で並ぶ道を歩く。
 怖いから、耳にイヤホンを付けて音楽を聞いていた。

 ――――コツン コツン
 ――――コツン コツン

 私が付けているイヤホンは、高性能。
 周りの音も聞こえるようになっている。

 音楽に集中していると流石に周りの音は聞こえないけどね。
 意識次第っていうのは、高性能って言ってもいいのかな?

 そんなことを考えていると、なんとなく違和感を感じた。

 ――――コツン コツン
 ――――コツン コツン

 なんとなく、本当になんとなく、足音が二つ重なっているような気がする。

 ――――コツン コツン
 ――――コツン コツン

 私の足音と同じタイミング。
 気のせい? 止まって確認してみる?

 けど、もし本当に後ろに人がいるのなら邪魔になる。
 いきなり止まってしまったら迷惑だ。

 ――――コツン コツン
 ――――コツン コツン

 周りも暗く、肌寒いからなのか、いつもの道のはずなのに怖い。少し早く歩こう。

 ――――コツンコツン
 ――――コツンコツン

 えっ、重なる足音も早くなった?

 ――――コツンコツン
 ――――コツンコツン

 確実に、早くなってる。
 怖い、怖い!

 走って逃げないと!

 ――――タッタッタッ
 ――――タッタッタッ

 後ろの人も走り出した。
 いやだ、怖い。誰か、誰か助けて!!

 「いやっ――――きゃ!!」

 ――――ドサッ

 しまった、足が絡まった。

 ――――タッタッタッ

 後ろからの足音が止まらない。
 どんどん大きくなる、やだ、来ないで!!!

 「――――おいっ」
 「きゃぁ!!」

 頭を抱え、身を守る。────けど、何もされない。
 微かに、煙草の匂いが鼻をくすぐる。

 おそるおそる顔を上げると、意外な人と目が合った。

 「何をしている?」
 「は、萩原先生?!」

 先生だ、先生がいる。
 やばい、泣きそう。

 「おい。一体、なにがっ――――」

 ――――ギュッ!!

 「っ、おい?」
 「怖かった、本当に怖かったよ、先生…………」

 思わず、萩原先生に抱きついてしまった。
 本当に怖かった、心細かった。

 知っている人に会えて、本当に嬉しい。

 私が取り乱しているからか、先生は私引き剥がさず、抱きしめてくれた。

 「もう、大丈夫だ」

 先生の温かく、優しい声は、すんなりと私の中へと入ってきた。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 家まで送ると言って、先生は一緒に帰ってくれた。

 「なんで、こんな時間まで外にいる」
 「面白い本がたくさんあって、時間を忘れてしまいました」
 「HRの時の話、聞いていなかったか、他人事と思って深く受け止めていなかったか」
 「うっ…………」

 他人事と思っていたのは事実。そこを突っ込まれてしまえば何も言えない。

 自分の愚かさに打ちひしがれていると、あっという間に家に着いた。

 「ほれ、今日はさっさと寝ろ。明日も学校なんだから、友達とでも来い」

 それだけ言い残し、萩原先生は私の返事を待たずに行ってしまった。

 「――――そう言えば、なんで先生はあの道を歩いていたんだろう」

 何か用事でもあったのかな。
 まぁ、いいか。助けられたことには変わりないし。

 もしかしたら、私と同じで本を見て回っていたら時間の感覚を失ったのかも。
 …………それは、ないか。

 ※

 水奈を送り届けた萩原は、一人で暗い道を歩きながら、スマホを操作していた。
 画面には、人の名前が書かれている通話画面。
 電話マークを押すと、耳に当てた。

 数回呼び出し音がなると、直ぐに相手が電話に出た。

 『ほーい。どうした、泉希』
 「いきなり悪いな、翔。一人、注意してほしい生徒がいるんだ」

 萩原が電話かけた相手は、狗神翔(いぬがみかける)
 機械が得意で、ゲームが趣味の陽気な幼馴染だ。

 『もしかして、この、監視カメラが撮している画面の真ん中にいる女子生徒? 茶髪の』
 「そう。さっき襲われそうになっていた子」
 『あぁ、この子ね。今は家族と一緒に楽しそうにしているよ。今日の出来事は話していないみたい』
 「そうか、そのまま監視を続けてくれ」
 『了解』

 それだけを伝え、電話を切った。

 プツンと、通話が切れたスマホを耳から離したのは、黒に混ざるように青色に染められた髪を一つに結んでいる男性。

 テーブルにスマホを置き、伸びをした。

 「んー!!!! ふぅ……。まったく、こんな犯罪まがいなことを堂々と幼馴染にさせるなんてな。俺は面白いからいいけど」

 近くに置かれていた灰皿から、まだ火が残っている煙草を咥え、白い歯を見せて笑った。

 茶色の瞳を三つの画面に向けている男性は、萩原の幼馴染である狗神翔(いぬがみかける)

 翔が見ている画面には、複数人の学生達が映っていた。

 親の手伝いをしていたり、ゲーム中だったりと、それぞれの時間を楽しむ学生達。
 角度的に、カメラが備え付けられているのは、天井付近。監視カメラ画面のように映っていた。

 「まさか、自分の生徒達の家に侵入して、カメラを仕掛け、幼馴染に監視を任せるって。すごい執着だよな。これもそれも、全部元カノの影響……。ここまでするのもすごいが、完璧犯罪だし、見つかれば警察に捕まる。たとえ、守るためとはいえ、危険行為なんだよなぁ、これ」

 椅子に体重をかけると、ギギッと音を鳴らす。
 天井を見上げ、ボヤいた。

 「まぁ、いいけど。俺はどこまでも付き合うぜ。大好きな、泉希ちゃん♡」

 ※

 数日、何もなかった。
 でも、まだニュースでは連続殺人の犯人は捕まっていないと報道されている。

 学校でも、注意喚起しているし、私も怖いから一人ではなるべく外を歩かないようにしていた。

 していた、んだけど……。

 「本当にごめんね! すっごく助かったよ!!」
 「いいよ、役に立てたのなら嬉しいしね」

 友達の家で勉強会をしていた土曜日。
 まさか、夜ご飯までお邪魔させてもらえるとは思っていなかった。

 「送って行こうか?」
 「大丈夫だよ、ありがとう」
 「そっか。また月曜日ね!」
 「うん、またね!」

 さて、暗い道を歩くか。
 …………怖い。

 あー、やらかした。
 友達の家で勉強会をしていたんだけど、集中しすぎて夜になっているのに気づかなかった。

 んー……。少し、早く帰ろう。
 早歩き、早歩き。

 友達の家から私の家までは、大体徒歩で三十分程度。
 少し遠いけど、昼間だったらあっという間。

 でも、夜だと雰囲気が違う。
 しかも、前回の出来事も思い出してしまうから、本当に怖い。

 「…………また、先生がいないかなぁ…………」

 周りを見るけど、誰もいない。

 「当たり前か…………」

 そう言えば、今まで一回も萩原先生と会わなかったのに、最近よくプライベートで会うようになったなぁ。

 なんでだろう、引越し?
 私の行動範囲内に、萩原先生が引っ越してきたからよく会うようになったのかな。

 まぁ、いいや。
 イヤホンを付けて、周りの音を意識しないで早歩きで帰る。

 ――――コツン コツン

 聞こえるのは、イヤホンから聞こえてくる音楽と、自分の足音のみ。
 これって、改めて考えてみると、前回と同じ……。

 いやいや、まさかね。
 ここで足音が増えるなんてことは……。

 ――――コツン コツン
 ――――コツン コツン

 「っ!?」

 足音が、増えた。重なった。

 ――――コツン コツン
 ――――コツン コツン

 どうしよう、前回と同じだ。
 走る? でも、家までだいぶ距離がある。途中で体力がなくなるのが関の山だ。

 なら、警察? 電話してもそれまで逃げきれる自信がない。それに、交番の場所は私の家より遠い。

 適当な家に助けを求める? コンビニ?
 どうしよう、どうしよう。

 ――――コツン コツン
 ――――コツン コツン

 怖い、怖い。
 足が速くなる、でも、後ろから聞こえる足音も早くなる。

 ――――コツン コツン
 ――――コツンコツン

 っ、待って?

 ――――コツン コツン
 ――――コツンコツン

 早い、私の足音とずれてる。

 ――――コツン コツン
 ――――コツンコツンコツン

 徐々に、音が大きくなる。近付いている。

 ――――コツンコツンコツンコツンコツン

 「ひっ!?」

 早い、足音が早すぎる!!
 私も走るけど、それより後ろの人が早いみたい。

 距離が、離れない。

 後ろ、気配!!

 振り向くと、黒い影が私を襲おうと両手を振り上げてる!!

 「っ!!」

 咄嗟に声が出ず、頭を抱えた。
 ────刹那、人影は動かなくなった。

 「…………へ?」

 ――――バタン

 な、なに? 倒れた? なんで?

 「な、なに?」

 え、影?
 顔を上げると、そこに立っていたのは、萩原先生?

 「まったく。前回と同じことをなんで繰り返しているの? 何を考えているんだ」
 「ご、ごめん、なさい……」

 怒ってる、萩原先生、怒ってる。
 は、初めて見た。

 今まで、生徒がどんなに騒いでいても怒らなかった萩原先生が、怒っている。
 怒りの感情、あるんだ。

 「おい、聞いているか?」
 「っ、す、すいません」
 「いや。謝らなくても――――」

 萩原先生の視線が、倒れ込んでいる男に向けられた。
 同じように見ると――――っ!!

 「早く逃げましょう!! 先生!!」

 男が、動き出した。
 立ちあがる。手には、さっきは見えなかったナイフ。

 口元には黒いマスク、頭には帽子。
 唯一見えている目元は、赤く充血していた。

 「ふー、ふー」

 息が荒い、怖い。
 充血している目が、私を見る。

 ゆっくりと、ふらつく体を立ち上がらせ、ナイフを握った。

 「ひっ!! た、助けて……」

 思わず、萩原先生の腕にしがみついてしまった。
 いや、しがみついていないで逃げないと。早く、走らないと。

 萩原先生の腕を引っ張るけど、動かない。なんで?!

 「え、先生?」

 萩原先生が私を守るように前に立った。

 まさか、先生、あの男と戦うの!?
 いや、無理でしょ!! だって先生、ひょろひょろだし、絶対に運動苦手じゃん!!

 「先生逃げよ!!」

 私が叫ぶのと同時に、萩原先生に男がナイフを振り回した。

 「先生!!!」

 もうダメだ!!
 ――――って、え?

 男が振り回したナイフを、先生は相手の手首を捻り奪い取り、足を引っかけたかと思ったら後ろに回った。

 バランスを崩している男を見て、うなじを殴る。
 そのまま男は、意識を失って地面に倒れ込んだ。

 「────ふぅ。こいつは多分、連続殺人犯だね。よかった、これで君達は恐怖から解放される」
 「せ、先生? あの」
 「どうしたの?」

 先生が、腰が抜けて立てない私と目を合わせて、問いかけた。
 でも、頭が混乱して何も聞けない。

 聞きたいことは沢山あるのに、言葉が出ない。
 萩原先生も首を傾げている。せっかく、助けてくれたのに、困らせてはいけない。

 な、何か言わないと。

 私が一人焦っていると、萩原先生のポケットが光った。

 「あ、ちょっと待っててね」

 あぁ、スマホをポケットに入れていたのか。
 光は、着信があったんですね。

 「ん。…………あー。それなんだけどね──……」

 先生の声しか聞こえないから、何を話しているかわからない。
 数秒話していると、通話を切って私を見た。

 「えっ、なんですか?」
 「んー。高浜、ずっと思っていたんだけどさ、何か困っていたり、悩みでもあるの?」
 「え?」

 い、いきなり、なんでそんなことを聞くんだろう。
 わからず驚いていると、萩原先生が顎に手を当てて教えてくれた。

 「んー。どこまで話していいんだろう」

 萩原先生が、悩んでる。
 人に悩みを聞いている先生が、一番悩んでる。

 なんか、考えれば考えるほどに、萩原先生の表情が険しくなっていく。
 なにを、考えているんだろう。

 「…………君を、悩みから守りたいんだけど、どうすればいいかな?」
 「…………ん?」

 え、何その問いかけ。

 「あっ、ここだと色々話しにくいよね。僕の家に来てくれないかな」

 ――――え? え?

 「心のケアもしたいし、悩みも聞きたい。生徒の悩みや不安を聞いて解決するのが教師だし、早く君には解放されてほしい。このまま思いつめてしまうといけない。もしかしたら、君も僕の前でしっ――……」
 「スト―――――ップ!!」

 徐々に顔を近づけて来る先生……。
 周りが見えてなかったのかな、私がストップをかけると驚いたように顔を離した。

 「ごめん。ちょっと、困っている人を見ると熱くなるみたいで」
 「熱くなる、ですか?」
 「うん。まぁ、その話も後ほど。今は、君の悩みを僕が解決するよ。だから、まずは僕の家に来てくれないかな」

 色々、話しが付いていけない。

 萩原先生はふざけているわけではないみたいだし、教師である自分が生徒でいる私を家に誘っているという、犯罪になりかねない状況であることにも、気づいていないように見える。

 「…………だめ、かな」

 私が何も返さなかったから、拒否されたと思って落ち込んでしまった。
 困惑していただけなんだけどな……。

 「……………………わかり、ました。先生は、ただ困っている人を助けたいだけなんですよね?」
 「そうだよ。君は、いつも何かを抱えているように感じるから、話を聞かないととは思っていたんだよね。ついて来てくれるのなら嬉しいよ」

 本当は、嫌がるべきなんだろうけど、萩原先生からは純粋な想いしか感じなかった。
 それに、私の悩みは、困っている人を助けられないことと、そんな自分の存在価値を見つけられないこと。

 この先生について行ったら、何かわかるかもしれない。
 自分の存在価値を見つけられるかはわからない。けれど、困っている人を助ける方法とかは知ることが出来るかもしれない。

 「おいで」
 「はい」

 差し出された萩原先生の手を取って、街灯が照らす道を歩き始めた。

 ※

 「ここだよ」
 「…………先生、意外とお金持ち?」
 「そんなことないと思うけど。というか、意外とって、なに」

 萩原先生について行くと、大きな一軒家に案内された。
 二階建てで、大きい。駐車スペースも庭もある。

 もしかして、持ち家?
 ――――あぁ、そうか、教師は公務員だし、お金沢山あるんだろうなぁ。

 「中にはいっ――――おっ」
 「え? あ」

 萩原先生が道の奥を見た。
 私も見ると、人影がコツ、コツとこっちに向かっている。

 「っ!」

 まさか、さっきの人が起きて私達を襲いに!?
 咄嗟に萩原先生の腕に縋りつくと、上から安心するようにと言われた。

 「安心して、僕の幼馴染だから」
 「幼馴染?」

 街灯の光で、やっと近づいてきている人の輪郭がはっきり見えた。

 髪は背中まで長く、肌は萩原先生と同じくらい色白。
 茶色のぱっちり二重が、私を見て来る。

 肩出しシャツに、ダメージジーンズ。
 第一印象は、チャラ男君。

 「やぁ、泉希。おつかれちゃん」
 「うん。翔こそ、付き合わせて悪いね」
 「なんもなんもだぁ」

 この人の名前は、翔というのか。
 幼馴染と言っていたけど、なんでこんな時間にこんな所にいるんだろ。
 なにか、萩原先生に用事があったのかな。

 「…………」

 え、な、なに? 翔さんに見られてる……。

 「――――少し、生徒ちゃん借りてもいい?」
 「え?」

 な、なになになに?

 「別にいいけど、何を考えているの?」
 「少し話したいだけだよ。君の生徒を守るためにね」
 「? わかった」

 え、え?
 なんか、先生に背中を押されたんだけど。
 それで、翔さんに肩を抱かれた。

 えっと、この人って、男? 女?
 名前は男っぽいけど甘い匂いだし、見た目が中世的で、男だと言い切れない。
 しかも、腕や腰が細いし、女だと言われても違和感がない人だ。

 「ねぇねぇ、君、高浜水奈ちゃんだよね?」
 「な、なんで私を知っているんですか?」
 「あー、そう聞くってことは、やっぱり知らないんだぁ」
 「知らない?」

 え、なんだろう。
 首を傾げていると、翔さんは眉を下げて困ったような表情を浮かべた。

 ど、どうしたの?
 なんか、怖いんだけど。

 「んじゃ、ここで二つほど約束してくれないかな」
 「な、なんでしょうか」
 「まず一つ、家に入っても一人で歩かない。もう一つ、今日の出来事は誰にも話さない。これを守ってくれないかな」

 一人で歩かない? 誰にも話さない?
 それは、先生と言う立場で、一人の生徒を家に招いたとなると、あらぬ噂を流されるから、とか?
 なんで、わざわざそんなことを確認するんだろう。

 「約束、してくれるかな?」
 「わ、わかりました」
 「ありがとう」

 翔さんの茶色の瞳が、獲物を狙うように光る。
 頷かないと、殺される。そう、感じてしまった。

 「はぁ、っ…………」
 「――――あはっ! 怖がらせてごめんね? でも、俺は泉希を守りたいんだ。約束、守ってね?」

 そのまま、私の返事を待たずに先生の元へと戻る。
 あんな、怖い幼馴染がいるなんて聞いてないよ……。

 「高浜、どうした?」
 「…………なんでもありません」
 「そう? なら、早く入って話そうか」

 萩原先生が当たり前のように鍵を回し、ドアを開いた。

 あのドアを潜ってしまえば、萩原先生の家に入ってしまえば、もう、今までと同じ生活は送れない。

 わかる、わかるのに。怖いのに。
 先生の醸し出す異様な雰囲気と、低い声、差し出される手からは、逃げられない。

 私は、無意識に差し出された手を握った。


 先生が玄関のドアを開けると、中は暗かった。
 あまり見えないけど、廊下は綺麗そう。

 なんか、先生って料理は苦手っぽかったから、生ごみの匂いとか、惣菜のパックとかが転がっているイメージは少しだけあったから、意外だなぁ。

 いや、もしかしたら廊下だけかもしれない、
 リビングとか、部屋の中は汚いかも!!

 …………なんで私は、萩原先生の部屋が汚いことを期待しているんだろう。

 「そこで待っていてくれ、電気をつけて来る」
 「は、はい」

 ――――パッ

 「あ、ついたね」

 奥の部屋までに、二つくらいドアがあった。
 トイレとかお風呂とかかな。

 「それじゃ、リビングで話そうか」
 「わかりました」

 萩原先生について行くと、なぜか後ろにいる翔さんはどこか不安そうにポケットの中に手を入れている。
 …………声をかけるべきなのだろうか。でも……。

 悩んでいると、萩原先生がリビングのドアを開いた。

 「中にどうぞ」

 リビングに行くと――――っ!!

 「ひっ!?」

 な、なに、この部屋。
 薄暗くてもわかる、壁一面に張られた写真たち。

 「どうしたの?」
 「こ、これって…………」
 「あぁ、この写真?」

 先生が当たり前のように、壁や天井に張られている写真を見ながら、リビングの電気も付けた。
 パッと明るくなったから、写真が良く見える。

 映っているのは、二年A組のクラスの人達だ。

 「見てわかる通り。これは、僕が受け持っている生徒達の写真だよ」
 「写真だよって……これ、全部、確実に。あの、角度的に、隠し撮りですよね?」

 すべてを厳密に見たわけではないが、パッと見た感じ、生徒達の視線がピントにあっていない。隠し撮りじゃないと難しい角度のものもあるし……。

 こんな、写真が壁一面になんて、なんで?

 ――――あっ、まさか、これのこと?
 これを、周りの人に言うなって、こと?

 でも、これって、犯罪、だよね?
 まさか、先生。平然とした表情で、生徒を狙っていたの?

 「――――あ、あれ? 男子生徒もいる」
 「え、当たり前じゃん。僕の生徒全員分だよ。だから、足りなくて困っているんだよね、壁が」

 よく見ると、女子生徒だけではない。
 特定の人を狙っている感じもない。

 二年A組の生徒全員映ってる。
 これって、どういうこと?

 「泉希はね、守りたいだけなんだよ、君達を」
 「守る? これが?」

 確かに、萩原先生は言っていた。
 守りたいだけだと。でも、これが、守に繋がる、の?
 困っている人を助ける手段に、なるの?

 「そう。守りたいの。どこでも、かしこでも。守りたい対象を観察して、動きを読む。確実に手が届かなくなりそうになっても駆けつけて、助けてあげる。――――すべてを知りたいの、守りたいと思った対象についてはね」

 翔さんの言っている言葉が、いまいち理解できない。
 どういうこと? これが、人を守る行動なの?

 「なにを驚いているの?」
 「え、先生、この写真、あの…………」
 「あー、今の翔の説明じゃわからなかったか」

 「うーん」と、こんな、隠さなければならない光景を生徒に見られても、冷静に先生は説明してくれた。

 「僕、守るためには、その人をすべて知らないといけないことに気づいたんだ」
 「知らないと、いけない?」

 先生が話してくれたのは、自身の過去。
 先生には、元カノがいた。その人が、先生がプロポーズしようとした日に、目の前で自殺したみたい。

 元カノさんは、ずっと苦しんでいた。一人で抱え込んでいた。
 それに気付けず、救いの手を伸ばせなかったことが心残りで、トラウマとして、萩原先生の胸に残り続けているみたい。

 だから、これからは守りたいと思った対象全員をすべて監視し、すべて知り、手を差し伸べたい。
 そう考えた結果、翔さんにも協力してもらって、生徒全員の家に監視カメラを仕掛けて、盗聴もしていると聞いた。

 この写真は、監視カメラの映像をプリントしたみたい。
 よく見ると、写真の下に日付や時間が載せられていた。

 すべては、守りたいから。
 もう、失いたくないからと言う、願いからの行動。

 「高浜?」

 それに、この行動が異常だと、萩原先生は気づいていない。
 だから、私をこんなにやすやすと中に入れたんだ。

 驚いた。けど、今の話を聞いてからもう一度、周りの写真を見てみる。
 この中には、もちろん私の写真もあった。

 それは、スーパーで荷物を必死に持っている姿。萩原先生のプライベートに初めて遭遇した時のことだろう。
 バス内の光景もある。あれは、妊婦さんに席を譲れなくて、気まずい時間を過ごしていた時のことだ。

 翔さんを見ると、ニコッと笑いかけられた。
 さっきの、翔さんの言葉の意味を、ここでしっかりと理解できた。

 萩原先生を守りたいという言葉は、これだ。
 これを、指していたんだ。

 萩原先生は、自分の行動が異常だと、気づいていない。
 普通だと思い込んでいる。

 でも、翔さんは、萩原先生の行動が異常なのを知っている。
 周りにばれてしまえば、犯罪として罪に問われる。

 たとえ行動原理が、守りたいという純粋な想いからだったとしてもだ。
 だから、翔さんは萩原先生が捕まらないように守ってあげていたんだ。

 「これが、先生の、困っている人を助ける方法、なんですね」
 「ん? まぁ、そうだね。守る方法と、助ける方法。どっちでも一緒の意味か」

 萩原先生の、願いは素敵。
 やり方は間違っているけど、ばれなければ問題はない。

 多分、私が助かったのは、私を萩原先生が監視してくれていたから。
 もし、萩原先生が監視をしていなかったら、私は今ここにはいない。生きてはいない。

 そう思うと、間違えているけど、間違えていないのかもしれない。

 それに、これなら私でも人助けができそう。
 対面しなくても、いい。監視して、危険な人がいたら萩原先生に報告すれば、助けるお手伝いができる。

 私の存在価値を、見出せるかもしれない。

 「――――萩原先生」
 「なに?」
 「私、萩原先生に協力したいです」
 「え?」

 こんな異常な萩原先生を、守りたい、助けたい。
 それで、萩原先生には、もっと沢山の人を守ってほしい。

 後悔させたくない、今以上に心の傷を負わせたくない。
 ただの一般生徒がそう思うのは、傲慢だろうか。

 「良かったな、泉希。だが、仲間が一人増えたからと言って、今までの約束は忘れんなよ? 絶対な?」
 「今までの約束?」

 それって、なんだろう。

 「そう! 監視と盗聴していることは絶対に言わない。家に人を入れる時は必ず俺を呼ぶこと。自分については話さない。これが絶対に守ってもらう約束なんだ」

 あー、そういうことだったんだ。
 先生がプライベートを話さなかったのは、これがばれないようにだったんだ。

 「わかっている。…………大変だが」
 「お前を守る為なんだ。理解出来ないだろうが、いうことは聞いてくれ、な?」
 「うん」

 萩原先生って、素直だよね。
 スーパーで少し話した時も思ったけど。

 「…………」

 こんな、純粋で優しい萩原先生を、私は守りたいなぁ。
 今まで守ってくれた萩原先生を。

 「――――先生、これからもよろしくお願いします」
 「よくわからないけど、今まで通りでお願いします」
 「はい」

 この後、私はお風呂を借りて親に連絡。
 先生の家に泊まって、今まで先生が行ってきたことを聞いて、これからの行動の約束も話し合った。

 「――――先生、野菜はしっかり食べましょう」

 ――――フイッ

 「先生、食べてください」
 「…………苦手な物を無理やり食わせようとするのはいかがなものだろうか。僕の楽しいご飯の時間を守らせてくれ」
 「私は、貴方の食べる食べ物の栄養バランスを守るために尽力を注ぎます」
 「そこは守らなくていいよ」
 「守ります」
 「アハハハハハハハハハハハッ!!!!」

 翔さん、笑いごとではありませんよ!!