私は美術室であったであろう教室の棚から「2」と書かれたカードを握りしめていた。これでやっと5点。
 周りを驚戒しながら机に隠れるようにしゃがみ込むその時、大きな音に私は肩を震わせた。 
「みんな頑張ってるかな?残り30分前だよー」
 学校中に響き渡るのは神谷先生の声だった。どこからか放送しているみたいだ。
 残り30分...。私はポケットからプリントを取り出す。

 ゲームのルール
 1. 勝利条件
 時間内に合計10点のカードを集めた者が勝者。
 2.カードの種類
 ・1点カード
 ・2点カード
 ・3点カード
 ・4点カード
 ・5点カード
 3.カードの取得方法
 ・教室内でカードを探す。
 ・他のプレイヤーから奪う。
 ・プレイヤーを殺害すると得点が2倍になる。
 4.協力と裏切り
 協力は可能だが、その得点はグループ全員の得点とはならない。
 みんな最後まで全力で楽しもう!!

 最後のひと言に私は拳を握る。何が楽しもうだ、この状況を誰が楽しめる。
 私は教室の角についているカメラを睨みつける。神谷先生はどこかで私たちのことを監視している。面白そうに笑う顔が目に浮かんだ。
 外に出ようにもなにか仕掛けているようで脱出を試みた男子がひとり亡くなった。
 10点まであと5点。大きい数字を見つけない限り無理なんじゃ。私はじりじりと迫る時間に焦っていた。
「おい!カードよこせ!」
 驚き、振り返るとそこにいたのは冬馬だった。
「ダ、ダメ!絶対渡さない!」
「俺は残り3点なんだよ!」
 そう言って冬馬が襲いかかってきた。私はカードを必死に抱え込み守るが、冬馬が上からのしかかる。絶対に渡さない!渡してたまるもんか!
 しかし、男の力にかなうわけもない。そうわかっていても私は全力で冬馬をふるい払おうとする。
「やだやだ!やめてよ!」
 もうダメだ。そう思っていると、
「ゴツ」
 鈍い音がした後、冬馬の動きが止まる。
「えっ?」
 私は体に痛みを感じながら無理やり体を起こす。
「痛ってえ!」
 そこにはうずくまる冬馬の前に椅子を振り上げる春日の姿があった。
「凛華、早く!」
 その声に私は急いで立ち上がり、差し伸べられた手を取った。廊下を全力で走り、私たちは誰もいない教室に身を隠した。息を整えながら当たりを見渡す。
「追ってきてはないみたい」
「春日、どうして」
「友達だから」
 私は春日の傷ついた顔を思い出した。私は真穂と春日のことを悪く言っていた。
「正直傷ついた。いつも3人でいたのに、ふたりで悪口言ってたって」
 私は気まづくて顔を向けられなかった。
「でもね、しょうがないのかなって思ったんだ。私だって思うことあるし、それって普通のことなんだよね。だから、ここから帰れたらみんなで話そう。それで前みたいに戻ろうよ」
 春日はそう言って優しく笑った。春日はそういう子だった。いつもにこにこで優しくて、なんでも許してくれる。
「ごめんね。私も本気で思ってた訳じゃないんだ」 「ううん。凛華はあと何点なの?」
「私はあと5点...」
「私、ちょうど15点持ってる!これでちょうど10点だよ」
 そう言って春日は笑いながら、ポケットに手を突っ込んだ。
 でも私は引っかかっていた。
 こんなあっさり許してくれるの?もしかして騙されてるのかも。そもそも 15点なんてひとりで見つけたの?
 こう言ってるのも私を油断させるためなんじゃ...。
 春日は優しい。でもその優しさが、いつも見下されてるように感じて、そんなことを思う自分が嫌だった。彼女の無邪気な笑顔、みんなを引きつけるその無敵の魅力。
 それが私をどうしても苛立たせた。春日はみんなの心をつかみ、誰とでもすぐに仲良くなってしまう。
 そんな姿を見ていると、心の中で言葉にできないくらいの嫉妬が湧き上がった。私は春日が好きなはずだった。
 でも実は春日は裏で計算しているのかもしれないと思ったこともあった。
 私はプリントの言葉を思い出した。
「プレイヤーを殺害すると得点が2倍になる」
 私を殺して得点を2倍にする気なのかも。 どうしよう。私、殺される。やだ、死にたくない。
 春日がポケットから手を出す時、誰かの叫び声が廊下に響いた。
「ああああぁぁぁ!」
 気がつけば、私は春日の首を絞めていた。
 春日が私の腕を掴んだ時、私は何も考えられなかった。手が緩んで、首から離れたその瞬間、彼女は地面に倒れ込んだ。目を見開いた春日が、苦しげに息を吸い込んでいる。私はその姿を見て、ようやく自分が何をしたのかを理解した。
 春日の顔は赤く、彼女の目は焦点が合っていない。何度も何度も目を閉じては開け、私を見ようとする。その目が、まるで「どうしてこんなことをしたのか」と訴えているように感じた。
「やめて...」
 春日の声はかすれていた。それでも私の手は止まらない。もう、何も考えられない。手に力を込め、さらに絞り込む。心臓が激しく脈打ち、頭の中が一瞬真っ白になった。
「凛華...」
 その言葉が春日から発せられたのを最後に、春日の体は動かなくなった。顔色は真っ青で、首には私の手の跡がはっきりと残っていた。
「殺しちゃった」
 私は圧迫で真っ赤になってる手をぼんやりと見つめる。私が自分の手で殺したんだ。
 恐怖と混乱が心を占めていたけれど、何も考えられないまま、その瞬間だけが永遠のように感じられた。
 すごく、すごく静かだった。
 仕方がなかった。私が生き残るためにはこうするしかなかったんだから。
 私は立ち上がろうと体を起こす。すると、春日の手元が視線に入り込んだ。
「えっ......」
 私が覗き込んだその手には、カードが握られてい
 「5」の数字が書かれているのを見た瞬間、私の心臓が跳ね上がった。
「嘘ッ」
 私は慌てて春日のポケットからすべてのカードを掴み出した。4、3、1、1、1...。私の持っているカードで15点分。
 その時、私は自分が何をしてしまったのかを理解した。春日は本当に15点あって、それを私にくれようとしていた。それなのに私は春日を疑って、信じられなかった。
 殺すことを肯定してくれていた唯一の理由がなくなった途端、私の手は震えが止まらなかった。
 なら、春日が死んだ意味は?
 私が殺した意味は?
 ただ、私は生き残りたかった。それだけだった。でも、今その「生き残り」がこんな形で実現してしまった。私はただの人殺しだ。
 「極限状態で人は善人でいられるのか」
 その問いの答えが、私を覆い尽くしてきた。答えは簡単だった。「善人でなんていられない」だ。
 私がその場面に立ち会った時、善も悪も何もかもが崩れ去った。春日を殺したことを後悔していたとしても、それが変えられることはなかった。私はその選択をしてしまった。でも、それでも善人でありたいと思った。
 どこかで、私は自分を正当化しようとしている自分がいた。それは、善でありたいという強い欲望だった。
 でも、現実はどうだろう。春日の死を無駄にしないために何かしなければならない。
 それを背負って生きる覚悟を持たなければならない。
 私はカードを握りしめてその場を後にした。