「みんな、そんなに怖がらないでよ。簡単なゲームだと思えばいい。そう!今から王様ゲームをやるんだ」
王様ゲーム?どうしてそんなこと.......
教室中がざわつく中、先生は黒板にスラスラとルールを書き始めた。
1.くじを引いて王様を決める
2.王様が市民に命令をする
3.王様の命令は絶対
それは誰もが知っている定番のルールだった。だがーー
「付け加えがあるよ」
先生はくるりと振り返り、いつもの優しい笑顔で続けた。
「王様は番号じゃなくて、人を直接指名できる。そして......もし命令に背いたら、罰として一一指を1本切ってもらおうかな」
その言葉に全員が凍りついた。
「指を.....切る?」
「嫌だ......そんなの、絶対に嫌!」
動揺する私たちを見渡しながら、先生は二コリと笑った。
「大丈夫だよ。命令をちゃんと守ればそんなことにはならないからさ。むしろ、楽しいはずだよ」
誰もが返事を飲み込む中、先生は机の上の箱を取り上げてみせた。中には小さな棒が何本か入っている。
「みんなで協力しよう」
誰かがそう言った。
「もちろん僕も参加するからね。さあ、早速始めよう」
順番に棒を引いていき、いよいよ私の番になった。恐る恐る手を伸ばし、一本を引き抜く。
一一何も書かれていない。
王様は誰なんだろう?
「おっと、僕が最初の王様みたいだね」
最後の一本を引いた先生が棒を掲げながら、わざとらしく驚いてみせた。
ーー絶対に操作してるに決まってる。
そんな疑念を抱きつつも誰も声を上げられない。先生は嬉しそうにニヤリと笑い、私たちを見回した。
「じゃあ、最初の命令を言おうかな.....。真穂!誰か友達の秘密を暴露しろ!」
突然名前を呼ばれた真穂は、驚きの声を漏らす。
「えっ......」
「どうしたの?命令に従えないのか」
先生は机の下から段ボール箱を取り出し、中から鋭く光るナイフを取り出した。
「ちょっと指を切られるくらい、死にはしないよ。まあ、痛いけどね」
ナイフをちらつかせながら、先生は真穂を見つめる。
「そ、そんな......」
「大丈夫。従えばいいだけさ」
真穂は焦った様子で教室を見回す。そして、私と目が合った。嫌な予感がした。
「さあ、誰の税密を露するんだい?」
先生が促すと、真穂は震える声で言った。
「.....凛花は、裏で春日の悪口を言っている」
瞬間、教室中の視線が私に集中した。一番に反応したのは春日だった。
「凛花、私のこと...」
「違う!本当に違う!」
私は必死に否定したが、誰も私の声に耳も傾けなかった。
「凛花ちゃんって、そういう子だったんだ」
「最低じゃん」
なんで私だけがそう言われなきゃいけないの?どうせ、みんな悪口なんて言ってるくせに!自分たちは違いますみたいな反応。
ざわざわとした声が広がる中、私は真穂を睨みつけた。
「真穂、なんで!」
「私だって嫌だよ!でも仕方ないじゃん!指を切られたくないんだから!」
「だからって私を巻き込むの?」
「凛花だって私の立場ならやってたでしょ!」
「やらない!私はあんたの親友だと思ってた!」
「親友だから許してよ!だって、指を切られるなんて耐えられない!」
ー一許してよ。真穂は、自分のことしか考えていない。
「どうせ凛花だって、私を助けるなんて言わなかったくせに!」
真穂の声が耳を刺す。
「真穂だって一緒に言ってたじゃん!」
私は怒りのあまり叫んだ。だが、真穂はすぐさま反論した。
「先に言ったのは凛花だった!」
私たちの声が教室中に響く。誰も止めようとしない。みんな、ただ面白がるように見ている。
「真穂、あんた最低だよ......」
私は震えながらそう呟いた。真穂は涙を流しながら、先生を見上げる。
「これでいいですよね?これで私は罰を受けないですよね?」
先生は楽しそうに頷いた。
「もちろん。命令通りやったもんね」
真穂は安堵の表情を浮かべた。
「それでどう?少しはスッキリした?」
「え......?」
突然の問いに、真穂は思考が追いつかず、曖昧な声を漏らす。
「この前の面談で話してくれたよね。凛花が最近、春日と仲良くしてばかりで、自分と話す時間が減ったって。それに部活ではレギュラーから外れて、輪の中にも入れなくて、居場所がないって感じてるって」
真穂がそんなこと思ってたなんて。
先生の声は穏やかだったが、その言葉は真穂の心を容赦なく抉る。
「凛花のこと、許せなかったんじゃないの?自分だけ
うまくいかないのに、彼女だけは楽しそうにしてる。それが我慢ならなかったんだろう?」
「違う!」
真穂は思わず声を荒げたが、先生は動じることなく続けた。
「本当に違うの?じゃあ、なんで凛花を選んだんだ?秘 密を暴露する相手なんて他にもいただろうし、内容だって適当な嘘をつくことだってできたはずだ。それなのに、君は凛花を選んだ」
「そんなことーー!」
反論しようとした真穂の声が震える。彼女の中で押し殺していた感情が、先生の言葉によって引きずり出されるようだった。
「君が選んだことだ。無意識かもしれないけど、自分で決めて行動したんだよ。凛花を傷つけることで、自分の心を少しでも軽くしようとしたんだろう」
「だって、だって、だって!」
真穂は立ち上がり、声を震わせながら叫んだ。
「私は.....私は悪くない!全部私のせいみたいに言わないでよ!あのときだって、みんな何もしてくれなかった!凛花が悪いんじゃないの!みんなだって.....!」
教室は水を打ったように静まり返る。真穂の視界に入るのは、クラスメイトたちの冷たい目。誰も声を上げない。
「な、何よ、その目.....!」
真穂は周りを見渡し、声を震わせる。
「私だけが悪いわけじゃないでしょ!みんなだって何もしてないくせに......!」
しかし、誰一人として答えない。真穂の反論は虚しく空気に吸い込まれていく。
「.....ほらね」
先生の静かな声が再び響く。
「きっと、もう誰も君のことを信じてくれないよ」
真穂の全身が震える。涙は止まることなく流れ続け、声は喉の奥で詰まりながらも絞り出されるように響く。
「私.....私だって.....がんばってたのに......うっ、ぐすっ、なんで、なんで.......!」
真穂は胸をかきむしるように両手で押さえ、身体を丸める。教室の冷たい床に額を近づけ、息も荒くしゃくり上げながら叫ぶように泣きじゃくった。
「全部.....私のせいだっていうの......?だって、私.....どう すればよかったのか、わからなかったのに......!」
震えながら顔を上げると、クラスメイトたちの無表情な顔が目に飛び込んでくる。それが一層真穂を追い詰めるように感じられ、彼女はさらに泣き声を大きくする。
さっきまで私に向けられていた視線が、真穂へと集中する。その瞬間、私は神谷先生の本当の恐ろしさを理解した。
先生は以前、心理学を学んでいたと話していた。その知識を駆使して、状況を自在に操っているのだ。たった一言で空気を変え、真穂を孤立させる。教室にいる全員の意識を、一瞬で先生の意図した方向へと導いてしまった。
私は、その支配力に圧倒されていた。今になって思えば、先生が生徒たちから絶大な人気を得ていたのも、きっと心理学を巧みに活用していたからだろう。親しげな言葉や気さくな態度の裏に隠された計算のすべてに気づかず、私たちは無防備に心を開いていたのだ。
しかし、真穂を追い詰めるあの冷徹な手法を目の当たりにし、私は悟った。神谷先生は、ただ生徒を導く存在ではない。その場の人間関係や感情のすべてを掌握し、自分の思うままに操作する力を持っている。そして、きっと今日のために、私たちの関係や過去の出来事を徹底的に把握していたのだろう。
「私たちは、先生に完全に支配されている.......」
その思いが胸を締めつけ、息が詰まるような感覚に陥った。
「さぁ、まだまだ続けるよ。次の王様を決めよう!」
それから、王様が先生になることは一度もなかった。生徒たちは不安を抱えながらも、なんとか軽い命令でやり過ごしていた。「変顔しろ」「テストの最低点を言え」そんな冗談じみた命令だけで、空気が破裂するのを避けられていた。
最初に先生がくじを引いたのはただの偶然だったのかもしれない。これなら、誰も犠牲にならずに終われるはずだーーそう信じていた。
「王様だ〜れだ!」
先生が楽しそうに声を上げる。
「......はい」
その静かな声に、全員が視線を向ける。小さく手を上げたのは、クラスでは目立たない存在の智也くんだった。
「じゃあ、命令して」
智也くんはゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。私は胸の奥に妙な違和感を覚えた。さっきまで当たった子たちは、恐怖に震え、命令を絞り出すのに必死だった。それなのに、彼はまるで何も恐れていないかのようだった。
そして、彼の指がゆっくりと向けられる。その先にいる人物を全員が確認し、ざわつきが広がる。
「....俺?」
指されたのは光輝んだった。男女問わず人気があり、明るい性格で誰からも好かれる存在だ。いつも周りには友達がいて、どんな相手にも優しく接している。
どうして光輝くんを一ー?
「土下座して謝って」
智也くんの口から出た命令は、あまりに異質だった。
「えっ.....どうして俺が」
困惑した様子の光輝くん。
しかし、次の瞬間一一
「しらばっくれるなよッ!!」
智也くんの怒声が教室を揺るがせた。普段、控えめで大人しい彼が、こんな声を出すなんて誰も想像できなかった。
「僕に今までしてきたこと、忘れたなんて言わせないよ?」
その言葉に、光輝くんは一瞬動揺を見せた。だが、すぐに反発するようにロを開く。
「おい、お前ッ!」
「ねえ、僕、王様なんだけど。そんな態度取っていいのかな?」
智也くんは冷たい笑みを浮かべる。その異様な冷静さに、クラス全員が息を呑んだ。
「うっ......」
光輝くんは言葉を詰まらせる。
「みんなは知らないけど、こいつ、裏ではクズみたいなやつなんだよ!僕のこといじめて!毎日毎日毎日!」
智也くんの声は怒りに満ちていた。教室の空気がさらに張り詰める。
「えっ、嘘。光輝がそんなことするわけ」
光輝くんと親しかった風夏が反論する。
「何も知らないやつは黙れ!」
智也くんの叫びが風夏の言葉をかき消す。
そして、再び光輝くんに向き直り、鋭い視線を投げかけた。
「光輝くん、今までのこと謝ってよ。できないなら.......どうしようかな......殺しちゃおうかな」
その言葉に、クラス全員の血の気が引いた。
「待っ、待てよ!ルールは指を切るだっただろ!なぁ、先生!」
光輝くんは必死に先生へ助けを求めた。
「まぁ、そうだけどね。でも、そもそも王様の命令は絶対だからね。もし王様が『死ね』と言ったら、死なないとね」
先生は薄ら笑いを浮かべながら答えた。その態度が、全員の恐怖をさらに煽る。
「先生。じゃあ、そのまま銃貸してくれますか?」
智也くんが静かに言うと、先生は何のためらいもなく拳銃を取り出し、彼に手渡した。
「一応だけど、僕はまだ銃を持ってるからね。変な気は起こさないように」
先生は楽しげに笑いながら言った。
智也くんは光輝くんに銃を向ける。その瞳には迷いの欠片もなかった。
「やっと.....復讐する機会が来たんだから」
そう呟き、智也くんは光輝くんに銃を押してた。
「待ってって!悪かったよ!本当に悪かったって!」
光輝くんは涙目で必死に謝罪する。
「そんなんで謝ってるって言えるの?」
「ごめんなさい.....俺が馬鹿でした。だから命だけは......」
「何に謝ってるの?それをしっかり言わないと」
智也くんの冷酷な問いかけに、光輝くんは絶望した表情を浮かべる。
誰か、止めなきゃーー
私は震えながらも、どうすればいいのかわからなかった。全身に汗がにじむ。ただ、この狂気の渦の中、誰かが声を上げなければ、何かをしなければ......。
「何度も殴ったり、お金を巻き上げたりして、すみませんでした」
光輝の声は震えていた。
心の中で一人間う。彼は本当に反省しているのだろうか?それとも、ただ命乞いをしているだけなのだろうか?
その時、ふと感じたのは、目の前で繰り広げられる復讐が、何かを変えるのか、何も変えないのかという疑問だった。この状況が解決策にはならないような気がして、ますます心が揺れ動く。
智也くんはそのまま、無表情で光輝くんを見つめている。教室は沈黙に包まれていた。みんなが驚き、言葉を失っている。
「あの光輝がそんなこと」
「もう誰も信じられねえよ」
普段から明るくて優しい光輝くんが、こんなことをしていたなんて誰も想像できなかった。光輝が他の誰かに見せていた笑顔、優しさ、そして自分の中にあるイメージが次々に崩れ去っていく。私たちは一年間一緒に過ごしていたのに、何もわかっていなかった。
「まだあるだろ?」
智也くんの言葉が響く。彼は冷静に、光輝くんを追い詰めていった。
「えっ、ほかには...」
「3秒数えるまでに思い出せよ。さん、にーいち」
「はい、アウト」
その言葉と共に、和也くんが容赦なく銃を引き金に引いた。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙、痛い痛い痛い!!うう、あぁ」
銃声が響き渡り、光輝くんの悲鳴が教室に響いた。彼は床に崩れ落ち、必死に足を抱えてうずくまっている。
「ああ、外しちゃった。次はしっかり打つから」
和也くんは冷たく言い放つと、銃を再び光輝くんの心臓に押し当てた。光輝くんは必死に顔を上げ、何度も手を伸ばして謝罪を繰り返す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。許してぇ!許してください!」
その言葉が、絶望的に響く。光輝くんは涙を流しながら、地面に顔を擦りつけ、必死に命乞いをする。彼の目にはもはや希望はなく、ただ痛みに耐えることで精一杯だった。
「死にたくない!」
その言葉が、光輝くんの最期の叫びのように響いた。彼の体は震え、涙と汗で顔が歪んでいる。必死にもがいている彼の姿を、誰も直視することができなかった。
「みんな助けてッ、誰か助けてくれよ!!」
振り向いて教室中に叫び声を投げかける光輝くん。その目は、希望というものが完全に消えた色をしていた。
だが、誰も動かない。
智也くんの冷たい視線が、クラス全員を黙らせていた。誰かが動けば、次の銃口がその人に向くかもしれないーーそんな恐怖が、全員を椅子に釘付けにしていた。
「晃!冬馬!」
親友であるふたりの名前を、光輝くんは必死に呼びかける。声は震え、今にも途切れそうだった。
だが──
「いや.....俺たちクラスが同じなだけだったし......」
「そうそう、俺たちを巻き込むなよ!お前が悪いんだろッ!」
ふたりは助けるどころか、迷惑そうに視線を逸らした。その瞬間、光輝くんの顔に絶望が浮かび上がる 。
「僕に友達のいない陰キャって言ってたけど、友達がなんだ?友達がなんの役に立つんだよ。実際にお前は今、裏切られてるだろ?」
その言葉が私に突き刺さった。
どれだけ嫌われないように自分を隠して、仲良くなってそれは偽物でしかない。智也くんの言う通りだ。そんな友達なんて今はなんの意味もない。
「生きてる価値がないのは、お前の方だよ」
パンッ......!!
智也くんの指が引き金にかかったその瞬間、何かが教室の空気を切り裂いた。
銃声が教室に響き渡る。全員が一瞬動きを止めた。次の瞬間、光輝くんの体がぐらりと傾き、血がじわりと制服を染めていく。
その体が床に崩れ落ちた。動かない。誰も声を上げられない。ただ、その場に立ち尽くしていた。
「これで、終わりだね」
智也くんは銃を持ったまま、冷たく言い放つ。血の気が引いているクラスメイトたちを一瞥し、机の上に銃をそっと置いた。
智也くんはその沈黙を楽しむように、微笑んだ。
「これが、本当の姿だよ。お前たちも、俺を馬鹿にしてきた光輝と同じさ。結局、誰も守れないし、助けられない。ただ見てるだけ」
彼の言葉に、クラスメイトたちは顔を伏せた。言い返す言葉が見つからない。
その時、教師がようやく動き出し、智也くんの肩に手を置いた。
「智也、これで満足かい?」
智也くんは教師を見上げ、少し考えるように視線を動かした。
「先生、満足なんてできるわけないよ。でも.....少なくとも、終わらせることはできた」
そう言って、智也くんは教室の出口に向かって歩き出した。誰も止めようとはしなかった。ただ、その後ろ姿を呆然と見つめるだけだった。
教室には、まだ光輝くんの血と、沈黙が残っていた。
***
光輝の死をきっかけに、クラスで何かが変わった。誰もが疑心暗鬼に陥り、互いを信用できなくなった。今、この教室で自分を守れるのは、自分だけだと誰もが悟っていた。
「みんなで協力しよう」とかつて誰かが口にした言葉は、今では誰の心にも届いていない。
王様になりたがる人すら現れた。欲望と恐怖が交錯する中、それは単なる娯楽ではなく、生き残るための戦術となっていた。
光輝の死からさらに二人が命を落としたが、その事実にもはや驚きはしなかった。もう、死は異常なことではなく、この教室の日常の一部となっていた。
クラスは完全に崩壊していた。誰もが自己保身に走り、他人を利用することを躊躇わない。
しかし、私は知っている。ここで待つだけでは、いずれ自分も殺される。だから、やらなければならない。自分が生き残るために。
私も、結局その「ひとり」だった。
王様ゲーム?どうしてそんなこと.......
教室中がざわつく中、先生は黒板にスラスラとルールを書き始めた。
1.くじを引いて王様を決める
2.王様が市民に命令をする
3.王様の命令は絶対
それは誰もが知っている定番のルールだった。だがーー
「付け加えがあるよ」
先生はくるりと振り返り、いつもの優しい笑顔で続けた。
「王様は番号じゃなくて、人を直接指名できる。そして......もし命令に背いたら、罰として一一指を1本切ってもらおうかな」
その言葉に全員が凍りついた。
「指を.....切る?」
「嫌だ......そんなの、絶対に嫌!」
動揺する私たちを見渡しながら、先生は二コリと笑った。
「大丈夫だよ。命令をちゃんと守ればそんなことにはならないからさ。むしろ、楽しいはずだよ」
誰もが返事を飲み込む中、先生は机の上の箱を取り上げてみせた。中には小さな棒が何本か入っている。
「みんなで協力しよう」
誰かがそう言った。
「もちろん僕も参加するからね。さあ、早速始めよう」
順番に棒を引いていき、いよいよ私の番になった。恐る恐る手を伸ばし、一本を引き抜く。
一一何も書かれていない。
王様は誰なんだろう?
「おっと、僕が最初の王様みたいだね」
最後の一本を引いた先生が棒を掲げながら、わざとらしく驚いてみせた。
ーー絶対に操作してるに決まってる。
そんな疑念を抱きつつも誰も声を上げられない。先生は嬉しそうにニヤリと笑い、私たちを見回した。
「じゃあ、最初の命令を言おうかな.....。真穂!誰か友達の秘密を暴露しろ!」
突然名前を呼ばれた真穂は、驚きの声を漏らす。
「えっ......」
「どうしたの?命令に従えないのか」
先生は机の下から段ボール箱を取り出し、中から鋭く光るナイフを取り出した。
「ちょっと指を切られるくらい、死にはしないよ。まあ、痛いけどね」
ナイフをちらつかせながら、先生は真穂を見つめる。
「そ、そんな......」
「大丈夫。従えばいいだけさ」
真穂は焦った様子で教室を見回す。そして、私と目が合った。嫌な予感がした。
「さあ、誰の税密を露するんだい?」
先生が促すと、真穂は震える声で言った。
「.....凛花は、裏で春日の悪口を言っている」
瞬間、教室中の視線が私に集中した。一番に反応したのは春日だった。
「凛花、私のこと...」
「違う!本当に違う!」
私は必死に否定したが、誰も私の声に耳も傾けなかった。
「凛花ちゃんって、そういう子だったんだ」
「最低じゃん」
なんで私だけがそう言われなきゃいけないの?どうせ、みんな悪口なんて言ってるくせに!自分たちは違いますみたいな反応。
ざわざわとした声が広がる中、私は真穂を睨みつけた。
「真穂、なんで!」
「私だって嫌だよ!でも仕方ないじゃん!指を切られたくないんだから!」
「だからって私を巻き込むの?」
「凛花だって私の立場ならやってたでしょ!」
「やらない!私はあんたの親友だと思ってた!」
「親友だから許してよ!だって、指を切られるなんて耐えられない!」
ー一許してよ。真穂は、自分のことしか考えていない。
「どうせ凛花だって、私を助けるなんて言わなかったくせに!」
真穂の声が耳を刺す。
「真穂だって一緒に言ってたじゃん!」
私は怒りのあまり叫んだ。だが、真穂はすぐさま反論した。
「先に言ったのは凛花だった!」
私たちの声が教室中に響く。誰も止めようとしない。みんな、ただ面白がるように見ている。
「真穂、あんた最低だよ......」
私は震えながらそう呟いた。真穂は涙を流しながら、先生を見上げる。
「これでいいですよね?これで私は罰を受けないですよね?」
先生は楽しそうに頷いた。
「もちろん。命令通りやったもんね」
真穂は安堵の表情を浮かべた。
「それでどう?少しはスッキリした?」
「え......?」
突然の問いに、真穂は思考が追いつかず、曖昧な声を漏らす。
「この前の面談で話してくれたよね。凛花が最近、春日と仲良くしてばかりで、自分と話す時間が減ったって。それに部活ではレギュラーから外れて、輪の中にも入れなくて、居場所がないって感じてるって」
真穂がそんなこと思ってたなんて。
先生の声は穏やかだったが、その言葉は真穂の心を容赦なく抉る。
「凛花のこと、許せなかったんじゃないの?自分だけ
うまくいかないのに、彼女だけは楽しそうにしてる。それが我慢ならなかったんだろう?」
「違う!」
真穂は思わず声を荒げたが、先生は動じることなく続けた。
「本当に違うの?じゃあ、なんで凛花を選んだんだ?秘 密を暴露する相手なんて他にもいただろうし、内容だって適当な嘘をつくことだってできたはずだ。それなのに、君は凛花を選んだ」
「そんなことーー!」
反論しようとした真穂の声が震える。彼女の中で押し殺していた感情が、先生の言葉によって引きずり出されるようだった。
「君が選んだことだ。無意識かもしれないけど、自分で決めて行動したんだよ。凛花を傷つけることで、自分の心を少しでも軽くしようとしたんだろう」
「だって、だって、だって!」
真穂は立ち上がり、声を震わせながら叫んだ。
「私は.....私は悪くない!全部私のせいみたいに言わないでよ!あのときだって、みんな何もしてくれなかった!凛花が悪いんじゃないの!みんなだって.....!」
教室は水を打ったように静まり返る。真穂の視界に入るのは、クラスメイトたちの冷たい目。誰も声を上げない。
「な、何よ、その目.....!」
真穂は周りを見渡し、声を震わせる。
「私だけが悪いわけじゃないでしょ!みんなだって何もしてないくせに......!」
しかし、誰一人として答えない。真穂の反論は虚しく空気に吸い込まれていく。
「.....ほらね」
先生の静かな声が再び響く。
「きっと、もう誰も君のことを信じてくれないよ」
真穂の全身が震える。涙は止まることなく流れ続け、声は喉の奥で詰まりながらも絞り出されるように響く。
「私.....私だって.....がんばってたのに......うっ、ぐすっ、なんで、なんで.......!」
真穂は胸をかきむしるように両手で押さえ、身体を丸める。教室の冷たい床に額を近づけ、息も荒くしゃくり上げながら叫ぶように泣きじゃくった。
「全部.....私のせいだっていうの......?だって、私.....どう すればよかったのか、わからなかったのに......!」
震えながら顔を上げると、クラスメイトたちの無表情な顔が目に飛び込んでくる。それが一層真穂を追い詰めるように感じられ、彼女はさらに泣き声を大きくする。
さっきまで私に向けられていた視線が、真穂へと集中する。その瞬間、私は神谷先生の本当の恐ろしさを理解した。
先生は以前、心理学を学んでいたと話していた。その知識を駆使して、状況を自在に操っているのだ。たった一言で空気を変え、真穂を孤立させる。教室にいる全員の意識を、一瞬で先生の意図した方向へと導いてしまった。
私は、その支配力に圧倒されていた。今になって思えば、先生が生徒たちから絶大な人気を得ていたのも、きっと心理学を巧みに活用していたからだろう。親しげな言葉や気さくな態度の裏に隠された計算のすべてに気づかず、私たちは無防備に心を開いていたのだ。
しかし、真穂を追い詰めるあの冷徹な手法を目の当たりにし、私は悟った。神谷先生は、ただ生徒を導く存在ではない。その場の人間関係や感情のすべてを掌握し、自分の思うままに操作する力を持っている。そして、きっと今日のために、私たちの関係や過去の出来事を徹底的に把握していたのだろう。
「私たちは、先生に完全に支配されている.......」
その思いが胸を締めつけ、息が詰まるような感覚に陥った。
「さぁ、まだまだ続けるよ。次の王様を決めよう!」
それから、王様が先生になることは一度もなかった。生徒たちは不安を抱えながらも、なんとか軽い命令でやり過ごしていた。「変顔しろ」「テストの最低点を言え」そんな冗談じみた命令だけで、空気が破裂するのを避けられていた。
最初に先生がくじを引いたのはただの偶然だったのかもしれない。これなら、誰も犠牲にならずに終われるはずだーーそう信じていた。
「王様だ〜れだ!」
先生が楽しそうに声を上げる。
「......はい」
その静かな声に、全員が視線を向ける。小さく手を上げたのは、クラスでは目立たない存在の智也くんだった。
「じゃあ、命令して」
智也くんはゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。私は胸の奥に妙な違和感を覚えた。さっきまで当たった子たちは、恐怖に震え、命令を絞り出すのに必死だった。それなのに、彼はまるで何も恐れていないかのようだった。
そして、彼の指がゆっくりと向けられる。その先にいる人物を全員が確認し、ざわつきが広がる。
「....俺?」
指されたのは光輝んだった。男女問わず人気があり、明るい性格で誰からも好かれる存在だ。いつも周りには友達がいて、どんな相手にも優しく接している。
どうして光輝くんを一ー?
「土下座して謝って」
智也くんの口から出た命令は、あまりに異質だった。
「えっ.....どうして俺が」
困惑した様子の光輝くん。
しかし、次の瞬間一一
「しらばっくれるなよッ!!」
智也くんの怒声が教室を揺るがせた。普段、控えめで大人しい彼が、こんな声を出すなんて誰も想像できなかった。
「僕に今までしてきたこと、忘れたなんて言わせないよ?」
その言葉に、光輝くんは一瞬動揺を見せた。だが、すぐに反発するようにロを開く。
「おい、お前ッ!」
「ねえ、僕、王様なんだけど。そんな態度取っていいのかな?」
智也くんは冷たい笑みを浮かべる。その異様な冷静さに、クラス全員が息を呑んだ。
「うっ......」
光輝くんは言葉を詰まらせる。
「みんなは知らないけど、こいつ、裏ではクズみたいなやつなんだよ!僕のこといじめて!毎日毎日毎日!」
智也くんの声は怒りに満ちていた。教室の空気がさらに張り詰める。
「えっ、嘘。光輝がそんなことするわけ」
光輝くんと親しかった風夏が反論する。
「何も知らないやつは黙れ!」
智也くんの叫びが風夏の言葉をかき消す。
そして、再び光輝くんに向き直り、鋭い視線を投げかけた。
「光輝くん、今までのこと謝ってよ。できないなら.......どうしようかな......殺しちゃおうかな」
その言葉に、クラス全員の血の気が引いた。
「待っ、待てよ!ルールは指を切るだっただろ!なぁ、先生!」
光輝くんは必死に先生へ助けを求めた。
「まぁ、そうだけどね。でも、そもそも王様の命令は絶対だからね。もし王様が『死ね』と言ったら、死なないとね」
先生は薄ら笑いを浮かべながら答えた。その態度が、全員の恐怖をさらに煽る。
「先生。じゃあ、そのまま銃貸してくれますか?」
智也くんが静かに言うと、先生は何のためらいもなく拳銃を取り出し、彼に手渡した。
「一応だけど、僕はまだ銃を持ってるからね。変な気は起こさないように」
先生は楽しげに笑いながら言った。
智也くんは光輝くんに銃を向ける。その瞳には迷いの欠片もなかった。
「やっと.....復讐する機会が来たんだから」
そう呟き、智也くんは光輝くんに銃を押してた。
「待ってって!悪かったよ!本当に悪かったって!」
光輝くんは涙目で必死に謝罪する。
「そんなんで謝ってるって言えるの?」
「ごめんなさい.....俺が馬鹿でした。だから命だけは......」
「何に謝ってるの?それをしっかり言わないと」
智也くんの冷酷な問いかけに、光輝くんは絶望した表情を浮かべる。
誰か、止めなきゃーー
私は震えながらも、どうすればいいのかわからなかった。全身に汗がにじむ。ただ、この狂気の渦の中、誰かが声を上げなければ、何かをしなければ......。
「何度も殴ったり、お金を巻き上げたりして、すみませんでした」
光輝の声は震えていた。
心の中で一人間う。彼は本当に反省しているのだろうか?それとも、ただ命乞いをしているだけなのだろうか?
その時、ふと感じたのは、目の前で繰り広げられる復讐が、何かを変えるのか、何も変えないのかという疑問だった。この状況が解決策にはならないような気がして、ますます心が揺れ動く。
智也くんはそのまま、無表情で光輝くんを見つめている。教室は沈黙に包まれていた。みんなが驚き、言葉を失っている。
「あの光輝がそんなこと」
「もう誰も信じられねえよ」
普段から明るくて優しい光輝くんが、こんなことをしていたなんて誰も想像できなかった。光輝が他の誰かに見せていた笑顔、優しさ、そして自分の中にあるイメージが次々に崩れ去っていく。私たちは一年間一緒に過ごしていたのに、何もわかっていなかった。
「まだあるだろ?」
智也くんの言葉が響く。彼は冷静に、光輝くんを追い詰めていった。
「えっ、ほかには...」
「3秒数えるまでに思い出せよ。さん、にーいち」
「はい、アウト」
その言葉と共に、和也くんが容赦なく銃を引き金に引いた。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙、痛い痛い痛い!!うう、あぁ」
銃声が響き渡り、光輝くんの悲鳴が教室に響いた。彼は床に崩れ落ち、必死に足を抱えてうずくまっている。
「ああ、外しちゃった。次はしっかり打つから」
和也くんは冷たく言い放つと、銃を再び光輝くんの心臓に押し当てた。光輝くんは必死に顔を上げ、何度も手を伸ばして謝罪を繰り返す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。許してぇ!許してください!」
その言葉が、絶望的に響く。光輝くんは涙を流しながら、地面に顔を擦りつけ、必死に命乞いをする。彼の目にはもはや希望はなく、ただ痛みに耐えることで精一杯だった。
「死にたくない!」
その言葉が、光輝くんの最期の叫びのように響いた。彼の体は震え、涙と汗で顔が歪んでいる。必死にもがいている彼の姿を、誰も直視することができなかった。
「みんな助けてッ、誰か助けてくれよ!!」
振り向いて教室中に叫び声を投げかける光輝くん。その目は、希望というものが完全に消えた色をしていた。
だが、誰も動かない。
智也くんの冷たい視線が、クラス全員を黙らせていた。誰かが動けば、次の銃口がその人に向くかもしれないーーそんな恐怖が、全員を椅子に釘付けにしていた。
「晃!冬馬!」
親友であるふたりの名前を、光輝くんは必死に呼びかける。声は震え、今にも途切れそうだった。
だが──
「いや.....俺たちクラスが同じなだけだったし......」
「そうそう、俺たちを巻き込むなよ!お前が悪いんだろッ!」
ふたりは助けるどころか、迷惑そうに視線を逸らした。その瞬間、光輝くんの顔に絶望が浮かび上がる 。
「僕に友達のいない陰キャって言ってたけど、友達がなんだ?友達がなんの役に立つんだよ。実際にお前は今、裏切られてるだろ?」
その言葉が私に突き刺さった。
どれだけ嫌われないように自分を隠して、仲良くなってそれは偽物でしかない。智也くんの言う通りだ。そんな友達なんて今はなんの意味もない。
「生きてる価値がないのは、お前の方だよ」
パンッ......!!
智也くんの指が引き金にかかったその瞬間、何かが教室の空気を切り裂いた。
銃声が教室に響き渡る。全員が一瞬動きを止めた。次の瞬間、光輝くんの体がぐらりと傾き、血がじわりと制服を染めていく。
その体が床に崩れ落ちた。動かない。誰も声を上げられない。ただ、その場に立ち尽くしていた。
「これで、終わりだね」
智也くんは銃を持ったまま、冷たく言い放つ。血の気が引いているクラスメイトたちを一瞥し、机の上に銃をそっと置いた。
智也くんはその沈黙を楽しむように、微笑んだ。
「これが、本当の姿だよ。お前たちも、俺を馬鹿にしてきた光輝と同じさ。結局、誰も守れないし、助けられない。ただ見てるだけ」
彼の言葉に、クラスメイトたちは顔を伏せた。言い返す言葉が見つからない。
その時、教師がようやく動き出し、智也くんの肩に手を置いた。
「智也、これで満足かい?」
智也くんは教師を見上げ、少し考えるように視線を動かした。
「先生、満足なんてできるわけないよ。でも.....少なくとも、終わらせることはできた」
そう言って、智也くんは教室の出口に向かって歩き出した。誰も止めようとはしなかった。ただ、その後ろ姿を呆然と見つめるだけだった。
教室には、まだ光輝くんの血と、沈黙が残っていた。
***
光輝の死をきっかけに、クラスで何かが変わった。誰もが疑心暗鬼に陥り、互いを信用できなくなった。今、この教室で自分を守れるのは、自分だけだと誰もが悟っていた。
「みんなで協力しよう」とかつて誰かが口にした言葉は、今では誰の心にも届いていない。
王様になりたがる人すら現れた。欲望と恐怖が交錯する中、それは単なる娯楽ではなく、生き残るための戦術となっていた。
光輝の死からさらに二人が命を落としたが、その事実にもはや驚きはしなかった。もう、死は異常なことではなく、この教室の日常の一部となっていた。
クラスは完全に崩壊していた。誰もが自己保身に走り、他人を利用することを躊躇わない。
しかし、私は知っている。ここで待つだけでは、いずれ自分も殺される。だから、やらなければならない。自分が生き残るために。
私も、結局その「ひとり」だった。



