目を覚ました時、最初に感じたのは、揺れ。バスが不安定に進んでいることを感じ取ったが、それがどこに向かっているのか全く分からなかった。思わず目をこすり、周囲を見渡すと、同じように眠っていたはずのクラスメイトたちが少しずつ目を覚まし始めた。
「ここ、どこだ?」
「あれ、携帯がない」
声があちこちから漏れる。みんな、最初はただの遠足の途中だと思っていたのだろう。だが、だんだんとその 状況が異常であることに気づき始める。運転手の姿が見当たらないこと、外の景色がまったく見覚えのない廃れた場所であること。それに、バスが進んでいく先がまったく分からない。
突然、バスが停車した音が響いた。全員が一斉に顔を上げる。
「みんな着いたぞー」
神谷先生が立ち上がりいつも通りの口調で知らせた。
「先生...?」
誰かが呆然と声を上げた。
神谷先生は生徒たちの誰もが「理想の教師」として
崇拝する存在だった。
明るく親身で、時にユーモアを交えながら授業を進め、生徒の悩み相談にも積極的に乗ってくれる教師だった。進路指導も丁寧で、どんな夢にも「応援する」と笑顔で答える姿は、まさに模範的な教育者そのものだった。
そんな先生に拳銃は似合わなかった。
神谷の手には、鋭い光を放つ銃が握られていた。その手が、無言でバスの扉を開ける。暗い空気が一気にバスの中に流れ込む。
「早く降りろー」
神谷はにこりと笑い繰り返した。
わけの分からないまま震える足で一歩踏み出すと、さらに強い圧力を感じた。まるで全員の動きを見透かしているかのように、神谷は次々と生徒に銃を向けながら言った。
「逃げようとすると撃っちゃうからな」
私たちは恐怖に震えながら、無言でバスを降りていった。誰かが声をかけようとしても、そのすぐに神谷が銃をちらつかせて黙らせる。行き場のない不安が、心を支配していく。
バスの外は薄暗く、見上げれば錆びついた鉄の門が立ちはだかっている。そこが、廃校だと気づくのに時間はかからなかった。
廃校の中に足を踏み入れた瞬間、全員の中で何かが変わった。ここから先、何が待っているのか、それが分からないことが一番怖かった。
言われるがまま先生について行くと2年4組と書かれた教室に入った。
教室の空気は重く、湿り気を帯びていた。
窓には木板が打ち付けられ、ドアには鍵がかけられている。まるで脱出口のない檻。
ーーなぜこんなことに?
胸の奥がざわざわと騒ぎ、冷たい汗が背中を伝う。
先生の手に握られた黒い銃口が視界にちらつくたびら恐怖が身体を支配していく。
「みんなには悪いが今日はここで授業を行う」
先生の言葉に教室の空気が凍りついた。ざわつく視線が交錯し、私の隣にいる春日と真穂が息を呑む。
「ねえ、これってやばいよね......?」
「ドッキリとか、そういうの.....じゃないよね?」
返事なんてできるわけがない。ただ震える指先を握りしめながら、状況を理解しようと必死だった。
「先生、これどういうことなんですか!」
沈黙を破ったのはクラスのムードメーカーの春樹だった。声は震えていたが、それでも真っ直ぐに先生を見つめている。
「まあ、お前らは俺の言う通りにしてればいい」
「でもッ」
その瞬間、耳をつんざくような銃声が鳴り響いた。
一一何が起こった?
目の前で、春樹が崩れ落ちる。彼の服が鮮血で真っ赤に染まっていくのを見て、現実を否応なく突きつけられた。
「嘘だろ......」
「うわああああ!」
「え、春樹......うえ......」
クラス中がパニックになり、悲鳴がこだまする。その中で、私は声ひとつ出せなかった。こんなのおかしい。こんなの、許しちゃいけない。でも、硬直した体で春樹の無残な姿を見つめることしかできない。
「春樹には悪いが最初は見せしめが大事だからな。これでわかっただろ?」
先生は笑っていた。血だらけの教室で、ひとりだけその表情が場違いだった。
ーー狂ってる。人が一人死んだのに、どうして笑っていられるの?
「どうするんだよ!誰か何とかしるよ!」
「みんな冷静になれ!」
「先生の言う通りにしないと殺される......!」
クラス中がパニックの中、先生だけがいつも通りだった。
「じゃあ、一時間目の授業を始めます」
先生が机に手を置き、私たちを見下ろす。 その目は笑っているのに、冷たい底が見えない。
「なぜ、お前たちは善人であろうとする?」
教室に沈黙が流れた。誰も声を出さない。 先生の問いは、まるでこの状況を愉しんでいるかのように思えた。
その問いに、誰も答えようとはしなかった。 沈黙が長く続く中、私はただ必死に頭を回していた。答えを間違えたらどうなる?この状況からどうやって抜け出せばいい?
「じゃあ、このクラスで一番頭のいい森田さん」
指名されたのは、普段は目立たない森田さんだった。小柄で大人しい彼女の顔から血の気が引いていくのが分かる。
「うーん、わかりにくかったかな。じゃあ、善人を簡単に言い換えたら?」
先生の声が、どこか楽しそうに響く。
「答えて?」
圧が強まる中、私は無力感に苛まれていた。この場で、先生の機嫌ひとつで命が消えるーーそんな恐ろしい現実を、どうしても受け入れられなかった。
「い、いい行いをする人.......」
森田さんが絞り出した答えに、先生は微笑んだ。
「そう!じゃあ君たちはなぜ良い人であるうとする?」
「.....助け合って、生きるためです」
森田さんが途切れ途切れに絞り出した言葉が、教室に響いた。
先生はその答えを聞いて微笑んだ。だが、その微笑みはいつものような温かさは一切感じない。ただら不気味さを漂わせていた。
「助け合って、生きるため......か。さすが、森田さん。実に模範的だ」
先生はゆっくりと頷きながら言葉を続けた。
「でも、生きるために助け合うというのは、本当に純粋な善意と言えるのか?それともただの利己的な計算か?」
一一何を言ってるんだ。私たちの誰がそんな計算で動いているって言うんだ?
教室の中が再び静まり返る。私たちは息をするのも忘れて、先生の動きを見つめていた。
「お前たちが善人であろうとする理由なんて、大抵そんなものだ。怖いから、損をしたくないから、他人に嫌われたくないからーーそうだろう?」
心の中で否定したかったけれど、喉が詰まって声が出ない。それに、先生の言葉のどこかに真実味を感じてしまった自分が怖かった。
「じゃあ、こう聞こう。助け合いが正しいって、誰が決めた?」
ーー誰が決めた?
頭の中がぐるぐると回る。考えたこともない問いだ。誰も答えない教室には、ただ先生の足音だけが響く。
お願い、こっちに来ないで。
「じゃあ、次はーー凛華」
先生の目が私を捉えた。
全身が硬直する。逃げたいのに体が動かない。視線をそらしたいのに、先生の目に縛られてしまった。
「さっきのような答えは聞いてないからな。なぜ善人であろうとする?」
ーーどうすればいい?何を答えれば、この状況を乗り越えられる?
必死に考える。「善人であろうとする理由?」心の中で思わず叫んだ。そんなの簡単だ。
だって、それが普通だから。それが当たり前のことだから。でも、それを答えていいのか?先生は私たちを試している。正解を間違えれば、また誰かが春樹みたいに......。
何かを言わなきゃ。でも、何を?
喉の奥が引きつるような感覚。頭の中で言葉がぐるぐると回る。
ーーだって、本当は......
「.....自分を守るため、です」
声が震えていた。自分でも驚くほど小さく、弱々しい声だった。
「ほう、自分を守るためか。いいねえ、正直で」
先生は満足そうに頷いた。
「つまり、お前たちは誰かを助けたり、良い人ぶったり するのも、結局は自分のためってことだよな?」
言葉の端々に嘲笑がにじんでいる。その嘲笑が、私の心を締め付けた。
ーーそれが本当だとして、何が悪いの?
自分を守るために誰かと助け合うことが、そんなに間違ってる?
「では、人はいつまで善人でいられるのか、実験してみよう」
「実験」という言葉に嫌な予感がした。何をしようっていうの。
「さて、誰が最初に本性を見せるか、楽しみだな」
「ここ、どこだ?」
「あれ、携帯がない」
声があちこちから漏れる。みんな、最初はただの遠足の途中だと思っていたのだろう。だが、だんだんとその 状況が異常であることに気づき始める。運転手の姿が見当たらないこと、外の景色がまったく見覚えのない廃れた場所であること。それに、バスが進んでいく先がまったく分からない。
突然、バスが停車した音が響いた。全員が一斉に顔を上げる。
「みんな着いたぞー」
神谷先生が立ち上がりいつも通りの口調で知らせた。
「先生...?」
誰かが呆然と声を上げた。
神谷先生は生徒たちの誰もが「理想の教師」として
崇拝する存在だった。
明るく親身で、時にユーモアを交えながら授業を進め、生徒の悩み相談にも積極的に乗ってくれる教師だった。進路指導も丁寧で、どんな夢にも「応援する」と笑顔で答える姿は、まさに模範的な教育者そのものだった。
そんな先生に拳銃は似合わなかった。
神谷の手には、鋭い光を放つ銃が握られていた。その手が、無言でバスの扉を開ける。暗い空気が一気にバスの中に流れ込む。
「早く降りろー」
神谷はにこりと笑い繰り返した。
わけの分からないまま震える足で一歩踏み出すと、さらに強い圧力を感じた。まるで全員の動きを見透かしているかのように、神谷は次々と生徒に銃を向けながら言った。
「逃げようとすると撃っちゃうからな」
私たちは恐怖に震えながら、無言でバスを降りていった。誰かが声をかけようとしても、そのすぐに神谷が銃をちらつかせて黙らせる。行き場のない不安が、心を支配していく。
バスの外は薄暗く、見上げれば錆びついた鉄の門が立ちはだかっている。そこが、廃校だと気づくのに時間はかからなかった。
廃校の中に足を踏み入れた瞬間、全員の中で何かが変わった。ここから先、何が待っているのか、それが分からないことが一番怖かった。
言われるがまま先生について行くと2年4組と書かれた教室に入った。
教室の空気は重く、湿り気を帯びていた。
窓には木板が打ち付けられ、ドアには鍵がかけられている。まるで脱出口のない檻。
ーーなぜこんなことに?
胸の奥がざわざわと騒ぎ、冷たい汗が背中を伝う。
先生の手に握られた黒い銃口が視界にちらつくたびら恐怖が身体を支配していく。
「みんなには悪いが今日はここで授業を行う」
先生の言葉に教室の空気が凍りついた。ざわつく視線が交錯し、私の隣にいる春日と真穂が息を呑む。
「ねえ、これってやばいよね......?」
「ドッキリとか、そういうの.....じゃないよね?」
返事なんてできるわけがない。ただ震える指先を握りしめながら、状況を理解しようと必死だった。
「先生、これどういうことなんですか!」
沈黙を破ったのはクラスのムードメーカーの春樹だった。声は震えていたが、それでも真っ直ぐに先生を見つめている。
「まあ、お前らは俺の言う通りにしてればいい」
「でもッ」
その瞬間、耳をつんざくような銃声が鳴り響いた。
一一何が起こった?
目の前で、春樹が崩れ落ちる。彼の服が鮮血で真っ赤に染まっていくのを見て、現実を否応なく突きつけられた。
「嘘だろ......」
「うわああああ!」
「え、春樹......うえ......」
クラス中がパニックになり、悲鳴がこだまする。その中で、私は声ひとつ出せなかった。こんなのおかしい。こんなの、許しちゃいけない。でも、硬直した体で春樹の無残な姿を見つめることしかできない。
「春樹には悪いが最初は見せしめが大事だからな。これでわかっただろ?」
先生は笑っていた。血だらけの教室で、ひとりだけその表情が場違いだった。
ーー狂ってる。人が一人死んだのに、どうして笑っていられるの?
「どうするんだよ!誰か何とかしるよ!」
「みんな冷静になれ!」
「先生の言う通りにしないと殺される......!」
クラス中がパニックの中、先生だけがいつも通りだった。
「じゃあ、一時間目の授業を始めます」
先生が机に手を置き、私たちを見下ろす。 その目は笑っているのに、冷たい底が見えない。
「なぜ、お前たちは善人であろうとする?」
教室に沈黙が流れた。誰も声を出さない。 先生の問いは、まるでこの状況を愉しんでいるかのように思えた。
その問いに、誰も答えようとはしなかった。 沈黙が長く続く中、私はただ必死に頭を回していた。答えを間違えたらどうなる?この状況からどうやって抜け出せばいい?
「じゃあ、このクラスで一番頭のいい森田さん」
指名されたのは、普段は目立たない森田さんだった。小柄で大人しい彼女の顔から血の気が引いていくのが分かる。
「うーん、わかりにくかったかな。じゃあ、善人を簡単に言い換えたら?」
先生の声が、どこか楽しそうに響く。
「答えて?」
圧が強まる中、私は無力感に苛まれていた。この場で、先生の機嫌ひとつで命が消えるーーそんな恐ろしい現実を、どうしても受け入れられなかった。
「い、いい行いをする人.......」
森田さんが絞り出した答えに、先生は微笑んだ。
「そう!じゃあ君たちはなぜ良い人であるうとする?」
「.....助け合って、生きるためです」
森田さんが途切れ途切れに絞り出した言葉が、教室に響いた。
先生はその答えを聞いて微笑んだ。だが、その微笑みはいつものような温かさは一切感じない。ただら不気味さを漂わせていた。
「助け合って、生きるため......か。さすが、森田さん。実に模範的だ」
先生はゆっくりと頷きながら言葉を続けた。
「でも、生きるために助け合うというのは、本当に純粋な善意と言えるのか?それともただの利己的な計算か?」
一一何を言ってるんだ。私たちの誰がそんな計算で動いているって言うんだ?
教室の中が再び静まり返る。私たちは息をするのも忘れて、先生の動きを見つめていた。
「お前たちが善人であろうとする理由なんて、大抵そんなものだ。怖いから、損をしたくないから、他人に嫌われたくないからーーそうだろう?」
心の中で否定したかったけれど、喉が詰まって声が出ない。それに、先生の言葉のどこかに真実味を感じてしまった自分が怖かった。
「じゃあ、こう聞こう。助け合いが正しいって、誰が決めた?」
ーー誰が決めた?
頭の中がぐるぐると回る。考えたこともない問いだ。誰も答えない教室には、ただ先生の足音だけが響く。
お願い、こっちに来ないで。
「じゃあ、次はーー凛華」
先生の目が私を捉えた。
全身が硬直する。逃げたいのに体が動かない。視線をそらしたいのに、先生の目に縛られてしまった。
「さっきのような答えは聞いてないからな。なぜ善人であろうとする?」
ーーどうすればいい?何を答えれば、この状況を乗り越えられる?
必死に考える。「善人であろうとする理由?」心の中で思わず叫んだ。そんなの簡単だ。
だって、それが普通だから。それが当たり前のことだから。でも、それを答えていいのか?先生は私たちを試している。正解を間違えれば、また誰かが春樹みたいに......。
何かを言わなきゃ。でも、何を?
喉の奥が引きつるような感覚。頭の中で言葉がぐるぐると回る。
ーーだって、本当は......
「.....自分を守るため、です」
声が震えていた。自分でも驚くほど小さく、弱々しい声だった。
「ほう、自分を守るためか。いいねえ、正直で」
先生は満足そうに頷いた。
「つまり、お前たちは誰かを助けたり、良い人ぶったり するのも、結局は自分のためってことだよな?」
言葉の端々に嘲笑がにじんでいる。その嘲笑が、私の心を締め付けた。
ーーそれが本当だとして、何が悪いの?
自分を守るために誰かと助け合うことが、そんなに間違ってる?
「では、人はいつまで善人でいられるのか、実験してみよう」
「実験」という言葉に嫌な予感がした。何をしようっていうの。
「さて、誰が最初に本性を見せるか、楽しみだな」



