季節はまた巡って、夏。
扇風機だけでは乗り越えられないほど、最近の夏は暑くなってきていて、ただ寝ていただけでもじんわりと背中に汗じみが広がっていた。
あれから、家をでるときにはいつも傘を持ち歩くようにしている。もちろん、いつ先輩に遭遇してもいいように、だ。
ふたり、なんて余裕で入れるほど大きな傘。
重さもそれなりにあって、わたしが持つと少しグラついてしまう。それこそ、風に煽られたら一貫の終わり。そんな傘を意地でも持ち歩くのは、やっぱり先輩のためで。
たとえ昼間は太陽を憎みたくなるほど晴れていても、いつ入道雲の向こう側で雨が降るかなんて誰にもわからないから。
これはわたしの勝手なエゴかもしれないけど。どこかで先輩が泣いていたら、今度はわたしが駆けつけて傘をさしてあげたかった。
だけど結局、わたしは先輩の名前も知らなかったし。吸っていた煙草の香りが甘かったのか、苦かったのかすらもう、思い出せない。
ただ柚子の香りがする度に振り返っては先輩の背中を探すわたしが、傘をさしてあげるなんてのは少し偉そうかもしれない。
けれど、改めて確認すると電話やメッセージの類はあらかた着拒やブロックをされていて、連絡を取れるような状態じゃなかった。
だからこうして、健気に待って、探している。
会社の行き帰り、休日のお散歩。いるはずがないのに地方の実家に帰るときすらも。
しかし、運命というものは意外にもかんたんなところに転がっていたりするものだってことを、この時わたしは初めて知った。



