「ほら、先輩の好きな青椒肉絲ですよ」
それからすぐ、先輩のお腹の音が大きく鳴ったから、わたしはこうして箸を持って泣き崩れる彼の口にご飯を運んでやった。腹が減ってはなんとやらだし、いつもと様子の違う先輩はなんだか見ていられなくて世話を焼いてしまう。
「……ごめんね、次は勝つからね」
「冷めちゃって美味しくなかったら、ごめんなさい。でもちゃんと、甘く作りました」
親から餌をもらう雛鳥みたいに、小さくもぐもぐと口を動かした彼は、急になにかを思い出したかのように自分の服の中をまさぐった。
首を傾げるわたしの前に出してきたのは、ロング缶の柚子サワー。
プルタブだけがこの家で唯一、景気のいい音をたてた。
どんな日でも、買ってくるお酒はいつも柚子のサワーで、そんなところは変わらないんだ。
なんて、ほのかに甘さを感じる爽やかな香りをめいいっぱい吸い込む。懐かしくて、思わず安心してしまうような匂いだった。
一気飲み、とまではいかなくてもかなり上向きになって煽り飲む先輩の唇の端から、ツーッと柚子サワーが伝う。それでも豪快に飲み続けた先輩。そんなところすら、愛おしくて仕方がなかった。
「ねえ、先輩。わたしは別に、お金を使って幸せにしてもらわなくていいんです。隣にいてくれたら、それだけで幸せですから」
泣き疲れたのか、食事もそこそこにすやすやと机に突っ伏して眠る先輩の横顔に声をかける。
もちろん、返事はない。いつだったか寝込みキスされた時のお返し、なんて彼の唇に自分のを近付けた瞬間、より強く匂ってきた柚子サワーのせいで、寝込みのキスなど出来るような気分じゃなくなってしまった。
今日だけは、その爽やかすぎる香りがすこしだけ酸っぱすぎるように感じられた。



