「……え、先輩?」






 最初は聞き間違えだと思った。
 こんな時間に帰ってくるような先輩は最近いないはずなのに……たしかに鍵の開く音がした。






 「……ごめんね、ごめん……捨てないで」






 次の瞬間、目に入ったのは上半身を折り曲げて咽び泣きながら謝り歩く先輩だった。







 「ごめんね、本当に。これまで友だちに紹介してもらった仕事をやってたっていうのは嘘なんだ……。でも、これだけは信じてほしい。本当に悪気はなかったんだ」



 



 あまりにも違う姿に困惑するも、ちょうど出来上がった青椒肉絲をのせたコンロの火を止めてしゃがみこんでしまった先輩に駆け寄る。







 「先輩、大丈夫ですか……?」






 声をかけた瞬間、お酒と煙草が混ざったムッとした匂いが鼻を抜けていった。わたしの声など聞こえてないのか、先輩はひたすらごめん。ごめん。とうわ言のように繰り返している。






 「ごめん。ごめん、でも食費の足しにでもなればと思ってもさ……」






 ポツリと零した先輩の口元から、





 「これまでもらったお金をぜんぶパチンコに費やして、一攫千金なんて増やしてやろうと思ってたんだ。そしたら、最初は順調に勝てたんだけど、だんだん負けて大損し始めて……なんとか勝てるまで家に帰るもんかって、意地張って……たくさんお金を賭けたんだ。今日はツイてる、ツイてる、ツイてる。そうだよね、って。だけど、結局なにも残らなかった……」






 堰を切ったように溢れだした言葉。
 また最後にひとつ、ごめん。と付け加えられてなんだかいたたまれなくなってしまった。






 先輩は、謝らないでください。
 と前置きをしてから、口を開く。






 「わざわざ増やすためにパチンコに行かなくても、先輩にはわたしがお金をあげますから」






 「ちがう、きみが喜んでくれると思った」






 「先輩が帰ってきてくれるだけで、わたしは嬉しいですよ。あ、ちょうどご飯も出来たんです。ね、一緒に食べましょう?」






 「……ゆるして。ごめん、お金……」






 「許すも許さないもないです。そもそも、わたし怒ってないですから」







 少しずつ噛み合わなくなっていく会話に困惑しながらも、ひどく震えているその身体をやさしく抱き締めた。すぐに先輩が縋りつくようにして腕を伸ばしてきて、これまでで一番力強く抱き締めあった。