落ち着くために一度大きく息を吸えば、生乾きの雑巾みたいな香りが一気に鼻の中を駆け抜けていって、思わず顔をしかめてしまった。
先輩からの着信もメッセージも受信しない、鳴らないスマートフォン。
ロック画面に表示された時刻は22:00をすこし回ったところだった。
いつものように今日も帰ってこないであろう、先輩のためにご飯を作る。前に好きだと言っていた青椒肉絲は少しでも先輩の好みにあうように甘めの味付けにした。
フライパンで炒めているお肉や野菜からパチパチと音をたてて水分が飛んでいく。甘辛いタレと混ぜる前にしなしなになるまで、炒めるのも先輩の好み。
いい具合にしなった野菜や肉にタレを混ぜると一気に青椒肉絲のいい香りが部屋に広がっていった。こうして玄関の外までいい匂いが漂って先輩がはやく帰ってくるようになれば、いいのに。そんな叶わない願いを込めながら、木べらでタレと具材がしっかりと絡むように炒めた。



