一度だけ、そんな先輩を諌めたことがある。
「ねえ、先輩。そんな生活してたら、身体壊しちゃいますよ」
なんて、なるべくオブラートに包んだ本音を、分厚いオブラートで包みなおして言った。
「なに。俺のやり方に文句あるならさぁ、一回痛い目みる?」
そうしたら、眉頭に深いしわが寄るほどわたしを睨んで、右手で拳を作った先輩の左手に肩を突き飛ばされて、床に押し倒された。
「……きみに俺のなにがわかるの?」
けれど、なぜかその時の彼が子どもみたいに唇を震わせて泣いていたから責める気にはなれなかった。振り上げられた拳が降ろされることは結局、なかった。
ただ、その時強かに打った後頭部がたまに痛くなる度に思い出してしまう。
あのまま、拳が降ってきたら?
先輩に泣きながら殴られたら?
殴られても、あなたをわかるために努力しますと誓ったら? それでも好きとキスしたら?
わたしは今までの気持ちのまま、先輩のことを好きでいられるのだろうか。
そんな小さな違和に心が揺れ動く自分も情けなくて仕方がなかった。



