「嫌いになりますよ」
思ってもない言葉が外に出て、胸に抱えていた先輩の学ランをぎゅっと握りしめる。
違うんです、嫌いじゃないです。
なんて否定も出来ないまま、これまでにないほど軽薄そうに笑った先輩が、ふいにゆるゆると手を振ってきた。
「いいよ。これから先、たぶん一生会えないだろうからね」
「待って、先輩……」
「僕みたいな奴は嫌って、早く忘れちゃいな」
ちがう、ちがうんです。言い訳がましい否定の言葉ばかりが頭の中を支配して、あとはなにも考えられなくなってしまう。
その内、黙ってしまったわたしの顔を一度覗きこみ話は終わったと判断したのか、先輩が昇降口からゆっくりと立ち去っていった。
「先輩、やだ。やだよ」
本当は、留年してほしい。だとか、学ランが欲しいとか。離したくない、とかじゃなくて。
これまでありがとうございました、と伝えたかったはずだった。けれど、ようやく否定の言葉以外を口に出せるようになる頃には、先輩の姿はもう昇降口のどこにもなかった。



