雨が降る中、抱きしめあって何時間が経っただろう。クシュン、とくしゃみをしたわたしの上だけ、急に止んだ雨。けれど、足元には依然としてポツリポツリと雨が降っている。
うまく状況を理解できず、抱きしめられている身体を捩って空を見上げてみれば、そこには大きな傘をさした先輩がいた。
「風邪引いたら大変だからね、帰りは僕の傘にお入り」
なんてことないと、飄々と続けた先輩に導かれてアパートの階段まで傘の下を歩いた。
「先輩、どこから傘だしたんですか?」
「うーん、内緒」
「濡れるのもなんか良かったですけど、相合傘も悪くないですね」
なんて笑いかければ、先輩は右の口角だけを釣り上げて悪さたっぷりに微笑んだ。
「ほんとうに強情だねぇ、きみは。そろそろ、好きって言ってくれてもいいのにね」
「先輩だって好きとか愛してるって言ってないんですから、おあいこですよ」
「じゃあ、今日は親密度を高めるために一緒にお風呂でも入る?」
「なに言ってるんですか、変態なんですか」
俺なりの猛アタックだったのに。
なんて口を尖らせた先輩を笑った。
踵が飛び越えられなかった水たまりの泥を跳ねても、靴の中に水が入っても。なんだかこの日だけは、幸せに思えた。



