「ねえ、傘なんて放ってさ。思いっきり雨の下で濡れちゃおうよ」
「20歳過ぎのいい大人がそんな……」
「ばぁか。20歳過ぎたって、だれでも子どもに戻っていいんだよ。こういう時は」
先輩に手を引かれて雨にはしゃぐ小さな子どもみたいに、どしゃどしゃと降り注ぐ雨の下に1歩足を踏み出した。
湿気に満ちたムッとする暑さを振り切ったその先は、ほんのりとした柔らかな涼しさであふれていた。服を着たまま、頭の先から水を浴びる背徳感。
もともとあまり濃い化粧はしていなかったけれど。すべて溶けて流されていくようで、なにもかもが溶けて消えた自分は雄大な自然の一部でしかないと気が付かされる。
そんな不思議な感覚。
そんな中、視界の端……遠くの方でフラッシュが焚かれたときよりも強い光が点滅して、すぐに頭の上で鳴り始めた雷。
思わず、すこし遠くに立って自然と一体になっているわたしを見守っていた先輩のもとへ駆け寄る。その服の裾を小さく掴むと、すぐに彼が口を開いた。
「まだ、雷苦手なんだね」
「子どもっぽいと思いますか?」
「いいや、苦手なものはそう簡単に好きになれないから苦手なんでしょ。子どもだって大人だって関係ないよ、人間それぞれに駄目なもののひとつやふたつくらいあって普通なんだから。⋯⋯いいよ、今は俺の腕の中においで」
はい、なんて素直に頷いて近寄れば、「偉いね」と頭から先輩の胸の中に飛び込んでしまう形で抱きしめられた。先輩の腕がわたしの耳を塞ぐほど強く抱きついてくる。
とくん、とくん。
ぼんやりとした耳元で先輩の鼓動がする。
やさしくて、落ち着く音がした。
「ほら、これで怖い音も光も見えない。……あ。こうしたら、俺の声も聞こえないか」
降り注ぐ雨がわたしたちを濡らし、冷やしていってもぴったりとくっついた身体は離れない。
どこか異国のラブロマンス映画のワンシーンがわたしたちの時間軸だけでは永遠に続いていくような感じがした。



