「ねえ、そろそろ敬語卒業しよーよ」






 「なんですか、急に。電気、消しますよ」







 風呂を出た先輩には、結局わたしが高校生の頃に着ていたジャージを着てもらった。扇風機しかない部屋では暑いと文句を言われたけれど。







 さすがに甘い顔立ちでも大きめのワンピースを着せる気にはなれず、とりあえず彼には我慢をしてもらうしかなかった。







 そしてここに来て、また違うタイプの切り口の文句である。







 「なんか家に転がり込んで、お風呂借りて、ご飯まで食べさせてもらって。本来、きみを敬うべきなのは俺の方なのに、なんか敬語使われると僕《・》がきみを苛めてるみたいじゃん」







 先輩が僕《・》と使う時は大体、素のとき。
 勝手にわたしのベッドの上に座って、これまた勝手にわたしの抱き枕のカワウソさんを胸元で抱く先輩は、絶妙にあざとくてムッとした。







 「じゃあ、わたしが先輩を苛めてるってことでいいですよ。あえて敬語を使うことで苦しめて、困った先輩を見て嘲笑って愉しんでるっていう解釈《せってい》はどうですか?」






 「いや、どうですか? って俺に全責任投げつけてこようとするのやめてもらっていい?」






 そうは言いつつも、その顔は綻んでいてすこし楽しそうに見えた。ふふと笑えば、先輩もククッと鼻を鳴らして笑う。もう、雷鳴も降り続く雨の音も気にならない。そんなわたしたちの前では、扇風機が悠々と首を横に振っていた。