「じゃあ、最後に追い剥ぎしてもいいですか? 門出のお祝いってことで」




 追い剥ぎ? と困惑する先輩の腕を引く。




 初めて触れた先輩の腕は、硬く細かった。




 ブレザーの上からでも、筋肉や脂肪を感じられない皮と骨だけの腕。





 自分の柔らかい腕とはあまりにも違いすぎて、思わず手を離してしまった。何も言えなかった。





 「どうしたの。追い剥ぎするんじゃなかったの? 」





 本気なのか、冗談なのかわからない調子で先輩が目を細める。





 対照的に、口角は片方だけ上げられて意地の悪い顔をつくっていた。




 わたしの知らなかった先輩の表情。






 「やっぱり、留年も、第二ボタンもいらないので、先輩のブレザーが欲しいです」




 「え、僕のブレザー、きみのよりも二個もサイズが大きいけどいいの?」





 「先輩の、だから欲しいんです」





 へぇ、と短く言った先輩がブレザーから腕を抜いた。





 サイズなんて、小さくなければ誰にでも着られる。




 それに先輩のなら、なんでも良かった。大きくても、なんでも。





 ふいに目の前が暗くなる。
 ふわりとシトラスの香りが眼前に広がって、ブレザーを顔に投げつけられたことをなんとなくぼんやりと理解した。