「なんですか、それ。わたしたち初対面なのに……そんなこと言うなんて、もしかして渾身の口説き文句だったりします?」







 「うーん、本当は年下を口説く趣味はないんだけど」






 「あ。先輩……さん、なんですね?」








 「歳と学年だけで言えば、そうだね。でも、そんなかしこまらないで。なんか先輩面するのって、くすぐったくて苦手だからさ」







 それでこの時は、たしか。なんだか気まずそうに後頭部に手を当てた先輩が可愛らしく見えて、ふわふわして気持ちの良い意識の中で揶揄(からか)ってやろう、なんて悪魔が囁いてきただけ。






 「へぇ、それじゃあ。これからはたくさん……せんぱいって呼ばせてくださいね」






 やめてよ〜なんて茶化して、一度わたしの意地悪に乗ってくれた先輩が、急に顔を近づけてきた。ふわりと鼻孔をくすぐるのは柚子の香り。







 「きみ、もしかして空気で酔えるタイプ?」







 幸せ者だね〜と至近距離で笑われて、なんだかムッとした。頬を膨らましながら、お気持ち程度に睨むと、彼はもっとわたしとの距離を縮めてきた。鼻先がくっつくまで、あと20cm。






 もとから参加者の8割にアルコールが入った時点で熱気に包まれていた居酒屋に、わたしたちが出す熱気も混ざって、溶けていく。






 うなじを熱い汗が滴り落ちていった。
 鼓動が早くなったのは、わたしだけ?







 ……心臓の音が、無駄にうるさかった。