「ねえ、きみは知ってる? 大きな入道雲の向こう側の街では、だれかが泣いてるってこと」







 まあるい傘の縁を滑り落ちて行くような軽やかで滑らかな声でそう言った彼は、広い二重幅の下の大きな瞳と特徴的なやさしげに垂れた目尻に似つかず、ビックサイズジョッキを片手で軽々と持って隣に座ってきた。







 「……なんですか、そのはなし」







 警戒心からか、少しだけ震えた声をククッと鼻で笑った彼に出会ったのは、入るかもわからないサークルの新歓コンパの席でのことだった。







 無知で純粋な少女を演じていたから、あんまり思い出したくなくて記憶にそっと蓋をしめたはずなのに、彼……先輩との会話だけは不思議と印象的で今でも鮮明に思い出せる。








 「あ、初めて俺の話に食いついてくれる子いた〜。ラッキー。でさ、雨って空の涙って言うじゃん」







 「あ、え、知らなかったです」








 このコンパの『500円(ワンコイン)でお腹いっぱいになるまで飲み食いしよう』なんて文句が、大学に入学したばかりのわたしにひどく刺さった。バイトも始められていないのに、ひとり暮らしをしているアパートの家賃を払わなければいけなかったせいで、切羽詰まっていたのだ。だから食べ物にありつけるなら、と軽い気持ちで足を運んでしまったのだけれど。







 参加したことを後悔したのは、この会合(コンパ)が始まってからわずか10分。緊張が解けてきて他の人たちは各々知り合い同士、またはコミュニケーション能力に長けた人同士で集まって酒を飲んで喋って笑い合うようになってきた頃。







 そのせいか……
 その存在に圧倒はされながらも。






 その輪の中に入ることが出来ずに、喧騒の端でチビチビとジョッキに注がれたメロンソーダを啜っていたわたしの隣に落ちてきた先輩は、







 まさに流星(ながれぼし)みたいにキラキラと輝いていて、どこか神秘的な救世主のように見えた。