「先輩の第二ボタンはいらないので、やっぱり一年だけ留年してもらえませんか?」
「⋯⋯きみはいつも突拍子もない事を言って、僕を驚かせてくれたよね」
3回目の長いため息の末、ケラケラと笑う先輩に額を軽く小突かれた。
伸びてきた前髪を横に流していて良かった、なんて思ったのは人生で初めてだ。
骨ばった拳を、先輩の手の冷たさを存分に感じられて、単純なわたしの頬が緩む。
「駄目、ですか?」
「駄目というか。さっき卒業証書もらっちゃったから、留年するのは難しいでしょ。そもそもどれだけきみに誘われても、留年だけはしないけどね」
これまで聞いた事がないほど優しい声色でなだめられると同時に、先輩の瞳が申し訳なさそうに細められて、食い下がれない。
それでも、鼻先を掠めた淡いシトラスを手放したくなくて、悪あがき承知で口を開いた。



