「……勘違いしないで。それじゃあ、とか言う時点できみは駄目なんだよ」
煙をゆっくりと吐き出した先輩は僕の言葉を鼻で笑った。呆れたように。期待はずれだ、とでも言いたいかのように。冷たく、力強く。その程度じゃ、わたしの深いところは見せてあげない。なんて笑われているみたいだった。
「……今日はもう終わりにしよう。なんだか疲れちゃった」
そう言って灰皿の上に吸いかけの煙草を打ちつけ、灰を落とした。燃え殻にもなりきれない燻りかけが、僕と先輩の間に淡いグレーの壁を作った。僕にすら立ち入れない領域が先輩にはある、みたいに。
先輩が屋上から校舎へと続く扉に手をかける。黒いワンピースの裾をひるがえして振り向いた彼女。その瞳はやさしく細められている。
「……きみは未成年なんだから出来るだけ早く立ち去ってね。ばいばい」
そう言うとすぐに、校舎へと消えていった。またね。とも、もう来ないでね。とも言わない先輩はずるい。いつか、それもある日突然。この屋上の喫煙所に来ても、先輩に会えなくなってしまいそうで、少しだけ怖い。
ひとりになってしまった喫煙所で、僕はマスクを外してそっと深呼吸をした。肺の奥まで、先輩の残り香を吸い込んでしまいたかった。
もしも、いつか会えなくなってしまっても、絶対に忘れてしまわないように。
咳き込んでもやめなかった。僕の奥まで先輩の香りを吸い込まなくちゃ、彼女のことをなにもわかれないような気がしたから。きっと吸い込んだところで肺が苦しくなるだけで、意味なんてないけれど。今だけは先輩の香りで、肺を満たしていたかった。
深いところまで触って、先輩をわかった気になった僕を僕自身が笑うために。



