風が吹く。夏の終わりの侘しさを含んだほんのりと冷たい風。マスク越しに先輩の煙草が香る。所謂、量産型と呼ばれそうな黒色の甘めなワンピースの裾と、淡いブラウンに染められた髪の毛につけられたサテンのリボンが揺れた。





 「……そういうものでしょ? 誰しもがスポットライトの下で人生を謳歌できるわけでも、語り継がれるような死に様の伝説があるわけでもない。誰かの記憶にも残らずに、わたしが消えていく。風化する青春の記憶を持っているだけ、幸せなのかもね。みんなは」





 虚空を見つめて先輩が吐き捨てた言葉。先輩が言う『みんな』にはきっと、先輩自身は含まれていない、みたいな言い草。





 煙草を吸って吐く時だけ先輩はネガティブで、どこかの悲劇のヒロインみたいな言い回しで吐かれる愚痴を聞く日々は、ただひとつ彼女がいつも笑顔であることを除いて、僕は楽しみで仕方がなかった。





 僕だけが知っている特別な先輩を見られる、みたいで。





 「別に。わたしたちは他人なんだから、わたしのことなんて放っておいたらいいのに」




 『やっぱりきみって、物好きだね』なんて、お決まりのようにクスクスと笑う声を僕以外だれも知らない。少なくとも、この大学に通う人たちは。いつからか僕は悲劇の中で廃れて墜ちていく先輩を僕ひとりで独占しているような気分になっていた。





 一度味わった優越感は忘れられない。




 わざと、彼女の絶望を煽って。先輩の孤独と愚痴を甘美な蜜として啜る。いわば僕は先輩という花に吸い寄せられた蟲なのかもしれない。




 
 「放っておけませんよ。僕はそういう先輩のことが好きなんですから」




 
 刹那、彼女の指先から短くなった煙草が地面に落ちた。屋上のコンクリートを焼いて、鼻につく匂いを出した先輩の煙草。残骸からはもう甘い香りはしない。それでも先輩は目を細めていた。なにも面白いことなんて、ないのに。