「それで、嫌なんですか?」
沈黙を破るのはいつもわたしの役目で、それが今日も変わらなかったことだけが、寂しさを紛らわせてくれる。
風通しの良い昇降口には、いつしか先輩のシトラスの香りがふんわりと立ち込めていた。
嫌いじゃないけど、好きと言ったら引き返せなくなってしまいそうな匂い。
「え、それにどうしても答えなくちゃいけないの?」
肯定の意を伝えるために2度、強く頷くと心底嫌そうに眉を顰めてきた。
その顔も、いつもと同じ。
このまま、なにも変わらない放課後でいられたら、良かったのに。
「⋯⋯あーあ、我が儘を言う子にはこの第二ボタンはあげられないな。きみは僕の第二ボタンがいらないのかな? そのために、ここまで息が切れるまで走って探してきてくれたんでしょ」
でしょ。とかわたしの気持ちも行動も、勝手に断定しないで。
自惚れないでください。なんて言えない言葉が口の中で弾けて消えていく。
正直、ボタンにはあまり興味はなかったのは本当。
だって言うほど、ブレザーの第二ボタンは心臓に近いわけでもないし。
先輩の黒目と同じ大きさのボタンだけ、もらったところで物足りない。
金属の香りしかしない無機物よりも、ほのかにシトラスが香る先輩自身が欲しかった。
思い出と一緒に閉じ込めてしまいたくて。
でも、出来なくて言葉を濁す。



