「だから僕が先輩を見守らなきゃ。って?」
そう言うとすぐに、僕から顔を背けて咥えた煙草の先に火をつけた先輩。馬鹿みたいだね。と言外に笑われた。僕の胸に鋭く刺さる冷たい笑み。先輩は笑っていた。未成年の僕に見せつけるように煙草を咥えて、煙を吸っては吐くを繰り返す。最後に長いため息をつくように煙を吐くと、ベビーピンクのリップがついた煙草の火をすぐ脇に設置されている灰皿でもみ消した。細く、死にぞこなった淡いグレーの煙があたりを漂う。
「あーあ。どうせなら、20歳の間に華々しく散ってやりたい」
「ええ、人生まだまだこれからじゃないッスか……」
水をたくさん含ませた青色の絵の具で塗られたみたいな空の下に似合わない声を上げた先輩に、あえておちゃらけた調子で返した言葉を鼻で笑われる。灰皿の中で燻った煙草の先から灰を落として、今度は目を細めて微笑んだ。ラメの入ったピンクブラウンのアイシャドウが太陽を反射する。
「あーやだやだ。まだ10代の一年坊には、わからないよ。てか、わかられたくもない」
「10代って言っても、もう19歳ですよ?」
「そんなこと言ったら、わたしなんて20歳よ? 女子高生からオバサンって嗤われる年」
「ええ、煙草もお酒もたしなめる大人って感じでいいじゃないスか」
「お酒も煙草も結局は慰めにしかならないの。それに大人だからこそ、悪事を働いたら実名報道されたりするじゃない? 『大人』って一朝一夕でなれるものでもないのに、20歳になったら突然自己責任だとか、大人の自覚とか言われ始めて、そうゆう振る舞いを求められるようになるの⋯⋯本当に面倒くさい世の中」
先輩はいつも笑顔を崩さずに愚痴を吐く。可愛らしい風貌から出る冷めたようで鋭くとがった言葉とほんのりと甘い煙草の香り。青色の空よりも、淡い灰色の煙が似合うような人。
「大変になるの、普通に生きていくのが。見えない首輪で世の中に縛られているみたい⋯⋯。きみは残りの10代を存分に楽しみな。もうかえってこないんだから」
「かえってこないって?」
「失ってしまった時間は返ってこないのよ。過ごした時間はだんだん風化して、忘れられていく記憶になってしまうから」
理解できるような、できないような曖昧さにただ一度だけ頷いてみた。先輩は笑う、目を細めて。煙草に火をつける。僕と話し始めてから、3本目。また、淡いグレーが先輩の唇から漏れた。



