「……それで今日も来たの? マスクくん」





 「先輩が来るなら、毎日来ますよ」






 呆れたと言わんばかりにため息を吐いて、僕を見る先輩。屋上の柵に肘をついたまま、僕のいる入り口を振り返ってきた。その顔はいつも通り、笑っている。あの日、煙草の箱を覆うように手を重ねて止めたのと同じ3限終わりの14:30。あれから、先輩がいると信じて喫煙所に来るのが僕の日課になっていた。





 そこから毎日、ひたすら煙草をふかす彼女に質問攻めをして『一つ年上』で僕と同じ『文学部 日本文学専攻』なのだと知った。それ以上、彼女の名前も誕生日も教えてもらえなかったが、次の日も同じ場所で煙草をふかしているのを見てからは、毎日のように喫煙所に通っている。わからないことも多い先輩だけれど、ピンクブラウンでまとめられた化粧と、ゆるく巻かれた明るめのブラウンヘアに、リボンやフリルがついた黒色のワンピースを着ていることが多いのは数日観察しただけでよくわかった。






 「本当は喫煙所って未成年くんが入っていい場所じゃないって知ってた?」




 「……別に。大学生なら見た目で未成年かどうかなんてわからないじゃないスか」





 「だから、セーフだって?」





 悪い子だね〜。なんてクスクス笑う。煙草を指に挟んだまま、なかなか火をつけない。かわりに僕のつけているグレーのピッタリとしたマスクを指差してきた。可愛らしいベビーピンクのリップをつけた唇を動かすと同時に、ニヤリと細められた子どもっぽい黒目がちな瞳。





 「そもそもマスクをするほど肺の調子が良くないのに、なんで喫煙所に来るの? 物好きにも程があると思うんだけど」




 「先輩の副流煙で死ねるなら、本望ですよ」





 おちゃらけと本気のバランスよく混ぜた声色で返す。8割……いや、6割くらいは本気だった。喘息の発作は苦しくても、先輩のせいで咳に溺れて息が覚束なくなって死んでいくのは幸せなのかもしれない。とおもわず思ってしまうほどの魅力が先輩にはあった。





 「……はぁ。なかなか気味が悪い男の子だよね、きみって。なんでわたしに構うのかもよくわからないし」




 「先輩って、放っておいたら僕の知らないところで死んでそうだから」




 「だから?」





 怒らないから言ってみなさい。と諭されるようなやさしい声色に隠された先輩の真意が読み取れない。細められた瞳は笑っているようで、本当に笑っているのか……よくわからない。普段は見れない深い水底の揺めき、みたいな色。