結局、そうこうしている間に傘を返せないまま、季節だけが廻っていた。





 食べ損ねた朝ごはんのかわりに、お腹が膨らまない飴玉をひとつ口の中に放り込んだ。





 すぐにいちごみるくのふんわりとした甘さが口内に広がっていく。





 春がすぐそこまでやってきているというのに寒さが残る駅までの道のりをゆっくりと歩いた。





 乾いているのに、寒さを存分に乗せた重たい風に前髪を揺らされて、空を見上げてみる。雨でも降りだしそうな暗い空の色。





 「重たい灰色。なんて言うんだっけ⋯⋯」




 「鈍色?」





 そう、鈍色。





 と隣から聞こえてきた声に頷く。横からは案の定サクが顔を覗き込んできていた。おはよう、と小さく挨拶をすれば微笑まれる。





 「最後だけど、アメは今日も返さないの?」





 「返したい。けど、返したら終わっちゃうでしょ」





 「面倒くさいね、女の子って」





 「そんなことないよ」






 なんて私の返しに、小さなため息を漏らしたサクがワックスで遊ばせた淡い栗色の髪を揺らす。そんな彼を睨みつけてやる。






 「なに、アメ。もしかして、寂しいの?」





 「ねえ、サク。先輩さ、本当に卒業しちゃうのかな」





 「何言ってんの? 今日が卒業式なんだから、卒業するに決まってんじゃん。なに、頭でも打った?」





 サクに一度頭を叩かれて、ちがうよと首を振った。




 今日は先輩の卒業式。そんなの、わかってた。ただ、心が追い付かないだけ。






 「先輩さ、留年しちゃえばいいのに」





 「やっぱ、性格悪いね。アメは」





 そう? と首を傾げれば、





 「でも、それでいいよ。ほら、ちょうど雨も降りだしたし」





 「⋯⋯お祝いみたいだね」





 お祝いなんかしたくはないのに。






 それでもいつの間にかサクに腕を掴まれていたせいで、私の足は駅へ向かって歩いていく。





 頭の上にはサクがさしてくれていた薄桃色の大きな傘があって、濡れずにすんでいた。